「大体主らは情けなさすぎじゃ! 勇者という存在が軽んじられてどれほどの時が経ったと思っとる! 主らに国から与えられる支援金も年々減る一方。当たり前じゃろうが! 上位の冒険者と主らの実力の開きは余りにも広い!」
ティーリアが吼える。
先ほどから、くどくどくどくどと粘着質な罵声が延々と浴びせられている。
「これではそこらの魔剣使いと変わらぬではないか! ついでに妾の扱いも悪い! なぁにが刃こぼれが勝手に直る凄い剣じゃ! 貴様らが手入れを怠るから自力で直しとるに決まっとるじゃろうが半人前以下!」
「……わ、悪い」
ロリっ子の前で正座して許しを請う二十代前半の男性。
なんだこの、恐ろしくシュールな光景は。
「……ギリギリ外れるな。惜しい、非常に惜しいな。もう少々素直になれない跳ねっ返りな要素があればあるいは……」
コレットは瞼を閉じ、静かになにかを思案しているようだ。相変わらずこういう仕草が似合う。延々と続いたティーリアの説教が終わる頃には空は薄ら暗くなり、大分良い時間になってしまっていた。
「ふん、今日のところはこの辺りで許してやろうかの。……妾が精霊であることも、本当は坊自身で気づいて欲しかったものじゃがな。……歴代でも気づいたものは数人しか居(お)らんかった」
「じゃあなんで教えてくれなかったんだよ」
「阿呆。精霊に至るはエルフの祈願ぞ? そもそも、妾の存在は決して認められるようなものではあるまいて。精霊どころか道具に堕ちた巫女姫の話なぞ、知らぬ方が幸せじゃ。妾と同じ存在に至ろうとする存在を生み出してはならぬよ。そこな火の姫が居(お)らんかったら未だに微睡みの中に居(お)った」
「だけど、俺はまだまだ強くなれるんだろ?」
クロトさんの言葉に、ティーリアは表情を歪め、口の端を噛んだように見えた。
「二択じゃ」
「……は?」
「己が特別な存在ではなく、妾に精霊に感応出来るだけのただの人であると悟り、心を折ってしまった者と、聖剣の力に溺れる者。坊はどちらになるのじゃろうな?」
「そりゃ……」
「坊は既に聖剣の力に溺れておる。それに加え、今のこの世界は坊には残酷じゃろうて。渡りびとは坊よりずっと伸びしろを残しておる。遠からずヤツらは坊の背中に追いつくぞ。聖剣に頼らねば己の存在を確立出来ぬならば知らぬ方が幸せじゃ」
「そんなことねぇよ!」
「いや、ある。坊から聖剣を取って、誇れるものはあるかの?」
クロトさんが言葉に詰まる。
それを遮るようにして、アマリエさんが前に出る。
「流石にそれは言い過ぎじゃないですか。軌跡の精霊様。クロト君だって――」
「黙れ、行き遅れ。ここ数年であっという間に老け込みおって」
アマリエさんはくるりとUターンするとココノハさんに駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「……酷い、酷いです。こんなのあんまりです……。まだ私、二十一になったばかりです……」
「よ、よしよし」
ココノハさんが頬を引き攣らせながらぎこちなくアマリエさんの頭を撫でる。
「やはり濃いな、巫女姫」
納得したかのように小さく頷くコレット。その枠にボクが入ってそうなことが無性に悲しい。こんなハズじゃなかったのに……。
「もうよい。そもそも勇者などというものは要らなかったんじゃ。勇者などなくとも人は強い。――構えよ、坊よ。妾は剣精霊じゃ、遠慮は要らぬ」
聖剣を掲げてからクロトさんへと真っ直ぐにそれを向ける。
当のクロトさんは構えよどころか、剣など他に持っていなさそうで困った顔をしている。仕方がないので、黒ノ長剣をクロトさんへと放り投げる。
「おっ、さんきゅっ!」
「さっさとこのアホみたいに面倒臭いちびっ子なんとかしてください」
「……本当に、なぜにお主ら火の姫はこうも妾に対して手厳しいのじゃ! 蛇焔の姫に心を折られた勇者は歴代から見ても清き心根の持ち主じゃったぞ! 嫌いじゃ! お主らは嫌いじゃ! お主など、巻き込まれてしまえー!」
そんな怒ってばかり居ても面白くないと思うんだけどな。
というか、大体リリアのせいな気がする。なぜにリリアがゴリゴリと削った好感度をボクが引き継がねばならないのか。
純白の剣先と漆黒の剣先が交差する。
駆け出したのはクロトさんだった。横薙ぎに構え、薙ぐようにして黒ノ長剣を振り払った。ティーリアはそれより数瞬早く聖剣を虚空に滑らせるようにして、切っ先でなにかを宙空に描いた。
「――半月閃」
甲高い音が響いた。
黒ノ長剣を弾いたのは純白の剣閃だった。クロトさんの放つ、炸裂する剣閃とは違う。その場に残り続け、黒ノ長剣を弾く硬度を持っている。
ティーリアは剣閃に足止めを喰らっているクロトさんを一瞬だけ見やり、背後に飛びながら叫ぶ。
「弾けよ、軌跡!」
留まり続けていた純白の軌跡が弾け、爆音が鳴り響く。衝撃で大地が抉れ、無数の小石が四方八方に飛び散る。
「危なっ!」
咄嗟にコレットの前に出て、大盾を掲げると盾の表面で無数の飛礫が弾ける音が聞こえる。
飛礫がアマリエさんとココノハさんへは向かっていないことを鑑みると、恐らくこれはワザとだろう。……あんにゃろう。
「……主、割りとガード出来ていないというか、私の顔に大量の飛礫が飛んできたんだが」
コレットの顔は、砂埃に塗れていた。
幸い傷はなかったが、微妙に罪悪感を感じる。
……いや、コレットがボクより身長が大きいのが悪い。そうだ、そうに違いない。
こう、ドラゴンの吐くブレスを盾役(タンク)として受け止める的なのは無理っぽいな。と、一瞬悟ってしまいそうになった。おのれ、VRMMO。これは、プレイヤーのプレイの範囲を狭める唾棄すべき改悪なのではないだろうか。低身長は盾役(タンク)をするなということなのだろうか。ぐぬぬぬぬ。
……いや、単純にボクが大盾の扱いに失敗してるだけなんだけどね。
「安心して眠るがよい、坊を勇者という楔から解き放ってやろう! 次は歳の頃十二、十三ほどの女子(おなご)の勇者が良いのう! 心優しく穏やかな性根妾を丁寧に扱う心得があるとなおよい!」
「テメェェェ! 俺じゃ不満だってのかこの聖剣ロリ!」
「嫌じゃ! 汗臭いのは嫌じゃ! 妾は未成熟な筋肉の付ききらぬ女子(おなご)に振るわれるくらいが良いのじゃ! 汗臭い男の腰に引っ付くのは嫌なのじゃ! もう夏場、男の蒸れたズボンの臭いなど嗅ぎとうない! それに男は妾を雑に扱いおる!」
刃の弾かれる音と閃光の弾ける音。
二つの音が爆音を響かせる。冒険者たちが遠巻きにそれを眺め、馬車を牽く商人が迷惑そうに二人を一瞥し、通り過ぎていく。
「……軌跡の巫女姫、か。出会う時代と場所が違えば友となれたかもしれないな」
コレットが微笑を浮かべ、澄ました顔で呟く。
よく分からないが、コレットはティーリアに対して思うところがあったようだ。同じ永き時を過ごした者同士、なにか感じ入るものがあるのかもしれない。
「今度は性根の優しく愛らしい女子(おなご)に生まれ変わってこい坊!」
「無茶苦茶言ってんじゃねぇこの駄聖剣!」
「誰がダセェ剣じゃ! 妾は流行の最先端を突っ走っておるわこのド阿呆!」
「ダサいだなんて言ってねぇよこの難聴ロリババア!」
お互いに叫びながら剣を交わす。
うーん。これは一種のストレス解消になっているのだろうか。お互いに相手をぬっ殺してやろうという気概は見せているが流石にそこまではやらないだろう。……やらないよね?
「止(とど)めじゃ、くたばれ坊! ――螺旋の軌跡!」
幾つもの軌跡を描く剣白の剣先が光のアーチを無数に描く。螺旋は重なり、積み上がり、まるでティーリアという芯を取り巻く螺子のような体を為していく。あっ、これ駄目なやつだ。
ティーリアを囲うように留まっていた螺旋が奔り、放たれる。無数に重なる螺旋の軌跡がクロトさんを飲み込み、ついでとばかりにボクたちに牙を剥く。もうティーリアが自分で勇者やればいいじゃんこれ!
飛び交う螺旋へ一縷の望みを掛けてナイフを放つ。だが、螺旋に触れたナイフは金属の擦れあうような不快な音を立てて、弾け飛ぶ。――駄目だ、多少の衝撃で崩れる攻撃じゃない。だからといって、迂闊に近づけば螺旋ごと爆破されそうだ。……なんて面倒な。
「――コレット」
「主、一体なん――おぉっ!?」
ボクはコレットの手を握り、螺旋に向かって駆けていく。純白の軌跡が迫る。ボクは半ばねじ込むような形で螺旋の隙間に大盾を放り込んだ。
「イリュージニストシールド」
螺旋の内側の大盾と螺旋の外側のボク、そして手を繋いだコレットの位置が入れ替わる。身代わりのごとく背後で弾け飛んだ大盾に若干の罪悪感は感じるが、今回は仕方ないだろう。
「――そうか、既に私の時代は来ていたか」
なぜかコレットは繋がれたままの手を見て、謎の笑みを浮かべていた。なんとなく振り払うと、雨の日の捨てられた子犬のような目でボクを見てきた。もうちょっと図体が小さければ可愛らしい気がしないでもないかもしれない。