クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest45

 一秒が経ち、五秒が経ち、十秒が経った。

 アマリエさん、ココノハさん、クロトさんがボクを見る目が痛々しいものを見るようなものに変わった気がする。確かに傍目から見れば剣に話しかける痛い子だ。――これは不味い。

 ボクは慌ててティーリアの柄に口元を近づけ、囁いた。

 

「――さっさと出てこないと炉にくべますよ、精霊ティーリア。貴方がどんな精霊なのかは知りませんが、火にくべて、いえ、灯火の炎でただのインゴットにしてあげましょうか?」

 

 誰にも聞こえないように小さく囁くと、聖剣ティーリアが眩いばかりの光を放ち出した。掌から聖剣ティーリアの重みが消える。

 

 数瞬後、地面を這いずるようにしてボクから逃げようとする幼女が一人。

 コレットよりも色の薄い金の髪に、鳶色の瞳。表情には怯えが張り付いている。

 

「い、嫌じゃあ! やっぱり火を司る姫なんぞ傍若無人でロクなのがおらんわ! 嫌なのじゃ! 火の姫だけは嫌なのじゃぁ! 自己中心的じゃ! 貧乳じゃ! 姫を騙る暴君じゃあぁ!」

 

 ありゃ。ちょっとした冗談なのに酷く引かれてしまった気がする。

 そもそもボク、灯火の炎なんて使えないし。

 

「おいおいおい、なんだよこれは……」

 

 クロトさんは言わずもがな、アマリエさんもココノハさんも目を見開いたり、口をあんぐりと開けて驚愕している。まぁ、それも仕方ないだろう。受け継がれてきた聖剣が幼女になっているのだから。というか、なぜに幼女。

 

「てっきり剣の形をした精霊なんだと思っていたんですけど人型……?」

 

 元が人型なのか、それとも、聖剣が人の形を取るようになったのか。非常に興味深い。個人的にはリリアのような蛇型とか生物の形を取っているのが格好いいと思う。幼女とか人型はいいや。

 

「……主、私にもさっぱりなんだが、これはどうなっているんだ?」

 

 困惑した表情を向けてくるコレット。

 

「コレット」

「なんだ」

「コレットは教えてくれたよね。「精霊使いの力は絆に比例する」って」

「……そうだな」

「リリアは昔、「自分の持っているものの価値に気付いてない」って言ったんでしょ?」

「あぁ……間違いないはずだ」

「精霊ティーリアを聖剣ティーリアとして扱い続けて精霊との絆は結べるのかな」

「それは……無理だろう。……そうか、リリア様の言っていた価値とはそういうことか。ただの剣として扱うだけでは気づけないな、これは……」

 

 コレットは得心がいったとばかりに大仰に頷いた。

 そう。だが、この場合は大変よろしくないことになる。だからこそ、あまり言いふらせることではないのも分かっていた。

 

「おい、ユラ。どういうことだ! 精霊ティーリアってのはなんのことだ! そもそも勇者ってのは一体――」

「ふんっ!」

「おうふっ!?」

 

 クロトさんがボクの肩を掴み揺さぶろうとした掌をコレットの高速の平手が叩き落とした。エルダーヴァンパイアの恵まれた身体能力を活かした平手である。真っ赤になった手の甲を涙目で押さえるクロトさん。

 

「……情けない。情けないのぅ、坊よ。妾たちにとって火の巫女姫は天敵じゃ……。あやつらは妾たちより眩しい光を放ち、強い熱量を持つ。何代も前から我らはあやつらに振り回されてきた。聖剣で築けた時代など存在せぬよ……」

 

 ティーリアはどこか悟りきった瞳をしていた。

 なんか火の巫女姫ってロクでもない因縁付いてそうで少し困る。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 聖剣ティーリアというのは精霊……? そんな馬鹿なことが――」

「あるんじゃから仕方なかろうに」

 

 珍しく取り乱すアマリエさんをティーリアが制する。

 五分ほど時間を置くと落ち着いたようなので、ティーリアに気になったことを尋ねてみる。

 

「勇者というのは精霊使いってことでいいのかな? でも、精霊術のスキルを持ってなさそうなのが気になるけど」

「間違ってはおらぬ。聖剣ティーリアの勇者とは、妾と辛うじて感応することが出来た精霊使いの模造品じゃよ」

「それはティーリアを扱うのには精霊使いのスキルも要らないってこと?」

「……精霊術の有無など関係なく、妾を十全に扱えるのは妾だけじゃよ。そして、妾と完全に適応すること出来る存在など、過去、未来合わせても決して生まれぬだろう」

 

 訳が分からなくなってきた。「妾を十全に扱えるのは妾だけ」? なんだそれは。

 ボクが混乱していると、ティーリアは無言で手を平行に翳した。

 

「なっ!」

 

 クロトさんの驚愕の叫びが響く。

 それも当然だろう。一瞬にして、ティーリアの掌に純白の光が集い、聖剣ティーリアと呼ばれていたものを形作ったのだから。

 

「……妾は旧き光の巫女姫。こんな形(なり)じゃが、嘗ては軌跡の巫女姫と呼ばれておった。出来損ないの巫女姫の行き着く先、妾は死する前に剣に身を封じた巫女姫。これが、お主らが軌跡の聖剣と呼ぶものの正体じゃ。ティーリアというのは妾の精霊の名前。もう妾自身は元の名前すら思い出せんよ」

 

 ティーリアは悲し気に笑っていた。

 待て待て待て! 聖剣ティーリアは精霊ティーリアではなく、本当は光の巫女姫? あぁ、もう駄目だ。混乱してきた。

 

 いや、でも理解出来ないこともないのかもしれない。

 巫女姫の宿した精霊を他人が使役することなど余程条件を揃えなければ、到底出来ることではないだろう。確かにティーリアを十全に扱えるのはティーリアだけだ。ボクが、リリアの精霊であるクルゥナクの全ての力を到底解放出来なかったであろうことから鑑みても、だ。

 

「……ティーリア。勇者ってのは結局なんなんだ。火の巫女姫って一体なんのことを言ってるんだよ」

 

 クロトさんが呆然とした様子のまま尋ねる。

 正直に言えば、余り言いたくなかった。勇者とやらの有様をボクは理解出来ていない。そして、ボクは聖剣ティーリアとは、剣に宿った光の精霊、或いは剣そのものが精霊なのではないかと思っていた。……実際はその斜め上をいってしまったけど。結局のところ、ボクが恐れていたことはボクがこのことを話すことで、勇者の在り方が歪んでしまうのではないかということだ。

 

 例えば勇者とは女神に選ばれた不屈の戦士だと伝わっていたら?

 例えば聖剣は優れた素質と高潔な精神を持つ者を選ぶと伝わっていたら?

 

 その前提が崩れる。

 それは恐ろしいことだ。なによりも、聖剣を継ぐ者や周囲の者にとって理由付けというものは大事だ。例えそれが慣習的なものであっても。もしかしたら、これが聖剣ティーリアが光の巫女姫であると伝わっていない理由なのかもしれない。

 

「察しが悪いのぅ。坊よ。そこに涼しい顔をしておる質(たち)の悪い赤蛇女の力を宿した者が居(お)るじゃろうに。……気に喰わんのぅ。その屈せぬ火の性根が瞳に出ておる。折れず伸び続ける妾の嫌いな性根じゃ」

 

 ティーリアはボクを睥睨して、自嘲するかのように笑ってみせる。

 

「ユラ、お前……」

 

 コレット以外三人から向けられる驚愕、興味、様々な感情がボクに突き刺さる。

 

「――お前、巫女姫ってやっぱり女だったのか! くっはは! 分かる、分かるぜ。女二人旅は危ねぇもんな。まぁ、俺からすれば丸わかりだったがな! ったく、アマリエもココノハもお前らの目、節穴すぎるだろ! 俺みたいな審美眼ってヤツが磨かれてないから仕方ねえかな」

 

 アマリエさんとココノハさんの額に青筋が浮かぶ。

 同様に、ボクも先ほどの言葉で自分で思っている以上にイラっとしていたようで、ボクを見ていたコレットが冷や汗を浮かべて明後日の方向を向いた。




の、のの、のじゃー!
のののののじゃー! の、じゃー!

蛇焔の巫女姫(火)→力の株分け(伸びしろ有り、個人向けの調整が効く)→灯火の巫女姫(♂)
軌跡の巫女姫(光)→自身(聖剣)の引き継ぎ(調整は効かないが白アリスみたいにワールドブレイクでもされない限り半永久的に受け継がれる)→歴代勇者

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