帯剣した冒険者ルックの人たちや、馬車を駆る恰幅のいい男性。ついでに空気的に明らかに浮いている渡りびとの集団が行き交う街門。その中でも一際目を引くのが真っ赤な塗装に黄色の持ち手、振り下せばファンシーな音色を奏でそうな――ってちょっと待って、そのでっかいピコピコハンマーなにそれ、なんの素材で作ってるのそれ、凄く気になる。
ピコピコハンマーを背負っていた額に傷の付いた厳つい風貌の渡りびとの大男がこちらを見て、ニヤァと、どことなく一歩引きたくなるような笑みを浮かべながら、背中に吊っていたピコピコハンマーを引き抜いた。陽光を浴びて、滑らかなレッドの光沢を発揮する塗料。絶妙にチープっぽい素材といい、完璧だ。どうやって作ったんだか気になる。大男は邪悪な笑みを浮かべながら、引き抜いたピコピコハンマーを振りかぶり、振り下した。
――ぴきょんっ!
ふぉぉぉぉぉ! 凄い、凄いピコハンだ! 世界観無視してるけど間違いなくピコハンだ!
ボクが猛烈に感動していると、大男はこちらにゆっくりと近づいてくる。えっ、やっぱボク、ウザかったかな? 大男は虚空に手を翳すと、なにかをズルりと引き抜く。
「……やるよ」
気づいたらボクの両手には一抱えもあるようなピコピコハンマーが載っていた。大男はニヒルに口元を歪ませて、ボクに背中を向けて去っていく。カッコいい。なにあれ! カッコいい気がする! ボクは思わず、手元のピコハンに目を落とす。
加速連撃のピコピコハンマー Rank4 異界の住民が作成した正体不明の武器。ダメージは殆ど与えられないが、ヒット数ごとに攻撃の速度が加速する。 耐久:180/180。
えっ、なにこのネタチート武器。
◇
「……な、なんだ主、その禍々しい装備は」
コレットはなぜかピコハンを見て、一歩引いた。恐らく冗談で言っているのだろう。こんな愛らしいピコハンが禍々しく見える訳がないのだから。この明らかに他の装備から浮いた、人工的なレッドの塗装とか非情に素晴らしいと思う。似たような塗料がこの世界にもあるのだろうか。
「しょうがないなぁ」
あんまりコレットが怯えるふりをするものなので、仕方なくピコハンをインベントリに収納する。うぅん、この加速連撃とやらは結構気になっているんだけどなぁ。これが一般的な装備に付いていたら恐ろしい装備になる気がする。なんかコレットがやらかしてくれればお仕置きという体で加速連撃を試せる――って駄目だ駄目だ。なんでボクはこんな酷いことを考えてるんだ。
「しかし、主。あの受付嬢は我々をカレリアへと行かせてなにがしたいのだろうな」
「それよりも、ボクはエルフは誰でも精霊姫に気付くものなのかの方が気になるかな。それともボク、なんかボロ出してたかな」
あんまりエルフに構われてしまうと、旅が進まない。あと、姫様姫様言われ続けると精神が摩耗しそうだ。というか、下手すると姫様呼びに慣れてしまいそうで怖い。
「……どうだろうな。だが、精霊術のスキル持ちであることと関わりはあるかもしれないな。二百年以上前に精霊が消失している訳でもある。新たな精霊術持ちが育つ土壌も喪われたのだろう。そういう点では余り心配は要らないと思うが」
「むむむ。そうだよね。まぁ、今更だからそれはそれでいいんだけどね」
ぶっちゃけ渡りびとから見えればバレバレな訳だし、渡りびと経由で広まるのは間違いないだろう。人の口に戸は立てられぬって言うけど、ボクはそもそも立てる気もないし。不毛すぎるし、コソコソしているのが性に合わないっていうのもある。
馬車の轍の残る街道の端を土を踏みしめながら歩く。時折、脇道に逸れては消えていく冒険者や逆に装備を汚し、ドロップ品らしきものを抱えて戻ってくる冒険者とすれ違う。
「この辺りはまだ街に近いからな。ヒューマンが日帰りで済ますのなら妥当な距離だろう」
コレットはどこか懐かしむような表情をして、冒険者たちが消えていった方向を眺めていた。
「それにしてはやけに人が多い気がするけど」
「それは、この辺りはゴーレムの多く現れる遺跡がある場所だからですね」
背後から声がして振り返れば、純白の法衣が風に揺れていた。アマリエさんだ。
その後ろにはバツの悪そうな顔をしたクロトさんと愉快そうにくっくと喉を鳴らしながらこちらに小さく掌を振ってみせるココノハさん。
「あれ、こんなところでどうしたんです?」
「それは勿論、追いかけてきたんですよ」
微笑みながら当然のようにそう言うアマリエさん。……あれ、ボク、なんか追いかけられるようなことしたっけ。
「いえいえ、悪いことじゃないですよ。ワールドゲートとやらに飛び込んだお馬鹿なクロトくんの代わりにお礼言いに来たんですよ。ありがとうございます」
「いやいや、助けられた側ですから、こっちは」
「そんなことないですよ。……ところで、有望そうな新人を見つけたからって先輩風吹かせてドヤ顔で参戦したあげく、足引っ張って死にかけたお馬鹿さんってどう思います?」
「……ダサい、ですかね?」
「はい。そのダサいのがクロトくんです」
そろり、とクロトさんに視線を向けると、俯いたまま負のオーラを振りまいていた。心なしか、聖剣まで負のオーラで淀んで見える。
「いい大人がなに不貞腐れてるんですか」
ボクが両手を腰に当てて、溜息を吐きながらボヤく。クロトさんは相も変わらずイジけていた。
「主、この男はメンタルが弱すぎるぞ」
「残念ながら、クロトくんはメンタルだけではなく、腕っぷしも弱いんです」
「……えっ、これで弱いんですか」
「弱いんです。歴代で最も聖剣の力を発揮出来ていない勇者らしいですよ。落ちこぼれ勇者ですね」
「でも、落ちこぼれ勇者ってフレーズだけでなんだか大逆転出来そうな気がします」
落ちこぼれからの実は隠された力が! の展開に期待してしまうのはボクだけだろうか。……ゲームのやりすぎかもしれない。
「――軌跡の聖剣、ティーリア。これまで何者にもその力を完全に発揮することは出来ず、あらゆる看破のスキルでもその真価を見抜くことは出来ませんでした」
アマリエさんは謳うように、囁くように聖剣ティーリアを語る。のろり、と伏せていた瞳を上げたクロトさんは腰に差した聖剣を虚空に振るう。純白の剣閃が薄らと空中に浮かび、霧散する。
――軌跡の聖剣。
その意味がじわりじわりとボクへと染み込んでいく。――聖剣ティーリアは単なる光の剣ではない。これが、軌跡を司る聖剣。そんじょそこらの武器とは一線を画す聖剣。
「渡りびとが持つと言われる女神の瞳。真贋を見抜き、魔人を見透かす至高の瞳」
クロトさんはボクの眼前まで近づくと、真剣な面持ちを浮かべ、聖剣ティーリアを大地に突き刺した。
「――その瞳で、聖剣ティーリアは果たしてどう見えますか?」
持ち主の手を離れたアイテムであるはずの聖剣ティーリア。――集中する視線を受けたソレからはいつまで経ってもウインドウが浮かぶことはなかった。
分かっていた。いや、識っていたという方が正しいのかもしれない。
なんとなく、こうなるという確信があった。
「……見えないことに、驚かないんですね? 実はもう別の渡りびとに試して貰ってるいるんですよ」
アマリエさんは微笑んでいる。それでも、瞳の奥には隙あらば見透かしてやろうという意思の光が見受けられた。
……ありゃ、疑われてる。これは、もしかしたらかなり最初の頃からボクが聖剣に思うところがあると見抜かれてたのかもしれない。そんなに表情に出やすかったかな、ボク。
「……」
ボクは無言で地面に突き刺さった聖剣ティーリアを引き抜き、横に一閃する。当然、光の軌跡が現れることはない。なぜならボクが灯火の巫女姫だから。他の精霊の力を借りることの出来ない巫女姫だから。ティーリアの剣身を優しく撫でる。
「……いつまでだんまりを決め込んでいるつもりですか、聖剣ティーリア。それとも精霊ティーリアと言わなければなりませんか?」
見えるはずがない。なぜなら、聖剣ティーリアは単なるアイテムではないのだから。
ティーリアの剣身が光が挙動不審を示すかのように淡く点滅し、不安定に揺れた。