Quest43
テーブルのそこかしこに無数の皿が並び、肉料理特有の脂が木の器の底をてらてらと光らせている。ここはフラウリード商館の裏手、クラウスさんの自宅だ。
なぜボクが此処に居るのかというと簡単、旅立つ前にお世話になった方々に軽く挨拶をして回っていたうちの一人である、クラウスさんに鮮やかな手口で食事に引っ張り込まれたのだ。あっという間だった。
「いやはや、ミツカ君がご迷惑をお掛けしたようだね。彼は最近拾った新人で、済まないね」
「いえいえ、お気になさらず」
どうやらこの間の魔物の卵の商人さんはミツカさんと言うらしい。というか、拾ったってなんだ、拾ったって。それとなく尋ねてみる。
「あぁ、それはだね、文字通り拾ったんだ。なにも持たずにモンスターの生息地のど真ん中に居たからね。私も商売の帰りで、その時は腕の立つ従業員の護衛も居たから拾って帰ったんだよ。半泣きだったね、カタナという武器を使ってモンスターを討伐をしていたみたいなんだが、途中でカタナが折れたとか不良品を掴まされたとかそれはもう、カタナと一緒に心がポッキリと折れていたね」
……カタナ、刀か。うーむ、いいなぁ。カッコいいけどボクには使える気がしない。少し前は投げるのは短剣までだったのに、最近じゃ盾まで投げ始めたしね。扱いが雑だからすぐにへし折ってしまいそうだ。
「それにしても幻想の森か。これはまた、大変なところを目指しているものだね」
「ギルドでミーアさんも言ってましたけど、そんなに言われるほどなんですか?」
クラウスさんは、少しだけ目を閉じて、大仰に頷いた。
「ふむ、幻想の森に住むエルフたちは気難しいと聞く。高価な薬草の類が採取出来るが、高位の魔物も多い。加えて、エルフの里に関する情報はどれも断片的と来たものだ。苦労はするだろう。だが、ミーアさんか……」
クラウスさんはどこか遠い目をして、ワイングラスを傾けた。
「……彼女、私が物心を付いた頃からもう既にギルドに居たんだ」
「……そ、それって何十年前ですかね」
「……聞きたいかい?」
真顔だった。表情を一切動かさず、クラウスさんは視線をボクに向けた。
「や、やっぱりいいです」
「……噂だとかれこれ二百年以上生きているとか、そうでないとか。嘗ては千の悪魔を屠った強力な精霊使いだったとかなんとか」
「言わなくていいって言ったじゃないですかぁ!?」
コレットが無言のまま、厚切りのステーキ肉を鋭い牙で食い千切った。……無言の圧力を感じる。
コレットといい、ミーアさんといい、長寿種って怖い。というか、ボクはもうこれ以上年齢関連の話題にはツッコミたくないのだ。
「おや、精霊使い関連の話題は好きだと思ったんだがね」
「ミーアさんの年齢と精霊使いの話題は関係ないと思います」
ボクがそう言うと、クラウスさんは口の端に笑みを浮かべた。
「ところが、だ。これが大事な話でね。ところで有名な話なんだが、精霊使いの素質というのはどういうものだと思う?」
「MP……じゃなくて、魔力ですかね?」
「えむぴー? あぁ、ミツカ君もそんなことを言っていたね。言い方はどうでもいいが魔力も大事だね。だが、精霊使いにとって一番大事なのは性根だよ。精霊に好まれる性根、これが一番だったらしい」
「なんかすっごい曖昧ですね」
ボクがオレンジに似た味のジュースを喉に流し込んでいると、コレットがそこはかとないドヤ顔を浮かべてこちらを見た。
「その通りだ店主よ。精霊使いに大事なのは二つの素質、我々には感じ取れないこの精霊界の深部に存在する精霊の力をこちら側、我々の生活する精霊界の表層に引っ張り上げる力と精霊に好まれる性根だ」
チラ、チラッとボクの様子を窺うコレット。なんとなく、「質問があれば受け付けよう。他ならぬ主の頼みだからな!」などと調子に乗りそうだったので、そっとコレットから目を逸らし、クラウスさんと向き合う。
「精霊界の表層に引っ張り上げる力ってなんです?」
「……ふむ、例えるなら、我々の生活している世界は巨大な湖の表面なんだ。水面から先、水中が精霊の領域、人には到達出来ない領域だ。つまり、精霊使いとは、湖の表面から糸を垂らし、糸を通して精霊の力を借りることで力を用いていたのだね。精霊界の表層に引っ張り上げる力というのは、目的の精霊がどこに存在するのか理解し、真っ直ぐに糸を伸ばす力のことだね」
なんか凄く分かりやすい説明だ。なるほど、そりゃ巫女姫崇拝されるよね。糸を伸ばすまでもなく、体の中に精霊が居るんだから、それだけの無駄が省かれている。
「だが、糸を伸ばすだけでは精霊は力を貸してはくれない。精霊は好みにうるさい。しかも独占欲が凄いんだ。独占欲が強いからこそ、精霊は本当に気に入った存在は契約という形を用いて精霊使いを縛ったらしい。他の精霊の力を借りぬように、他の精霊の影響を受けて、精霊使いの性根が変わってしまわぬように」
なんだその精霊は実はみんなヤンデレさんみたいな話は! 性根が変わってしまわぬようにって要するに「ずっと私が好きなあなたのままで居てね」(物理)的なアレなのだろう。
「だ、だからこそ、精霊使いの強さとは精霊との絆に比例する。勿論扱える精霊の種類や性質にも依る! それ故に他のスキルと比べて他者と非常に比較しにくいのが精霊術というわけだなっ!」
コレットかテーブルから乗り出して必死に語る。飲み物の中身が零れるからやめなさい。
「そっか。ありがとう、コレット」
「お安い御用だ」
ふっ、と落ち着いた笑みを浮かべるコレット。もはや、さっきまで聞いて聞いてアピールを繰り返していた人物と同一とは思えない。
――嘗ては千の悪魔を屠った強力な精霊使いだったとか。
――精霊使いの強さとは精霊との絆に比例する。
クラウスさんの言葉とコレットの言葉が頭の中をぐるぐると巡っている。千の悪魔を屠るような精霊使いと精霊が紡いだ絆とはどれほどのものだったのだろうか。その絆が喪われるというのは一体どれほどの苦しみになるのだろうか。
「あー、すっきりしない」
ステーキにフォークを突き刺しながら、ボクはぼやく。いまいち消化不良というか、納得出来ないものがあった。
――皆さんの行動で世界は変わりますよ?
ふと、前にシロがそう言っていたことを思い出す。ボクの行動でもこの世界は変わるのだろうか。――喪われた精霊と新たに生まれた精霊姫。もしも、もしもだ。現時点で渡りびとに属性付けをするならば、ボクの存在は精霊関連の物語の歯車の一つ。世界中に存在するであろう、無数のクエストやユニーククエストの内容に差があるのならその条件は渡りびとの属性にあるのではないだろうか。そして、この精霊関連の物語には現状、他のプレイヤーが非常に介入しにくい状態になっている。なぜなら精霊はもう二百年以上前に……、介入し得るであろう新たな精霊使いは……あぁ、駄目だ、混乱してきた。
「……主、大丈夫か?」
「ごめん、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけ」
「それならいいんだが……」
コレットが心配げにこちらを窺っていたので小さく微笑みながら答える。
「しかし、アレだね。幻想の森を向かうにもどんなルートを用いるんだい?」
「それはミーアさんに勧められたカレリアって街に行こうと思ってるんです」
「……ほう」
一瞬だけ、クラウスさんの瞳に興味の色が色濃く浮かんだように見える。一体なんだ?
「お二人はカレリアについてはご存知ですかな?」
「いえ」
「私も知らないな」
ボクたちの答えに目を細めたクラウスさんはゆっくりと口を開いた。
「精霊には様々な性質を持つものが存在したという。火の属性でも焼き尽くす炎、再生の火、知恵の火と呼ばれているものまで様々だ。その中でもより強力な精霊は大精霊と呼ばれていた。これは、我々が勝手に付けた格付けだが、純粋に力の強いもの、性質が非常に希少なもの、そして複数の属性を内包したものまで様々だね。そして、カレリアの街は古くから精霊に縁(ゆかり)のある場所でね」
こういった話が元々好きなのか、謳うように語り続けているクラウスさん。そして、クラウスさんは小さく息継ぎをすると、残りの言葉を吐き出した。
「――まぁ、ここから先は秘密。自らで探ってみるのも楽しいでしょうな」
珍しく、喉を鳴らして楽し気に笑うクラウスさん。
ミーアさんといい、クラウスさんといい、秘密秘密ってボクが子ども扱いされている気がする。