「ユラさんユラさんユラさん! ぼーけんですよ!」
ボクの襟首を引っ掴んで揺さぶる少女。
そうラティアちゃんである。やめて、ちょっと揺さぶらないで食べたものが出ちゃう。そもそも出るのか分からないけど。涙も汗も出るしもしかしてたら出る……いや、真面目に考えることでも考えたいことでもないな。
昨日は結局村長さんたちの惚気話と若い頃の村長の冒険譚で潰れてしまった。ボクはログアウトするだけなのに食事も頂いちゃって、更には一室貸してくれたのには驚いた。
ただ、村長さんの話は面白かった。この世界を創造した女神様と悪魔の軍勢との戦いの話とか冒険者の心得とか魔物毎の武器種の話とかためになることも多い。そもそもの話、ボクが律儀にクエストをこなしているのもこういうコンシューマーゲームみたいなお話つきのゲームも大好きだからだ。というか普段はそっちがメインだけど。そういう意味ではSWOはボクにとって天国みたいな場所かもしれない。
「よぅし、ラティアちゃんや少し落ち着くんだ」
「やだなぁ。わたしとユラさんの仲じゃないですかぁ。ラティア、でいいです」
「ごめんね。ボクはキミにフラグを建てた覚えはないんだ」
キミに建ってそうなのは未だに超ロングヒットをかましている某桃姫のゲームみたいな誘拐フラグだけだと思う。それか怪しい人たちがずんどこずんどこ踊りながらキミを生贄にするとか。
「村にはわたしと同じくらいの歳の女の子って居なくて! 冷静になってみたらなんだか昂奮しちゃって、えへへ!」
「キミ、ボクの話聞いてないよね」
この子の目は節穴なのだろうか。
村長だってボクのことは普通に男扱いしていたはず。してた……よね?
「わたしはユラさんが女の子でも構いませんよ!」
「キミって割りと思考が自己中心的だよね」
これが女神様の血族か。
村の小さな教会で神父のお爺ちゃんが真剣に祈りを捧げてた女神様の血族なのか。
「ごめん、目にゴミが入っただけだから気にしないで」
「はい!」
いい返事だ。ボクは目元を服の袖で乱暴に拭った。
ごめんなさい女神様。ボクにはアナタに真剣に祈れそうにありません。
「さて、薬草を集めるために東にある草原に行こうと思う」
「なんでですか! ダンジョンはどうするんですか!」
「なんでボクがキミに怒られてるんだかちょっとよく分からない」
「……え、いや、それは……そ、そう! ダンジョンを放置するのは危険です。また人形が外に出てくるかもしれないじゃないですか!」
確かに。その懸念はあるけれども一日置いて冷静になってみたら準備が足りないことに気付いたのだ。というかサービス初日でボクが昂奮しすぎて空回りしてた。ボクはラティアの肩にそっと片手を添えた。
「いいかいラティア。ぶっちゃけボクは弱い。下手するとラティアより弱い」
「割と致命的な問題ですね」
「ついでにボクの戦闘経験は人形一発殴っただけだ」
「なんでそんな状態で冒険者志望とか堂々と言えたんですか!?」
なにもしなくても楽しくてしょうがなかったんだ。許してほしい。
「というより、村長の奥さん……というかシルリアさんが薬草からの調薬教えてくれるって、それに地方によって調薬のレシピも変わるから教わって損はないって押し切られちゃって」
「ユラさん、よく流されやすいって言われません?」
うるさいな。ほっといてよ。というかこういうのも好きなんだからしょうがないだろう。
「あと、後で狩人のアドルさんと狩りのコツを教えてくれるって約束もしたし村長さんが冒険者時代に集めた秘蔵の装備コレクション見せてくれるって」
「なに一日で馴染んでるんですか!? というか狩人のアドルさんってあの人滅茶苦茶気難しい人じゃないですか! わたし、話しかけても「あぁ」と「そうだな」以外返された記憶がないんですけど!」」
「それは単純にキミが嫌われて……」
「やめてぇ! そんな言葉聞きたくないですぅ!」
まぁ、冗談だけど。あの人はちょっとシャイなだけだし。ラティアは嫌々するように首を振っている。ポニーテールにした長い栗色の髪が左右に揺れていてボクはなんともなしにそれを目で追っていた。
「という訳でボクは村の外周から少し外れたところを回りながら薬草を回収してくるよ」
「……そんな、まさか……わたし、ウザい子……?」
「そんなことないよ。ラティアは確かにしつこいし人の話聞かないし空気読めないけど優しい子だよ。多分」
「悪い点が良い点を遥かに上回ってますぅ。う、うわぁーん! ユラさんなんてどこにでも行っちゃえー!」
ラティアがパタパタと靴音を立てながら遠ざかっていくのが見える。
正直助かった。どんな心境の変化か知らないけど、もしもついてくるなんて言われてしまえばボクは探索を見合わせていたかもしれない。
一日村で過ごしただけで分かった。
正直ボクにはNPCをゲームとして割り切って見ることことは出来そうにない。
だから、最初だけは一人で死んで覚えるくらいの覚悟でこの世界を遊んでみようと思う。どうやらボクは相当この世界に魅せられてしまっているらしい。