クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest41

 シロが唖然とした、といわんばかりの表情で硬直している。

 

「勇者……? 冗談ですよね。こんな顔だけで実は頭悪そうなのが勇者なんて有り得ません! そこの頭悪そうなの、どうやってここに入ってきたんですかぁ!」

「……シロ、それは間違い。その剣は間違いなく聖剣ティーリア。つまり、この顔だけで実は頭悪そうなのは本当に勇者」

 

 なんて惨い罵倒なんだ。というか、顔だけで実は頭悪そうなのってなんだ。というか、人を顔で判断するのは良くない。顔で判断された結果幼女認定されたボクが言うんだ。間違いない。

 

「どいつもこいつもなんでことあるごとに俺を罵倒しやがるんだ!」

 

 クロトさんは悲痛な叫び声を上げる。

 シロ(過去のボクのアバター)クロ(過去のボクのアバターの2Pカラー)がご迷惑をお掛けしています。というかこの状況、改めて整理すると凄いな。ボクにはGMコールを連打してから逃走する悪戯をする権利くらいはあってもいいと思う。

 

「ところで、なんでというか、どうやってここに来たんですか?」

「……あぁ。渡りびとの馬鹿共が魔導魂核を堂々と売り出し始めるとかアホなことを始めたせいで街が大変なことになってやがるんだよ! 商人してぇんなら自分がなに売ってんだか理解しとけボケとなじりたくなるわ!」

 

 あんな曰くしかないようなものを売ったのか。

 見た目は綺麗でも、あれって死人が出ることが前提な上に、ロクでもない代物だからなぁ。

 

「あれ、やっぱりこの魔導魂核って持ってたらヤバいですかね」

 

 魔導魂核を取り出して掌で転がすと、果てしなく微妙そうな顔をするクロトさん。

 

「少なくとも見せびらかすのはやめとけ。人殺しの末に手に入れたモンじゃねぇからそうヤバいことにはならんだろうが、勘違いされて面倒なことにはなるかもしれん。モノを見るための鑑定技能や道具持ちじゃねーとソイツが出来損ないって気づけないからな。まぁ、本物だったら砕いとけって言いたいがな」

 

 確かに。というかこれ、持ってるだけで取り締まられてもおかしくない代物なんじゃないだろうか。

 

「シロを無視しないでくださいっ!」

 

 横に一閃された【シャドウデーモン】の長剣を屈んで避け、その手首にナイフを突き立て、スナップを効かせて手首ごと千切り取る。漆黒の液体を噴き出しながらよろめく【シャドウデーモン】の胸に勢いのままに投げ放ったナイフが深々と突き刺さった。

 

「……前から思ってたけど、お前って結構容赦ないよな」

 

 だって一体一体に時間掛けられるほど余裕ないですし。

 こんな会話をしている間にも【シャドウデーモン】は次々と容赦なく襲い掛かってくるのだ。

 

「巫女っち! 死ねる! これは本気で死ねるよぉ!?」

「死ぬ死ぬ言ってるうちはまだ死んでないんですから平気ですよ」

「そりゃあ死んだら喋れないからねっ!」

 

 まぁ、そうなんですけどね。

 スイさんに斬り込んできた一体の長剣を大盾で受け止め、コレットの居る方向へ押し返す。後はコレットがやってくれるだろう。

 

「で、結局聞けてないんですけど、どうやってここに入ってきたんです?」

「……まぁ、誤魔化せないか」

「当然です」

 

 バチリと音がして、【シャドウデーモン】のうち、一体の持つ長剣に雷撃が纏わりつく。だぁぁぁ! 魔法剣っぽいのは嫌だ! 盾で受けるの恐いから嫌だ!

 

「泥濘の陣!」

 

 【シャドウデーモン】の足元に描いている途中の陣が長剣で分断され、霧散する。ぐぬぬ、無駄に賢い。

 

「よっと」

 

 ボクが二の足を踏んでいると、クロトさんが唐突に聖剣を振り下した。それと同時に純白の剣閃が膨れ上がるようにして飛翔し、【シャドウデーモン】を爆散させた。なにそれ、武技じゃなくてそんな威力してるのか聖剣ティーリア。それとも別のなにかがあるのか。

 

「で、どうやってここに入ってきたかだったか。これだよ、これ」

 

 クロトさんが取り出したのは見覚えのある宝石だった。

 

「……魔導魂核ですよね」

「おう。ワールドゲートとやらが渡りびとにしか使えないんならワールドゲートが俺らを渡りびとか、それに近しい存在だと認識すりゃいいんだろ? だから駄目で元々、その辺でたむろってた渡りびとから魔導魂核を買い取って取り込んでみたら潜れるようになったぜ」

 

 ……取り込んだ? 渡りびとの魔導魂核を?

 なんつー無茶苦茶な。というかそんな裏道があったのか。いや、もしかしたら当初から設定されていたプレイヤー側の魔導魂核の使い道がそれだったのかもしれない。プレイヤー側が貧弱なら強力なNPCをこの世界に引き込んでしまえばいい。今となっては、イベントクエストに一体幾つのクリア方法が存在したのかはもはや見当もつかない。

 

 いや、よく考えてみれば、このこともボクは気づけたハズだったのか。

 現にボクはリリアの魔導魂核を取り込んで、自身をリリア・エルアリアに近づけることでコレットを止めたのだから。

 

「な、なんですかそれは!? そんな設定聞いてないですよぅ! これは不具合……いや、わざとですか。や、やられた! あんの糞運営……わざとこちら側に回す情報絞りやがりましたか!」

 

 シロが髪を掻き毟りながら吼える。

 というか口が悪い。糞運営ってキミの立場で言うのは色々マズいでしょ。

 

「主、あの少女は一体なにを言っているのだ。糞運営とはなんだ」

「……糞運営。それは、あれだよ。直訳すると「次回のアップデートも楽しみにしています」というかなんというか」

「余計に分からなくなったぞ」

 

 魔法の言葉なのだ、糞運営とは。ユーザーから糞運営糞運営言われているうちは大体あと数年くらいは持つ。本当に終わりそうな時はひっそり終わるのだ。まぁ、こんなことをコレットに言っても仕方ないんだけどね!

 

 【シャドウデーモン】の燃え上がる剣を大盾で受け止める。飛び散った火の粉が大火狐のローブに掛かる。危ないな、耐火属性装備着ておいて良かった。強く押し出すと同時にナイフを投げ放つが、別の【シャドウデーモン】の長剣がそれを弾く。

 

「あぁ、もうっ! ココノハさんとアマリエさんはどこ行ったんです?」

「アイツラに出来損ないとはいえ、魔導魂核を取り込ませるなんつーことが出来るかっ!」

 

 クロトさんの飛ばす剣閃が【シャドウデーモン】を爆散させる前に放られた小石にぶつかり、弾ける。本当に無駄に優秀なAIを積んでいる。もう対策を練られたか。恐らくはクロトさんの謎の剣閃飛ばしはボクの想像以上に繊細なもので、間に障害物が存在すると十分な力を発揮できないのだろう。

 

「ソニックスマッシュ、サイクルストリーム、フィフスラッシュ」

 

 視界の端ではクロが棒としか言いようのない武器を縦横無尽に振り回しては【シャドウデーモン】をぶっ飛ばしている。槍じゃなくて棒か。なんてニッチなんだ。というか、もはやあの子だけ別ゲーやってるんじゃないだろうか。

 

「……なんだ、あれ。逸材なんじゃねーの」

「扱いずらい子ですし、既に渡りびとを間違いなく四桁以上倒してるんで勧誘は辞めといた方がいいと――」

 

 そこまで言って、視界の端に真紅の塊が映った。咄嗟にローブを掲げると同時、なにかがボクに衝突した。吹き飛ばされたボクの視界がぐるぐると回り、全身を痛覚の代替として伝わる痺れが巡る。

 

「主っ!」

 

 慌てて駆け寄ってきたコレットに抱き起される。視界が真っ赤だ。どうやら途中で額を切ったらしい。目に血が流れ込んだみたいだ。

 

「……少しだけ、さきっちょだけ味見してもいいか?」

「あっはっは。……怒るよ?」

 

 瞳を欲望にギラつかせていたコレットが一瞬で真面目な表情を取り戻す。よし、ボクは空気が読める人は好きだよ。

 

「全く、勘がいいですねぇ」

 

 掌に無数の火球を纏わせたシロがボクに冷たい視線を向けている。

 ――そうだよね。やっぱりそう来るよね。だって一度もシロ自体がゲームに手を出さないなんて言ってないもの。

 

 クロトさんは鋭い視線をシロへと向け、スイさんは表情だけはへらへらとしていたが目だけが全然笑ってなくて、凄く恐い。

 

「ちぇっ、そんな恐い顔しないでくださいよぉ。……仕方ないですね。まさか、聖剣の勇者が来ちゃうなんて思いませんでしたから。お見事お見事、【シャドウデーモン】を大量に集めたくらいじゃ三十分じゃ負けちゃいそうですね」

 

 シロは口元に手を当てて、くすくすと笑いながら告げる。

 その、無駄に余裕の態度にどうにも落ち着かないというか、不安が拭えない。

 

「なーんとっ! 今回は特別にシロが勝ちを譲ってあげますっ!」

「どういうつもりさ?」

「そのままの意味ですよぉ。今回はシロの負けです。約束通りクロをこの世界から連れ出してあげます。おっと、勿論クロに危害は加えませんよ。……逆に殺されそうですしね。……そおれっ!」

 

 掌でミニチュアサイズの宝箱を弄んでいたシロが突然その宝箱を空高く放った。

 行動の意図が掴めなかったボクは盾を構え、防御の体勢を取った。

 

「はっ!」

 

 迎え撃つのはクロトさんの純白の剣閃。

 瞬間、ぼこん、という洗面台にカップ焼きそばのお湯を捨てた時のような緊張感の抜ける音がして、宝箱が膨れ上がった。大人一人入れる程にまで巨大化したそれは、悠々と弾けた純白の剣閃を乗り越え、こちら側に落ちてくる途中に唐突にその頑丈に閉じられていた蓋を開き、空中でジェットの如く加速し、襲い掛かった。

 

 ――その先に居たのは。

 

「……なにを」

 

 バクン。そんな音がしてクロの立っていた大地ごと巨大な宝箱はクロを飲み込んだ。――信じられない。そんな驚愕と共に、ボクは宝箱を見やる。

 

 デモニックミミック Lv68 状態:普通

 

 なんじゃこりゃ! がぱり、と勢いよくその口を開いた時にはもう既に中にはクロの姿は見受けられなかった。その行動を警戒したボクたちは思いっきり背後に退く。だが、【デモニックミミック】の取った行動は真逆で、再び謎の推進力でシロの元まで退くことだった。

 

 Special Character:アリスシャドウがイベントステージから離脱しました。

 イベントステージ「アリスの世界」は今から三十分後に消滅します。

 アリスシャドウの特殊権限、不屈の誓いの消失条件、"指定空間内からの離脱"が満たされました。アリスの特殊権限、不屈の誓いが消滅しました。

 

「びっくりしましたかぁ? おっと、クロは外の世界に送られただけなので安心してください」

「……デモニックミミック?」

「あは、渡りびとはだぁれもこの子に気づかないんですもん。まぁ、ミミックは並大抵のことじゃ見破れませんけどね。現時点の渡りびとじゃ無理無理ですね」

「……ソイツは悪魔なのか?」

「その通りですよ、勇者。この子もこんな形(なり)ですけど立派な悪魔、嘘吐きアリスにはぴったりの悪魔だと思いませんかぁ? ふふーん、ミミックのミミッくんです。可愛いでしょう?」

「……主、ヤツのネーミングセンスは壊滅的だぞ」

「やめて、言わないで」

 

 恥ずかしいからこれ以上その姿で醜態を晒さないで欲しい。なんだ、ミミッくんって。レベルとか高いのに色々と残念すぎるだろう。

 

「聖剣の勇者と聖剣ティーリアの消失(ロスト)ですか。うーん、悪役(ヒール)の初陣としては中々悪くない成果なんじゃないでしょうかねぇ」

「一体、なにを言って――」

「それでは勇者と聖剣ティーリア、さようなら」

 

 がぱり、と開いた【デモニックミミック】の口にシロが飛び込む。……ん? 聖剣の勇者と聖剣ティーリアの消失(ロスト)? いや、まさか、んなアホな。

 

 ――ヤバい、ヤバい、ヤバい! 

 

 クソッ! シロが勝ちを譲った? そんな訳がない! ――シロは最初からボクたちを勝たせるつもりなんてなかった!

 

「コレット! クロトさんを無理やりでいいから引っ掴んで全力で、――リスク完全無視でいいから瞬身の心得全開でワールドゲートから外に連れ出して! 間に合わなかったらワールドゲートに投げ込むのでも可! とにかく早く!」

「いや、主……」

「全部終わったら好きなだけ血を吸っていいから! その代わり、なにがあってもここに戻ってきちゃ駄目だからね! 戻ってきたら蹴り抜くから!」

「あ、あぁ……分かった。なにがあってもというのは――」

「――早く!」

「えっ、あっ……オイ! ちょっ、この体勢は背骨が折れ」

 

 吼えるように叫ぶ。ボクの真剣さが伝わったのかコレットが無言でクロトさんをリフトアップ、頭の上に持ち上げる形で持ち上げると全力で走り出した。後はコレットが間に合うのを祈るだけだ。

 

 金属の擦れあうような音を立てて、【デモニックミミック】の蓋が閉まる。それと同時、【デモニックミミック】の全身が瘴気のような霧へと変じ、遂には消え去ってしまった。残るのは二十体オーバーの【シャドウデーモン】とボク、そしてスイさん。

 

「ねぇ、巫女っち、さっきのって一体なに――」

 

 Special Character:アリスがイベントステージから離脱しました。

 イベントステージ「アリスの世界」の崩壊が早まりました。三分後にイベントステージ「アリスの世界」は消滅します。

 

 スイさんの額を一筋の汗が伝う。

 状況を理解した。というより、理解してしまったようだ。

 ボクたちの周囲を詰める形で【シャドウデーモン】がわらわらと集まってくる。

 

「……ね、ねぇ、巫女っち」

「……なんです?」

「もしかして、アリスちゃんって万が一、三十分以内に私たちが【シャドウデーモン】を全滅させそうになってたらさ……」

「……三十分が過ぎる前に世界ごと消し去る算段だったんでしょうね。倒せないならそれで良し、倒せそうなら世界ごと消し去る。これで負けなしです」

「……今から逃げるっていうのは?」

「コレットならともかく、ボクたちじゃ間違いなく間に合わないでしょうね」

「じゃ、じゃあログアウトしてみるっていうのは?」

「消滅した世界にログインしてるんですからログインと一緒に死んでそうですね」

 

 スイさんが完全に死んだ目をしている。

 正直、もう完全に死刑宣告状態だから仕方ない。完全にシロに一杯喰わされた形だ。なんでボクがモデルでこんな性根の腐ったAIが出来るのか理解に苦しむ。

 

「使役魔物より先にテイマーが死ぬとどうなるか分からないので、時間切れで死ぬまでは足掻いてみようと思うんですけど、スイさんどうします?」

「……よぅし、スイさんは開き直りました。どうせなら一矢報いてやろうではないか巫女っち!」

 

 虚空からズルりと破城弩試作型十八式を取り出して、設置するスイさん。

 

「時間切れ前に私が死んだら巫女っちのせいだからね!」

「すっごく難易度が高そうですけどやれるだけはやってみますね。久々に盾っぽいことしてる気がします」

 

 

 

 アリスイベント最後の激闘。結果は時間切れによる世界の崩壊と共に死亡。これが、SWOにおいてのボクの初めての敗北となった。




なんかグダりそうだったので一気に進めました
次回、三章エピローグ予定

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