「で、結局クロをこの世界から出す方法ってなんなの?」
「い、言う訳ないじゃないですかぁ!? そもそも、さっきまで殺る気満々だったじゃないですか! 言ったら言ったで絶対その後ロクなことにならないじゃないですかぁ!」
人をそんな冷徹な人間みたいに言わないで欲しい。せいぜい魔導魂核を取り上げて、全部砕いてからシロを地面に埋めて、悠々とこの世界から脱出するくらいだ。
「まぁ、いいや。言う訳ないってことはやっぱりあるんだね」
危ない。クロが完全に使い捨てユニットだったらボクは完全にお手上げだった。というか、なんでボクはクロを助けようとしてるんだろうか。性格的にさっぱりしているからか。不思議と嫌悪が沸かない。FSA時代は何百回どころか何千回もぶっ飛ばされたのに。
「ぐぐぅ……。貴方には邪魔をされてばっかりです」
シロはキッとボクを睨みつける。この子はボクが誰だか気づいていないのか。うぅん、まぁ直接の面識もないから仕方ないか。
「まぁ、いいですよ。ゲームをしましょう」
シロは宝箱を逆さにすると、幾つもの魔導魂核を取り出し、空中に放り投げた。散らばった魔導魂核が虚空で弾け、破片を四散させながら消滅し、黒の靄となる。
シャドウデーモン Lv34 状態:敵対
シャドウデーモン Lv32 状態:敵対
シャドウデーモン Lv35 状態:敵対
シャドウデーモン Lv31 状態:敵対
シャドウデーモン Lv34 状態:敵対
シャドウデーモン Lv30 状態:敵対
「そぉれ、そぉれ!」
シロが手を振りかざし、【シャドウデーモン】を量産する。――なんだこれは。【シャドウデーモン】の数は優に十を超え、二十を超え、あげくの果てには五十を突破した。
「あははっ! 【シャドウデーモン】、総勢六十五体です。制限時間は三十分、制限時間以内に全ての【シャドウデーモン】を倒すことが出来たら、シロがクロを外に連れ出してあげます」
「……手段は」
「特に問いません。これはゲーム、勝者への報酬もルールも遵守しますよぉ」
Questが発生しました。
『白のアリスの挑戦状』
このクエストを受諾しますか? Y/N。
確定報酬:イベント『放浪の黒アリス』の発生
……確定報酬。これまでになかったパターンだ。これまでは報酬がないことが殆どのブラッククエスト状態だったからなぁ。権限がない現状ならシロの言葉の信憑性も多少上がる。前科があるからなんとも言えないけど。騙されたらぶっ飛ばしに行くくらいの強かさが必要かもしれない。
「よく分からないが、コイツラを纏めて相手するのは無理だぞ、主」
「……」
確かに無理だ。死ぬ気でやってギリギリ二桁がいけるか、――いや、これも無理か。そう考えた瞬間、無数の影が飛び交った。
サクリ、と軽快な音がしたかと思えば、三体ほどの【シャドウデーモン】の額にトランプが突き刺さっている。
「……シロは優しい。クロは誤解していた」
五メートルほどまで伸びたトランプが周囲の木々ごと手近なところに居た【シャドウデーモン】を両断する。シロの額に大粒の汗が浮かぶ。
「いや、その……クロはノーセンキューといいますか、ちょっと本気でやめてくれませんか? 魔導魂核って有限なんですよ? そんなサクサク狩られると困るんですけど」
「あっ、クロ。【シャドウデーモン】から黒ノ長剣ドロップしてるけどどうする?」
「……あげる。クロには必要ない」
「なに平然とドロップの分配してるんですか! シロの話、きちんと聞いてくださいよぉ!」
「……手段は問わないと言った。つまり、クロが倒しても問題はない」
「こんなに強いとは思わなかったんですよぉ! シロとクロは同じレベルでスキルレベルも同レベルに設定されていたハズです! なんでこんなに強いんですかぁ!」
なんだか認識に齟齬があるみたいだ。シロは些かクロを……というより、黒アリスを舐めすぎているきらいがある。シロにはクロより弱いという自覚はあるみたいだが、その差が容易く埋められるものだと思っているのか。クロとて伊達に不敗伝説を築きあげている訳ではない。真新しい行動もしない格下に易々と負けるようならボクは苦労しなかった。要するに、正直、能力制限なしのコレットよりクロの方が強いと思う。こんなこと言ったらコレットの心が折れそうだから言わないけど。
「――来るぞ、主」
コレットが叫ぶのと同時に、一体ずつ掛かってくるというお約束を無視して突撃してくる【シャドウデーモン】の群れ。四方に散開したそれらは平行に構えた漆黒の長剣を突き出しながら駆けてくる。うわぁ、串刺しコースか、これ。
「ほいほい。パワーシュート!」
勢い良く放たれた矢が一体の【シャドウデーモン】の肩に突き刺さり、【シャドウデーモン】は長剣を取り落とす。ボクたちの四方を囲む陣が僅かに崩れる。
「コレット、そこっ!」
ボクが叫ぶと同時、コレットの姿が消え失せる。
コレットが用いたのは、瞬身の心得。ざっくりとした説明をするなら設定した二点間を移動する際の敏捷力の強化。汎用性に欠ける代わりに恒常的に敏捷力を上げる疾駆の心得よりも伸び幅が大きいらしい。HPの消費というデメリットこそあるが、基本的にコレットは種族的にも能力的にもタフなのでそのデメリットが表に見えたこともない。それでも、死ぬ時は一瞬だけどね。……別に根には持ってない。視線の先で大剣を振り抜いてスペースを作り出したコレットを追うように走る。
「ショックウェイブ!」
再び隙間を埋めるべく詰め寄ってきた【シャドウデーモン】を衝撃波で払う。今のところ、盾の武技は全部便利だと思う。使わない武技、つまりは死に武技がこれからも出てこなければいいんだけど。
これによって、ボクたちを囲む包囲網に穴が開く。跳ねるようにしてそこから離脱したクロと、威圧代わりにバスバスと矢を放ちながら駆け抜けるスイさん。
「とりあえずクロ、半分くらいは任せたよ」
「……ユラ、酷い。クロでもそれは死んでしまう」
いや、死んでも蘇るじゃん。何度も死にながらクリアするっていうのはゲーマー的思考からすれば完全敗北だけど。ノーコンテニュー、略してノーコンは目的じゃなくて、前提条件だ。
「じゃあ俺がやるわ」
どこかで聞いたような声が聞こえた。
振り返ってみると見覚えのある白の長剣――聖剣ティーリアを握った青年が立っていた。思わず呆けてしまいそうになる。
「な、なんでここに居るんですか……クロトさん」
ちょっと意味が分からない。どっから入ってきたこの人。
ワールドゲートを用いることが出来るのは渡りびととそれに連なるものだけのハズ。要するにこの世界に居るのは一部の存在を除けば、渡りびとと所属が渡りびとになっている存在、使役魔物だけのハズだ。NPCの枠を出ないはずのこの人がこの世界に入ってこれる理由に思い当たるものがない。
「――勇者ってのはピンチの時に出てくるもんだろ?」
クロトさんは聖剣ティーリアを平行に持ち、斬り込んでいく構えを見せている。
「あの……自分で言ってて恥ずかしくないですか?」
「うっせぇよ! 分かってるなら聞くなよ!」
幼女、幼女(2Pカラー)、巫女姫(♂)、吸血鬼(見た目だけマトモ)、若返り大学生の面子の中に臆せずに突っ込んでいけるって意味じゃ確かに勇者かもしれない