クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest39

 最初の一ヶ月、彼女は負けを積んだ。

 一ヶ月目でFSA上位ランカーはふと、不思議に思う。明らかに動きが良くなっている。

 三ヶ月経てば明らかだった。昨日まで、一昨日まで彼女に勝てていたプレイヤーたちが次々と彼女に敗北していった。

 

 この頃になってプレイヤー達に共通の認識が生まれた。彼女は高度な学習機能を積んだAIであると。プレイヤーたちは次々と手を変え、品を変え、彼女を追い詰めた。

 

 半年が経った。彼女に打ち勝てる者たちは片手で数えられる数に落ち着いた。

 

 一人の少女が居た。

 少女は彼女のオリジナルであり、親のような、姉のような存在だった。

 だが、少女は常にどこかつまらなさそうな、むっつりとした不機嫌そうな表情で居ることが多かった。

 

 最初の一ヶ月、少女はより効率的に、より評価点の高い戦いを繰り返し、彼女を徹底的に打ちのめした。

 三日目で少女は彼女が少しずつ学習を繰り返していることに気付いた。

 二ヶ月目、初めて少女は彼女に敗北した。消えてしまうその時に少女が見せたのは驚愕、それに尽きた。少女が徹底的に打ちのめしたはずの存在の逆襲が始まった。

 三ヶ月経てば少女は効率面を無視し、評価点を捨てて、持てる全力を用いて挑んでくるようになった。

 

 半年が経った。少女と彼女の勝率は半々。いや、少女の負けが込み始めた。

 

 

 一年が経った。FSA上位ランカーの大半が彼女へ挑むこと自体が減った。その頃には黒アリスの名は、ネットの海でそれなりに大きなものになっていた。

 二年が経った。彼女の元へ訪れるのに、腕に覚えのある者や自称プロゲーマーが混じり始めた。自称プロゲーマーなどは、金を積んで、彼女に負けるようにと諭すように語るものまで現れる始末だ。彼女を倒すことを名を上げるための手段として利用しようとしたのだ。まぁ、当然彼女はぶちのめしたのだが。彼女は金など貰っても使う手段がなかった。

 

 三年が経った。この頃にはもはや彼女に打ちのめされることに快感を覚える一部の趣向を持つ人々と恐いもの見たさに挑む者、そして常連プレイヤーのみが彼女に挑むだけになった。

 

 

 一年が経った。とうとう少女は彼女に勝てなくなった。

 この頃から少女の表情から仏頂面が消え始めた。時折悔しそうな表情を浮かべるようになった。

 二年が経った。彼女と少女の間にある差は埋まることはない。少女は不機嫌そうな顔をして、一つ一つの自身の行動の精度を淡々と上げていた。

 

 三年と少しが経った。世界は今日で終わる。彼女はそれを知っていた。彼女は人を楽しませる為にだけ生み出されたAI。サービス終了の間際、挑んできたのも少女だった。少女は目元を真っ赤に腫らし、拭いきれない涙を頬に張り付けていた。

 

 無茶苦茶だった。これまでに少女が積み重ねてきた動きとは違う、荒々しい戦いぶり。その過去の戦闘ログから先読み出来ない動きは彼女の動きを僅かに、ほんの僅かに鈍らせた。――気づけば喉元に一枚のトランプが一条の閃光の如く飛翔していた。

 

 ――それと同時、少女の姿とトランプは光の粒子となり、弾けて、消えた。少女は最後の時、僅かに微笑みを浮かべていた。彼女は最後の最後になって、少女が笑う姿を初めて見た。

 

 ――長くのご愛顧をありがとうございました。この時点を以って全プレイヤーのステージからの退去が完了しました。随時、ログアウト処理を開始致します。ご了承ください。

 

 彼女は喉元を軽く撫でた。僅かに首元に傷が出来ていた。。

 後一秒あればあのトランプは消える前にクリティカルヒットとして認められ、彼女に敗北へと追いやるほどの甚大なダメージを与えたかもしれない。――彼女が少女に敗北したのだと認めるのに、この傷は十分なものだった。

 

 ――これが、彼女が初めて勝ち逃げをされた日。小さな世界の終わりの日。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 フリルの付いた漆黒のスカートをはためかせ、クロはぼんやりとした視線を延々とボクへと向け続ける。

 

「な、なに?」

「……昔はこんなに小さかったのに、人の成長は早い」

 

 クロは親指と人差し指で小さな隙間を作ってみせる。ちょっと待って、その隙間が昔のボクか、幾らボクでも、流石にそんな指人形サイズになった覚えはないし、そんな需要もない。

 

「ほえ、昔ってなんの話?」

 

 スイさんが意味が分からないとばかりにアホっぽい顔を晒す。アホっぽい顔とか本人に言ったら怒られそうだけど。

 

「たいしたことじゃないです。気にしないでください」

「そっかー。って納得出来るかぁっ!」

 

 別に隠すことでもないが、言いふらすことでもないのだ。というか、もう「Alice」は名前だけが勝手に一人歩きしたせいで大変なことになってるし。VR流通初期の最強幼女枠とか言い出したヤツだけは絶対に許さない。

 

「で、クロは結局ここでなにをやってるの?」

「……目的はない。敢えて言うなら、偶然見かけた、だけ」

「じゃあ、質問を変えるけど、クロはこれからどうするの?」

「……クロは元々この世界と共に消える存在。クロは戦いを求める黒のアリス」

「この世界と共に消えるって……」

「……多分、想像通り。クロは狙ってそこの魔人を狩った。想定外。この段階で魔人を従える渡りびとは現れないはずだった。早期にクエストをクリアされてもクロは困る。だから、狩った。クロはこの世界の終わりと共に去りゆく者。時間は少しでも、欲しかった」

 

 落ち着け、落ち着けボク。この世界と共に消える、そして、クエストクリアはこの世界を消し去るトリガーの一つということだろうか? 前にクロは言っていた、――ここはアリスの世界だと。つまりは、この世界の柱となるのは恐らくアリス。白のアリスと黒のアリス。

 

 ――あれ、ヤバいかも、これ。

 

 慌ててボクは、クエストページのクリア済みクエスト欄を探す。

 

◇嘘吐きアリスと魂喰らいの悪魔

 あるところに魂を喰らう悪魔がいました。

 悪魔は喪われた世界にてアリスに出会いました。

 この寂しい世界からアリスを連れ出してあげようと悪魔は言いました。

 惑わされて堕ちたアリスは契約の代償の為に嘘吐きアリスになりました。

 アリスの嘘を見破ってください。

 

 ――この寂しい世界からアリスを連れ出してあげようと悪魔は言いました。要するに、要するに、だ。アリスがこの世界から連れ出された時点で、この世界の存続って怪しくない?

 

「もー、クロは酷いですよぉ。悪魔もどきを呼び出すのだって、タダじゃないんですからねぇ」

 

 そんなことを考えていると、どこからか声が聞こえる。いつの間にやら背後の樹上にシロの姿があって、不満そうな声を上げていた。なんでこの子はやたらと高いところに立ちたがるんだろう。

 せっかくだ。クロをこの世界から出す方法でも知ってそうだし、捕まえてみるかな。

 

「な、なんだか猛禽類のような目で見られてシロは身の危険を感じます!? だ、駄目ですよぅ。幾らシロが可愛い系美少女だからって……」

 

 なんでこの子はボクを煽るのがこんなに上手いのか。思わず背中に回した手でナイフを握り、渾身の投擲を放ってしまう。

 

「のにゃっ!?」

 

 額へと真っ直ぐに突き進んだナイフをシロが咄嗟に首を捻って避ける。惜しい。

 

「……チッ」

「舌打ちされた!? というか最初にクロと喋ってた時は先手必勝、一撃必殺どころか攻撃する気配すらなかったのに、シロに対してのこの扱いとの差はなんなんですかぁ!?」

 

 敢えて言うならウザいかウザくないかかな。

 というか最初から見てたのか。これは出てくるタイミング窺ってたな。


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