ボクのコレットへの折檻が終わり、ふと気づくと周囲の視線がボクたちに集まっていた。しまった、派手にやりすぎたか。誤魔化すように曖昧に笑う。
「あ、あはは……」
渡りびとたちのひそひそ話が凄い。胃が痛くなりそうだ。
まるでボクが日常的にコレットに制裁を加えているように思われると困る。
兎にも角にもコレットが踏みつけた筋肉さんを助け起こすことにする。小瓶に移したリジェネレーションポーションを無理やり口に流し込む。
「苦っ!? 不味っ!?」
「大丈夫ですか、筋肉さん」
「誰だよ! 筋肉さんって誰だよ!」
いかん、つい口に出てしまった。
「すいません、口が滑りました」
「そこはすっとぼけるところじゃねぇの!?」
「落ち着け、筋肉」
「アンタも踏んずけといてその言いようはないだろ!?」
「そもそも床に転がっている時点で非常識だろう。この街は渡りびとのものではないぞ」
確かに。
転がってるくらいなら宿で休んでおけばいいのにと思わなくもない。それに通行の邪魔なのも確かだ。
その言葉と同時に周囲に転がっていた渡りびとたちが続々と立ち上がる。その殆どが男性である。「墓場から蘇るゾンビ」とか「おきあがりこぼし」とタイトルを付けたくなるほどに見事な動きだ。
「おい、おっさん。人に迷惑掛けてんじゃねぇぞ」
長髪の少年は髪を掻き上げながら。
「まったく、渡りびとの風上に置けませんね」
眼鏡を掛けた青年は眼鏡の位置を調整しながら。
「ふふふ、筋肉は所詮渡りびとの面汚しよ」
―――最後に髪をぼさぼさにさせた女性が一面に敷かれている石畳に転がっていたのをゆったりと上体を起こしながら、言い放った。
「テメェら、俺と一緒に転がってた癖に偉そうだな、オイ!」
筋肉さんがキレた。
なんて見事な連携プレーなんだと思わず魅入る。彼ら以外の起き上がった人たちは皆、口惜しそうな顔をして、目を逸らした。ネタをぶち込むタイミングを逃したのだろう。
機会を逃し、悔し気な表情を浮かべていた長身の男がなにかを閃いたかのように表情を輝かせると、ポンと筋肉さんの肩を叩いて笑顔を向けた。
「まぁ、落ち着け筋肉、ほら、生卵飲むか?」
「なんでだよ!? というか、でけぇよ!?」
その左腕には抱えるようにして卵を持っていた。
大きい、最低でも二キロくらいはあるのではないだろうか。一体なんの卵だ、あれ。
「なんの卵ですか、それ」
「よくぞ聞いてくれた。これは俺がわざわざ遠方の街から仕入れてきた魔物の卵だ」
「魔物って卵があるんですか……」
衝撃の事実だ。
勝手に湧いて出てくるのが魔物なんだと思っていた。
「稀にだが、こういった魔物の卵が見つかる。低級の魔物なら意図的に増やすことも出来るがな」
「これって美味しいんですか?」
ちょっと気になる。珍味かなにかなんだろうか。
ボクが尋ねると、男はおどけるように笑った。
「――実は喰えない。割るとドロップを残して消えるんだな」
「なんかしょぼいですね……」
「ところがどっこい、コイツを孵化させて育てようとするとどうなると思う?」
孵化させて育てる……? あれ、それってまさか。
「テイミング……?」
「ご名答。意図的にテイミングを取得しようとするならコイツが一番だ。と、いう訳でそれなりにコイツは仕入れてあるから欲しいヤツは金用意して待ってろよー!」
その言葉に渡りびとたちから歓声が沸く。
そこでボクはようやく気付くことが出来た。
――してやられた。上手く乗せられて販売の餌にさせられた。
「……やり方が上手いですね」
「はは、どうぞフラウリード商会をご贔屓に」
「……あれ、フラウリード商会ってクラウスさんのところですかね?」
「だ、旦那と知り合い……なんですか?」
ここで初めて男の表情が引き攣った。なんだその唐突な敬語は。
「クラウスさんならマルリア森林で助けました」
男は目をごしごしと擦るとボクを凝視する。恐らくこれで名前と称号がバレた。
「ユ、ユラ……さん……。ク、クラウスの旦那にはご内密に……?」
「どーしよっかなー。ちょっとこれは酷くないかなー」
流石にこれは若干こずるいという自覚はあったのだろう。というか利用した相手がまさか雇い主の恩人だとは思わなかったのだろう。
ふぅ、とわざとらしく溜息を吐き、意識して瞳から力を抜いて見上げる。これでいかにもな「おたくの誠意次第ですなぁ」のポーズが完成する。VRゲーばかりやっているとロクでもない技能を習得することがあるものだ。
「な、なんとこちら、大火狐のローブと言いまして、肌触りも良く、耐久力にも優れた非常に優秀なローブとなっておりまして、巫女姫様の用いる革装備では対処しにくい火の属性に強い耐性を持っておりますので、非常に、非常に有用かと思われるのですが、今回は特別にとてもお求め易い価格で――」
大火狐のローブ Rank4 通常の個体より強力な火狐の皮を用いたローブ。肌触りが良く、火に対する強い耐性を持つ。 耐久220/220
―――よし、買った。
◇
ワールドゲートの先に広がる世界は変わりなく、クエストクリア前と余り変わることはない。木々は相も変わらず捻じれているし、振り返ればワールドゲートが消えていてボス戦突入なんてこともない。
時折、風で真紅のローブが揺れる。掌に時々触れる感触が非常に心地いい。これは正直良い買い物したなぁ。
「――良い。とても似合っているぞ、主」
コレットの手放しの称賛が心地いい。今の装備の上から羽織ることが出来るという点で非常に優秀な装備だと思う。なにより、装備出来るという意味で初めてのRank4装備だ。
だが、浮かれてばかりもいられない。情報を仕入れた限りでは、ここは一種の魔境と化している。注視すれば、黒の靄が僅かに森中を漂っている。
靄は少しずつボクたちの元へと近づき、人の型を取る。
「――来るよ」
シャドウデーモン Lv32 状態:敵対
シャドウゴーレム Lv25 状態:敵対
―――出来損ないの魔導魂核の使い道。それは恐らく悪魔、あるいはそれに連なるものの召喚。それがボクの情報収集の結果出した結論だった。
漆黒の戦士と漆黒のゴーレムが同時に仕掛けてくる。
ゴーレムはその巨体からは想像も出来ない速さで腕を振り下す。ボクらはそれを散開して避けると、ボク目がけて【シャドウデーモン】が駆けてくる。
漆黒の剣に纏うのは水流。横薙ぎに振られたそれから水が鞭の如く放たれた。
「ショックウェイブ」
水鞭と衝撃波が衝突し、水飛沫が舞う。
その下を潜り抜けるようにして潜ったボクと【シャドウデーモン】の視線がぶつかる。挨拶替わりに握ったナイフを投擲すると【シャドウデーモン】もまた、上体を下げて、それを避ける。
それと同時に、パァンと小気味良い音を立てて、【シャドウデーモン】の膝がスイさんの矢で貫かれ、【シャドウデーモン】の体勢が崩れる。
「アサルトストライク」
跳ね上げるように振り抜いた大盾が【シャドウデーモン】にぶち当たり、吹き飛ぶのと同時に、轟音。コレットが振り抜いた大剣が【シャドウゴーレム】の腕を引きちぎっていた。すかさず放ったナイフが【シャドウデーモン】の喉を貫き、続いて放ったナイフが次々に【シャドウデーモン】の額へと殺到する。為す術なくそれを受けた【シャドウデーモン】が粒子と化した。
同時にコレットによって中央から分断された【シャドウゴーレム】が消えていく。やっぱりコレットの重撃の心得は全力の一撃を与えられる状況なら安定して強いな。それにしても好調、好調。初見なら困惑したかもしれないけど、二回目だしね。大分レベルが上がったお蔭で基礎能力も追い付いてきたのかもしれない。
ユラ Lv26 性別:男 称号:灯火の巫女姫
【陣術】Lv21 【テイミング】Lv14 【自衛の心得】 Lv16 【盾】Lv17 【投擲】Lv15 【精霊術:灯火の巫女姫】Lv1 【調薬】Lv6
使役魔物:リビングドール:ヴァンパイア
ステータスを確認していると、空から靄が再び降りてきて、ボクたちの目前で形を成していくのが見えた。正直、冗談だと思いたい。幾らなんでも再戦が早すぎる。この調子で湧いてくるようならキリがないぞ。
シャドウデーモン Lv31 状態:敵対
シャドウデーモン Lv30 状態:敵対
盾を構えた瞬間、二体の【シャドウデーモン】の胴体がズレ、上半身と下半身が泣き別れする。
登場と同時に粒子と化す【シャドウデーモン】。その背後から現れたのはゴシックドレスの見覚えのある幼女だった。
「……クロ」
「……暫くぶり?」
クロは【シャドウデーモン】を真っ二つにしたトランプを小さくして収めると、僅かに小首を傾げた。
「また私を倒しに来たのか」
コレットは油断ない目つきでクロを観察している。なんとなくだけど、今回は違う気がするけどな。
「……貴女は……底が知れてる」
「……そんな、どこか主に似た幼女に私が見下されているだと……」
コレットがクロの侮蔑の言葉を受けて、俯きながら肩を震わせている。
表情は窺い知れないが、悔しくても腹が立っても、感情的に掴みかからないという点でやっぱりコレットは大人の人なんだなぁと実感する。
書き溜めが尽きました。
続きはのんびりとお待ちください。