クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

44 / 61
Quest37

 旅の扉を用いて街に戻れば一部の人たちだけが慌ただしく動いている。

 彼らは揃って渡りびと。

 誰もが揃ってワールドゲートの方向へと駆けていく。

 

「……あぁ、もうこれは仕方ないかな」

 

 焦ってもしょうがない。

 そもそもの話、旅の扉の発動に十五分掛かるのだから、出遅れるのは分かっていた。

 ゲーマーにとってのスタートダッシュの十五分というのは金の価値に勝るものがある。誰もが鼻息を荒くして「はよはよ!」と暴走する、あれはあれで楽しい時間なのだ。

 生憎ボクの場合は十五分出遅れてテンションが下がって、三十分出遅れて諦めて情報収集に回るタイプなのでちょっと冷静になった。

 

「……主、今更だが、これは一体なにが起きているんだ?」

 

 コレットにコレットが居ない間のことや、起きた出来事を掻い摘んで伝える。クエスト、イベント、白のアリスと黒のアリス。そして、魔導魂核収集に渡りびとが体良く使われていたこと。

 

「……なるほど。これは私が真っ先に狙われたのもイベントとやらの進行のためだったのかもしれないな」

「どういうこと?」

「いいか、主。ワールドゲートとやらは基本的に渡りびとしか使用することが出来ない。必然的にワールドゲートの先の世界は渡りびとしか居ない訳だな。――だからこそ、気づけない。我々にとって主の言うクエストや、イベントとやらは単なる予言としか取れない。当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。それらに絶対の信頼を置いているのは渡りびとだけになる訳だ」

「……だからこそ、こちらの常識を持ち込んだコレットなら気づきやすくなっちゃうってことか」

 

 もしも、ボクがテイムしたのがスライムだったなら特に問題がなかった。知性を持ち、言語を解する魔物。恐らくはこの段階で易々と味方に出来る魔物ではないのだろう。だからこそ、邪魔になる。

 

「魔導魂核は名前だけは知っている者も多いからな……。自身が持つ力に限界を感じた戦士や術式使いが求めることも少なくない。その代償がどれだけ大きいものなのかも理解出来ないのにな」

「……そんなになってまで、欲しいものなのかな」

 

 コレットはボクの言葉に、少しだけ寂しげに笑った。

 

「……主、覚えておいた方がいい。主は持っている側の存在だ。持たざるものの執念とは恐ろしいものだ、例えそれが身を滅ぼすものでも魔導魂核は彼らにとっては立派な力に見えるんだろうな。私にも覚えがある」

「コレットにも?」

「あぁ。私はエルダーヴァンパイア、基礎能力で言えばヒューマンの数段上だ。それでもリリア様には遠く及ばなかった。私が百人居てもリリア様は歯牙にも掛けないだろうな。それどころか、私は歴戦の猛者、と呼ばれる存在と比べれば酷く劣る存在だった。恵まれた能力と精霊大剣で劣る技能を補っているだけだ。力で勝っても、素早さで勝っても越えられない壁、それは確かに存在する」

 

 一つ息を吐き、コレットは表情を真剣なものへと変える。

 

「……自分より強者の魂……魔導魂核を用いれば確かに自身の力を底上げし、新たなスキルを取得出来る場合もある。だがな、器にも限界がある。力とは毒のようなものだ。もっともっとと求めてしまう。器から漏れ出した力はヒトを魔物に変えるだろう。それが"魔物に堕ちる"ということだ」

 

 ぶっちゃけコレットがそれっぽく説明するとボクが理解出来ない。なんでこうこの世界の書物といい、遠回しに格好付けた言葉ばっかりなのさ。こう、「分かる! 魔物と悪魔の今昔!」的なシンプルな本ください。……これがゆとりか。

 

「……うーん、他に魔導魂核って使い道ないの?」

 

 正直言って、今の渡りびとから魔導魂核を回収したところでそれほどの価値はないと思う。まず、スキルが育っていない。能力としてもそれほどでもない。加えて、この魔導魂核は不完全だ。問題は魂を喰らうという悪魔だ。ただ、悪魔の食糧として消費されるなら、それはそれでいい。ボクが考え得る中で最悪には至っていないのだから。

 

「……済まない。そちらに関してはそれほど詳しくないんだ」

「ううん、むしろ教えてくれてありがとう」

 

 今後もこういったことはあるかもしれない。そういう時にこちら側の住人が助言をくれるのならばこれ以上はない。だが、こちら側の住人にも生活がある。コレットのように黙々と……ではないけれど、付いてきてくれるのは非常に稀なパターンだろう。プレイヤーとNPCとの間に存在する致命的な認識と知識の差を埋めることが出来るのもまた、ボクのアドバンテージだと思う。恐らくは今回のクエストの解答方法の一つは、NPCを味方に付けることだったのだ。魔導魂核といい、魔物に堕ちるという現象を知っていたギルドの受付のミーアさんならなにかヒントをくれたかもしれない。聖剣の勇者であるクロトさんならもっと詳しかっただろう。――弱き者よ、心せよ。戦いは決して一つではない。戦いは一つではない。つまりはクエストの攻略に関しては、トランプ兵で戦い、NPCに助言を貰えば極端な話、Lv1でもクリア出来たのだ。

 

「ところで、結局主はどうするんだ?」

「どうするって?」

「その白アリスとやらに勝負を仕掛けにいくのか?」

 

 うーん、行こうとは思うんだけど、単独、いや、ボクとコレットの二人だけで行く気はない。というか、魔導魂核が絡んでいるという時点で、ボクは今回のイベントを楽観視出来ない。最悪、負けるのはいい。だが、もしもボクが魔導魂核をドロップすることで灯火の精霊に悪影響が出るのならば避けたい。精霊に関しては情報不足だしね。最低限の準備だけは整えておきたいところだ。

 

「おーい、巫女っち、巫女っち、巫女っちぃぃぃ!」

「……うるさいです。水仙」

「だからスイさんだってばぁ!」

 

 スイさんを見て、不審そうな目を向けるコレット。

 というか、この二人の相性ってどうなんだろうか。

 

「ふぉぉ、従者さん! 初めまして、私スイっていいます。よろしくお願いします!」

「あ、あぁ、私はコレット・テスタリア。好きに呼んで貰って構わない」

 

 どこか昂奮したように瞳を輝かせるスイさんはコレットの腕を掴んでは挨拶替わりにか、上下にぶんぶんと振り回す。

 コレットは完全に困惑している。時折ボクに助ける視線を向けるが、小さく笑って、スルー。素直に困っているコレットというのは何気に貴重だ。

 

「聞きたいこと沢山あったんですけど、リビングドールヴァンパイアってなんですか!? あとヒューマン以外の種族には種族スキルが備わっている場合があるって聞いたんですけどそこのところ、どうなんですか!? それと、それと――」

「えっ、あぁ……それはだな――」

 

 コレットに質問攻めするスイさんとしどろもどろなコレット。

 やはり、これはこれで面白い光景だ。

 

 かれこれ三十分のほどだろうか。ようやくコレットを解放したスイさんはどこか熱の篭った溜息を吐いた。どうやら彼女の知的好奇心はひとまずの満足を覚えたようだった。

 

「あっ、そだそだ、巫女っち。前から頼まれたナイフ、三十本くらい作っておいたよ。本当はもうちょっと作ろうと思ってたんだけど先に仕上がった分だけ渡しておくね」

「あっ、ありがとうございます」

 

 スイさんがごっそりと布で一纏めにしたナイフをインベントリから取り出す。縛り口から見える銀色の輝きが眩しい。

 

 頑丈なナイフ Rank3 荒い扱いにも耐えうる頑強さを持つナイフ。耐久:120/120。

 

 おぉ、凄い! 以前使ってた耐久力50のナイフとは全然違う。あれでも割かし丈夫だったけど、今回のナイフは最大耐久が二倍近くある。お代はいいとスイさんは言っていたが、今回はボクから頼んだことだ、前回の装備のメンテの分、少し多めに渡す。ひっそりとナイフの相場は調べておいたが、足りないとか言われたら恥ずかしいな、これ。

 

「うーん、スイさんは不満です。やろうと思えばもうちょっと威力重視のナイフも作れるんだよ? 数打ち品だからこれはRank3の中位かギリギリ下位くらいの性能だと思うし……ごめんね?」

 

 スイさんは微妙な表情をしているが、とんでもない。確かに威力も重要だが、今はそれよりも耐久力のあるナイフが欲しかった。投擲というのは、ナイフを酷く傷めるのだ。狙い通りに飛ばない時。それに、避けられたナイフは地面に叩き付けられたり、壁面と衝突したりで、刃を痛めてしまったりして後になってヘコむ。ナイフじゃなくてボクが。

 

「……そんなことないです、凄く、嬉しいです」

 

 今のボクは恐らくニッコニコしているのだろう。スイさんがボクを見て目を丸くしている。軽く握って見るが、握りやすいし、耐久力がある。これだけで今のボクにとっては価値がある。属性とか特殊効果とかよりまずは汎用性のある耐久重視のナイフだ。偉い人にはこれの価値が分からんのですよ。

 

 ふと、気づくとスイさんが俯いて、肩を震わせていた。

 心配になって、声を掛けようとした瞬間、スイさんが俯いていた顔を上げて、吼えた。

 

「――私より先にナイフにデレるなんておかしいよっ! ここは、「スイさん凄い! スーパー生産者だぁ! ボクの盾とかも作って欲しいなぁ」ってなるハズでしょう!?」

 

 よく分からないことを言っていたので、再びのスルー。

 いいな、やっぱりいいな。早く投げて感覚を馴染ませたい。

 

「……これは」

 

 ワールドゲートに辿り着いたボクたちを出迎えたのは、死屍累々の有様を晒している渡りびとたちだった。疲労困憊、地面に転がっている人まで居る。ボクは転がっている人たちをひょいひょいと避けながら進む。

 

「ぐぎゃ!?」

「む? なにか踏んだかと思えばただの筋肉か、心配して損をしたな」

 

 ――コレット、謝りなさい。

 泥濘の陣にコレットを蹴落とし続ける使役魔物の教育という名の簡単なお仕事が始まった。




 補足(種族)
 エルダーヴァンパイアは基礎的な能力値の高さで言えば登場するであろう全種族含めても上位です
 それゆえに自尊心が高く、他種族の血を求めるということもあり、問題を起こしやすいです(例外と変態を除く)
 基礎能力が高い故に大体のことが力技でどうにかなってしまったりするので、スキルの成長が緩やかなことが多いです
 NPCは血筋(コレット)才能(リリア)装備(クロト)のどれか恵まれてるとやっぱ強いです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。