駄目だ、言い知れない違和感がある。
アバターはかつてのボクと全く同じなのに中身が微妙に媚びた敬語幼女になっている。なんだこれ、なんだこれ! 気持ち悪い!
「……ごめん、生理的に無理」
「ひ、酷いです! 生理的に無理って流石のシロも傷つきますぅ!」
シロと名乗る少女は涙目のまま、ボクを見上げて不満を露わにする。
「わっ、この子、本当に「Alice」にそっ……」
「ひぅ……こ、殺さないでぇ……」
「……」
シロが頭を庇うようにしゃがみこみ、スイさんが死んだ目で明後日の方向を見ている。どうやらシロはスイさんがシロを撃とうとしていたのだと勘違いしているようだった。
「スイさんは変な人だけど悪い人じゃないから大丈夫だよ」
「あ、あの……シロのこと、生理的に無理って言った人の台詞じゃないような気がしますぅ。それに、シロのどんなところが駄目なんですかぁ……」
「……まずは顔。そして服装、あとは中身かな?」
「全部ですぅ! 殆ど全部の要素が生理的に無理とかシロは……シロはどうしてそこまで忌み嫌われているんですかぁ!」
「……はぁ。クロの方がまだ全然良かったなぁ。ストイックだし、性格がサッパリしてるし」
結果、遠い目で明後日を見つめる人間が一人増えた。シロとスイさんが並びながら虚ろな目で独り言を吐き出していて怖い。
「……クロ、なんでシロはクロに勝てないんですか……。シロはやっぱり駄目な子なんでしょうか。シロが失敗作だから……」
「……踏んだり蹴ったり、踏んだり蹴ったりだよ、今日の私……巫女っちのポニテもぐもぐしたいよぉ……」
なぜか一瞬悪寒がした。
◇
シロの持つ、掌大の小さな宝箱に三つの宝石が吸い込まれていく。
宝石を飲み込んだ宝箱はひとりでに閉じ、ぱたん、と小さな音を立てた。
「はい。確かに確認しました。これでまた三つ回収出来ました!」
シロは安心したかのように息を吐いた。
◇白のアリスの探し物
アリスは大切な大切な宝物を森中にばら撒いてしまいました。
アリスはとても困っています。
クエストを受けて、森中に散らばった宝物をアリスに戻してあげましょう。
現在回収した宝物の総数 1381
凄いな、かなりの数が現時点で集まってる。
人だかりが出来るようなプレイヤーの数からして、当然なのかもしれないけど。
「シロ、宝物の総数はいくつなの?」
「あの、その……分からないんですぅ。一体いくつの宝石がこの宝箱に納まっていたのか……」
「ねーねー、シロちゃん。この宝石ってそもそもなんなの?」
「はい! これはこの世界に侵入しようとしている悪魔を食いとめるための宝石なんです。この宝石がある限り、強力な魔物はこの世界には入ってこれません。これは、シロが最初から持っていたものです!」
「……最初から持っていたもの?」
クロの持っていたリスポーンもどきの権限みたいなものだろうか。
「……変なことを聞くけど、シロは自分のことをなんだと思ってる?」
ぞくり、と気持ちの悪い粘りを発する視線を送られた。
シロの表情から色が消えている。
すぐにそれは戻ったが、ボクの心の奥底に泥のように溜まった気持ち悪さは拭えそうになかった。
「シロは失敗作です。クロのことは知っていますか?」
「……黒アリス、だよね?」
「はい。シロは黒アリスの前身、クロが「Alice」と言われるプレイヤーをベースに多種多様なプレイヤーとの戦闘ログを組み込まれ、独自の存在へと昇華したAIだとすれば、シロは逆です。限りなく戦闘スタイルを「Alice」に近づけたAI、それがシロ。本家の九割の再現率の失敗作、お蔵入りAIです」
「えっ、九割って凄いんじゃないの?」
スイさんが呆けたように言う。
正直ボクを再現しようとした失敗作言われても微妙な気持ちにしかなれない。
「……「Alice」は確かに最多ハイスコア所有者でした。ですが、「Alice」は超人的な技能を持っていた訳でもありません。そういう意味では、むしろ「Alice」以外のハイスコア所有者の方が優秀です。「Alice」にはただFSAにおけるセンスがありました、例えるなら"水が合う"というヤツでしょうか。そんな「Alice」からセンスを除いた偽物は単なる劣化コピーですぅ……。シロは性能で言えば上位プレイヤー及第点と言ったところだったんですねぇ……」
「……へ、へぇ」
「……ふ、ふぅん」
ボクもスイさんもドン引きだった。
予想以上に重い。というか、そんな話聞いたことがなかった。
というか運営は別の人のAI作れば良かったのに。なんでそこまでボクにこだわったんだ。というかさりげなくボク、ディスられた気がする。
「……と、いうことで「Alice」の体捌きなどの基礎技能だけを残してリセットして新たに調整されたのがシロです! つまりすこぉしメタな存在ですね?」
「このイベントの行く末も知っているってこと?」
少しどころか完全にメタな存在だと思う。
つまりはクロもシロも自身に与えられた役割に沿って動いているということなんだから。
「……どうでしょう? 知っているとも言えるし、知らないとも言えます。皆さんが今までにこなしてきたであろうクエストと一緒です。皆さんの行動で世界は変わりますよ? シロの宝物を集めてくれたお礼にとっておきの秘密を教えちゃいましたね!」
シロが無邪気に笑う。
"宝物を集めてくれたお礼"とは言っているが、誰にでも聞かれれば答えることなんだろう。集めれば集めるほど情報が聞き出せるのだろうか。
「わっかんないねー」
「ですね。それになんでこのちんちくりんは無駄に偉そうなんでしょうね」
「ち、ちんちくりんじゃないです! いいですか! 私のオリジナルは超絶美幼女だったんですよ! そのオリジナルをベースにしてる時点で私はちんちくりんなんかじゃないんですぅ!」
超絶美幼女……超絶美幼女かぁ……。
そのオリジナルとやらの中身がボクだったのにね、ハハ……。全然笑えない。
「……巫女っち、なんか目が死んでるけど大丈夫?」
「いえ、タイムマシーンがあったらあの時選んだゲームのパッケージを一つずらすのになぁとか考えてただけです」
「よく分かんないけど全然大丈夫じゃないのは分かったよ!」
微妙にズレたベレー帽を直しながらガッツポーズを決めるスイさん。
そういえばベレー帽って自作なのだろうか。気になる。
「あっ、もう用事は済んだから帰っていいよ、シロ」
「雑っ!? 私の扱いがビックリするほど雑ですぅ……」
「そうだ、シロちゃん!」
「はい! なんでしょうか!」
「また宝石集まったら都合良く出てきてね! 探すの面倒だから!」
「うわぁーん! 二人とも嫌いです! 嫌いですぅぅぅー!」
「ばいばーい」
森の中を駆け抜けていくシロに小さく手を振る。
既に遠くなった小さな影が半ばやけくそ気味に手を振っているように見えた。
ユラ「シロ」
シロ「……なんですかぁ?」
ユラ「わたあめ」
シロ「シロ違いですぅ……背骨がバキバキに砕けますぅ……」