体を前に倒し、大盾を引きずるように疾走する。
シャドウベアー Lv14 状態:敵対
【シャドウベアー】の右腕がおもむろに持ち上げられ、ボクに狙いを定めると、すぐさま振り下ろされる。
同時に、地面擦れ擦れを彷徨っていた大盾を跳ね上げた。大爪と大盾が衝突し、甲高い音を立てる。
「いっくよー! パワーシュート!」
ズバン、と子気味良い音を立てて、弩から矢が放たれた。
【シャドウベアー】の爪とボクの大盾の拮抗は飛来する矢によって破られた。喉元に深々と突き刺さった一本の矢。響く唸り声。
ボクは大盾を【シャドウベアー】の顔に向けて全力で"放り投げた"
超質量の金属塊が【シャドウベアー】の頭蓋とぶつかり、更に上空へと昇っていく。それを確認しながらボクは追撃を放つべく、新たな武技を使用した。
「イリュージョニストシールド!」
次の瞬間、ボクは空中に居た。地上ではゴンと音を立てて、疾風の大盾が転がっている。新たな武技は相当なキワモノであった。
【盾】15レベルで覚えていた新たな武技の名はイリュージョニストシールド。手放した盾と自分の位置を入れ替えるというものだったのだ。装備を手放すことが前提というこの頭のおかしい武技の活用法は意外とありそうで、難しい。
盾 Lv16 盾を用いた武技が使用可能になる。取得武技:アサルトストライク ショックウェイブ イリュージョニストシールド
イリュージョニストシールド:一定距離内に存在する手放した盾と、位置を入れ替えることが出来る。再使用待機時間五分。
――強いと思う。正直、今ボクが使える武技術理全部合わせてもイリュージョニストシールドの有用性を超えることが出来ないかもしれない。
全身に浮遊感を感じながら、ボクは両手に一本ずつ持っていたナイフを同時に投擲。右目と左目、狙いたがわずに両方を貫いたナイフ。同時に【シャドウベアー】が仰け反り、空中に居るボクへと無防備な喉元と突き刺さったままの矢羽根を晒した。
「せぇーのっ!」
高度からの踵落とし。ナイフ投擲の反動で体勢こそ悪いが、ボクのなんとか成り立っていた踵落としは【シャドウベアー】の喉元の矢にぶちあたり、根本まで矢を食いこませ、シャドウベアー自体が光の粒子となって消えた。
べしゃり、と転げ落ちるように落下したボクが地面に尻もちを付いた。やっぱり難しいなこれ。もう少し格好良く着地出来るようになりたい。
「巫女っちゃんお疲れー」
「お疲れ様です」
スイさんは金属部品で出来た黒色の弩をぶらぶらと揺らしていた。この人が常識的な大きさの弩も持ってて良かったと改めて思う。
「んー、まだ合計で三つかぁ」
「見つからないもんですね」
「他のパーティーも集めているだろうから難しいのは分かってたけどねー」
ボクの手には青色の宝石、どうやらこれがアリスの集めているものらしいのだ。そう、ボクたちは"白のアリスの探し物"クエストから挑戦していた。スイさん曰く、時折森のどこかにこのような多種多様な色をした宝石が転がっている……らしい。
アリスの宝石 Rank5 アリスの失くしてしまった宝物。アリスへと返してあげましょう。
これ以上の情報は見えない。なんなんだろうね、これ。
「そもそも、白アリスに会えてないんですよね」
「森の色んなところを徘徊してるみたいだからそのうち会えるとは思うよ」
「そうですか」
会いたいような、会いたくないような。怖いもの見たさという面が大きい気がする。
「それにしても、巫女っちのさっきの消えたみたいなやつってなに?」
「イリュージョニストシールドって言うんですけど、盾と自分の位置を入れ替える武技みたいです」
「ほえー、強そうだねそれ」
「強いんですけど、ちょっと難しいですね。速度を乗せて投げたりしても移動した後に慣性が乗らないせいで自分は真っ直ぐ落ちていくだけなんですよ」
要するに大盾を敵に向けて全力でぶん投げてから位置を入れ替えても跳び蹴りが成立しないのだ。人間砲弾出来るならもっと楽しい使い方も出来そうなのに。
「入れ替われる範囲は?」
「最大で二メートルくらいですかね。ギリギリまで冒険すると発動失敗しそうなんで実戦使用するなら一メートル半くらいが限界じゃないですかね」
「でも、それもなんか汎用武技っぽいよね」
「やっぱり思います? イリュージョニストダガーとか辺りは多分あると思うんですよね。問題は発現条件ですかね」
武技や術理の発現は割と巡り合わせみたいなところもあるけど、条件があるとしたら――。
「投擲かなぁ」
「投擲だよねぇ」
どうやらまたしても意見が重なったらしい。
「投擲ねぇ……巫女っちみたいに当てられるなら連続で攻撃出来るし便利なんだけど、投擲でスキルを一枠取るなら別スキル取っちゃう人の方が多いんだよねぇ」
「投擲には武技がありませんからね。仕方ないかもしれません」
心得や投擲のようなスキルの弱点はこれに尽きる。
デメリットがないなら、武器スキルと術式スキルを詰め合わせるのも十二分に強いと思うのだ。問題は補助技能が付けにくいだけで。いや、それも控えスロットを使って入れ替えればばいいだけだけど。でも、まだまだスキルを吟味する時間はあるのだから焦る必要はない気がする。この段階でプレイスタイルを完成させてしまうのは勿体ないとも思うし。
「そだそだ、巫女っち巫女っち」
「なんです?」
「脱いで!」
満面の笑みだった。
ボクはおもむろにキングツノウサギの王角をインベントリから取り出して、構えた。
「やめてくださいしんでしまいます」
「よろしい」
インベントリから取り出したものを、またずるりと収納する。
突き刺せて投げられる上に脅せるキングツノウサギの王角は優秀な気がする。
「って、そうじゃなくて巫女っちはそろそろ装備品をメンテした方がいいよ? 盾なんてすっごい傷だらけじゃん!」
確かに。疾風の大盾は傷だらけだし、なにより横薙ぎに大き目の傷が一本走っている。コレットにやられた傷だ。
「というか、私がそろそろ消耗品の限界なんだよね。巫女っちと遊ぶのも楽しいけど、そろそろ切り上げたいかなーって」
「あれ? そうだったんですか」
「……破城弩試作型十八式。インベントリ容量の半分くらい持っていくんだよ……。消耗品とか全然持てないよ……持てるはずないよ……」
「……うわぁ」
あれ一個、いや一台でインベントリの半分って凄いな。
インベントリ自体が結構余裕あるものだとは思ってたけど、人によってはそうでもないのか。いや、スイさんは例外か。
「ぐぅ。自分の工房とか持てれば普段から持ってる荷物も減らせるんだけど、そんな余裕が出てくる訳もなし、宿は荷物置き場と化してるよ……。でも、工房持ったら移動しづらくなるし旅職人してるほうが楽なんだよね」
「……旅職人ってどんなことしてるんです?」
ちょっと気になる。
確かに一定の場所に工房なんて作ってしえば外には出にくくなるだろう。まぁ、本腰を据えた職人プレイはむしろそちらが本命なのかもしれないが。。
「何ヶ所か貸し露店があるの。でもまぁ、借りるのにもお金が掛かるし、時間がある人じゃないと売る時間作れないしでそれはそれで大変なんだよね。貸し工房に貸し露店で私たち生産プレイヤーのヒットポイントはもうゼロだよ!」
「それは……面倒くさそうですね」
なんというか、やっぱり商売人プレイは時間が掛かる。
VR貿易系のゲームは前にやったことがあるけど、あれは時間の食い方が半端じゃなかった記憶がある。時間ごとに変化する相場と積み荷の選別とか。まぁ、あれはあれで楽しかったけどね。もう二度とやろうとは思わないけど。あれはVRにしなくて良かったジャンル筆頭だ。2Dだからこそ楽しいゲームってあると思う。
「ぐぬぬ……脳筋姫め……!」
誰が脳筋姫だ。ボクは術式も使ってるし、こう、なんというか、ハイブリットな感じだ。うん、よく分からないけど多分。
「ふふん、そもそもボクはホーム持ちですからね、荷物と住居には困ってません」
どやぁ、という感じだ。
スイさんはわざとらしくハンカチを噛んでいたが、ふと、なにかに気付いたかのように目を見開くと、噛んでいたハンカチをぽろりと地面に落とした。
スイさんは、なぜかボクの右手を両手で包み込むように握った。
「私の子供を産んでください」
「埋めますよ?」
「大丈夫! 巫女っちの子供なら男の子なら可愛らしく、女の子なら可愛らしくなるから!」
「埋めますよ?」
「だから私に物件をぷりーず! カッコいい武器を大量に保管出来て工房にも使えそうな場所をぷりーず!」
館の庭園整備用のスコップを地面に突き刺して、額を拭う。十五分後、木々に紛れて地面からベレー帽の乗せられた生首が生えているという奇妙な光景が完成した。いざという時に殴るか投げられそうだからとスコップを持ってきたのが功を奏したようだ。
「埋めました」
「なんでスコップなんて持ってるのさ! そしてその無駄にやりきった感溢れる顔はなんなのさ巫女っちぃ!」
ここまでが現行です
続きはのんべりとお待ちください