洞穴内の土や砂が舞い上がり、視界が一気に悪化している。
そして、スイさんが恍惚の表情を浮かべながらぺたりと地面に座り込んだ。
「……はぁ……さいっこう」
「なにがさいっこうなんですかこのバ火力さん」
「火力は正義だよ! 背筋がぞわぞわってするでしょ!?」
そんなのは貴女だけです。
ボクは、もっとこう、スマートな方が好みだ。
「……邪道。あれは、ない」
「まぁ、邪道とまでは言わないけどね。やり方してはかなり実用的な戦法というか、でもリスクが多すぎてちょっと……」
「……」
「……」
視線がぶつかる。土に塗れたゴシックドレスを不機嫌そうに眺めていた彼女とボク。
「……やっほ?」
「……やっほ? じゃなくて、なんで生きてるの?」
なんであの浪漫砲を受けてクロが無傷なのか納得がいかない。
チートとかいう次元じゃないぞ。
「……生きてる、けど敗北した。一度HPは全損している。この森はアリスの世界。ここでは、クロが消えることがない」
「それがSpecial Characterってことなの?」
「……近いようで、遠い。Special Characterは意図的に手を加えられた存在。特定の空間内における特殊な力、権限を持っている。クロはリスポーンの力、ここでのクロは、不滅の存在」
「……これ、わざと公開している情報だよね?」
ボクがそう言うと、クロは一瞬動揺を浮かべ、すぐに表情を消した。
「……当たり。クロを倒した報酬は情報という形でプレイヤーに発信される。……アイテムでなくて、がっかりした?」
「いや、こんなもんじゃないかなとは思ってた」
運営が直接アイテムを付与するという状況にも接したことがないしね。
ボクの最初の Unique Questも女神の祝福って形で即物的なものじゃなかったし。
「うぐぐぐぐ……。失ったものが多すぎるよ……」
スイさんが項垂れている。
使い捨て装備にドーピング祭りなんてしてたらそりゃそうなりますよ。
「……ユラ、忘れないで。与えられた情報が全て正しいとは限らない。意図的に曲げられた情報は理解の幅を狭める」
ドレスを揺らしながらクロが跳躍する。ポンポンと跳ね、クロの姿が洞穴の外へと消えた瞬間、目の前にウインドウが広がった。
ス※さんPTがアリスシャドウの撃退に成功しました! これにより、イベントページ「嘘吐きアリスと魂喰らいの悪魔」が解放されました!
「嘘吐きアリスと魂喰らいの悪魔」?
なんかやたらと物騒なクエスト名だ。ちょっとした力試しイベントだと思ってたんだけどなぁ。
※※リさんPTが囚われたアリスを解放しました! これにより、イベントページ「白のアリスの探し物」が解放されました!
……はい?
「な、なんか凄いことになってるね……」
「なんなんでしょうね、これ。ボクたち以外のPTが別のクエストを成功させたことは分かるんですけど……」
まずは「嘘吐きアリスと魂喰らいの悪魔」とやらをタップしてみる。
◇嘘吐きアリスと魂喰らいの悪魔
あるところに魂を喰らう悪魔がいました。
悪魔は喪われた世界にてアリスに出会いました。
この寂しい世界からアリスを連れ出してあげようと悪魔は言いました。
惑わされて堕ちたアリスは契約の代償の為に嘘吐きアリスになりました。
アリスの嘘を見破ってください。
これは、とりあえず情報が足りない。
嘘を見破れってクロの言っていたこととどこか似ている。というか、堕ちたアリスとか言われるとボクが激しく微妙な気分になる。というかアリスってどっちのアリスだ。
次は「白のアリスの探し物」かな?
◇白のアリスの探し物
アリスは大切な大切な宝物を森中にばら撒いてしまいました。
アリスはとても困っています。
クエストを受けて、森中に散らばった宝物をアリスに戻してあげましょう。
現在回収した宝物の総数 0
これはまた、ドストレートなおつかいクエストだ。
でも逆に浮いてるせいで怪しく見える不思議。というか白のアリスには会いたくないような会ってみたいような……。怖いもの見たさってやつだろうか。
「巫女っちゃん、巫女っちゃん」
「なんです?」
「なんだか年甲斐もなく、わくわくしてきたー!」
「……年甲斐もなくってスイさん一体幾つ……いや、なんでもないです」
「んふふー」
やっぱりVRって怖い。スイさんならパッと見た感じボクと同じくらいの歳だろうか。見た目と中身の伴わないって結構やりにくい。ニマニマとしてる辺り、本当か冗談かも分からない。
「……で、どっちのクエストから優先してこなします?」
「え゛っ」
「なに潰れたカエルみたいな声出してるんですか」
「いや、巫女っちゃん、まだ私と遊んでくれるの?」
「……えと、もうPT解散しますか?」
もしかして、嫌だったのだろうか。
ちょっと楽しみにしていたのでヘコみそうだ。
「う、ううん! 全然! やる! すっごくやるよ!」
スイさんに襟首を掴まれ、ブンブンと振り回される。
や、やめてぇ。気持ち悪い。酔うぅぅ!
「で、でもでも! 私って先天スキルが木工と鍛冶だから、あのその! よ、弱いというか、弩スキルもあんまり育ってないし、属性術式も持ってないですしおすし! さっきの一撃必殺ネタプレイに全財産費やしちゃってるし!」
割りと本気で気持ち悪くなってきたので無理やりに手を引きはがす。
というか、先天スキル木工と鍛冶って凄いことしてるな。後天スキルだけでも戦えるという意味ではそれほど間違った選択でもないような気もするけど。
「……いや、そんなこと言われても、ボクなんて先天スキルがテイミングなのに肝心の使役魔物が今は死んでますし」
「従者さん死んでるの!?」
「……なんでコレットのことまで知ってるんです?」
「その筋では有名だよ」
「……はぁ」
それは一体どの筋なんだろうか。
よく分からないが、コレットは実は人気者なのかもしれない。
「というか、なんで従者さん死んでるの? 黒アリスにやられた?」
「ロリコンを拗らせて死にました」
嘘は言っていない、嘘は。
スイさんは、一瞬ポカンと口を開けて、顎に手を当てて頷いた。
「……ロリコンは病気だからね、ちかたないね」
スイさん、ノリはいいけれど、やたらナチュラルにネットスラングを喋る人だ。
「で、結局スイさんはクエストはどうするんです?」
ボクが尋ねると、途端に苦い顔になるスイさん。
なぜか黒の瞳を細め、二の腕を人差し指で叩いて唸っている。
「巫女っちゃん。個人的に私は黒アリスとは別にもっと難易度の高い本命のなにかがあると思うんだ」
「それにしても、妙に確信持ってるみたいですね」
「んふふー。だってちょぉっと黒アリスちゃんじゃぁ、耐久力が足りないよね。ドーピングと武器の力を含めても一撃だもん。命中重視の術式を持った術式使いを集めれば削り切れるようなHPなんじゃないかなぁ」
「……まぁ、言いたいことは分かります。黒アリスのスキル構成には投擲以外の遠距離攻撃がなかったみたいですから。それに回復手段もないんです。倒される前提があったのは間違いなさそうです」
「それそれ、前衛盾タンクと後衛を揃えれば十分いけなくもないんだよ。それともう一つ――」
勿体ぶるように語るスイさんに先んじて、ボクは疑問を口に出した。
「――白アリスのクエストの、"現在回収した宝物の総数"。これってまるでなにかのカウントダウンみたいですよね」
それが単なるおつかいクエストの延長なのか、それとも別のなにかのトリガーなのかは分からないけれど、無意味ということはないだろう。
「ふぉぉ、巫女っちナイスゲーマー! へーい!」
「……へーい」
よく分からないがとりあえずハイタッチ。
というか、ナイスゲーマーってなんだ。そういえばお爺ちゃんが一昔前の大学生の鳴き声は大体「うぇーい」だったって言ってたっけ。