Quest29
翌日、街の外壁に近いその場所はプレイヤーでごった返していた。
全身傷だらけの人がポーションを煽っていたり、術式使いが時折辻ヒールをして回っているのが確認出来る。というか辻ヒールとか懐かしいな。この言葉自体が使うのが何年ぶりなのか。赤の他人にバフや回復を掛ける辻行為自体が近年のゲームでは殆ど成立しないからなぁ。
「ここまで集まるものなのか……」
コレットが人でごった返しているワールドゲート周辺を見てぼやいている。
「大半の渡りびとが様子くらいは見に来るだろうからね」
「それにしても多すぎないか」
確かに数で言えば百や二百じゃ効かないだろう。
というかこれだけの数のプレイヤーが潜在的に居るんだと思うと軽く恐い。
いや、その……FSAは所謂中堅、お世辞にも流行ったゲームではなかったし。ボクは好きだったけど。
ごった返す人の波を躱し、ワールドゲートへと近づいていく。なんだか時々奇異の視線がボクらに突き刺さる。
「おっ、巫女姫」
「やっほー! 巫女っち!」
何人か知らない人から声を掛けられるが、適当に生返事したり、軽く手を振り返したりして誤魔化す。どうやらステータスの称号を見られたらしい。ある程度注視しないとウインドウは見えないのに、人でごった返してる中でボクに正確にターゲットを向けるとは中々やるような気がする。結構やけくそだ。というか巫女姫は分かる。でも、巫女っちってなんだ、巫女っちって。
人々が次々に門へと飛び込んでいく。
コレットは胡散臭そうに門の反対側を覗いている。
「旅の扉は結構くぐってるんだからそんな訳の分からないものを見る目を向けなくてもいいんじゃない?」
「ああいったことが出来るのは主だけではないんだなということを実感した」
「問題はコレットにこれが使えるかだよね」
スライムを抱いてによによとぐにゃぐにゃに歪んだ笑みを浮かべていた男性に声を掛けそうになったのを自制し、グレイウルフを引き連れた少年プレイヤーに尋ねてみると、使役魔物も通れると分かったので一安心。
――なんだ、この人、右腕、左腕、頭上に赤、青、透明の合計三体もスライム使役してる。なんかそのうち某国民的落ちゲーみたいなことになってそうだ。同じ色を揃えてそのちょっと危険な表情を一度消してみて欲しい。
「渡りびとにも色々居るなぁ……」
というかやたらとダークコートで全身を包んでいる人が多い。なんか、黒づくめの集団が形成されてて恐い。これは、あれなのかな。わざと装備を隠したり、得物を隠してるとかそういうのなんだろうか。FSAでも暗器型は一定の需要があった。トランプ投擲もどっちかというとこのジャンルだったし。
「さて、行こうか」
インベントリから大盾とナイフ、そしてレッドポーションⅢを取り出して、ナイフとレッドポーションⅢを腰のホルダーに差す。
ワールドゲートはボクの目前で水面のような不可思議な膜を浮かべて静かにそこにそびえ立っている。覚悟を決めて、ボクはそこに踏み入った。
一歩踏み出した瞬間から視界が一気に変化する。
あちこちに先端の螺子曲がった針葉樹らしき樹木が生え、奇妙な影を形成している。背後には街にあったものより幾ばくかスケールダウンした門。人が他に居ないことを考えると門は複数存在するのだろう。まぁ、一ヶ所だとごった返すしね。
「……これは」
木の一本、いやよく見るとあちこちの木の幹にトランプが突き刺さっている。なんて奇妙な場所なんだ。いや、でもこのトランプが単なる戦闘の爪痕の可能性もある。なにせ相手は黒アリスだ。というか、この世界においてトランプ投擲なんてするのはヤツしか居ない。注意して見れば、獣道のように無理やりに押し入ったような道もあるし、プレイヤーがついさっきまでこの辺りに居たのかもしれない。
「コレット、気を付けて。もしかしたらこの辺にアリスシャドウ、リリアくらいの大きさの女の子が居るかもしれない。真っ白の髪の毛で赤い瞳、すこしぼやっとしてそうな顔つきの女の子が――」
――居るかもしれない。
そう言おうと思った時だった。
「見てくれ主! この少女、どことなく主に似た愛らしい顔つきをしている! なぜだか心を揺さぶられるのだ! このどことなく眠たそうな顔がこれはまた、主と似ていて――」
コレットは小さな女の子を抱えていた。
女の子は"真っ白な髪の毛"で"赤い瞳"、"どことなく眠たそうな顔"をしていた。黒のゴシックドレスで身を包み、その手にはトランプの束が握られている。
「……ループスラッシュ」
瞬間。少女の握っていたトランプの内、一枚が、縦長に伸びていく。長剣ほどの大きさまで伸びたそれがコレットの首を斬り落とした。比喩ではなく、本当に。少女の頭上でトランプが円を描くように回転し、戻ってきたトランプの返す刃で今度はコレットの胴体を切断した。――そして、コレットを構成する全てが光の粒子と化し、弾けた。
――コレット・テスタリアの復活まで残り47時間59分です。
システムウインドウが無機質に告げる。
今のボクはきっと死んだ目をしているだろう。正直に言えば舐めていた。いや、別に黒アリスを舐めていた訳ではない。――コレットを舐めていた。普通、いくら愛らしくても、ボクに似ていても、捕まえては来ないよね。というかよく捕まえられたな。へー、使役魔物の復活時間って48時間、丸二日なんだ。へぇー……。……はぁ。
「……次」
黒アリスを前に右足を踏み出そうとした瞬間、踏み出そうとした先に一本のナイフが深々と突き刺さった。
「ちょっと早すぎたかな」
手を振りぬいた体勢のまま、ぼやくボク。
後、一瞬だけナイフを投げるのが遅ければ足の甲にナイフが刺さった気がするんだけど。それより遅ければ逆にバレそうだ。というかやっぱり、今のボクと一緒でとりあえず突っ込んで攻撃しようとする癖が黒アリスにも残ってるなぁ。
「……クロは驚愕を隠せない」
「クロ、クロってキミのこと?」
「……そう、クロは黒のアリス。だから、クロ」
――なんか犬みたいだ。
昔のボクのコピーアバターだけに複雑な気分だ。というか、FSA時代の黒アリスには会話をするような機能はなかった。あくまで敵としてのAIしか備えていなかったのだ。
「……さっきのは弱かった、期待外れ」
「――違う。コレットは弱くないよ。舐めプしたあげくに返り討ちにあったり、時々致命的にお馬鹿なだけだよ」
「……訂正する。さっきのはお馬鹿だった」
ならばよし。
ボクは大盾を構え、クロと視線を交わした。
アリスシャドウ Lv30 状態:敵対 ◇:Special Character
Special Characterってなんだこりゃ。
確かにスペシャルかって言われたらスペシャルっぽいけど。
まぁ、とりあえずどうやって逃げるかな。昔のボクが全力でやって勝てなかった相手にまだ熟達の域まで達していないこの装備でどうやって勝てというんだ。ボクにとっての勝ちの目はコレットとの共闘だったというのに……。