クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest28

 この世界は三つの世界が重なり合って出来ている。一つは女神フィラメリアの居る天界、そして今ボクたちの居る精霊界、そして魑魅魍魎の跋扈する魔界だ。

 天界と魔界の挟まれた精霊界は言うならば二つの世界を繋ぐ玄関口、精霊界、そして天界を手にしたい悪魔。そして天界はおろか、女神の生み出した数多の精霊の暮らす精霊界を守護する女神。そしていつしか、精霊と感応することが出来る生物が現れた。後に彼ら、彼女らは精霊使いと呼ばれるようになる。

 いつしか、生まれたその時から精霊を宿す精霊使い、女神が生み出した時から増えることなどないはずが、新たな精霊を宿す精霊使いが現れだした。ただ一人の例外もなく、彼女たちは女性であった。女神の現身とも言われた彼女たちは後に巫女姫と呼ばれるようになる。

 悪魔は幾度となく、精霊界へと侵攻した。だが、精霊界に新たに芽吹いた幾多の種族は女神の加護を得てそれと対峙した。魔界から送り込まれる魔素は精霊界で異形の型をとり、いつしかそれは魔物と呼ばれるようになる。強力な魔物に支配された土地は悪魔を呼び、数多の命を、精霊を脅かす。そして、今から二百年前に突然の精霊の消失。精霊を生活の根幹に置いていたエルフの混乱は凄まじく、凄惨なものであった。この世界は女神から見放されたのだと言い出し、自害する者まで出た。そして、結果として数多の英雄と精霊、女神と悪魔によって世界は廻っている。

 

 

 ある程度纏まった内容を虚空に浮かぶホロキーボードで叩きこんでいく。思考入力でもいいのだが、ボクは指先で文字列を叩いていく、という作業が好きだった。この世界にのめり込むロールプレイ的にはボクの行動は邪道ということに外ならない。しかし、手書きで書き写すには少々内容が多すぎる。好意で部屋を借り受けている以上、無駄な時間を取る訳にもいかないしね。

 

「……主、少々私は暇なのだが」

「んー」

 

 女神と悪魔の戦いが童話風に仕上がっているものなんかはざっくりと理解するには丁度いいな。なんかこれとか、よく分かんないのもあるけど。

 

 女神は悪魔に対抗するために小さな箱庭を造り上げました。フィラメリアの箱庭と呼ばれるそこには無数の扉が存在します。扉の奥には悪魔を討滅する存在が秘められていました。ただし、女神は扉を開く鍵を持っていません。扉を開くことが出来るのは鍵を持つ者だけ、それを選定するのが扉の番人――。

 

「……なんだか私は血が吸いたい気分だ。主。、少し貰ってもいいか?」

「んー」

 

 ――フィラメリアの箱庭へと向かう道は然るべき時におのずと現れるだろう。選定者には試練が与えられる。友誼に闘争、それとも存在そのものか。未完成の扉は鍵の存在によって完成する。鍵とは石、水面に投げ込まれた石は世界を変革する。

 

 なんじゃこりゃ。まるで意味が分かんないぞ。

 もはや予言とか地方の言い伝えに似たものがあるな、これ。

 

「……美味だ。美味だぞ主。……主、あるじー。……私は吸血の際の羞恥を堪える表情や終わった後の何とも言えない表情に昂奮する質でだな。……あーるーじー」

「……んぅ」

 

 単なる舞台背景で済むのか、これ。絶対なんかあると思うんだけどなぁ。

 やっぱりクロトさんの言ってた方向で合ってるかなぁ。悪魔との戦いが迫ってるってヤツ。でもなぁ、正直現段階だとプレイヤーのレベルが全然足りないと思うんだよなぁ。初期段階の影でレベル34でしょ。悪魔本体って一体レベル幾つなんだろう。

 

「んぅぅぅ!」

 

 悪魔に精霊に巫女姫。というか風の巫女姫に会いたいのに結局風の巫女姫ってどこに居るのさ。

 

「あーるーじー、あーるーじー」

 

 ふと気づくとコレットが床に横たわって幼児退行していた。丁度いい位置に居たので、その背中に太腿を乗せて、エルフに関する書籍を読みふける。

 

 ――嘗てのエルフは自らを精霊に近づけることに腐心していた。これもエルフの多くが高い精霊術への適正を有していたことに起因している。他には種族的特徴として豊富な魔力量と術式適正、二百年から三百年の時を生きる長寿種であることが挙げられるだろう。現在では長弓や短弓などの狩人としての適性、そして豊富な魔力を活かして術式を用いることが多い。彼らはアルベスト王国東部、幻想の森を主な拠点としており、巨大なコミュニティが存在している。それらはエルフの里と呼称されることが多い。エルフの里は自らを限りなく精霊に近づけることで永遠に近い寿命を手に入れたエルフ、風の巫女姫、ミランダ・クランベールを頂点にして、存続している。そう、ハイエルフとは、エルフであり精霊でもあるというエルフの祈願を達成した存在に与えられる称号なのである。

 

 ……まさかとは思うけどミランダ・クランベールもリリアみたいに幼女ボディーとかそんなことはないよね、ないよね!?

 

 床を見ると太腿を乗せていたコレットが痙攣していた。女性に言う言葉ではないのだが、どことなく気持ち悪い笑みで、口の端からは涎が垂れていた。

 

「わっ! ご、ごめんコレット、やりすぎた!」

 

 慌ててコレットを抱き起して、口の端を拭いてあげる。いかん、夢中になると他のことがどうでも良くなるこの性格は直さなくちゃいけない気がする。子供の頃からこんなんなんだよなぁ。やっぱり少々退屈だっただろうか。でも、これも必要なことだということも分かって欲しい。というかいつの間にかボクのHPが四分の一くらい削れていた。なぜに?

 

「いや、全然構わない。なんの問題もないな」

「そ、そう?」

 

 問題、あると思うが。少なくともボクが背中を足掛けにされたらキレるまではいかなくても不機嫌にくらいはなるだろう。うーん、従者みたいなことに慣れるとここまで寛容になれるのだろうか。凄いな。

 

「……楽しみだな」

 

 座っていた椅子の背もたれに全身を預ける。

 収穫だ。それも大収穫。知りたいことも知れたし、目的地も決まった。思ったよりもずっとこの街に居る時間は少なくなりそうだけど、これもまた良し。

 

「主はいつも楽しそうだな」

「そりゃ楽しいからね。まだまだコレットにも付き合ってもらうよ」

 

 ボクはVRという世界にかなりの期間浸っていると言えるだろう。それも、全体から見ても相当古参の部類だ。その頃はまだ、VRをするにも環境を整えるのに大分手間が掛かるのに、生粋のゲーマーだったお爺ちゃんは部屋を丸々一つ潰してVR部屋にしてしまう有様だった。それでも、「子供の頃から焦がれていた世界に飛び込むのに妥協なんてしない」と平然としていた。

 

「ご機嫌だな」

「ちょっと昔のことを思い出してた」

 

 ホロキーボードを掌で一撫でして消し去り、立ち上がる。

 

「主、次はどこへ行こうか?」

「エルフの里、幻想の森かなぁ。だけど、結構強力な魔物も出るみたいで、ちょっと今のボクじゃ厳しいかも」

 

 幾つか分かったことでは、幻想の森周辺の魔物は理性を持つものが多いらしい。例外こそあるものの、知性ある魔物というのは強い力を持ち合わせていることが多い。有名なので言えばドラゴンとか。一応コレットもこのカテゴリーに入るのだろうか。知性はあるけど理性はないような気もする。

 

――そんな時だった。

 

 ボクの耳がリィン、リィンと響く鈴の音の音を捉えたのは。

 突如、ボクの眼前にウインドウが展開される。普段の淡泊な文章とは違って、つらつらと書き連ねられているソレには信じられないことが記されている。

 

 

 世界の門は繋がった。その先は喪われた世界。悪魔に奪われた世界。

 世界を渡る術を持つ渡りびとよ。囚われたのは白のアリス。

 敵対するはアリスシャドウ。幾多の英雄を屠りし、黒のアリス。

 黒のアリスは強者を好む。世界の扉は強者を求める。強き者よ、心せよ。黒のアリスは強者である。弱き者よ、心せよ。戦いは決して一つではない。

 

 

――ボクは、知っている。いや、知っているとかそんなものではない。

 

 じとり、と首筋に嫌な汗が滲む。

 世界の門、まずこれは間違いなくワールドゲートのことだろう。活性化されたワールドゲートはランダムに別の活性化中の門へと人を飛ばす、それだけでは用途として怪しいとは前から思っていた。だが、世界の門は繋がったのだ。"イベントステージ"の舞台へと。

 

 そう、これはオンラインゲーム恒例のイベントなのだ。確信がある。

 

――なぜならば"白のアリス"と"黒のアリス"。二人が二人ともこの世界の、いや、このゲームの存在ではないのだから。

 

 喪われた世界、よく言うものだ。この二人のアリスはSWO運営と同社が数年前にサービス終了させた「Fancy Shooter Adventure」、FSAと呼ばれたゲームの存在だ。

 思わず「既にサービス終了しているゲームとのコラボレーションイベントって使い回しか! 使い回しなのか!」と叫び出したくなる。

 

 金色の髪に青の瞳、そしてエプロンドレスの幼女。これが白アリス。白銀の髪に赤い瞳、ゴシックドレスに身を包んだのが黒アリス。白アリスというのはアクションゲームであると同時に一種のスコアアタックゲーであったFSAのランキングの頂点、ステージ最多ハイスコア所有者である。正確なプレイヤーネームは「Alice」。これはアリスタイプと呼ばれる容姿構成のデフォルトネームである。童話風のキャラクター設定を主体としたFSAは格闘ゲームと言われるそれと似ている。選ぶキャラクター毎に独自の装備をカスタマイズ出来るという特徴、そして、メインのコンテンツもステージ選択型のポイント加算式アクションゲームという人を選ぶものだった。

 

 これには当時の大人の事情が多いに絡んでいる。まず、当時出回っていたVR機器の性能差の開きだ。下は十万から上は数千万まで、家庭用VR機器の値段と性能の開きは大きかった。これより上はもう医療用や、業務用だ。更に、当時の個人インターネット回線は非常に低速だったということもあげられるかもしれないが。VRゲームに限った話ではないが、対応するユーザーを増やさねば集客は出来ない。だからこそ、当時の回線、当時の最低ラインのVR機器でも満足に動かせるゲームにする。そのためにキャラクター選択式によって、容姿などの処理をサーバー側でいくらか負担して極力減らし、オンライン要素を削ることによって回線への負担を削ったという話だ。

 

 

 そして、黒アリスというのも少々ややこしい存在なのだ。当時のハイスコア所有者の「Alice」を運営側がAI化し、「Alice」をベースに当時のランキング勢の武器種の扱いや、体捌きを学習させたものがアリスシャドウ。白アリスや黒アリスというのは所謂通称なのである。白アリスなんかは服の色で言えば青なのになぜ白アリスなのかと突っ込みどころこそあったが。まぁ、黒アリスときたら白アリスになってしまうのも仕方ない気もする。

 

 運営側の魔改造によって生まれた黒アリスはその後追加されたステージや運営主催のイベントに現れ、そのアホみたいな性能で本家本元の「Alice」やランカー勢を蹂躙した。とにかく黒アリスの学習能力は異常だった。黒アリスは、VR暗黒期という時代が生み出した魔物の一体である。FSA後期に至ってはゲーム全体がポイントランキングゲーという側面より如何にして黒アリスに一矢報いてやるかという決闘ゲーと化した程だ。

 

 そして、白アリス。いや、プレイヤーネーム「Alice」。金色の髪に青の瞳、そしてエプロンドレスの幼女が身長ほどに大きなスペードのエースのカードを盾にして敵を弾き飛ばし、トランプを投擲しては、敵の息の根を止める。そんなバイオレンスすぎる幼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ぶっちゃけ中身は幼少期のボクである。

 

 

 

 

 

「……主、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

 

 ……大丈夫じゃないかも。


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