クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest26

 全体的に清潔感の漂う店内のそこかしこに様々な色をした小瓶や、初めて見るコンロのような道具などが溢れかえっている。まばらに見えるお客さんの中には整った衣服に身を包んだ人も居て、むしろ冒険者ルックの自分の恰好が浮いているのでは、と思ってしまう。うーむ、後で普通の衣服も買い揃えておかないとな。コレットもいつもの赤を基調にしたドレス風甲冑のまんまだし。

 

「おぉ、来てくれたんだね」

 

 温和な笑みで出迎えてくれたのはかつてマルリア森林で出会った商人、クラウスさん。そう、ここはフラウリード商会、彼の城である。

 

「はい、ここは面白いものが沢山あって見てるだけで楽しいです」

「それは重畳だ。まあ、買って行ってくれるのならば尚いいがね?」

「仕方がないのでお金を落としていってあげます」

 

 ひとしきりおふざけのやり取りを終える。しかし、本当に面白いな、ここ。武器防具以外の冒険に使えそうなものはかなりあるんじゃないだろうか。特にボクの興味を引くのは薬品棚。ポーションの類は便利な割に重量を取らないから種類を集めておいて損はないと思う。

 見た限り、かなり有用そうなポーションも多い。

 

 アタックポーション Rank3 錬金術によって生み出された一定時間物理攻撃力を引き上げることが出来るポーション。 

 

「コレット、コレット。これなんて飲んだだけで強くなれるお手軽ドーピングだよ」

「私の場合は主の血液でも小瓶に移しておいた方が強くなれるな」

「……なんか微妙に釈然としないけど、後で用意しておく」

「済まないな。催促したみたいだ」

 

 まぁ、別にいいんだけどね。使役魔物が最大限にポテンシャルを発揮出来るようにするのはテイマーの義務だしね。ボクが勝手に考えてるだけだけど。

 というかコレット、吸血は首筋からじゃないと駄目って言ってなかったけ。小瓶からでもいいのかどっちなのか。

 

「そうだ。キミたち二人に丁度いい品物を取っておいたんだ」

 

 そう言うとクラウスさんはカウンターの奥に引っ込む。

 なんだか少しだけ気恥ずかしい。ボクたちがここに訪れない可能性だってあったのにまるで来ると確信があったみたいだ。

 

「これだよ、これ」

 

 心通の指輪 Rank4 離れた二人の装着者の心を結ぶ一対の指輪。MPを注ぐことで、離れた距離に居ても念話をすることが出来る。 耐久150/150 現在所有者はなし。

 

「……見事なものだ」

「やはり、お分かりになりますか?」

「あぁ。主、これは買いだ」

「そうなの?」

「心通の指輪というのは名のある職人でも難しくてな、同じ素材、同じ手順でも出来るのは大抵下位の念話の指輪なんだ。基本的な性能も低く、念話の指輪はある程度使い込むと砕ける。それでも有用だからな、冒険者パーティーの中に指輪持ちが居るのも珍しくない」

「砕けちゃうのか……」

 

 それは勿体ないというか、少し寂しい気がする。

 

「その通り。念話の指輪は夫婦間で持つこともあるんだが、砕ける、というのは縁起が良くない。結果として心通の指輪が求められるわけだね」

「……高そうですね」

 

 明らかにレアアイテムだ。というか、これの場合はレア度以上の価値がある。便利すぎる。

 

「はは、キミに謝礼として渡した分だけで十分足りるさ」

 

 もしかして、最初からここまでクラウスさんの掌の上だったのだろうか。

 謝礼として渡す分には多すぎるお金と依頼したからにはアイテムで勘定する訳にもいかなかったとか。最初からボクたちに指輪を譲るためとか、ボクの考えすぎかな。

 

「そもそも、この指輪はとある資産家夫妻が離婚した際のものでね、捨て値でいいから、手元にあるのは不快だと売却されたものなんだ。これは所有者が放棄を宣言するまで専用のアイテムになってしまうものだからね、これは放棄を宣言して売られただけマシだな。未だに所有権が変更されていない指輪が世界中に溢れているから。これなんて、死後も所有権が残るというんだから驚きだよ」

「……わーお」

 

 アイテム一つとっても歴史があるんだなぁ。

 

「だが、ペアの冒険者ならばこれほど有用なものもないんだ。現に高位の冒険者にはペアも多いからね」

「へぇ、そうなんですか」

「やはりペアだとフットワークが軽いというのもあるが、解散率が低いね。数が多いとどうしてもね、それぞれの生活もあるし、配分とか揉めるんだよね」

「あー、なんとなく分かる気がします」

「分かってくれるかい。私が買取の作業をしている前で分け前がどうだ俺が一番活躍したから配分増やせだとかうるさいことうるさいこと。あげくの果てに人数が多いんだから買取値を上げろだとか、そんなことはこっちが知ったことではないってのに……」

 

 いかん。クラウスさんの愚痴が止まらない。

 

「その点ソロやペアは相手していて楽だね。本当に。ペアのどっちかがしっかりしていて財布の紐を握っているとか、きっぱり半分に分けちゃうとかさっぱりしているよ。常に背中を預けているとかそういう感覚があるのかもしれないね」

 

 そういえばお金に関してはボクが一括管理してるけどこのままでいいのだろうか。でも、ボクが居ない時って大体旅の扉で屋敷に戻ってるんだよね。その上、旅の扉で戻った時は屋敷の敷地外には出れない制約があるからコレットが軽く軟禁状態に……。やっぱり宿は取った方がいいかもしれない。屋敷に缶詰じゃコレットも飽きるだろう……と思ったけどコレットは屋敷がダンジョンと化してからも二百年以上居たのか。本気でなんとも思ってないかもしれない。

 

「じゃあこれくださいってことでいいんだよね、コレット」

「…………あぁ」

 

 なぜかコレットのテンションがどん底まで下がっていた。大粒のルビーのように綺麗だった瞳はどこか虚ろで、なんだか怖い。

 

「ど、どうしたの?」

「……いや、いいんだ。曰くなど私には関係ない。そう、その程度の曰くなど……」

 

 駄目だ聞いてない。まぁ、コレットだしいいや。

 

「よく分かんないけど、これください」

 

 ボクは代金と引き換えに指輪と交換してもらう。まだそれなりにお金は残っているけど一番多かった時の三分の一くらいだろうか。やっぱり悪魔もどきの懸賞金が美味しかったな。

 

「そうだ、旅に必要そうな道具一式ってここにありますか?」

「あるね。上質な品を約束しよう」

 

 ボクはストレージを弄り、中の金額から生活費の一部を除いて殆ど取り出す。

 革袋にぎっしりと詰まったソレを机の上に載せる。

 正直に言えば旅の道具は村で手に入るものでは足りない。いざとなったら旅の扉を使えばいいんだけれど、正直それでは味気ない気がする。そもそもどんな場所でも旅の扉が使える訳でもないだろうしね。

 

「予算はこれで。余れば余っただけありがたいですけど」

「……商人に自分の財布を見せてしまうのは失策だと思うんだがね」

「別に誰彼構わず見せる訳じゃないです。クラウスさんだから見せてるんです」

「……いやぁ、やはりいいね。信頼されているというのは心地いいものだ。やはり旅の必需品は丈夫で長持ちするものに限る。安物は駄目だね、すぐに駄目になる」

 

 クラウスさんは息子さんを手招きし、二人がなにごとか言葉を交わす。

 

「すぐに揃えさせよう。ところで二人はいつまでこの街に居る予定なんだい?」

「特に決めてないです。冒険者にこだわるつもりもないのでのんびりやるつもりです」

「ははは、キミたちは若いんだ、焦っても仕方がないからね。それくらいで丁度いい」

 

 なんとなく、本当になんとなく、ボクはコレットの方へと振り返る。

 

――満面の笑みだった。

 

 いつも仏頂面のコレットの満面の笑みとか初めて見た。ボクはそっと目を逸らした。駄目だ、これ突っ込んじゃ駄目なやつだ。コレットは少なくともボクより二百歳以上年上だ、なんて突っ込んじゃいけない。いけないんだ。


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