べっとりと濃い味のたれの掛かった串肉を頬一杯に貪る。
美味しい。これだよこれ、この現代人好みの濃い味付けがたまらない。微妙な質の肉のこの弾力巻もまた素晴らしい。これでこそのB級グルメだ。
「うむ、興味深いな。主よ。もういくつか主のストレージとやらに入れておくのはどうだろうか」
ボクど同様に食べ終わった串を量産する合間にコレットが言う。
賛成だ。ストレージとはこういう使い方をするためにあるんだろう。素晴らしい。
「おじさん、この串をあと三十本ください」
「お、おう。こんだけ食われちゃぁ、おっさんも負けるしかねぇなぁ……」
屋台のおじさんが積み上げられた串の山を見て呻いた。
負けてくれるのはありがたい。というか通貨社会って素晴らしい。食べ物が美味しいのは幸せなことだ。
「……うまうま」
「お前らこんな所でなにやってんだ……」
空き串を量産する簡単なお仕事に従事しているとクロトさんが呆れた目をして現れた。
「食べますか?」
「食うけど。普通に食うけどな」
ボクがたれでべっとりになった手を差し出すと、クロトさんがボクの手を避けるように串を摘み上げ、齧り付いた。
「ふぉふぉろふぇふぉふぇしふぁふふぁ」
「おう、俺に理解出来るように喋れや」
仕方がないのでボクは咥えていた肉を咀嚼もそこそこに飲み込む。
「ところでクロトさんって暇な人なんですか?」
「喋ったら喋ったでお前失礼だな! つうかお前、口の周りたれでべったりじゃねぇか!」
「口の周りがたれでべったりでもダンジョンにだって潜れます」
「身だしなみの問題だよ! み・だ・し・な・み!」
「男の癖に細かいことを気にする人ですね」
コレットから渡されたハンカチで口元を拭う。お腹一杯、満足です。
「というかだな、女の子なんだからそういうのは気を付けろよな」
「誰が女の子なんです?」
「そりゃお前だろ」
なに言ってんだコイツみたいな目でボクを見ないでください。
「……なるほど。それなら女の子でもいいです。いい夢見てください」
女の子だと思ってたら男の子だった的なガッカリ感をわざわざ味あわせることもないだろう。
世間ではVR暗黒期と呼ばれる時期を駆け抜けたボクにとっては羞恥こそ多少はあれど、容易いことだ。あの頃はプレイヤーの容姿と名前固定のオフライン売り切りゲーも珍しくなく、出来たとしても体格を調整する程度という、自分とは違う誰かに成り切る、一種の成り切りゲーと化していた。今でもストーリー重視の売り切りゲーだと容姿固定化要素も割と生き残っている。
やはり主人公にバックストーリーを付けるという意味で容姿、名称固定というのはやはり根強い人気が――。って今考えることじゃないな、これ。
「おい待て、どういう意味だおい!」
「クロトさんには関係ないことです。わたしのことは気にしないでください」
「露骨に一人称変えるなよ! おい、まさか……」
「……ココノハさんとかはユラくんって呼んでたじゃないですか」
「……いや、別にショックなんて受けてない、受けてないぞ。いや、確かに男って言われたら男に見えないこともないような」
「やっぱりこの髪、紛らわしいですかね。バッサリいったほうがいいんですかね」
「おい馬鹿やめろ。俺のせいで髪切り落とす羽目になったら俺の首がコレットさんに切り落とされるだろうが! つーかこえーよ! なんかコレットさん、瞳が爛々と光ってんぞ!」
クロトさんが訳の分からないことを言っているので振り返ってみると仏頂面のいつものコレットだった。
「いい歳してなにをアホなことを言ってるんですか」
「……ぐぅ。まぁ、いい。俺はお前を探してたんだよ」
「……ボクを?」
「そうだ。悪魔もどきを倒したのはお前らだったみたいだな。ちょっと話を聞こうと思ってな」
「構いません。悪魔もどきが用いていた剣も取ってありますし」
ボクはストレージから黒ノ長剣を取り出す。まぁ、初めてのRank4装備としての記念品みたいなものだけど。能力的にも突出した部分のない剣なんだよねこれ。例えるならばRank4下位って感じ。やっぱり同じRank内でも優劣がある。限りなくRank3だけど微妙な特殊効果でギリギリRank4とか。ボクなんかは合わないRank4、Rank5を使うくらいなら今の疾風の大盾で十分だって考えてるけど。
「……これ、悪魔もどきからドロップしたんだよな?」
クロトさんは黒ノ長剣を真剣に見つめながら確認するように問う。
「はい。間違いないですね」
「――そうか。実はな、ここ一年なんだ。悪魔もどきからアイテムがドロップするようになったのは」
「ってことはこれまでは?」
「そうだ。ドロップを落とすことはなかった。それどころか悪魔もどきなんてのは滅多に見れるもんじゃんかったんだ」
どういうことだ?
これまではドロップを落とすことがなかった悪魔もどきがドロップを落とす。
「コレット、コレットが知ってる悪魔もどきの外見的特徴を教えて」
「あぁ。外見で言えば霧、泥、人にモンスターを掛け合わせたキメラのようなものまで様々だった。だが、今回の悪魔もどきは妙だった。強さの割りには姿が安定していた。もっと不定形なものや、異形に近くても良いと思うんだが。思考も幾分か研ぎ澄まされていたように感じるな」
確かに、あの影からは理性的な強さを感じた。魔物相手に感じる野性的な強さとは完全に別物だ。
「……悪魔もどきの存在の強度自体が上がっている? ドロップアイテムも悪魔もどきが消滅しても残る程度には安定した存在になったから? 黒ノ長剣も素材が魔素だったしこれかな」
「気づくのがはえーよ。ちょっとヒントやっただけでこれだ……これだから最近の若いやつは……まぁ、俺も若いけど。コイツは余り広めちゃいけない情報だからむやみに口にすんなよ。鋭いヤツラはもう薄らと気づいてるだろうがな」
「……悪魔もどきの存在強度が上がっているってことは女神様の勢力が押されているととられかねないですもんね」
「混乱どころの騒ぎじゃ済まんだろうな。少なくともこの大陸のヤツらは精神的に女神様に依存しきってるからな」
確かに。この世界のファンタジー用語には女神の○○の類が多すぎだと思う。言い換えればそれだけ女神様が生活の根っこにあるということだ。
「精霊が居なくなったことと関係あるんですかね」
「どうだろうな。無関係とは言えないのかもしれねぇ」
難しいものだ。次から次へと新しい情報が入ってきて頭がパンクしそうになる。
「で、悪魔もどきについて調べているクロトさんはなにがしたいんです?」
「――殲滅。悪魔どもの殲滅だ。俺の使命だからな」
ぞっとするような冷たい瞳だった。
だが、それよりもボクには気になることがあった。
「……悪魔もどきではなく、悪魔ですか」
「そうだ。近いうちにヤツらは来るぞ。この世界を喰い荒らしにな」
「確定、ですか」
「残念ながらな。だからこそ俺は、俺たちは各地の悪魔もどきを討伐しているんだ。俺の聖剣は悪魔の位置を教えてくれるからな」
「聖剣ってその剣、やっぱり凄い物だったんですね」
クロトさんの腰に下げられている聖剣が淡く輝いた気がした。
「聖剣ティーリアに選ばれたアルベスト王国が勇者、クロト・フォーリエンスとは俺のことだ」
……。
…………。
………………。
「……アルベスト王国ってどこですか?」
「ここ! ここぉ! ここが東大陸の中心、アルベスト王国ですぅ! 覚えろぉ!」
ごめんクロトさん。ボクの勉強不足です。