肥沃な大地を踏みしめ、ボクは進む。
時折襲い来る魔物を大盾で払い、それをコレットが両断する。
「……ねぇ、コレット。思ったんだけどさ、もしかしてボク、ミーアさんに良いように丸め込まれた?」
「いや、そんなことないさ。私としては全然アリだ。チョロくて愛らしいくらいだ」
チョロいかぁ。個人的にはこの森の本来出現する魔物程度ならチョロいで済むけどやっぱり魔素溜まりの影響を受けた魔物は強いと思う。一人だったら敗北する可能性も十分ある。そんな魔物をチョロくて愛らしいとまで言えるコレットにはしばらく敵いそうにない。というかコレット、ツノウサギは可愛くないって言ってなかったっけ。
「……んー、まぁ旅するにも路銀は必要だし、この辺で稼いでおくのも悪いことじゃないよね」
世の中お金なのだ。装備は……今はまだいいかな。消耗品も……ポーションくらいかな。食費は必要だけど。……あれ、あんまりお金掛かってない。というかホームがあるから宿代だって減らそうと思えば減らせるし低位のポーションは自分で作れる。まぁ、中位ポーションは何本か追加で買っておこう。
雷鳴鹿 Lv25 状態:敵対
うむ……鹿だ。なんか角からバチバチいってるけど鹿だ。
たたらを踏むように前足を上げた【雷鳴鹿】が脚を振り下すと二本の角に眩しいまでの雷が宿った。これは、なんだろう……術式タイプの魔物なのかな。それとも影みたいな魔剣使いっぽいのの亜種なのかな。
そんなことを考えていると【雷鳴鹿】がこちらに角を向けて駆け出した。早さ自体は【キングツノウサギ】の方が早かった。不自然な遅さだ。大盾で受けるのはやめておいたほうがいいかもしれない。
「泥濘の陣!」
【雷鳴鹿】の進行方向に陣を仕掛ける。これでハマってくれればコレットと一緒に袋叩きにすればいいんだけど……。
【雷鳴鹿】が陣の手前で留まり、再び前脚を上げながら嘶き、脚を振り下すと同時に【雷鳴鹿】の全身から雷が吹き上がり、陣が破壊された。
やっぱこれ、直接殴ったら反撃喰らうパターンじゃん!
盾でゴンゴン殴ってたら全身から電気出してくるパターンかこれ。コレットも露骨に嫌そうな顔をしている。仕方がないのでナイフを投擲する。一本目が角で弾かれ、二本目が左前脚に突き刺さる。三本、四本と投げる、投げる、投げる。最後の一本が【雷鳴鹿】に突き刺さった時には既に【雷鳴鹿】は満身創痍。それでもボクが最後の一本を投げ終えてしまったことに気付いたのか、全身から雷を放って魔物の矜持を見せる。そういえば、なんかイベントリになかったっけ……いや、普通にあったよ。
キングツノウサギの王角 Rank3 キングツノウサギの鋭い角。長槍や短槍を作成するのに用いられることが多い。
素材アイテムだけど、まぁ、問題はなさそうだ。割と本気で木の棒でも戦えるゲームだし。それにしてもやっぱりこの角の捻じれは凶悪だ。
というか、こうやって大盾持って投げる槍ってなんだっけ、古代ローマかなんかでピルムって言うんだったかな。とりあえず、これで止め。ボクの投擲したキングツノウサギの王角が【雷鳴鹿】を貫いて消滅させた。ドロップは……雷鳴鹿の肉と革素材。ちょっとあの角に期待してたんだけどなぁ。キングツノウサギの王角とナイフを回収して次へ向かう。
「というかこのギルドカード、倒した魔物が記録されるんだ……」
そこそこの戦果は出せているのではなかろうか。
何時間かぶっつづけで狩り続けているが、それほど疲労はない。
コレットは元々無尽蔵のスタミナがあるし、それとなくフォローに向かってくれているのも大きい。
なんとなくギルドカードを掌で弄んでいると裏面に魔物の名前と討伐数が書かれていた。コレットも興味深そうにそれを覗きこんでいる。
「少なくともこんなものは二百年前にはなかったな」
「そうなの?」
「あぁ。精霊の消失といい、二百年の間にこの世界は相当変わったようだ」
「……そうだね。とりあえず精霊の消失は調べないとね。手がかりは風の巫女姫でハイエルフのミランダ・クランベールと二百年前だから時系列的にはリリアの死後からそんなに離れていないと思うんだ」
「四大巫女姫もミランダ様以外は既に死してしまったのか。いや、後の世代の精霊姫も居たのかもしれないが……」
「……巫女姫とその精霊が最後に残っているっていうのはある意味で当たり前なのかもしれないけどね」
「否定は出来ないな。精霊と共に生まれ、精霊と共に死んでいくのが巫女姫の常。主という例外を除いた巫女姫はそういうものだからな」
ふぅ、とボクは大げさに溜息を吐く。
「全く、リリアもとんでもない爆弾を置いて行ってくれたよ……」
「まぁ、あれでもリリア様はかなり主に対しては真摯に接していたようだがな」
「そうなの?」
「……酷かった。あの方は興味の対象外の相手など塵芥程度にしか考えていなかったからな。しかも、熱しやすく、冷めやすい。前日まで興味津々に弄んでた玩具が次の日にはゴミ扱いされているような。――果たして何人の英雄を手慰みに蹂躙してプライドをへし折ってきたのか。しかも、一体なぜリリア様が英雄を求めていたのかも最後まで分からず仕舞いだ」
手慰みに英雄を蹂躙って質悪いな。というかそこまでリリアが強かったって事実に呆然だよ。英雄を求めるっていうのも分からないんだよなぁ。単純に考えるなら対悪魔用の戦力になると思うんだけど。――いや、まぁ。
「おーい! そこの二人!」
ボクがちょっと考え込んでいたところに声が掛かる。
話しかけてきたのは三人組の男女。ちなみにNPCで腰に長剣を差したボクより一回り年上、二十歳程度だろう茶髪の少年と全体的に小柄な法衣を纏った金髪の少女と黒髪和装の帯刀した少女だった。
パッと見た感じ、三人が三人共、装備の質が良い。冒険者ランクで言えばボクよりは間違いなく高いだろう。別に悔しくないけど。悔しくないっての。
「キミたち、冒険者だろう? 魔素溜まりの影響を受けた魔物の討伐の状況はどうだ?」
「こちらは粗方片付いた所です」
「それは僥倖。こちらも粗方片付いた所だ。これ以上の討伐は時間的にも今日はもう無理だろうな」
空を見上げれば太陽の光は既に陰りを見せている。確かにそろそろ限界かな。
それでも成果としてはそこそこ上げられた方だろう。というか、今日はもう疲れた。具体的にははしゃぎ疲れた。子供か、ボクは。
「あぁ、自己紹介がまだだったね。俺がクロト、こっちの神官がアマリエ、そしてこっちの刀使いがココノハだ」
「ユラ」
「コレット」
「キミたち、せめて少しは俺と会話のキャッチボールをする気を出してくれないか!?」
「高身長イケメンスマイルが妬まし……眩しくて、つい」
「……いまいちだな」
地面に膝を突いて項垂れるクロトさん。こんなところでそんなことしたら膝汚れますよ。それにしてもコレットのいまいちがなにがいまいちなのかが分からない。突っ込まないけど。