どこからかガコガコとなにかを転がす音が聞こえる。
暫くすると、同時に金属の擦れあうような音色が響き始めた。
「これは……馬車だな」
コレットは目を閉じ、集中するように右耳に手を当てていたが、少しすると確信を得たように呟いた。
「よく分かるね」
「こんなものは慣れだ」
それでもたいしたものだと思う。そんなことを話しながらボクは手を動かし続ける。最後に若干とろみのある緑の液体に粉末を少しだけ散らして完成。
「この辺りの森は各地に向かう行商人が通るルートだって聞いてるからそれかもしれないね」
周囲には鬱蒼とした木々が生い茂っており、ボクたちの今通っている道だけが拓かれている形だ。時折、馬車の車輪と思われる轍わだちが残っている。
スキル「調薬」を取得可能です。取得しますか? Y/N
来た! というか若干今更感もあるけれどやっと習得か。
これは迷わずに習得する。短剣みたいに致命的に才能なさそうだったらどうしようと思ってたけどなんとか取れた。
リジェネレーションポーション改 Rank2 一定時間の間、HPとMPを回復させ続けるポーション。容量が多く、複数回使用することが出来る。
おぉ、マナリスト鉱石の粉末をリジェネレーションポーションのレシピに混ぜてみただけだけどやっぱりこれでMPポーションか。もしかしたら正規のレシピだとMP回復の薬草とかがあって、そっちを使うのかもしれないけど。いや、まぁ十中八九そうだろうけど。【マッドゴーレム】素材なんて使う時点で残念ながらMPポーション単体としてはコストパフォーマンス悪いもんなぁ……。まぁ、ボクなんて陣術を少しと武技でMP消費するくらいだから今のところMPポーション要らないんだけど。コレットなんて今は武技すら使えないからMP消費しないし。リジェネレーションポーション改の成功直後のスキル取得だからこれにはスキルが適用されてないのが惜しい。慣れればこのレシピでRank3狙えるんじゃないかな? どうだろう。
「うむうむ、余は満足じゃ。次は普通のリジェネレートポーションでRank2を目指して……」
「主、そうもいかないようだ」
コレットが険しい顔でボクの肩を叩く。
出鼻を挫かれたボクは不満剥きだしのまま彼女を見上げようとして――。
「っ、ぐぅ。おいおい! お前らなにをやっているんだ! 一体なんのためにお前らを雇って――」
「馬鹿言うな! どんだけレベル離れてると思ってんだ!」
茂みの奥から五人ほどの男が飛び出してくる。
五人のうち、四人は頭上に緑のマーカーと名前、性別、レベル、そして空欄の称号欄を掲げている。 プレイヤーだ! ふぉぉ。隊長、初めてプレイヤーと接触しました!
「ま、待ってくれ。なぜ主がそんなキラキラした目で私の服の袖を引っ張っているのかいまいち理解出来ない」
分からなくていいよ。ボクが絶賛オフラインゲーム状態から抜け出したという確かな実感を一人で噛みしめているだけだから。
しかし、四人が四人ともにレベルが低い。レベル8、レベル8、レベル7、レベル6と、一人もレベル十にも達していない。道中の魔物もまぁ、レベル十以下が多かったけどこの辺りは稼ぎ場なのかな? さっきの【マッドゴーレム】みたいなのどうしてるんだろう。
「貴様らぁっ! このことはギルドに報告させて貰うからなぁ!」
固まって逃げていく四人のプレイヤーに突如吼えるように言い放った中年の男の叫びにちょっとだけ、ちょっとだけ驚く。
なに、なにが起きてるの?
中年の男は厳つい顔で吼えていたが、ふと、ボクたちの存在に気付くと狼狽えて見せた。
「おぉ。お嬢ちゃんたち、ここから逃げるんだ。ここは危険だ。早くしなければヤツが――」
男の言葉が終わる前にめきめきとなにかを軋ませる音がして、ヤツとやらが姿を現した。
クレイゴーレム Lv22 状態:敵対
「ふむ、ゴーレムだな」
「そうだね。ゴーレムだね」
うむ。それっぽく正統派なゴーレムだ。ちょっと嬉しい。カッコいいなゴーレム。欲しい。
こういうのの肩の上に乗って高笑いとかしてみたい。
「……やっぱりテイムするならこういうのがいいよね」
思わず口元で消え去るほど小さな言葉が零れた。コレットには聞こえてしまったようで、コレットはこの世の終わりのような表情をしていた。正直ごめん。でも本心なんだ。男の子はみんなゴーレムの肩に乗って高笑いしたりドラゴンの背中に乗って竜騎士ごっこがしたいものなんだ。多分。
「……おのれ……おのれ、ゴーレム!」
コレットが瞬身の心得でも用いたのか一瞬でゴーレムに近づくと袈裟切りにする。だが、掲げられたゴーレムの右腕を半ばまで断ち切った所で大剣が止まる。
「泥濘の陣!」
陣の完成から僅かな間を置いて、ゴーレムの片足が魔法陣に沈んで横倒しに倒れる。更には倒れたそれをコレットが紅の精霊大剣で嬲りに嬲り、消滅させた。ちょっとした残虐ファイトだ。ちなみにドロップはなかった。マナリスト鉱石のストックが少し欲しいなぁ。
「お疲れ様」
「大したことではないな。いつでも任せてほしい」
いや、別にそんなに必死になってアピールしなくてもコレットをどうこうしようと考えてないから。
「いやぁ、驚いた。お嬢さんたちはとてもお強い」
男がコレットを見ながら感心するように呟いた。
というかこんな森の奥深くまで一般人は流石に来ないというか来れないというか……。それに気づかないってことは相当慌ててたんだろうな。
「というか、さっきのなんです?」
ボクが尋ねると男は急に渋い面持ちになって嘆息した。
「……アレは冒険者だよ。最近我々商人の間で話題の渡りびとってやつだ。彼らは荷物をある程度空間に収納出来る力を有しているからね。護衛も出来るってことで試しにギルドで依頼してみたんだ」
「あー、その……でも、逃げられてましたよね?」
「……逃げられたなぁ。しかも預けた荷物は収納したまま持ち逃げだ」
死んだ目で明後日の方向を見ている商人の男。悲哀に満ちた表情だ。
「キミたちはギルドの方に登録はしているのかい?」
「いえ、今までは小さな村に居たのでこれからです。今はただの冒険者志望です」
「はっは。志望でそれだけ強いのならば駆け上がるのもすぐだろう。それに冒険者と言ってもあんなのも居る訳だしな」
やだ、この人まだ密かにキレてる。
まぁ、危うく殺されそうになった訳だから仕方ないか。
「私の名前はクラウス。本題に入るが、もし良ければリデアの街まで私の護衛をして貰えないか? 荷物は……もう駄目だろうな。馬を失った時点で積みだからな」