村に戻る道すがら何体かのグレイウルフに襲撃されたが、特に問題はなかった。祝福の効果もあるが、ボクのベースレベルが上昇したことが大きいのだろう。あとはコレットの存在か。癪だから本人には言わないけどコレットはやはり強い。この程度なら泥濘の陣で罠を張る必要もない。
「……あー、お前、なんだ。どこから突っ込めばいいんだか分からないんだが、何やった? いきなり空高くに炎の蛇が飛んでいくは村が滅茶苦茶光ってるわあげくの果てになんでダンジョン行ったはずのお前が美人連れて帰ってくんだよ! つーかお前の髪なんで色変わってる上に伸びてんだ! パッと見誰だか分かんねーよ!」
知らんがな。
村に帰ってきたボクをアドルさんがどこか疲れたような顔で問い詰めてくる。
「長く辛い戦いでした。五人居た仲間も彼女、コレット以外は全員……」
「そんな、なんつーことだ……。アイツラ……せめて弔ってやらねーと……。って、なんだその無駄に真に迫った演技は! 誰だよ残りの四人の仲間! そもそもお前元々一人ぼっちじゃねぇか!」
「も、もう一人ぼっちじゃないです! そもそも一人ぼっちなんて言葉は要らないんです! 孤高の旅人とかでいいんです!」
「なに言ってんだか全然分からん」
ボクもよく分からない。とにかくボクは一人ぼっちじゃない。
フレンドリスト真っ白だけど。一人もプレイヤーと会ったことないけど。
「あー、なんつーか……アレだ。お疲れさん」
「……はい。というかやっぱり見ただけじゃ分かんなくなってますか。致し方ありませんね」
背中まで伸びた髪は長いし重いし邪魔だ。コレットも似たようなものだけどよく耐えられるものだ。
とりあえず、肩くらいまでバッサリいけば見分け付くかな。ボクはストレージから取り出したナイフを髪に当てて長さの調整をしているとその手ががっしりと横から掴まれた。
「な、な、な、なにをやっているんだ主!?」
コレットは目を白黒させながらボクの手を押さえつけている。一体どうしたのだろうか。
「髪が長い、重い、邪魔。あと不便」
ボクは端的に不満を伝える。いつも定期的に人任せで切ってしまうボクにとってこの髪は邪魔でしかない。
「勿体ないだろう! こんなに綺麗な髪をしているというのに!」
まぁ確かに綺麗な気がしないでもないけれどリリアの色ってだけでなんか色々とテンションが下がるのは致し方ない気がする。
「短くても綺麗なものは綺麗だと思うんだけど」
「うっ……」
「それじゃあ……」
「お願いだ! やめてくれ! 私が毎日主の髪を結う! むしろ結わせてくれ!私がいつの日か灰へと変わるその日まで! お願いだ、私に毎日貴方の髪を結わせてくれ!」
再び髪にナイフを押し付けようとした所でコレットがボクの足元に伏して訴える。正直ドン引きだ。なんで後半になって変態チックになっているのか理解出来ない。アドルさんは明後日の方向を向いてコレットの醜態から目を逸らしている。男の髪にそこまでの価値はないような気がするんだけど。これはボクが適当なだけかもしれないけど。というかよくよく考えてみたら切れるのかなこれ、アバターとして固定されてたら切った後に戻りそうだ。
「い、いや、そこまで必死にならなくても……分かった。分かったから、切らないから」
「……本当か! 毎日髪を結わせてくれる上に私に血を分け与えてくれるなんて、なんて優しい主だ!」
「あぁ、うん。……うん?」
あれ、ボク血についてなんか話してたっけ?
コレットはボクの腰を両手で掴んで持ち上げると自身を軸にくるくると回転させる。恥ずかしいからやめろ。
無言でコレットの膝に軽く蹴りを入れる。
五度ほど蹴りを入れたところでコレットはようやくボクは下ろして貰えた。そして、なぜかコレットの頬が紅潮していた。コレットはよく分からないが時折、ボクの防衛本能に引っかかる行動するのはなんなんだろうか。
「そういえばここから一番近い街ってどこでしたっけ?」
「こっからか? リデアの街……次点でカルリアの街だろうな。リデアの街なら歩きで三日も掛からん」
移動に日単位で掛かってそれでも少ないと感じるこっちの人は逞しいな。
というかカルリアの街ってキャラクター作成の初期ポイントだっけ。ここから近かったのか。超辺境とかに飛ばされてたらどうしようかと思ってた。
「主。私の背に乗れば一日も必要ないだろう」
流石に女の人におんぶされて旅するのは問題しかないな。ボクのプライド的に。というか一日ってヴァンパイアのスタミナどうなってんだろう。
「ちょっと早いけどそろそろ村を出ようと思うんです。多分この辺りは渡りびとで溢れると思うので」
ワールドゲートの活性化の方法が解放されたということは恐らくカルリアの街に存在するであろうワールドゲートが二番目に解放されるだろう。なぜならあの場所が最もプレイヤーの多い地帯だからだ。大量のMPが必要になる二番目の方法での門の解放も物量作戦でこなせる。解放した後はワールドゲートを使ってここへ飛べばいい。女神の祝福も相まってこの辺りは一種の稼ぎ場となるだろう。まぁ、カルリアの街よりも先にどこかに二番目のゲートが開通してたりすると大変なことになるけど。
「……そうか。まぁ、そうなるだろうとは思ってた」
「でも、ダンジョン制圧したらその館の所有権ゲットした上に特殊な方法でいつでもそこまで戻れるようになったんですけどね」
「お前無茶苦茶すぎんぞ!」
「前にも言いましたが、敬ってくれてもいいんですよ?」
「誰が敬うか!」
「というか冒険するにあたってスコップとか鍬くわとか補修用の木材とか欲しいです」
「お前、冒険する気ねーだろ!」
失礼な。一室だけでいいから館を使える状態にしてあとは庭園解体して、やたらと繁殖力の強い低級薬草でも適当に植えておきたいだけだ。低級のリジェネレーションポーションでも巧妙の陣を使えば結構使えるしね。食糧のストックは肉類は大量にあるから調理器具かな。芋かなにか植えておけば敷地内で自給自足出来るかもしれない。……なんでボク、こんな不毛なこと考えてるんだろう。
◇
「荷物の準備はこのぐらいかな」
あらかたの荷物をストレージに放り込み、必要ないものはストレージの容量を喰わないように館の空き部屋に放り込んでおく。本気でホーム便利だな。事故物件だけど。
「ユ、ユラさん! 出て行っちゃうって本当ですか!?」
「ごめんね、ラティア。キミとは遊びだったんだ」
「そ、そんな……わたしたち、やり直せないんですか!? ってそうじゃないです! なんでそんな街の方で流行ってる小説みたいな話になってるんですか!」
ちなみに本当はキミとは遊びだけどゲームは遊びじゃないんだよって言いたかった。SWO楽しい、うぇへへ。
「一応、あのボロッボロの館の方にはちょくちょく戻るから」
「館って……村から出たら魔物に襲われるんですけど」
「アドルさんに首輪付けて引っ張ってくればいいよ」
「ユラさんはアドルさんと仲がいいからそんなこと言えるんだと思います……」
正直NPCをフレンドに出来るならあの人が一番上に入るっぽいのは否定出来ない。
「うー、いいです。わたし、自分でウルフくらい跳ねのけられるくらい強くなりますから」
膨れるラティナを傍目に見る。
村から村へ、街から街へ。元々はそんな一期一会な旅人ロールプレイをしようと思ってたけど、これはこれで難しいものだなぁ。
「じゃあ、行こっかコレット」
「あぁ」
目指すはリデアの街。生活のインフラが整っていて、魔物もそれほど凶悪でもなく、駆け出し冒険者の多い街らしい。
少し遠くにラティアの声が聞こえる。小さく見える彼女は手をこちらに振っている。少しだけ恥ずかしいけれど小さく手を振ってみる。コレットはそれに呼応するように飛び跳ねて手を大きく振っていたのが少しだけ微笑ましかった。
ボクは感傷を振り切り、村に背を向けて歩き出した。
――クエスト達成おめでとうございます。
ふと、風に流されそうな、そんな小さな声が聞こえた気がして。
「……ん? コレットなにか言った?」
「いや、なにも言っていないな」
「気のせいかぁ」
まぁ、結局のところ、ボクは歩みを進めるしかないのだ。