コレットが大剣を振りかぶる。
なんであんなものを持って高速で走れるんだ。ヴァンパイアっていうのは筋力にボーナスでも掛かってるのか!
「泥濘の陣!」
ボクの前方三十センチほどに陣を設置する。
予想通りに陣を跳躍してボクの頭目がけて大剣振り下そうとするコレット。残念ながら泥濘の陣は即時発動出来ない。だが、コレットならば避けると思っていた。
コレットは恐らくスピード重視の全力の一撃でテンポ良く仕留めていくタイプだ。無駄を嫌う。
「……たぁっ!」
盾を大きく引いて代わりにナイフを投擲。二本、三本、四本。
「甘いっ!」
コレットの右手の爪が一瞬にして伸びる。右手を一閃するだけで全てのナイフを払ってしまう。無茶苦茶すぎる!
「ショックウェイブ!」
盾から発生した衝撃波も大剣を強引に押し付けて霧散させられる。
だが、やれるタイミングがあるならばここしかない。今のボクには絡め手が少なすぎる。
前方へとダッシュ。コレットと目が合う。口元に笑みが浮かんでいる。きっとボクに覚悟を決めて正面衝突する気になったんだと思ったんだろう。
「アサルト――」
「はぁぁぁっ!」
瞬間、ボクは武技をキャンセルし、疾風の大盾をインベントリに収納すると殆ど前転しながら、勢いよく地面に転がる。
ボクの背後にざくりという嫌な音と共に刃が突き刺さる。死ぬ! これ本気で死ねるぅ!
「でやぁぁぁ!」
ボクは情けない声を上げながら地面から跳ねるように飛びついた。どこにって、コレットの胸元に、だ。なんだかいい匂いがする。いやいやいや、これは駄目だ。
そしてボクは不本意ながら、大変不本意ながらコレットの服をまさぐる。やめてください運営さん! 今回だけだから許して! ボクをハラスメントでアカウント凍結しないでぇ!
「んっ、はぁっ……なにを、なにゅ……あっ」
大変健全じゃない声が聞こえるが気にしない。いや、気にしてはいけない。
そして、ようやくボクはコレットの服から目的のブツを見つけ出す。
「いいか、げんにしろっ!」
我に返ったコレットの大剣がボクの首に向けて迫る。それが、慌ててボクがイベントリから取り出した疾風の大盾と衝突し、甲高い音を上げた。
衝撃にたたらを踏みそうになったボクは全力でバックダッシュ。とにかくコレットから距離を取る。
「と、とんだケダモノだな貴方は!」
「……ごめんなさい。もうしません」
「そ、そうか分かればいいんだ。分かれば」
「……」
いいの? 全然良くないよね。コレットが良くてもボクが全然良くないんだけど。
最悪だ。勝つためにこんなことまでするなんてボクはプライドまで捨ててしまったんだろうか。死にたい。ゲーマーとしての最低限のマナーすら守れないのかボクは。
「……い、いや……そんなに落ち込むな。なに、見事な体捌きだったと言えないこともないだろう?」
ボクのテンションが底辺に落ちている中、コレットが心配げに声を掛けてくる。
優しいなこの人。魔物なのに。
「……さっきのでボクの攻撃は最後です」
終わり。終わりだ。後は野となれ山となれ。
コレットはボクの言葉に訝し気に首を傾げた後、僅かに咎めるような顔をした。
「……名前を。貴方の名前を」
「……ユラ」
「ユラ。見事な戦いだった。貴方は少々変わり種ではあったが良き戦士であった」
「そうですか」
ボクはイベントリから一つのアイテムを取り出して手の中で転がす。
ソレは、時折妖しい真紅の光を反射させている。
ボクが転がしているものの正体に感付いたコレットが目を見開き、慌てて自身の服を乱暴に叩く。
「いつの間に盗って……いや、あの時かっ!」
「はい。負けるか勝つかは分かりませんが、これで、おしまい。――巧妙の陣」
ボクを中心にして広がる巧妙の陣。
疑問に思うことは沢山ある。その中でボクがコレットを打倒、いや、懐柔し得る方法があるならばこれしかない。
リリア・エルアリアの魔道魂核 Rank8 女神の寵愛を受けし焔蛇の巫女姫リリア・エルアリアの魂を秘めた魂核。用いた者にリリア・エルアリアの魂を授けるが用いた者の格が足りなければすれば魂に相応の代償を負うだろう。
魔道魂核の使用条件とは一体なんなのか。格、とは一体なんなのか。
格、器となるのに必要なのはきっとレベル。そして恐らくもう一つあるのだ、女神の寵愛を受けている、という前書き。ここでアルクスは引っかかった。女神に弓引き、悪魔の力を用いるという死霊術師では寵愛を受けたリリアの力を受け入れるどころの騒ぎではない。
女神の寵愛とは才気。――渡りびとは間違いなく愛されてる。アドルさんはそう言った。ならばそれを信じよう。でも、死んだら化けて出ますからね! アドルさん!
更にはボクには陣術が、アイテムの使用制限を軽減する巧妙の陣がある。ボクの勝ちの目は結局のところ、これしか残っていない。
コレットは言った。「私は二重に隷属する化け物、最上位に今は亡きリリア様。そして二番目に邪悪な人形遣いアルクスの下僕だよ」、と。だからこそ、ボクは"リリア・エルアリア"になる。
魔道魂核を掌に押し付ける。熱い、熱い、熱い。
熱を持ったそれがボクの中に侵入してくる。なにかが目覚める。燃えるよな、なにかが。目を瞑る。――繋がろうとしていた。深いところに居るナニカと。
繋がった。きっとこれがリリア・エルアリアの"火"。炎蛇の巫女姫の代名詞たる"火"なんだろう。――分かる。今ならば"火"はボクの言うことを聞いてくれる。
ボクの視界に真紅が広がる。燃えるようなそれは髪だった。それもボクのものだ。くすんだ赤だったボクの髪はいつの間にやら真紅に、それも背中まで達するほどに伸びていた。更にはなぜかボクの視線が低くなっていく、同時に渦巻く焔がボクの体を包んだ。
焔は広がり、蛇の形を形作る。
「……リリ、ア。リリア、さま?」
コレットが地面にへたり込むように地面にお尻を着いて座り込む。
ボクを包み込んでいる焔のような綺麗な真紅の瞳からは涙が零れ、床に小さな染みを作っていた。
手を伸ばす。それだけで焔蛇、いや――火精霊クルゥナクは応えてくれる。
あぁ、心地が良い。気を抜けば"リリア・エルアリア"に呑まれてしまいそうだ。
巨大な焔の蛇が空を這うようにしてコレットへと近寄り、首輪のようにとぐろを巻いてコレットの首へと絡まった。
「……ぁ……あぁ……」
コレットが呆けたようにして瞳から涙だけを流し続ける。
さぁ、おしまいだ。ボクの口元が勝手に嗜虐的な笑みを形作るのが分かった。"リリア・エルアリア"の仕業だろう。だが、いい。リリアは伝える台詞既にを持っていて、それをボクもまた、知っているから。
「さぁ、隷属なさいな。コウモリ女」
コレットにとっての呪いの言葉。ナチュラルにサディストとまで言わしめた最低の言葉。
しかし、今はそれこそがコレットを解き放つ言葉になるだろう。
だがしかし、気になる。ボクの声ってここまで高かったっけ?
「……は……ぃ。……はい!」
目元を乱暴に拭ったコレットは無理やりに笑った。目元は真っ赤に腫れ上がっているし、嗚咽こそ漏らしているが、それは紛れもなく笑顔だった。
――瞬間、ボクの視界を光が埋め尽くした。
どういったことか、天井を透過するように降ってきた光が薄暗い部屋中をどこか光のベールを纏っているような神聖さ漂う輝きで照らしている。
一体なにが起きているんだろう。
リビングドール:ヴァンパイアのテイムに成功しました。
使役魔物のベースレベルがプレイヤーのベースレベルを上回っています。
リビングドール:ヴァンパイアのステータスにロックが掛かりました。プレイヤーのベースレベル上昇毎にロックが解除されます。
『トルス村と異界の少年』内包クエスト、『邪悪な人形遣いのダンジョン』。達成!
Unique Quest『トルス村と異界の少年』。達成! 報酬:女神の祝福
【邪悪な人形遣いのダンジョン】が【吸血姫の屋敷】へと回帰しました。
ギアスロールを確認しました。【吸血姫の屋敷】の所有権を獲得しました。
ユ※さんがホームを獲得しました。全プレイヤーのヘルプに新たな項目が追加されます。
ユ※さんが小規模ダンジョンを完全攻略しました。全プレイヤーのヘルプに新たな項目が追加されます。
【吸血姫の屋敷】を中心に周辺の地域に女神の祝福が降り注ぎました。
トルス村のワールドゲートが女神の祝福によって活性化しました。
ユ※さんがワールドゲートを活性化させました。トルス村に設置されたワールドゲートが利用可能になります。全プレイヤーのヘルプに新たな項目が追加されます。
…………はい?