艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 駆逐棲姫は過去の記録を探る。

 駆逐艦 吹雪に関する記録を参照し、その認識を改めた。主要作戦において艦娘側の中心にいたのは吹雪。前線で運用されるようになってからというもの、常に彼女は戦場にいた。一度や二度ならばともかく、鎮守府に来てからの数カ月、彼女を中心に艦娘側の艦隊は動いていた。それが意図的か、偶然かは関係がない。一人の駆逐艦を中心に“全てが成り立っていた”という事実こそを駆逐棲姫は評価する。軋轢もなく、全ての艦娘が同じ志向性で行動していた事は過去の記録を鑑みても稀有な事例だった。認識する。駆逐艦 吹雪には周囲の人間を一つにまとめる能力がある──と。

 

 その彼女が今、無自覚にも“運命を変える”という志向性を持って、他の艦娘を先導している。

 

 ──キケン。キケン。キケン。

 

 警鐘が発せられ、駆逐棲姫は急ぎ対処を迫られた。駆逐艦 吹雪は排除しなければならない。排斥しなければならない。この戦いの勝敗は既に決した。しかし、勝敗など──結末など無視をしてでも、その危険因子を排斥しなければならない。正しい歴史など、この先にはないのだとしても、その存在を許容してはならない。

 

 駆逐棲姫の抑止対象が時雨から吹雪に変更された。

 対峙するは、もはや障害でしかなくなった駆逐艦 時雨。時雨が言うように、この劣悪な天候は彼女に味方しており、突破は容易くない。潜水航行での移動を提案。──却下。現海域の海流は乱れ、迅速な移動は不可能。対象の突破が唯一にして最速の対処だと駆逐棲姫は定めた。

 

「互いのスタンスはわかったね。なに、難しい構図じゃないよ。キミが突破するか、僕がそれを阻止するか。そのどちらかなんだから」

 

 時雨は饒舌に言葉を並べる。胸にあるのは僅かな緊張感と鋭敏な集中力。正真正銘の正念場だ。運命は変わる。それはもはや決定事項と考えていい。時雨はそう信じている。故にここで逃げても最優先目標は達成できる。だが、そうすれば駆逐棲姫は戦いを終えて油断している吹雪を襲撃するだろう。良くて長期離脱、運命が変わったのならば最悪殺す事も厭わないはずだ。それを許す訳にはいかない。

 

 駆逐艦 時雨は『運命』を打倒しなければならない。規格外の化物をたった一人で退治しなければならない。それが彼女の役目。運命を変えた今、唯一残された役割だった。そうなる事を時雨は望んでもいた。そんな必然性に陥る機会があればいいと願ってもいた。逃げる事が許されず、倒すしかない状況。そういう現状を待っていた。

 

 駆逐棲姫は間接的に祥鳳を殺した。鎮守府の爆撃を阻止する事を邪魔した。多くの痛み、多くの悲しみを多くの艦娘に与えた。辛酸を散々舐めさせられた。その受けた借りを倍にして返す。とどのつまり報復する時を待っていたのだ。──そう、時雨は根に持つタイプだった。

 

「そもそもその見た目が気に入らない。スリーサイズまで一緒なんて悪趣味だよ。神様だからってセクハラが許されるとは思わない事だね」

 

 自分と同じ容姿──同じ身体的特徴の駆逐棲姫を睨み付けて、その裏にいる『運命』へと時雨は文句を零す。そして左舷から小口径連装砲を取り外し、左手に持った。両手に砲塔を持ち、姿勢を落とす。突破を阻止する側とはいえ、敵の動きを待つような受け身にはならない。攻め手となり、積極的に駆逐棲姫を倒す。それは意趣返しを望む時雨の気持ちを表していた。

 

「……勝負だ」

 

 雨を裂いて時雨は海面を蹴り出す。両者の距離は近い。しかし時雨は更に接近する。間近まで近付かなければ彼女の攻撃は駆逐棲姫に通用しない。それほどまでに駆逐棲姫の『装甲』は厚くなっていた。対して駆逐棲姫はそうではない。どの距離からでも攻撃を当てれば時雨にダメージを与えられる。故に踏み込みは時雨が先だったが、攻撃を行ったのは駆逐棲姫の方が先だった。

 

「────」

 

 駆逐棲姫の瞳が見開かれる。

 時雨の動きを予測して放たれた砲撃は回避された。駆逐棲姫の予測よりも早く、そして大きく時雨は移動した。これまでとはまるで動きの性質が異なる。これは時雨がMO作戦にて見せた自然の力を利用した航行術の発展。波を蹴り、波に乗り、流れに逆らわず、けれど大きな力に流されず、抗えぬ力を利用する技術。より大きな波の力を活用して、それを自らの推進力へと変換した。この荒れた海でそれを行うのは至難の業だったが、『駆逐艦 時雨』と同調を果たした時雨の錬度はそれを可能にし、通常時よりも数段上位の機動力を発揮させていた。

 

 想定を超える機動力に駆逐棲姫は一瞬時雨の姿を見失う。豪雨となった雨は時雨の姿を隠し、その一瞬に彼女は懐に飛び込む。駆逐棲姫から見れば不意に現れた時雨は右手の単装砲を至近距離で発射する。直撃。被弾してから時雨を視認した駆逐棲姫は急速に後退するが、それよりも先に真横から砲撃を受けた。左側面に回り込んだ時雨が左手の連装砲を撃ち込んだのだ。

 

 後退を中断。まずは時雨の足を止める為、迎撃に移る。左へと右腕を向け──そこに時雨がいない事を駆逐棲姫は観測した。途端に背中に衝撃を感じ、瞬時に振り返る。振り向いた先、その眼前に連装砲の砲口があった。

 

「────、────」

 

 眼球に砲撃を受け、駆逐棲姫の視界が潰れた。それを好機と見た時雨は両手の砲塔を交互に連射する。時雨の砲撃は『装甲』に弾かれる事はなかったが、貫通は出来ず、表面で爆発した砲弾はその衝撃だけを伝達させた。だが、それでも『耐久値』は削られていく。時雨は微弱ながらも少しずつ駆逐棲姫の『装甲』と『耐久値』を消耗させていった。

 

 僅か十秒で駆逐棲姫の視界は回復し、正面にいた時雨へと反撃を放つ。反撃を予感した時雨は一足先にその場から離脱し、仕切り直した。

 

「ふぅぅぅ…………」

 

 時雨は止めていた呼吸を再開させて、大きく息を吐き、短く息を吸うと再び呼吸を止める。そして間髪入れずに駆逐棲姫へと挑んでいく。単装砲を撃ち、それを左に回避した駆逐棲姫と同時に自身も左へ跳び、回避運動中の駆逐棲姫を連装砲で狙い撃つ。停止する位置まで待たずに放たれた砲弾は高速で移動する駆逐棲姫の身体を捉え、命中した。

 

 被弾をしながらも爆炎を抜けた駆逐棲姫は全砲門を撃ち放つ。咄嗟に時雨はほとんどを回避したが、小口径砲弾が右肩に被弾し、バランスを崩した。駆逐棲姫は動きの鈍った時雨へと魚雷を発射する。八射線の魚雷は扇状に広がって時雨へと迫った。それを認識して進行方向を切り替える時雨は、あえて魚雷の方へと突進した。

 

「こんな荒れた海じゃ、魚雷は狙い通りに進まない!」

 

 時雨は魚雷を放った駆逐棲姫へ真っ直ぐ近付いていく。本来なら魚雷が直進してくるコースを走り抜ける。被弾するリスクのある賭けではあったが、時雨は幸運にも走破した。魚雷網を潜り抜け、砲撃と魚雷を撃ち、まだ装填が完了しない駆逐棲姫に彼女は強襲する。両手の砲塔で足元を狙い、水飛沫をあげさせ、駆逐棲姫の視界を塞ぐ。そして水飛沫の後ろから飛び込み、駆逐棲姫の胸部へと飛び膝蹴りを打ち込んだ。

 

「──、────」

 

 時雨の膝蹴りは『装甲』に防がれ、その肉体には届かなかったが、衝撃で駆逐棲姫の上体が後ろに仰け反る。蹴り付けた勢いのままに、時雨は仰け反った胸部に足をかけ、駆逐棲姫を踏み台として後方へと飛び退けた。時雨は飛び退ける空中にて八本の魚雷を射出する。宙で発射された魚雷は重力に引かれて放物線上に駆逐棲姫の頭上へと降り注ぐ。四肢を使って猫のように着水した時雨はその低姿勢のまま背負った大型連装砲を駆逐棲姫へと向け、即砲撃を撃ち込んだ。放たれた砲弾は駆逐棲姫に直撃し、その爆風を受け、頭上に降り注いでいた魚雷の信管が作動。連鎖的に魚雷八本分の大爆発が炸裂した。

 

 爆発により駆逐棲姫の姿が見えなくなるが、時雨は静観しない。両手の砲塔を背負う大型連装砲の両側面に装着し直すと、艤装を展開して四基の砲塔を前方に構えた。そして撃つ。撃ち続ける。装填が済んだ砲塔から次々と絶え間なく撃ち続けた。命中している手応えがある。小規模の爆発を視認し、爆音もまた聞こえてくる。「このまま果ててしまえ」──と時雨がトリガーを強く引いた時、爆炎を切り裂いて駆逐棲姫が飛び出した。

 

「────────」

 

 砲撃をその身に受けながら、所々が焼け焦げた駆逐棲姫は時雨へと突進する。先に受けた体当たりを想起した時雨は大型砲塔を横向きに突き出し、即座に防御態勢を取った。

 

「──ぐっ!」

 

 多大な衝撃を受け、後ろに押し出される。それだけではない。駆逐棲姫の両腕──そこに設置された重巡リ級の物に酷似した大型砲塔の砲口には人間の歯並びに近い大顎が設けられている。その大顎が時雨の左上腕と右腕の大型単装砲に噛み付いていた。『装甲』の上から強大な力で圧迫され、左上腕には鋭い痛みが走り、大型単装砲は軋みをあげ、亀裂が入る。どちらも長くは持たない。

 

「……ッ」

 

 そして時雨は見た。

 噛み付いた大顎の奥。砲弾が射出される部位が発光している。砲撃の予兆。この状態で撃たれれば運が良くても両腕を失う事になる。窮地を察し、血の気が引くよりも先に時雨の身体は動いた。

 

「うああああっ!!」

 

 時雨の足元でひと際大きな波がうちあがる。その波を昇るように滑走し、頂点に達した時、全力で蹴り上げた。身体が浮く。上昇する身体は爪先から加速し、駆逐棲姫の顎を蹴り抜きながら後ろ宙返りする。とんぼ返り、或いはサマーソルトキックのような一撃だった。

 

 顎を蹴りつけ、一回転した事により噛み付いた大顎を振り払う事に成功した時雨は、着水と同時に右腕の大型単装砲を突き出し、全速力で前進する。突撃槍のように突き出された大型砲塔の先端は駆逐棲姫の腹部を殴打し、そのまま押し出し始めた。時雨によって蹴り上げられた駆逐棲姫の足は海面から僅かに浮き上がり、時雨の突撃に対して抗う為の推進力を得られない状況にあったのだ。

 

「──はあああああああっ!!」

 

 そのまま時雨は大型単装砲の引き鉄を引いた。完全に密着した状態で撃ち出された砲弾は駆逐棲姫の『装甲』を撃ち抜く。だが、その余波と反動は時雨の身体に跳ね返り、相応の痛みとダメージが波及した。先程被弾した右肩に鈍い痛みが広がり、噛み付かれ、損傷していた大型単装砲の亀裂からは黒煙が立ち昇る。それでも時雨は強行する。駆逐棲姫を押し出しながら右腕の大型単装砲を撃ち続けた。

 

 一度撃つ度に駆逐棲姫は大きく後ずさり、それに時雨が追い付き、長い砲身を突き付けて撃ち放つ。一射する毎に腕が取れそうな反動が骨に響く。一射する毎に砲身が摩耗し、砲塔が悲鳴を上げる。けれど構わずに続けた。何度引き金を引いたかなど数えている余裕はない。時雨の頭にあったのは『装甲』を撃ち抜けたという事実と、それによって被害を与えられているという結果のみだった。

 

「あ────がふっ……!」

 

 当然ながら、その蛮行はやがて限界を迎える。

 時雨の大型単装砲が暴発し、大爆発を起こした事で両者は前後に弾き飛ばされた。後方に吹き飛ばされ、海面を転がった時雨は激痛に顔を歪めながらもすぐさま顔を上げる。そして何よりも先に敵へと激昂した目を向けた。

 

「ふぅーっ……! ふぅーっ……!」

 

 肩を上下させて荒く呼吸をしながら敵──駆逐棲姫を視認する。前方五十メートルほど先に倒れていた。しかし、ゆったりと起き上がるのが見えた。決着はまだついていない。

 

 時雨は戦闘を続行する為に乱れた呼吸を整えつつ、震える右腕を確認した。裂傷と火傷が見受けられたが、指先に至るまで動作はする。握られたグリップから続く大型単装砲は内部から破裂し、砲塔としての機能を終えていた。それは仕方がないと諦め、むしろ右腕がまだ動くだけ幸運だったと時雨は判断する。

 

 全身を苛む痛みに耐えながら立ち上がり、身体が重くなっている事を実感した。重量が増えている訳ではない。単純に疲労と負傷から身体能力が低下しているのだ。これはマズイな──と時雨は思考する。火力も装甲も駆逐棲姫が上だ。しかし、この限定的な環境下でのみ、機動力は駆逐棲姫を上回る。動きが鈍る事で、そのアドバンテージを失う訳にはいかない。

 

「なら……、もっと身軽にならないと」

 

 両足の魚雷発射管を切り離し、海に破棄する。続いて役目を終えた右舷大型単装砲を背面腰部から伸びる接続アームごと切断。グリップを手放した時雨は海に沈んでいく大型単装砲の側面から辛うじて使用可能だった小口径単装砲だけを回収し、それを右手に装備した。左腕の大型単装砲及び小口径連装砲は健在。左右での重量バランスは悪くなってしまったものの、時雨は軽量化を果たす。

 

 余分なものを排除した事で時雨は落ち着きを取り戻した。昂った気持ちを抑制して冷静に敵を観察する。

 

「────」

 

 視線の先にいる駆逐棲姫の腹部は度重なる接射により陥没し、一部は風穴が空いていた。止め処なく青い体液が垂れ流され、これまでの攻撃によって破損した箇所も数知れない。満身創痍。しかし、そんな重度な損傷であろうと駆逐棲姫は修復させていく。急速に修繕されていく肉体は────何かが割れる音によって終焉の兆しを見せた。

 

「──、───、────」

 

 駆逐棲姫の首筋に入った亀裂が突如として顔へと伸び、左目にまで至った。その亀裂から青黒い光が噴出し始める。噴出し始めた亀裂は広がり、より大量の光を放出した。駆逐棲姫の身体が不規則に震える。塞がり始めた腹部の修復が停止し、全身の損傷も再生する事はなくなった。

 

 ぐらついた身体を持ち直し、駆逐棲姫は時雨に目を向けた。彼女は嘲笑も驚愕もなく、その様子を見つめていた。

 

「ようやくか。そろそろ限界が来てくれないと困っちゃうところだったよ」

 

 修復されない亀裂を見つけた時から、こうなる事はある程度予見できていた。そもそもMI作戦に臨む前からそうではないかと想定していた。殺しても死なないとしても、殺し続けて死なないとは限らない。いつか限度に達し、自己修復が出来なくなると時雨は考えていた。──……いいや、正直に白状すればそれは違う。彼女にはその可能性しか勝算がなかったのだ。そうでなければ自分に勝ち目がないので、そう信じるしかなかったというのが本当の気持ちである。

 

 しかして、時雨の想定通り駆逐棲姫には限界が存在した。『運命』の力が尽きたのではない。その力は今も尚無尽蔵に注ぎ続けられている。問題が生じたのは力が注がれている器の方だ。度重なる死傷により駆逐棲姫という器は限界を迎えている。摩耗した個体は欠陥を生じさせ、存在そのものに傷をつける。そしてひび割れ、その亀裂から注がれた力が漏れ出した。底が抜けた器に『力』という水をいくら注ぎ続けても十全に満ちる事はない。

 

 それを証明するように青黒い光の放出は止まらない。凄惨な負傷は回復する予兆を見せない。この時、駆逐棲姫の自己修復機能は完全に消失した。

 

「満潮、龍驤、隼鷹、扶桑、山城。皆が戦ってくれたから、なんとかここまでキミを消耗させられた。僕だけの力じゃ、どうにもならなかった。……駆逐棲姫、今のキミの状況はキミと戦った艦娘全ての尽力の結果と思うんだね」

 

 光が漏れだす亀裂の走った半面を晒す駆逐棲姫は依然無感情のままで、しかし、その身体は悲鳴を上げる。流れ出る体液。焼け焦げた皮膚。陥没した腹部。ふらつく足。その身に刻まれた傷に相応しい不具合を駆逐棲姫は初めて知覚した。

 

「痛いよね。辛いよね。苦しいよね。僕もそうさ。それが本当だよ。本当に生きるって事だよ。──……ああ、これでやっと対等だ」

 

 痛く苦しい身体を抱えて両者は対する。ここに至って駆逐艦 時雨と駆逐棲姫の性能は拮抗した。

 

 


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