艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 パシャンと、力を失った駆逐棲姫の下半身が海に横たわる。垂れ流される青い体液は海に溶けだし、更に青を深めていった。

 

「……助かった?」

 

 状況が呑み込めない隼鷹が苦笑いしながら呟く。彼女と彼女が引き摺る時雨は無事だった。砲撃が放たれるよりも先に駆逐棲姫の上半身が消し飛んだ為、一切の被害を受けずに済んでいた。

 

「運がいいな、後輩。正直、今のはウチお手上げやったわ」

 

 しばらく放心していると、一足遅れて龍驤が駆け寄ってくる。

 

「あれ? 今の先輩がなんかやったんじゃないの?」

 

「ちゃうよ。ほれ、あっち見てみ」

 

 龍驤が指差す。方角的には南。隼鷹はその方向を見つめる。そこから見知った三人の人影がこちらにやってきていた。──陽動部隊の援護に向かっていた駆逐艦 満潮はわかるとして、残りの二人は意外な事に扶桑型戦艦姉妹だった。同じ西方の鎮守府所属であり、隼鷹にとっても顔なじみではあるが、あの二人は棲地MIの主力艦隊に組み込まれていたはずだと彼女は記憶していた。故に「なんでこんなところに?」と首を傾げる。

 

「理由は知らんが、助けに来てくれたみたいやで。さっきキミを助けたのも、あの二人の艦砲射撃や」

 

「あの距離からよく当てるなぁ」

 

「ま、実戦から離れていたいうても年季の入った戦艦や。重ねてきた鍛錬は嘘を吐かんよ」

 

 感心しながら龍驤は言う。

 やがて三人が龍驤達の下まで辿り着いた。

 

「よお、扶桑に山城。いやあ、ほんま助かっ──」

「──龍驤、悪いけど挨拶は後。まずはこの子がどうしたのか聞かせて」

 

 近付いてくるや否や、山城が食い気味に物申す。視線の先には隼鷹に抱えられる時雨がいた。「お、おう」と普段とは異なる山城の剣幕に押されつつ、龍驤は喉を鳴らす。

 

「駆逐棲姫にやられたんや。ダメージはあるやろうけど、命には別状ないよ」

 

「……そう」

 

 ひとまず安堵の息を吐き、山城は屈んで時雨の顔を覗き込む。気を失っているが、呼吸は穏やかで血色もいい。目立った外傷も見当たらなかった。

 

「ほいさ。なんだったらアンタが代わってよ。アタシはもう腕が疲れちゃってさ」

 

「え……、ええ」

 

 隼鷹から押し付けられるように山城は時雨の身体を預かって、その頭を自分の膝に置く。体勢が安定したのを確認すると、山城は自身の艤装から『応急修理要員』を呼び出して、それを時雨へと施した。満潮同様、妖精達は損傷した艤装と傷付いた時雨の身体を癒し、魚雷を含めた弾薬や燃料も補給される。元より大きな被害のなかった時雨は全快に等しい域まで回復した。そして妖精達はどこかへと去っていく。

 

 妖精が去るのと同時に時雨のまぶたが微動し、ゆっくりと開かれる。開かれた瞳は眩しそうに数度瞬きを繰り返して、ようやく視界を取り戻した。時雨の目の前には覗き込んでいる山城の顔。それを不思議に思った。

 

「……ぁ、山城? ああ……、夢か。うん、良い夢だね」

 

「夢じゃないわよ」

 

 微笑みながらそう口にして、山城は時雨の頬をつねった。もちっとした頬が伸びて僅かな痛みを実感する。その痛みを経て、時雨は夢じゃない事を認識した。瞬時に起き上がり、周囲を確認した彼女は山城だけでなく扶桑もいる事に気付き、驚きの表情を浮かべる。

 

「どうして……、どうして二人がここにいるの?」

 

「敵の奇襲を受けたと聞いて、姉様と一緒にAL方面の支援に派遣されたのよ」

 

「……、……っ」

 

 何かを言おうとした時雨の口は、しかし、何も発する事なく閉じられる。彼女達が正式な命令で来た以上、何を言っても意味はない。だが、それでも堅く閉じられた口元からは不本意さが滲んでいた。

 

 それを見つめる山城は静かに立ち上がる。

 

「あなたは来て欲しくなかったんでしょうね。自分がやろうとしている事に巻き込みたくなかったから。……わかるわ。大切な人を危険な目には遭わせたくないもの。でもね、それはわたし達も同じなのよ」

 

 一歩進んで、時雨の頭に軽いチョップを落とす。

 

「わたしは時雨の事をわかってあげる。あなたが決めた事なら受け止めてあげる。けど、わたしにも“わたしが決めた事”があるのよ。あなた達が望まない運命を変えようとするように。わたしはね、あなた達みたいな子の為に戦ってあげたいの」

 

「……! 山城、今、運命って……!」

 

「ええ、ようやくわかったの。時雨がどうしてあんなに頑なだったのか。どうしてこんなにわたし達を想ってくれるのか。だから尚更放っておけなかった」

 

 チョップとして落とされた山城の手は、いつしか時雨の頭を撫でていた。時雨がどんな想いで自分達を守ってくれようとしていたのかを知った山城は愛おしそうにその髪を撫でた。

 

 そうする山城の表情を見て時雨も悟る。もう彼女は知っているんだと。どういう経緯で知ったのかはわからないけれど、自分の事と運命の事、それを知っているんだと時雨は悟った。

 

「僕は……、僕は、キミ達を守りたかった。ただ守りたかったんだ」

 

「知ってるわ。ホント……、勝手なんだから」

 

「ごめん」

 

「いいわ。わたしもそれと同じくらいあなた達を守りたいんだもの。お互いさまよ」

 

「……本当にキミ達は戦うつもりなんだね」

 

「わたし達はその為に来たのよ。今回ばかりはあなた並に頑固なんだから、説得はできないと思いなさい」

 

「ははっ、それは確かに説得は無理だね。はぁ……、叶うならお姫様でいてほしかったんだけどなぁ」

 

 ──しかしまぁ、彼女達が守られるだけのお姫様でない事は、もうずっと前から知っていた。出会う前から知っていた。それこそあの夢の中で最も猛々しく戦っていたのは、他の何者でもなく彼女達だったのだから。

 

「うん、わかったよ。それなら一緒に戦おう。大丈夫、ちゃんと守ってあげるからさ」

 

「ふん、それはこっちの台詞よ。安心しなさい。あなた達の為にしっかり戦ってあげるわ」

 

 二人して小さく笑い合う。互いが互いの為に戦う事を宣誓する。そんな微笑ましい様子を見守っていた扶桑と満潮もまた笑いを零した。

 

「ねえ満潮。あなたはわたし達の為に戦ってくれる?」

 

「なによそれ。わざわざ言う必要ないでしょ、その質問」

 

「ふふ、そうよね」

 

 笑顔の四人は心を通じ合わせる。だが、その四人の輪から外れている龍驤と隼鷹は友情を感じさせる光景に感心しつつも、苦笑いを禁じ得なかった。やがて頭を掻く龍驤が言う。

 

「まー、なんや。言ってる事はよーわからんけど、とりあえず仲良さそうで何よりやね。──せやけどキミら、敵が目の前にいるのを忘れてへんか?」

 

 そんな龍驤の言葉で、四人は一斉に駆逐棲姫の方を向いた。上半身を失った駆逐棲姫は未だ再生中であり、動き出す気配はまだ感じない。その事にホッと息を吐きながら、ビシッと姿勢を正した。

 

「コホン。……そうだったわね。再会できたのが嬉しくて、つい忘れてしまっていたわ」

 

「とにかく攻めるなら今だね。扶桑と山城の火力なら、今度こそ体液一滴残らず葬れるかもしれない」

 

 山城と時雨がそう口にし、龍驤はそれに頷く。

 空母二人の火力はもはやないに等しかったが、戦艦二人が加わった今、その火力はむしろ向上していると言っていい。

 

「せやな。もうウチらは機銃で嫌がらせするくらいしかできへんから、ここで決めてしまいたいところや。早速一斉に集中攻撃しよう」

 

 全員が了承し、再生中の駆逐棲姫へと砲門が向けられる。扶桑と山城、そして満潮と時雨の全砲塔が稼働し、固定された。余波を受けず、かつ絶対に外さない距離に位置した四人は龍驤が出す手筈になった合図を待つ。

 

「みんな、駆逐棲姫は体液が一滴残っただけでも復活する可能性がある。だから一切加減はなしでいこう」

 

「了解。……というか、よくそんな化物相手に今まで戦ってこれたわね」

 

「攻略法があるのよ。ま、砲塔を複数持ってないと一人じゃ出来ないから私は手も足も出ないけど」

 

「皆がいるから大丈夫よ。ええ。わたし達ならきっと大丈夫」

 

 龍驤が手を上げる。それが振り下ろされれば攻撃の合図。駆逐棲姫はようやく胸部が造られ始めたところだ。猶予はまだあったが、身体が小さければ小さいほど殲滅は容易い。様子を見る事なく、龍驤はその手を振り下ろした。

 

「今や。──ぶちかませ!!」

 

 砲撃音が重なり、衝撃となって周囲に拡散する。四人の一斉射は空気と海面に影響を与えながら、その全てが駆逐棲姫へと注がれた。時雨は着弾を確認し、次の瞬間、駆逐棲姫は爆炎の中に消えていく。赤い。朱い。紅い炎が海を焼く。

 

「まだだよ! 第二射用意!」

 

 油断なく容赦なく、時雨達は完膚無きまでに駆逐棲姫を葬らんとする。装填を終えた砲塔を再び固定し、最小限の発射間隔で第二射を撃ち放った。轟音と共に紅の海へと砲弾は注ぎ込まれ、更なる爆炎を呼ぶ。紅は拡大し、離れている彼女達にもその熱量が伝わる。あの紅の中は地獄。炎熱によってあらゆる生命を許さない最も古き地獄の具現。だが、その地獄に駆逐棲姫を落としたにも拘らず、時雨は第三射の用意を告げる。

 

「これでトドメだ! 第三射────……ぁ」

 

 けれど言葉は続かなかった。

 突如、紅の海に変化が生じる。紅の中から黄色が生み出る。否。黄色というよりも、それは黄金の輝きに近い。輝きは瞬く間に紅を呑み込み、炎は光に変わった。極光は爆炎を払い除け、地獄を夜明けへと転じさせる。見惚れるほどに美しい光は、しかし、それ以上に危険を訴えていた。

 

 光の中心にはドロドロに溶解した人型の姿。崩れ落ちる事なく形を保ち、その光を吸収している。

 

「──怯んじゃダメだ! みんな、光の中にいるアイツを!」

 

 美しい金色の光に目を奪われていたが、同時にその危険性も感じ取っていた全員は時雨の一声で我に返り、狙いを定めていた砲撃を放つ。三射目の一斉砲撃。光の中に投じられた一撃は一瞬だけ赤い波紋を残したが、すぐに金色に呑み込まれた。

 

 その金色の光は膨大なエネルギー。力の濁流とも呼べるそれは、可視化した『運命』からの干渉だった。

 

 膨大な力は駆逐棲姫に注がれ、溶解した身体を形作る。模られた身体は原型とした一人の艦娘を再現し、再びこの世に生を受けた。全ての金色が駆逐棲姫に吸収される事で、その工程は完了する。赤から金に纏うオーラを変えた駆逐棲姫が六人の前に現出した。

 

 曇天の空の下、全身から光を放出しながら金色の瞳は開かれる。傷一つない完璧な姿。『運命』からの力を受けて更なる強化を果たした駆逐棲姫は対峙する六人の艦娘を無感情の眼に映した。

 

「おいおいおい。いい加減、しつこ過ぎるで」

 

 鋼鉄のサンバイザーを被り直しながら龍驤は苦笑混じりに敵を睨み付ける。

 

「せ、先輩。またさっきみたいに殴ってなんとか──」

 

「──あかん。燃料が心許ないんや。あと一度は殺せると思うが、それで動けなくなる。そもそも今のアイツに通用するかもわからへんしな。……ま、最悪の場合、それでウチが時間を稼いで、キミらだけでも逃がしてあげるから安心してや」

 

 隼鷹の肩に手を置き、龍驤は不敵に笑う。未熟な隼鷹でもそこに秘められた覚悟を感じ取った。故に口を閉ざす。そんな空母二人の前に扶桑は立った。

 

「龍驤、隼鷹。あなた達は後方へ。ここからはわたし達が頑張らせてもらいます」

 

「なんや扶桑。少し見ないうちに随分強気になったもんやな」

 

「ええ。敵が強いからってこんなところで挫けていられないもの。わたしが望む未来の為に」

 

「ほぉん……。ま、なんや天気も悪くなってきたしな。ほんなら頼むわ」

 

 扶桑の声色から力強さを感じ取った龍驤は頷き、隼鷹と共に後方へと退避した。

 

 駆逐棲姫と対峙するのは四人。

 駆逐艦 満潮と時雨。戦艦 扶桑と山城。全てが出会った頃とは違う。互いが互いを想う絆で繋がった四人で最凶の敵へと対峙する。勝算などは考えない。勝ち筋などは見えない。だが、それでも負ける気はしなかった。

 

「私達が前に出てアイツと撃ち合うから、アンタ達は隙を見て砲撃。なるべく前には出ないようにね」

 

「つまりはいつも通りでしょ? 慣れたもんだわ」

 

「駆逐棲姫は回避運動後に一瞬だけ停止するんだ。狙うならその隙か、もしくは相手の視界外からの攻撃なら察知できずに当たるはずだよ」

 

「そうなると敵の死角に移動した方がいいのね。山城と一緒に行動するより、二手に分かれて多角的に動きましょうか」

 

「それならこっちも二分しましょ。時雨は山城を、私が扶桑を守る。いいわね?」

 

「うん、わかった」

 

 そう返事をした時雨が不意に小さく笑う。

 

「なんで笑うのよ」

 

「いや、ごめん。またこの四人で戦える時があるとは思わなかったからさ。……扶桑と山城が来ちゃった時は困ったけど、でも今は……なんか嬉しいや」

 

「なによそれ」

 

 時雨の言葉に山城はそう呟いたが、その口元は柔らかかった。それは満潮や扶桑も同じ。時雨の言う“嬉しい”がなんとなくわかった。

 

 四人で初めて戦った時の事を思い出す。そう懐かしむほど昔の記憶ではないのに、今では無性に懐かしく感じる思い出。それは四人の原点とも言える。あの時は互いの事をよくわかっていなかった。だからこそ、今を嬉しく思う。こうして互いを理解し合って肩を並べられる今を嬉しく思った。

 

 皆、小さく微笑み、そして笑みを消す。

 

「それじゃあ、いくわよ」

 

 満潮の号令で四人は敵を睨んだ。駆逐棲姫は四人の準備が終わるのを待つかのように微動だにせず静止している。扶桑達には不可解であったが、時雨と満潮は疑問を抱く事なく機関に火を入れ、艤装を展開した。

 

 駆け出す。駆逐艦二人だけでなく戦艦二人も同時に動き出す。左右に分かれて挟撃した時雨と満潮は砲撃を行った。満潮の砲撃を駆逐棲姫が避け、避けた先で時雨が捉える。時雨の攻撃を受け、再び逃れた駆逐棲姫を満潮が捉えた。しかし、二人の砲撃は数発命中したものの、その全てが『装甲』に弾かれる結果に終わる。

 

「以前よりも断然硬いわね。私達の砲撃じゃ表面を焦がす程度しか出来ないじゃない」

 

「接射なら少しはダメージを与えられると思うけど、今の状況でそこまでするのもね。扶桑達の攻撃に期待しよう。僕等はその手伝いに専念するべきだ」

 

「そうね、同感。せっかく戦艦の見せ場だもの。格好良いとこ見せてもらいましょ」

 

 二人は駆逐棲姫の機動に一歩遅れながらも、その遅れを連携で補いつつ、戦艦二人が狙い易いように敵の行動を抑制する。その後ろで扶桑と山城は各々砲塔を構えた。

 

「なんかあの子達、好き勝手言ってそうね。いくら動きを抑えてくれているとは言っても、あの速度の相手を捕捉するのは大変だっていうのに……──まったく!」

 

 ぶつぶつと愚痴を零しながら山城は砲撃を放つ。四基八門から発射された砲弾は放物線上に飛来し、駆逐棲姫の周囲に着弾。内、一発が命中した。狙いは付けていたが、当たるとは思っていなかったラッキーパンチ的な一撃だった。

 

「やった、珍しくついてるわ」

 

 喜んだのも束の間に爆炎の中から砲口が覗く。一発だけとはいえ戦艦の砲撃を受けながらも駆逐棲姫に目立った損傷はなく、すぐに反撃を行った。山城に向けられた駆逐棲姫の砲塔から砲撃が放たれ、彼女に命中する。山城の被弾を確認し、「山城、大丈夫?」と時雨が声を飛ばした。対する山城は「はぁ……、やっぱり不幸だわ」と呟きながらも、すぐに爆炎を払い除ける。

 

「一発でどうにかなるほどヤワじゃないわよ。ちゃんと防御もしたし」

 

「だよね。流石山城だ」

 

「他人を心配してる暇があるなら自分の仕事をしなさい」

 

「うん。もう簡単に狙わせたりしないよ」

 

 その言葉を実践する為、大きく回り込んだ時雨は駆逐棲姫の側面から山城を狙う敵砲塔に照準を絞った。そして撃つ。死角から撃ち込まれたそれは左腕部を穿ち、山城を狙う射線をズラした。邪魔をされ、駆逐棲姫は今度は時雨を視界に捉えて右腕の砲塔で狙いをつける。左腕は山城を狙い、右腕は時雨を狙う。視界には時雨だけしか捉えていなかったが、観測した山城の動きを予測し、見ずに照準を定めた。──しかし駆逐棲姫が今まさに撃とうとした瞬間、その背中に衝撃が走った。

 

「────」

 

 駆逐棲姫は顔だけで振り返り、横目で背後を観測する。後ろには満潮が砲塔を構えて追走していた。『装甲』を抜く事はないが、被弾時の衝撃で照準はブレる。駆逐棲姫は無視するのは得策でないと判断した。

 

 両大腿部に設置された小口径単装砲二基を回転させ、後ろを向かせると満潮へ撃ち放つ。胸のリボンに掠ったが、その砲撃をすんでのところで満潮は回避した。

 

「……っ、あっぶな。でも──」

 

 ──視線が逸れたと満潮は口角をあげる。

 駆逐棲姫の視線が後ろにいった瞬間、彼女は大胆にも前に出ていた。妹よりも数段接近した彼女──扶桑は姿勢を低くし、加速したまま砲口を前方に向ける。尚も接近する中、彼女は右舷の全砲門を発射した。四つの砲弾の内、三つが駆逐棲姫の身体に吸い込まれる。その一撃は『装甲』を貫通し、今度こそ明確な被害を敵に齎した。

 

「まだ──!」

 

 続いて更に近付いた扶桑は左舷の砲塔で追撃を行う。四発全てが命中。駆逐棲姫は大きな爆発に吹き飛ばされたものの、まだ人型を保っていた。中破した肉体をすぐさま起き上げ、全砲門を扶桑へと構える────が、駆逐棲姫の左右に現れた時雨と満潮の砲撃を足に受け、膝が崩れる。

 

「「「──山城!」」」

 

 瞬間、三人の声が重なった。その声に山城は応える。

 

「準備して待ってたわ。全砲門ッ──放て!!」

 

 彼女の砲塔が再び炎を吹く。

 停止した対象に正確な狙いを定め、山城は今こそ戦艦の名に恥じない火力を撃ち放った。

 

 駆逐棲姫も危険を察知し、海面に膝が付きながらも規格外の推進力で身体を動かそうとしたが、時雨と満潮はそれを許さない。逃げられぬよう追撃が放たれ、僅かな時間その場に縛り付けられた。

 

 その僅かな時間に砲弾はやってくる。密集して飛来した八つの砲弾は五つが直撃し、三つが至近弾となった。大爆発の後、駆逐棲姫は姿を現す。原型こそ残っていたが、所々が欠損し、まともな生物ならば決して生きてはいないような様相だったが、しかし、ソレはまだ生きていた。

 

「今更驚きはしないわよ!」

 

 そんな光景など見飽きていた時雨と満潮の二人は構わずに攻撃を続ける。『装甲』は既に剥がれ、彼女達の攻撃は通用していたが、それよりも早く金色の光が損傷を直していく。駆逐棲姫はこれまでの事を考えても異常なほど急速に修復していき、扶桑達の次弾装填が完了するよりも先に完治を果たした。

 

「…………」

 

 その様子を時雨は目を凝らして観察する。そして気付く。駆逐棲姫の首筋には亀裂が入っていた。それは完治した後も直る事はなかった。それを視認した時、不意に駆逐棲姫が消えた。急発進し、時雨の視界から逃れたのだ。

 

「時雨、右!」

 

 満潮の声に反応して右側を見るよりも先に時雨はしゃがみ込む。その途端、砲弾が頭上を通過した。それを経てようやく右側を確認する。視界から外れた駆逐棲姫が自分の右側面へと回り込んでいた。追撃を喰らわぬよう前進しようとした時雨の腕が強引に引っ張られる。腕を引っ張ったのは満潮だった。

 

「何ぼーっとしてんのよ。ったく」

 

「ごめん。でも、腕大丈夫?」

 

 時雨の腕を引くのは満潮の左腕。彼女の左腕は応急修理要員によって癒されたが完治はしていない。

 

「痛いけど我慢してあげてんでしょーが!」

 

「あはは、そうだよね。ありがとう」

 

 満潮に手を引かれる事で加速を得た時雨はすぐ速度に乗る。その他諸々を含めて礼を述べつつ、時雨は駆逐棲姫──その首筋を凝視した。

 

 


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