艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 駆逐棲姫を殴り殺した龍驤の下へ隼鷹が駆け寄る。

 

「おおーっ! すごいよ、先輩! マジですごい人だったんだね、先輩って!」

 

「そうやろそうやろ。やーっとキミもウチの偉大さが理解できたみたいやね。これからはちゃんと言う事聞きや?」

 

「それは時と場合によるかな」

 

「あぁん?」

 

 龍驤は青い血が付着したげんこつを見せつける。撲殺現場を目の当たりにしていた隼鷹はビクッと反応しながら「善処しまーす」とかしこまった。

 

「まあ今はそんな事どうでもええ。キミは早いとこ向こうでノビてる時雨を回収してきてくれ」

 

「先輩は?」

 

「ウチはここでコイツを見張ってる。いつ復活するかわかったもんじゃないからね。……なんならキミが見張って、ウチが時雨を引き摺ってくる担当でもええよ?」

 

「商船改装空母 隼鷹! ただちに時雨を回収してきます!」

 

 ビシッとこれまでで一番気合いの入った敬礼をして、隼鷹は時雨が背中を預ける岩礁の方へと向かっていった。「普段からあんだけやる気があれば文句を言わずに済むんやけどなぁ」と呆れつつ、龍驤は海に漂う駆逐棲姫を見下ろす。

 

 大きく開かれた胸部からは内臓器官が露出し、定期的に体液が噴出する。身体は痙攣を繰り返し、動き出す気配などまったくとして感じられないが、依然として自己修復は行われていた。

 

「せやけど、ずいぶん遅くなったな。規格外の化物も流石に息切れか」

 

 その修復速度はこれまでと比べ、大きく遅れている。時雨のグローブに付着した体液から再生を果たしてからだろうか、全体的な性能こそ強化されていたが、復活するスピードは反比例して遅くなっていた。

 

「個体としての力が増した分、それを回復させるエネルギーも多く必要になった──ってとこかね。この感じじゃ、あと十分は動き出しそうにないな」

 

 傷の修復具合から、おおよその復活時間を導く。十分あれば隼鷹と時雨を逃がすくらいは出来るだろうと、龍驤は算段をまとめた。しばらくすると隼鷹が時雨を引き摺りながら戻ってくる。駆逐棲姫にはなるべく近寄らず、辛うじて声が届く程度の離れた位置に隼鷹は止まった。龍驤はそんな隼鷹に目を向ける。

 

「先輩連れて来たよ」

 

「ご苦労さん。キミはそのまま退避を──……いや、気を失ってる時雨を連れて逃げるには鎮守府は遠い。万が一会敵なんてしたら、隼鷹一人じゃどうしようもないやろうしな。ここは満潮達と合流して“棲地MI”に向かわせた方がまだ安全か。隼鷹、今の聴こえたか?」

 

 ──ソレは龍驤の言葉に反応を示す。指先が細かく動作し、海面を掻く。口元からは青い泡が零れた。

 

「えーと、とりあえず南下して陽動部隊と合流すればいいの?」

 

「そうや。恐らく満潮はこっちに戻ってくるだろうから道中で出会えるはずや。あとは満潮の指示を仰げ。あの子なら間違った判断はせんやろ」

 

 ──カチカチと細胞が活動を早める。それでも間に合いはしない。稼働するにはあまりにも損傷を受け過ぎた。

 

「あいよ了解。先輩はソイツの相手?」

 

「おう。キミ等がちゃんと逃げれたら、もう一度殺してウチも逃げるつもりや」

 

 ──動ける肉体ではない。だが、ソレは動く。見えない糸に吊られるように。神の意思に従うように。当然のように奇跡を起こす。

 

「……大丈夫だよね?」

 

「なんや。さっきのを見てても心配なん?」

 

 ──十分は浮き上がらないはずの背中が海面から離れる。筋力などまるで込められていない。脱力したままで、ソレは起き上がった。

 

「それもそっか。んじゃ、いってきまーす!」

 

「いってこい。もし“棲地MI”へ行く事になっても前線には────!!」

 

 不穏な気配を察して龍驤が前を向く。──未だ回復し切らない駆逐棲姫が内臓の欠片を海に落としながら立っていた。

 

「なん……やと……!」

 

 瞬時に構えを取る。敵意を向けられた瞬間、拳を打ち出す用意をしながら対峙したが、その時は一向に訪れなかった。しかし駆逐棲姫は動きを見せる。駆逐棲姫は眼前の龍驤ではなく、左側面の離れた位置にいる隼鷹へと衰えぬ速力で進行した。

 

「いかせへん!」

 

 活歩を用いて瞬間的に駆逐棲姫へ追い付いた龍驤はその右腕を掴む。万力のような握力を持つ彼女の手は駆逐棲姫の腕を放さない。だが、逆に駆逐棲姫の腕の方が離れた。龍驤の一撃必殺を受けた駆逐棲姫の身体は脆くなっており、龍驤の握力と自身の速力により負荷が掛かったその腕はいとも容易く千切れて取れたのだ。

 

 龍驤という錨から解放された駆逐棲姫は凄まじい速度で隼鷹に迫っていく。尚も追い付こうと龍驤は波を蹴ったが、彼女が想定したほどの推力は得られなかった。

 

(──チッ、燃料を使い過ぎたか!)

 

 龍驤がおこなった法力を自らの体に宿した格闘戦は急激に燃料を消費する。運動量が増えるのだからそれは当然だった。燃料という体力が消耗した艤装は本来のパフォーマンスを発揮できず、龍驤の動きについてこれない。距離を離され、もう追い付けなくなる。不覚。土壇場で気を緩めるとはなんてミスや──と、龍驤は己を省みながら声を荒げた。

 

「隼鷹!!」

 

 声は届いた。隼鷹も迫りくる駆逐棲姫を認識する。しかし、彼女には成す術がなかった。

 

 瞬く間に駆逐棲姫は詰め寄り、不完全な左腕の砲塔を向ける。外す事のない距離まで近づき、そして────駆逐棲姫の上半身が消し飛んだ。

 

 

  -◆-

 

 

「──────……え?」

 

 瀕死の戦艦五隻と対峙した満身創痍の駆逐艦──満潮の戦いは始まる前に終了した。

 

 突如として死に体だった戦艦達が爆発する。無理をして自爆した訳ではない。戦艦達から見て前方、満潮にとっては後方。南の方角からはっきりと視認できるほど巨大な砲弾が飛んで来たのだ。口径から考えて那智達の物ではない。大口径砲塔による攻撃であるのは満潮の目から見ても明白だった。

 

 だからこそ驚きを隠せない。

 主戦場は棲地MI。戦艦ほどの重要戦力がAL方面に来るはずがなかった。けれど現実は違う。飛来する砲弾は次々と死に瀕した戦艦達を蹴散らしていく。

 

 痛む身体を押して、満潮は背後を振り返る。遠くに見える人影が二つ。深海棲艦のものではない。あの重厚な艤装には見覚えがある──いや、もう見慣れてしまった親しみのあるものだった。

 

「どうして……」

 

 疑問を口にした時、満潮はぺたんと腰を下ろす。気を張っていた腰が砕け、安心から力が抜けた。甚だ疑問ではあったが、どうも自分は窮地を脱したらしい事を満潮は知った。

 

 その二人が満潮の傍まで近寄ってくるまでに、瀕死の戦艦群は殲滅される。それはもはや戦闘ではなく、路上の石ころを撤去する作業のようだった。

 

「いいタイミングだったみたいね。間に合ってよかったわ」

 

 戦艦群を蹴散らし、満潮の窮地を救ったのは棲地MIの決戦に参加しているはずの戦艦 扶桑と山城であった。満潮の隣までやってきた扶桑は座りこむ満潮の肩に手を置く。

 

「来る途中ですれ違った陽動部隊に満潮の活躍を聞いたわ。頑張ったわね。もう大丈夫よ」

 

 そう言って、扶桑は手を伸ばす。彼女の手のひらの上には三体の妖精が立っていた。それは応急修理要員。万が一の為に持たされていた希少な保険を満潮に使う。扶桑の手から満潮の艤装へと入り込んだ妖精達はあっという間に艤装の損傷箇所を修繕し、そのついでとばかりに満潮の身体に出来たあらゆる傷を治癒させる。骨折の疑いもあった左腕は完治とまではいかなかったが、腫れは引き、痛みは格段に緩和された。燃料と弾薬も補給され、今朝出撃した時よりも状態は改善した。

 

 その奇跡みたいな現象を体感し、満潮は驚きつつも口を開く。

 

「あ、ありがと。でもアンタ達、なんで……!」

 

「AL方面から棲地MIに向かっている陽動部隊が敵の襲撃を受けたと知らせが入って、その救援にわたし達が立候補したのよ」

 

「だったら陽動部隊と一緒にMIへ行くはずじゃ──」

 

「──その陽動部隊からのお願いでね。自分達は満潮の尽力で無事に戦域を突破したから、まだALで戦ってる彼女達の助力に向かってほしいって言われたの。長門作戦指揮官からも了解を得ているわ」

 

「だからって!」

 

「それに元々わたし達の速力じゃ、高速編成の陽動部隊にはついていけないもの。わたし達が足枷になって艦隊全体の航行が遅れたら、満潮の頑張りが無駄になってしまう。それだけはしたくないわ」

 

「どの道、AL方面の救援に向かった時点でわたし達は棲地MIでの決戦には間に合わないのよ。最初からわかってて、ここまで来たの。……それとも何? わたし達に助けられるのは嫌だった?」

 

「…………」

 

 山城の言葉に満潮は一度口を閉ざす。修復された連装砲を握り直し、スッと立ち上がる。

 

「……そんな事ない。こうしてまた会えたのは素直に嬉しいわ。私はね。……ただ時雨は──」

 

「──わたし達を巻き込みたくなかったと思っているんでしょ。知ってるわ」

 

 そう言う山城の顔に憤りはない。時雨の想いを理解した彼女は、ただその想いを受け止める。

 

「意外。『なに勝手な事言ってんのよ』とか言ってアンタは怒ると思ってたわ」

 

「実際そう思ってるわ。でも、わたしも──いいえ、わたし達も大概身勝手だから人の事は言えないだけよ」

 

「時雨がわたし達を巻き込みたくないと思っているように、わたし達もあなた達を失いたくないと思っているの。だから、わたし達も勝手にやらせてもらうわ」

 

 山城でなく、扶桑がそう口にする。その積極性を満潮は意外に思い、そして少しだけ可笑しかった。

 

「はっ……なによそれ。扶桑らしくないんじゃないの?」

 

「もう見守ってるだけはやめたのよ。あなたが教えてくれた夢の為にも」

 

「そう……。いいんじゃない。私達、みんな自分勝手だものね」

 

 なんでもかんでも自分で背負おうとする時雨。仲間の為に身を削ってでも守ろうとする満潮。大人として子供の為に戦おうとする山城。そして夢の為に戦う扶桑。人の願いはどこまでいこうと自分勝手なものだ。でも、それでいいんじゃないかと満潮は笑った。

 

「さあ、ぐずぐずしてる暇はないわ。那智から聞いたけど、時雨達は駆逐棲姫と戦っているんでしょ?」

 

「そうだった。急がないと」

 

 そうして再会した三人は満潮を先頭にAL諸島を目指した。

 

 


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