艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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ep.final『未来』(アニメ時系列:十二話)
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「そろそろ向こうからも出撃している頃ですね」

 

 中央の鎮守府より艦娘達が出撃した頃、トラック島でも動きがあった。

 たった一人の艦娘の為だけに造られた専用のドックから、彼女は海を眺める。水門が開き、海水を注水する。海水が彼女の足に触れた瞬間、煌々とした照明が彼女に注がれた。

 

「さぁ、参りましょう。──戦艦 大和、出撃します」

 

 ハンガーより艤装が外れ、ロボットアームがそれを彼女に装着する。まるでドレスを着るように、戦艦 大和は無骨な艤装に袖を通した。最強の戦艦。それが今まさに稼働する。

 

 注がれた海水の上を滑り、大和は夢見た戦いの海への一歩を刻む。彼女の行く先には二つの影。先んじて出撃していた先輩に当たる二人──扶桑型戦艦 扶桑、そして山城の姿があった。背を向けたまま、大和が来るのを待っている。

 

「時雨達はAL方面の隊と共に行動するらしいわ。棲地MIに向かうわたし達では再会できそうにないから残念ね」

 

「そうですね。でも、激戦区となるだろうMIに来ないのは喜ばしい事です。あちらには龍驤もいますし」

 

「ええ、彼女がいるなら万が一はないでしょうね」

 

 けれど山城──と、扶桑は妹に微笑む。

 

「本当は自分が守ってあげたいと思っているのでしょう?」

 

 姉に本心を看破され、山城は照れるように頬を掻く。

 

「叶うなら……ですよ。そう。もしも叶うのなら、これまで守られていた分も含めてわたしがあの子達を守ってあげたいと、確かに思っています」

 

 時雨がなぜ自分達に固執したのか、その理由に気付いた今だからこそ、そう強く思う。

 

「でも、巡り会えないのなら仕方ありませんよ。それにこの一戦は艦娘の運命を賭けたものなんですよね?」

 

「ええ。それは間違いないわ」

 

「だったら尚更です。わたしだけがわがままを言う訳にはいきません」

 

「そう……。あなたが納得しているならいいの」

 

 追及はせず、扶桑は山城の言葉を呑み込む。そんな姉から山城は僅かに目を逸らした。

 

「お待たせしました」

 

 会話がなくなった二人の下に大和が合流する。普段との雰囲気の差を感じ取ったのか、大和が問い掛ける。

 

「お二人とも、どうかされたんですか?」

 

「いいえ、なんでもないわ。少し緊張しているだけよ」

 

 扶桑が返答し、山城は沈黙を貫いた。「ああ、ワタシも緊張しています」と大和は頷き、二人よりも前に出る。

 

「けれど、緊張に足元をすくわれないように頑張りましょう。ワタシ達の戦いの成否には未来がかかっているんですから」

 

 そして振り返り、凛々しい表情で二人を鼓舞した。使命感に燃える瞳を見て、扶桑は興味本位に訊ねる。

 

「未来……ね。大和、あなたはどんな未来を迎えたいの?」

 

「具体的にはあまり考えた事はありません。何よりもまず第一に運命を変える事が大切ですから、その先の事は追々考えるつもりです」

 

 大和の回答に扶桑は言葉を無くす。目を見開いて驚き、次の瞬間には納得した面持ちになっていた。

 

「あの、何か気に障る事を言いましたか?」

 

「いいえ。目先の事に専心するのも一つの手段だと感心しただけよ」

 

 そう言いつつも、扶桑は自身と大和の意識の違いを察する。運命の打倒を掲げながら、見据えているものが違っているように思っていたが、それもそのはず。大和は“運命を変える”、その一点にのみ注視しており、未来に馳せる夢がない。自分よりも強く運命を感じ取るが故に、その先が見えていないのだ。その事に扶桑は気が付いた。

 

「お話し中失礼しますねー」

 

 突如として通信が割り込んできた。もう聴き慣れた声。工作艦 明石からの知らせだった。

 

「大和さん、艤装の調子はどうですか? 時間が許す限り調整したので、私としては万全の出来なのですが」

 

「あ、はい。すこぶる良好です。この度はありがとうございました」

 

「いえいえ。それが私の仕事ですから。……これから先は貴方達の仕事です。ご武運を。そして、どうか無事で帰ってきてください」

 

 明石なりの見送りだったのだろう。その声からは誠意が感じられた。これには山城も反応して、三人同時に「了解」とトラック島へ敬礼を向ける。トラック島は次第に小さくなっていく。敬礼を解いた時には、もう手に収まる程度の島影しか見えなかった。

 

「行きましょう、お二人とも。合流時間に遅れる訳にはいきませんから」

 

 トラック島よりカゴの鳥は羽ばたく。

 運命の決戦を迎える為、同じく祖国の名を冠する戦艦達と共に棲地MIを目指した。

 

 

  -◆-

 

 

「……行きましたか」

 

 通信室にいる明石は小さく呟いた。

 ヘッドセットを外し、明石は頭を振って張り付いた髪の毛を払う。

 

 島に設置されたカメラにはもう戦艦達の姿はない。彼女達は戦場へと赴いた。それを見届けて、ひとまず自分の役目が終わった事を感じ入る。

 

「戦艦 大和の性能は申し分ない。扶桑型戦艦も戦技において遅れはない。彼女たちなら、きっと戦況を打開できる……はず」

 

 彼女達の最大の武器である艤装を点検した明石だからこそわかる。この戦い、戦力で言えばこちらが勝っている。普通の相手なら負ける要素はない。普通の相手ならば──

 

「──けれど、打ち破るべきは見えない力。形のない大きな流れに逆らうには、どれだけの力があっても足りはしない」

 

 明石もまた艦娘が対峙すべき本当の敵を見据えている。相対するのは深海棲艦。しかし、戦うべきはその核にある根源的な集合意識。運命とも呼べる歴史の再現力。形ある深海棲艦はその発露であり、世界に直接干渉する為の触覚であると、明石は認識している。

 

「望まない運命に否定し続ける強い意思の力。挫けぬ心だけが道を作る。だから皆さん、どうか諦めないで……」

 

 作戦に参加する全ての艦娘達へ、戦えぬ工作艦は手を組んで祈りを捧げた。

 

 


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