艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「はーい。不幸にも出撃ドックの担当になった子達はこっちよー」

 

 グラウンドに集まった艦娘達に向けて陽炎が声を張る。

 現在鎮守府に残っている艦娘はほとんどが駆逐艦であり、その数も決して多くはなかった。その中から数人が陽炎の方へ歩み寄ってくる。

 

 駆逐艦 白露と村雨、そして航空巡洋艦 最上。どうやらその三人が他のメンバーのようだ。陽炎の隣に立つ時雨にはどれも馴染み深い艦娘達だった。

 

「たった五人なんだね」

 

「仕方ないでしょ。遠征でいない連中はいるし、非番で外へ遊びに行ってる子もいるんだから。これでも他の班よりかは質も量も優遇されてるくらいよ」

 

「その分、激務なわけだ」

 

「それは言わないで。げんなりするから」

 

 時雨と陽炎がそんな会話をしていると、残りのメンバーが陽炎の周りに集まった。集結した三人の視線は当然のように時雨へと注がれる。村雨は「あら?」と首を傾げ、最上は「おや?」と驚いた顔をして、白露は言葉もなくぎょっとした。三者三様の対応を見せたが、それでも時雨の変化に一番早く反応したのは──やはり白露であった。

 

「だ、誰だお前は!?」

 

「僕だよ、白露。キミの幼馴染にして白露型二番艦の時雨だよ」

 

「嘘を吐くんじゃない! 時雨はもっと起伏の無い身体をしてたはずだよ!」

 

「ふむ。信じてもらえないのなら仕方がない。では証明の為、僕しか知らないキミの恥ずかしい過去を、ここで声高らかに発表するしか──」

「──冗談だよ、時雨ぇ! あたしが時雨を見間違えるわけないじゃん! もう、帰ってきてたんならすぐ会いに来てくれればいいのにぃ!」

 

 素晴らしいほどの変わり身の早さで白露は時雨に抱き付いた。その耳元で「それだけは勘弁してください」と連呼する。「はいはい」と呟く時雨は、抱きつく白露を引き剥がした。

 

「それにしても時雨ちゃんどうしたの? イメチェン?」

 

 時雨の全体を見ながら村雨が言う。

 

「改二になったんだよ」

 

「へぇ、それが大規模改装の結果なんだ。身近な人のは初めて見たわ」

 

「えーっ! なんだよー、あたしが一番先になる予定だったのにさー!」

 

 村雨は素直に感心していたが、一番である事に固執する白露は「ぶーぶー」と不満を述べていた。そんな白露は無視して、時雨は一歩引いて見守っていた最上に視線を向ける。近くの白露が「無視すんなー」と言っていたが、それも無視した。

 

「久しぶりだね、最上。トラック島に行っていると聞いていたけど、キミも帰ってきてたんだ」

 

「うん、吹雪ちゃんを鎮守府に戻すよう指示があってね。ボクはそのおまけみたいなものなんだけど、こんな事態になっていた事を考えるとタイミングはよかったのかな」

 

「それなら吹雪も戻ってきてるんだ」

 

「睦月ちゃんもね」

 

 そう言って最上は他の班を指差す。そこには駆逐艦 吹雪と睦月の姿があった。彼女達も資材運搬に協力しているようだった。

 

 時雨は少しの間だけ吹雪と睦月を目で追う。久しぶりに見る二人は以前見た時よりも逞しくなったように見えた。肉体的ではなく精神的に。特に吹雪は顕著であるように思う。……ただ、それが特別かと言えばそうではなく、身の丈に合った成長を順調に果たした。そういうありふれた変化だと感じられた。

 

「ほらほら、無駄話はそこまでよー。ただでさえ一番時間が掛かる担当なんだから、ちゃっちゃと始めるわよー」

 

 雑談を制し、陽炎は急かすように手を叩く。

 半ば不知火に謀られたとはいえ、任された以上やるべき事はやる。陽炎はそういう艦娘であった。

 

 陽炎に促されて他の四人も行動を始める。駆け足で資材庫に向かいながら、時雨だけがすれ違う吹雪を一瞥した。

 

 

  -◆-

 

 

 日が傾きかけた頃、鎮守府の復旧作業は一段落を迎えた。

 機能の全てが回復した訳ではなかったが、主要施設はひとまずの再稼働を果たす事が出来ている。日が落ちれば作業効率が下がる為、今日の所はこれで切り上げ、明日の夜明けを待って続きを行う事となった。

 

 間宮と鳳翔によって炊き出しがなされ、トラック島から戻ってきた者達を含め、復旧作業に勤しんでいた艦娘達はようやく休息を得る事が出来ていた。配給された豚汁は空腹と疲労という最大のスパイスによって最高の味となり、一日中働いていた彼女達の舌を楽しませた。

 

 そして多くの艦娘が食事を摂っている一角に時雨はいた。

 周囲には白露、村雨、夕立、五月雨、涼風がおり、この鎮守府に所属している白露型全員で食事を共にしていた。

 

「えー、これより姉妹会議を行いたいと思います。議題はズバリ──『お姉ちゃんより先に改二になるのって酷くない?』についてです。はい、それではディスカッションスタート──」

「──しないよ。白露、妹に先を越されたくらいでキミはいつまでそんな事を言ってるんだ。もっと長女としての器量を見せて欲しいものだね」

 

 時雨が白露をたしなめる。

 

「だってさー、時雨だけならまだしも、夕立まで改二になって帰ってくるとかさー。そりゃ妹が強くなってくれるのは嬉しいけどぉー、あたしの目の届かない旅先で改装を受けて帰ってくるとか、なんか釈然としないじゃん。ほら、娘が旅行から帰ってきたらなんかちょっと大人になってた時のお父さんの気持ちというかさー」

 

 唇を尖らせてイジケている白露はぶつぶつと不満を垂れ流す。

 

「いや、単純に白露ちゃんは先を越されて悔しいだけでしょ。村雨にはお見通しよ」

 

「あたいもそう思う」

 

 村雨と涼風が豚汁を啜りながら、白露の真意をてきとーに暴く。妹全員がわかっていた図星を刺されて、うねる白露の頬が膨らんだ。そして鬱憤が爆発する。

 

「ヤダヤダヤダーッ! あたしが一番じゃなきゃヤダーッ! 一番艦なのに一番じゃないとかヤダーッ!」

 

 持っていた豚汁を律義に安全圏へと置いてから、白露は両手両足をバタつかせて抗議し始めた。妹達はそんな姉の姿を冷やかな目で見つめた。

 

「ついに単なる駄々っ子と化したね」

 

「月一の間隔で見る光景ね」

 

「わたしは駄々をこねる白露ちゃんを見るの結構好きっぽい」

 

「まぁ……滑稽ではあるよな。あたい達の身内じゃなければだけど」

 

 各々が感想を呟く中、五月雨だけが白露をなだめようとオロオロしていた。暫くの間、癇癪を起こした白露だったが、やがて暴れ疲れたのか、動かなくなった。

 

「気は済んだかい?」

 

「うん」

 

 白露は素直に頷くと安全圏に避難させていた豚汁に口をつける。

 

「はぁ~、すっきりした。不満を溜めておくのは身体に悪いからね、すぐに吐き出さないと」

 

「切り替えが早いのはキミの美点だけど、そういうのは人気のない所でやってほしいね」

 

 騒いだおかげで集まった周囲の視線を感じながら時雨が言う。

 

「しかし、驚いたよ。まさか夕立も改二になっているなんてさ」

 

「それはこっちの台詞っぽいよ、時雨ちゃん。見た目も雰囲気もぜんぜん変わっているもの」

 

「変化量で言えばあなたの方が上よ、夕立。髪は赤みがかっているし、目も赤くなっちゃって。双子の姉としては妹が不良になってしまった気分よ」

 

 よよよ……と村雨が泣きマネをする。慌てた夕立はブンブンと両手を振って「安心してお姉ちゃん! 中身は大して変わってないっぽい!」と弁解した。必死な妹を見て、村雨は「冗談よ」と微笑みかけた。

 

「時雨の髪飾り、とっても綺麗ですね。改二になったら付いてきたんですか?」

 

 目をキラキラさせた五月雨が身を乗り出して金色の髪飾りを注視する。女の子らしい彼女の質問に、時雨は笑顔で対応する。

 

「ううん。これは人に貰ったんだ。向こうで出来た友達にね」

 

「大切なものなんですね」

 

「わかる?」

 

「はい。自慢じゃないですけど、わたし、時雨の顔を見ただけで気持ちがわかっちゃうんですよ」

 

 眩しいほどの笑顔で五月雨は言った。そこに一切の虚偽はない。邪気のない好意を向けられて「キミには敵わないな」と、時雨は肩をすくめた。

 

「その髪飾り、時雨にすごく似合ってます」

 

「うん、ありがとう」

 

 そう言って五月雨の頭を撫でる。撫でられた五月雨は笑顔のまま気持ち良さそうに瞳を閉じた。その様子を見ていた涼風が呟く。

 

「五月雨って時雨にすごく懐いてるなー」

 

「あれあれ、どしたの涼風。もしかしてジェラシー感じちゃってたりする?」

 

「なにさ白露、こちとら江戸っ子だよ? そんな女々しい事思っちゃいないさ。ただちょっと気になっただけだい」

 

 鼻をこすって涼風はきっぱりと言い切る。実にさっぱりとした娘であった。そんな彼女をからかった白露はつまらなそうに口を尖らせる。しかし、その疑問には答えを返した。

 

「時雨はさ、少し特殊でね。生まれながらに特別な相手がいるんだよ。時雨はその相手を特別視するし、その相手も時雨を特別視する。五月雨はその一人なんだよね」

 

「んん?」

 

 よくわからないと言うように涼風は首をひねる。

 

「つまりは運命の人ってわけよ」

 

「んー、なんとも非科学的な言い方だね」

 

「江戸っ子のクセに粋じゃないねー。こういうのはロマンチックって言うんだよ」

 

「む」

 

 これは一本取られたと涼風は閉口した。それに白露はニヤリと笑う。

 

「ま、あたしもその特別な相手なんだけどね!」

 

「その割には扱いが雑な気がするけど……」

 

「そーなんだよー、時雨ってばなぜだかあたしにだけ優しくないんだよ。頭を撫でてくれた事とか一回もないからね。あたしには特別辛辣なんだからホントにもー」

 

 五月雨が可愛いからって、えこひいきだよね──と白露は不平を嘆いた。時雨はそれを聞いていた。

 

「人聞きが悪いな、白露。僕は最大級の特別扱いをしているつもりだよ?」

 

「えーっ、どこがだよー」

 

「キミにだけは悪意を以て接している」

 

「そんな特別はいらないよっ!」

 

「酷いな。信頼の裏返しなのに」

 

「裏返さずにプリーズ!」

 

 久しぶりに姉妹は語り合い、気兼ねの無い笑顔を浮かべる。非常時ではあるけれど、たまにはこんな食事もいいものだと、最後の一口を飲み込みながら時雨は暮れていく空を見上げた。

 

 


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