艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 時雨が異変に気付いたのは眼前の艦載機を殲滅した後だった。

 龍田と別れて三十秒後、時雨は敵航空戦力を全て撃墜した。一分半の間に十機。それも最後の五機は僅か三十秒で撃墜していた。いくら扶桑達に狙いを定め、背後を晒していたとはいえ、その手際は凄まじいものである。

 

 ともあれ、扶桑達に襲いかかろうとする敵航空戦力を排除したのも束の間に、時雨は更なる脅威に気付いたのだった。

 

「あれは……!」

 

 龍田を突破し、急速に扶桑達へ迫りくる黒い影。時雨には見覚えのない初めて目撃する深海棲艦であったが、彼女は瞬間的に察する。あれは危険な存在だと、その全身で感じ取った。

 

 状況を判断するまでもなく、時雨は扶桑達のもとへと急行する。だが、黒い影は恐ろしく素早く、時雨が知る限り最速の艦娘──駆逐艦 島風と同等かそれ以上の速力で駆けていた。

 

「くっ、間に合わない……! 扶桑! 山城!」

 

 時雨が叫ぶ。

 その必死な声を二人は聞き届けていた。

 

「珍しく大きな声出しちゃって。まったく……危なそうな奴が来てる事くらい、流石に気付いてるわよ」

 

「とはいえ、これ以上接近されると対処し切れない。二人でしっかり仕留めるわよ、山城」

 

「はい、扶桑姉様!」

 

 扶桑と山城は右に回頭し、側面から迫ってくる黒い影──駆逐棲姫に全砲塔を向ける。時雨が一人で艦載機を殲滅したおかげで、次弾を発射する事はなく、装填は既に完了していた。

 

「装填してあるのは貫通力のない三式弾のままだけれど、あれだけ動きの速い相手ならむしろ相性はいいはず……」

 

 空中で炸裂し、弾子を飛散させる三式弾ならば通常の徹甲弾よりも幾分か当て易い。威力は下がるが、あれほど凄まじい速度を出しているなら『装甲』は決して硬くないはずだと、扶桑は判断する。

 

「最悪被害を与えられればいい。……山城、命中率を上げる為に各砲塔で順次砲撃するわ。まずはわたしから撃ち始めるから、四射目が終わったら続いて」

 

 扶桑の言葉に山城は頷く。

 そうして扶桑は四基ある砲塔で砲撃を開始する。

 

 まずは第一射。放たれた砲弾は駆逐棲姫の上空で炸裂するが、位置が高過ぎた為、弾子は駆逐棲姫の後ろを通り過ぎていった。すぐさま誤差を修正して第二射。今度は低過ぎて手前の水面に着弾。だが水中で砲弾は炸裂し、巨大な水柱が衝撃と共に駆逐棲姫を襲った。それを予期していなかった駆逐棲姫はバランスを崩し、ここで初めて速度が緩まった。すかさず第三射を撃つ。高さ、炸裂位置共に完璧。数百の弾子が駆逐棲姫に直撃した。

 

 けれど弾の雨を抜けて、駆逐棲姫は姿を現す。

 表面は数え切れないほど傷付いていたが、『装甲』を抜けたのは十数発程度。加えて貫通したとはいえ、小さな弾子が十数発程度では致命的な損傷は与えられなかった。

 

 予想よりも『装甲』は厚い。けれど、今の攻撃で『装甲』は全体的に脆くなっている。もう一度直撃させられれば、少なくとも攻撃力を奪う事は出来るだろう。そう考察した扶桑は最後の四射目を発射する。

 

 ──だが、その前に駆逐棲姫が反撃した。両腕に構える駆逐艦が持つには大き過ぎる口径の砲塔が咆える。扶桑を狙った一撃。扶桑もそれを確認し、対ショック姿勢を取った。とはいえ彼女は戦艦。一撃で致命傷になるほど柔な船体をしていない。これに耐えて、四射目を撃つ。そのつもりで攻撃を受けた。

 

「────え?」

 

 突然の衝撃と爆音が扶桑を襲い、気付けば海面に倒れ込んでいた。状況の理解よりも先に痛みが左半身に走る。それで自身の左側を見た。左肩からは血が流れ、白かった袖は赤に染まる。そして、先程まで健在だった艤装が見るも無残な姿となり、辛うじて接続部に繋がっている状態となっていた。

 

「第三、第四砲塔が大破……? そんな、たった一撃で……?」

 

 ふとおかしな点に気付く。

 発射態勢にあった第四砲塔は跡形もなくなっているのに対し、第三砲塔は下部から破損しており、今だ原型は留めている。まるで第四砲塔を基点に爆発したようだった。

 

 そこで扶桑は把握する。

 敵が狙ったのは自分ではなく、第四砲塔自体なのだと。発射態勢にあった第四砲塔を的確に……、それも装填された三式弾が誘爆するように砲身の付け根、その一点を狙ったのだ。

 

 馬鹿な──と思うも、現状を考えるとそれしか思い付かない。

 

「なんて、幸運……」

 

 狙ったにしても、それが狙い通りにいくには相応の運が必要だ。当たり所が多少ズレただけで、ここまでの被害を生む事はなくなる。距離もまだ遠く、狙う時間もない中、砲撃を外す可能性だって、かなりの確率であったはず。だが、敵はその賭けに勝った。まるで運命の女神に愛されているように。

 

「……ッ!」

 

 痛む身体を起き上げて、扶桑は敵を睨む。

 まだ戦いは終わっていない。勝敗はまだ決していない。故に呆けている時間など──

 

「扶桑姉様!!」

 

 ──目の前に雷跡が見えた。真っ直ぐに扶桑へと向かってくる。

 いつの間に放たれたモノなのかはわからなかったが、あの深海棲艦が撃ったモノだというのはわかった。賭けに自分が勝つ事を当たり前のように予見して、トドメとして魚雷を先んじて撃っておいたのだろう。なんて……デタラメか。そんなものを見せつけられれば、諦めすら生まれるというものだった。

 

 扶桑は脱力して瞳を閉じた。

 間近に聞こえる爆発音。海面が揺れて、自分にも伝わってくる。……けれど、一向に衝撃がその身を襲う事はなかった。

 

 恐る恐る瞳を開け、目の前を見る。────妹の山城が身を挺して、扶桑を庇っていた。

 

「山城……?」

 

「無事ですか、扶桑姉様?」

 

 焼け焦げた着物と火を噴く艤装をその身に纏いながら、山城は振り返り、扶桑へと微笑みかける。傷付き膝をつく彼女を、扶桑は抱きとめ、感謝を伝えた。

 

「ええ、大丈夫よ。あなたのおかげ」

 

「それは、よかったです……」

 

 砲塔だけを損傷し、小破で済んだ扶桑とは異なり、雷撃が直撃した山城は大破寸前の中破状態であった。

 

「ごめんなさい、油断してしまって」

 

「いえ……姉様は何も悪くありません。悪いとすれば──」

 

 中破して尚、戦意を失っていない山城は鋭い眼光を迫りくる駆逐棲姫に向けた。敵は未だ自分達を狙って接近している。既に射程に収めている二人へと、容赦なく四つの砲塔で砲撃を放っていた。

 

 比較的損害の少ない扶桑は山城の被弾面積を減らすように覆いかぶさり、その砲撃を受け止める。乱射される駆逐棲姫の砲撃は八割ほどの確率で扶桑に命中したが、ほとんどが『装甲』に阻まれ、運良く貫通した数発も彼女の『耐久値』を僅かに減らす程度にとどまった。発射寸前の砲弾に誘爆した先程が、如何にラッキーパンチだったかよくわかる光景だった。

 

 しかし、すぐに致命傷にならないとはいえ、限界はやってくる。山城は動けず、扶桑もまた妹を見捨てて逃げられるはずもない。もはや二人には駆逐棲姫の攻撃をひたすらに耐える事しか抵抗の手立てがなかった。

 

 徐々に『装甲』は摩耗し、『耐久値』は消耗していく。元より戦艦としては頑強な装甲を有していない扶桑型の限界は、彼女達の予想以上に早くやってきた。

 

「ああっ、ぐっ……!」

 

 扶桑が苦悶の声を上げる。

 既に十数発もの砲弾を受けてきた彼女の背中は痛々しく内出血により腫れ上がり、一部では皮膚が破れ、溜まっていた血液が溢れ出た。また左肩の出血も激しさを増し、艦娘としての『耐久値』以上に、人間としての生命が脅かされていた。

 

 無論、彼女達の身体は鋼鉄で出来ていない。決して機械の身体などではない。『装甲』で砲弾は弾けても、その衝撃までは殺し切れない。砲弾が得た運動エネルギーは命中した時点で肉体にダメージを残す。『装甲』と『耐久値』に保護され、緩和されて尚、それがゼロになる事はない。

 

 艤装は生きていようと、肉体が死ねば、待っているのは等しく死だ。当たり前の事。『耐久値』が無くなり、艦娘としての力を失う前に、肉体が死ぬ事だってある。強い意志に対して身体の強度が足りず果てていく。心に体がついてこないのは、闘争においてよくある事だった。

 

「姉様、やめてください! このままでは魂よりも先に、身体が死んでしまいます!」

 

「大丈夫……よ。これでもまだ中破だもの……、身体だって……」

 

 途切れ途切れになる意識をなんとか繋ぎ止めながら、扶桑は山城の耳元でそう囁く。限界など既に超えている事を知りながら、それでも大丈夫と彼女は言った。そんな姉を山城は抱き締める事すら出来ない。被雷した身体は痺れ、未だ回復し切らない。悔しさに涙が零れかけた────その時、涙を拭うように一陣の風が吹く。

 

 唐突に響き渡る金属音。金属同士が激しくぶつかり合って、どちらかが砕けたような破壊音だった。

 

 扶桑を襲っていた砲撃が止む。

 なぜ攻撃が止んだのか、そして、なぜ金属音がしたのか、その一部始終を姉の肩越しに山城は目撃した。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 視線の先には肩で息をする、大きく無骨な艤装を両腕に持つ少女。その青い瞳は大きく見開かれ、瞳孔は異様なほど収縮していた。少女が興奮状態にあるのは火を見るより明らか。その双眼は怒りを宿し、静かに激昂している。でなければ、普段冷静な彼女があんな──“長い砲身で敵を殴る”なんて蛮行に及ぶ訳がない。

 

 目で追えないほどのスピードで真横から現れたその少女は、左腕に持つ大口径単装砲の砲身を槍のように、或いはメリケンサックのように突き立てて、一切減速せず、勢いそのままに、駆逐棲姫の右顔面を殴り抜いたのだ。機敏な反応をする駆逐棲姫が察知すら出来なかったその航行速度は、彼女自身の最高速度を超越し、その勢いのまま打ち出された打撃は人間大の駆逐棲姫を殴り飛ばすのに十分な威力が込められていた。

 

「……時雨」

 

 山城が恐る恐る少女の名を呼ぶ。

 呼ばれた少女──時雨は自分が殴り飛ばして、数メートル先の海面に転がっている駆逐棲姫が痙攣しながら動きを止めたのを確認すると、山城の方へと向き直った。

 

「二人とも大丈夫?」

 

 時雨の問いに山城は頷き、扶桑もまたその声を聞いて振り返り、小さく微笑んだ。それを見て「よかった」と時雨は安堵すると収縮していた瞳孔が平常時のものに戻った。

 

 普段の彼女に戻ったのを見計らって、山城が呆れたような口調で言う。

 

「助けてもらってこう言うのもなんだけど……、あなた、なんで殴ったのよ。わざわざ殴るくらいなら、至近距離で砲撃した方が相手の被害は大きかったでしょうに」

 

「えっ……あぁ、そうか、そうだね。ごめん、頭に血が昇ってたみたいだ」

 

 キミの言う通りだね──と時雨は笑う。

 呆れつつ、しかし、山城は確かな安心を得て、笑みを受かべた。

 

「待ってて。すぐに追い払うから」

 

 短く告げると、時雨は倒れる駆逐棲姫の方へと目を向けた。ゆらり──と駆逐棲姫は起き上がり、ひび割れた右頬を晒しながら、時雨を射抜くように見つめる。その顔に感情はない。ただ時雨を見る。観察するように、その力を測るように。

 

 だが、時雨にはそんな睨み合いに付き合う道理はなく、問答無用と駆逐棲姫に砲撃を加えた。放たれた一斉射は至近距離にいる駆逐棲姫へと吸い込まれるように進み──全てが海面に没した。

 

「──速い。普通じゃない速さだ」

 

 駆逐棲姫は静止状態から急加速し、時雨から見て左側へ回避した。一瞬の驚き。だが感想を呟くだけで、時雨は冷静に次弾を狙う。逃げた方向に左腕の砲塔を向け、自身も移動しながら発射する。移動先を予測した偏差射撃。けれど、それも急停止からの進路変更によって真逆の方向へと逃げ、回避する。時雨が続けて撃っても当たる事はなかった。

 

「…………」

 

 規格外の動きに翻弄される時雨だったが、その異常な機動よりもある一点が気になった。

 

「……どうして撃ってこない」

 

 目の前の敵は一向に攻撃してこない。扶桑や山城には苛烈な攻撃を加えていたというのに、時雨と相対してからは様子見をするばかりだった。

 

 ──僕の力を測っている? けど何の為に?

 

「時雨! 一瞬でいい、あいつの足を止めて!」

 

 彼女の思考は山城の発言で掻き消される。声の方を見てみれば、座りこむ山城が全砲門を前に向け、その身体を支えるように扶桑が山城を背後から抱きとめていた。……足を止めた隙に全弾叩き込む算段なのだろう。駆逐艦が行動を抑制し、戦艦が仕留める。オーソドックスな連携。だが──

 

「──山城、それは結構難しい注文だよ」

 

 苦笑いを浮かべながら時雨は小さく呟く。

 現状、駆逐棲姫に砲撃を当てる術を時雨は知らない。予測射撃は通用せず、あの速度ならば魚雷も容易く回避されてしまうだろう。逃げ場がないほど密度の高い攻撃も単独では不可能だ。

 

 手立てがない。でも──と時雨は気合いを入れる。彼女が期待してくれるのならば頑張らないといけない。その期待は何よりの応援だった。

 

 魂を燃焼させる。

 何一つ打開策は思い付かないけれど、根性でなんとかしよう。精神論こそ、いざという時に奇跡を生むのだ。

 

 時雨は加速する。機関を限界以上に稼働させ、無理矢理に速度を上げる。長くは続かない全力疾走。だが構わない。息が切れる前に事を為せばいいだけだ。

 

 駆逐棲姫が攻撃してこないのをいい事に、時雨は防御を投げ捨てて接近していく。その間も砲撃を続け、ジグザグに避け続ける駆逐棲姫を追い掛ける。直線的な競争では敵わない。攻撃し続けて相手を動かし、機動戦にて追い詰める。急停止など出来ない時雨は自身の速度に振り回されながらも、可能な限りの制動を掛けて、駆逐棲姫に喰らい付く。

 

 一度だ。一度だけでいい。敵の反応を超えろ……!

 

 その一念だけを込めて波を蹴る。その動きは駆逐棲姫の規格外の動きに匹敵した。

 ただ出力に任せて進むのではなく、自然の力を利用しながら彼女は駆ける。波を裂いては進まず、波を蹴り、波に乗り、流れに逆らわず、けれど大きな力に流されず、抗えぬ力を利用する。それが人の生きる道。彼女は船でなく、艦艇の魂を宿す人間だ。人は自然と共に生きる生き物。自然に従って生きていく。故の力。自然を知り、活用する知恵という名の力。そして、それを生かす人間の技術。この星のルールを離れ、自然を無視する規格外の駆逐棲姫には得られぬ力であった。

 

 やがて、それは奇跡を生む。

 

「────!」

 

 その驚きは駆逐棲姫のものだった。

 刹那の静止。次の瞬間には急加速出来ていたはずのタイミング。正確無比な回避行動を取る駆逐棲姫が万が一とも言える確率で招いた油断。完全無欠など存在しない事を証明するように些細な、けれど致命的なミス。──駆逐棲姫は加速する瞬間を、ほんの一瞬だけ間違えた。

 

 その一瞬を時雨は見逃さない。脳が指令を下すよりも先に、彼女の指はトリガーを引いていた。極限まで集中された精神は思考を超え、その反応は運命すら超越する。発射された一撃はその狼煙。貧弱な駆逐艦の砲撃は、しかし、奇跡の壁を突き抜けて規格外へと飛来する。

 

 顔面へと直撃したそれは、ひび割れていた右頬を完全に砕き、顔の半面を崩壊させる。加えて被弾した衝撃は全身に波及し、駆逐棲姫は途端に急加速するも、その最高速度は並の駆逐艦程度のものとなった。

 

「山城!」

 

 時雨が叫ぶ。チャンスがあるとすればここしかない──と。

 

「わかってる。わかってるけれど、狙いが……!」

 

 普通の駆逐艦程度の速度になったとはいえ、狙いを絞り切れるほど動きが遅い訳ではない。時雨と機動戦をした事により、間合いも遠くなっており、正確に命中させるのは難易度の高いものだった。

 

 それでもチャンスを逃す訳にいかない山城は意を決して発射──しようとしたが、視界の隅に映った人影を見て思いとどまった。

 

 その影は長い棒状の物を持ち、切先を敵に向け、一歩の踏み込みと共に、手に持った棒状の何かを投擲する。それは槍。否、薙刀だった。槍投げでもするかのように綺麗なフォームで放たれた薙刀は、砲弾よりも速く空中を疾走し、進路上にいた敵──駆逐棲姫の腹部を容易く貫いた。

 

 それを受けた駆逐棲姫は海面に叩きつけられ、すぐさま起き上がるも穿たれた腹部から大量の体液が流れ出し、その足は完全に止まる。

 

「ごめんなさいねぇ……、私、もらった借りはきっちり返す性分なの」

 

 これで貸し借り無しね──と、薙刀を投擲した龍田が邪悪に笑いながら呟いた。それを呟き終えた瞬間、足を止めた駆逐棲姫へ狙いを定めた山城が砲撃を斉射する。

 

 四基八門から対空砲弾である三式弾が発射され、動けない駆逐棲姫の眼前に辿り着いた時、炸裂した。数千にも及ぶ弾子の壁が瞬間的に駆逐棲姫の全身に激突する。消耗していた『装甲』はあっという間に剥がれ落ち、その身体をついばむように削り取っていく。青い体液が花を咲かせ、弾子に穿たれた艤装は火花をあげる。壮絶な刹那を経て──それでも駆逐棲姫は存在していた。

 

「■■■■■■……」

 

 満身創痍の身体で艦娘達に対峙しながら、小さな呻きを零す。声に似た音。だが、そこに意図はない。洞窟に風が通って音を出すような自然現象に等しい発音だった。

 

 削り取られ、所々が欠けた身体。腹部には薙刀の刃だけが突き刺さり、砕けた半面には闇が広がる。朽ちた人形のような佇まいを持つソレは、残された片目で扶桑、山城、時雨の順に一見すると動く度に崩壊していく身体を稼働させて、作戦海域から離脱するように後退していった。

 

 時雨は後を追おうとしたが、酷使した機関がついに悲鳴をあげ、追撃は叶わなかった。

 

「……撃退出来ただけ、よかったと思うべきかな」

 

 かつてない強敵だったと、時雨は溜め込んでいた息を吐いて、傷付いた扶桑達のもとへと向かった。

 

 


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