艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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04&05

 

  4

 

 

 駆逐艦 時雨は夢を見る。

 いつもとは少し違う夢。過去の記憶。けれど、曖昧模糊とした普段の夢ではない。扶桑達はいない。特別だと思う相手はいない。それでも嫌に鮮明だった。

 

 断片的ではない記憶の奔流。かつての自分が見聞きしたモノが波のように押し寄せて、意識は過去にさらわれた。

 

 自分は空母を護衛している。空にはおびただしいほどの影。敵と味方の影が舞っていた。自分に出来る事は少ない。空を見上げ、届くかもわからぬ砲を撃つ。

 

 やがて、空が裂けた。

 火のついた機影が空に線を引く。爆音が空に轟く。落ちる鉄。一隻の鶴が悲鳴をあげる。守らなければならなかった者が炎に包まれる。それでも鶴は没しなかった。

 

 終わってみれば呆気ない。

 初めて見た空の戦いは圧倒的で、自分の力のなさが悔いを残すだけ。慰めがあるとするのなら、守ろうとした鶴がいなくならなかった事。それだけはよかったと思えた。

 

 夢の終わりに、ノイズ混じりの声が聞こえた。

 何かが、誰かが、いなくなったらしい。自分は関与しなかった空母が沈んだらしい。

 

 この夢の光景よりも以前に、いなくなった誰かがいたらしい。

 

 誰がいなくなったのか、それが気になって耳を澄ます。

 ノイズが響き、雑音が夢を乱した。掻き消える夢の跡に、最後の音が過ぎ去っていく。

 

 ──『祥鳳』

 

 覚醒の間際、その名だけが頭に残った。

 

 

 

  5

 

 

 朝が来る。

 空は雲が多いものの、晴れと呼べるほどには明るい。その朝日を受けて艦娘達は起床する。攻略作戦が実施される朝に寝坊をする者など一人もおらず、緊張感と共に各々行動を始めた。

 

『諸君おはよう。本日正午よりMO攻略作戦が決行される。皆もわかっていると思うが、最後の確認として言っておく。今作戦の目的は棲地MOの攻略及び解放である。そして我々に与えられた役割はMO攻略そのものだ。敵主戦力の発見と掃討は中央鎮守府の主力機動部隊及び支援部隊に任せ、君達攻略部隊並びに援護部隊はMO攻略に専念してもらいたい。作戦目標を任された以上、それに相応しい働きを期待する』

 

 鎮守府全体に放送が響き渡る。

 鎮守府の最高責任者である提督──ゴトウが作戦の内容を今一度声にした。

 

『攻略部隊は旗艦を青葉とし、衣笠、古鷹、加古、祥鳳、漣の六名。航空戦力を活用し、MO攻略の主軸となれ。援護部隊は旗艦を天龍とし、龍田、扶桑、山城、満潮、時雨の同じく六名だ。攻略部隊と行動を共にし、祥鳳の偵察によって発見した敵戦力を先んじて叩く事により、攻略部隊の進行を確実なものにしてほしい。……敵戦力には恐らく空母がいると思われる。主力機動部隊が早期に掃討してくれればいいが、無論そんな確証はない。故に祥鳳には索敵から制空権の維持まで一身に任せる事になる。他の各艦は彼女を中心に動き、互いに支え合う事を肝に銘じておいてほしい。また扶桑型戦艦二人には三式弾を少数だが支給している。僅かとはいえ我が鎮守府に補給されたありったけだ。有効に活用してほしい。……それと今一度艤装の点検と心身の調整を確認するように。どちらかが本調子でない場合は、現在鎮守府に停泊中の工作艦 明石に頼りなさい。多少の事は解決してくれるだろう。──では我々の勝利と君達の生存を常に希求し、それに全力を尽くしてほしい。以上だ』

 

 放送が終わり、鎮守府に静寂が広がる。

 戦いの朝は静かに、けれど着実に過ぎていった。

 

 

  -◆-

 

 

 弓の握り、弦の張りを確認し、矢となる艦載機に目を落とす。矢の具合は自身の妖精が見てくれていた。サムズアップしているところを見るに、特に問題はなさそうだった。

 

 艤装の点検は完璧。戦いに際して不安要素は一切ない。……ないはずだった。

 

「…………はぁ」

 

 しかし、航空母艦 祥鳳は溜め息を吐く。

 昨日から胸の鼓動が治まらない。酒を飲めば多少気は紛れたが、今は呑む訳にいかない。大事な一戦が目の前に来ているのだから。

 

 それを認識した瞬間、鼓動が大きく胸を叩いた。痛いほどの緊張が身体に廻る。立っている事が不安になり、その場にしゃがみ込む。呼吸が難しくなり、苦しさから強く瞳を閉じた。──そして、まぶたの裏に自分の死を幻視した。

 

「────ッ!!」

 

 咄嗟に瞳を開ける。

 その衝撃で苦しかった呼吸すら止まり、鼓動は体内で音を打ち鳴らす。恐怖にも似た焦燥感。今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。この一瞬で、信じられないほど汗をかいていた。

 

「どうして……!」

 

 意味のわからない衝動。生物の本能ではない、別の何かが訴える。

 

 手を止めて、投げ出して、逃げ去ってしまえ──と。

 

 その訴えは魅力的だった。

 なぜだか頷きそうになってしまった。それが間違いであるのは自覚しているのに、正しさなどでは自制できないほど、その訴えは魔性だった。

 

 弓を持つ手が震える。魂の具現たる妖精は姿を消した。

 ここにいるのはただ一人。理解できない何かに怯える祥鳳だけ。

 

 ……これじゃ戦えないよ。

 

 心に弱気が忍び寄る。

 軋む心に諦めが歩み寄る。

 

 ……もうやめてしまおうかな。

 

 肉体はともかく、精神的にまいってしまっている。情けないけれど、泣き言を言えば、あの提督はきっと慮ってくれるだろう。その確信がある。軍人としても、人間としても、尊敬に値する人物だ。作戦に支障をきたそうとも、心身に問題を抱えた今の自分を戦場に送り出すようなマネはしない。士気を欠いた戦力が敵よりも脅威である事を提督は知っている。

 

 だから自分には逃げ出す道もあるのだと、何かが訴える。

 

「…………」

 

 だが、その度に仲間の顔が浮かんだ。

 自分は作戦の要。自分を欠けば、作戦の達成は困難を極める。……そんな事は重々承知だった。

 

 葛藤が更に心を締めあげる。

 不安、恐怖、焦燥、重圧、葛藤。心中は混沌と化し、声なき悲鳴は涙となって瞳に満ちる。

 

「あれー? そこにいるのは祥鳳さんですかー?」

 

 そんな彼女の背中に、お気楽な声が届いた。

 寝起きの髪を無造作に放置したまま、重巡洋艦 青葉は悩みなど無縁な笑顔を浮かべて、出撃ドックの艤装管理庫へとやってきた。

 

「艤装の点検ですか、お早いですねー。青葉が一番先に済ませて、旗艦としての威厳を出しておこうと思ったのですが、流石は祥鳳さん、見事に先手を取られちゃいましたかー」

 

 挨拶の代わりにそんな事を言いながら、青葉は祥鳳の方に近付いていく。

 祥鳳は溢れ出そうになっていた涙を堪えて目元を乱暴に拭うと、微笑みを浮かべて振り返った。

 

「おはよう、青葉。朝から元気ね」

 

 祥鳳がそれを言い終わった途端に青葉の表情が変わる。寝ぼけ眼は鋭さを得て、祥鳳の顔を見つめた。

 

「……祥鳳さん、どうかしましたか?」

 

「──え」

 

「瞳が濡れていて、顔色も悪いです」

 

「あ、あくびをしたからよ。あと私、朝は低血圧だから……」

 

 嘘を吐く。

 心配などさせたくなかった。ましてや旗艦の彼女には。──しかし、青葉の観察眼はそのような偽りを見逃さない。

 

「嘘ですね。……体調が悪いんですか? 青葉、明石さんを呼んできます!」

 

「待って!」

 

 今にも走り出しそうな青葉の手をとる。強く掴んで離さない。

 祥鳳に握られた手から、青葉は彼女の震えを感じ取る。自ずと足が止まった。自分もしゃがんで、祥鳳の目線にあわせる。そして彼女の言葉を待った。

 

「……ごめんなさい。なんだか怖くなってしまって」

 

 下手な嘘は通用しないと知った彼女は正直に吐露する。

 

「多分、皆怖いと思います。祥鳳さんだけじゃありませんよ」

 

 だから気にしないでください──と、青葉は言う。

 その慰めに祥鳳は首を振った。そうではない。皆が思っている戦いに対する恐怖とは違うのだと、言葉にならない気持ちを抑え、彼女は必死に首を振った。

 

 尋常ならないその切実な訴えは青葉の声を奪う。普通でない事を肌で感じ、彼女が抱えるモノはきっと自分にはないモノだと直感的に感じ取る。かけるべき言葉を探しても見付からず、ただ握られた手を握り返した。

 

「私……、ちゃんと戦えるかしら……」

 

 祥鳳は不安を口にする。

 言い得ぬ恐怖が身を包み、背負った責任はひたすら重い。それでも私はちゃんと戦えるのだろうか──祥鳳はそう自分に問い掛ける。

 

「大丈夫です。青葉もいますし、皆さんもいますよ。全員で支えますから、だから、祥鳳さんはちゃんと戦えます」

 

 それに答えたのは青葉だった。

 祥鳳の心中は理解していない。人の心など理解出来るはずもない。故に精一杯の言葉で、目の前にいる仲間が少しでも笑顔になれるように「大丈夫」と声にした。

 

 その声は必死さが滲み出ていて、普段の青葉からは想像もつかないほど思慮に溢れた言葉だった。

 

「……ふふっ」

 

 それがなぜかおかしくて、祥鳳は不思議と笑ってしまった。

 

「貴女もそんな顔をするのね」

 

 困惑と戸惑い、思いやりと懸命さ。それらが入り混じった表情の青葉を祥鳳が笑う。笑われているにも関わらず、青葉はそのささやかな笑顔に安堵した。

 

「笑顔は万病に対する特効薬ですね」

 

「えっ?」

 

「手の震え、とまってます」

 

 青葉に言われて、祥鳳はハッとする。

 あれだけどうにもならなかった心の中は気付けば落ち着いていた。自分でも驚くほどに、あの小さな笑顔一つが効いたらしい。或いは彼女の言葉がそれだけ温かかったからかもしれない。

 

 熱のある言葉は人を動かす。それは同時に人の心を動かすという事でもあった。

 

「ねぇ、青葉」

 

「なんですか?」

 

「ありがとう。私、頑張ってみる」

 

 手に持つ弓に力を込める。

 弱気は笑顔で吹き飛ばし、恐怖はもらった熱で燃やし尽くす。そうして彼女は弓を引く決意を固め、最後まで戦う覚悟をした。

 

 

  -◆-

 

 

「あーあー、テステス。ただいまマイクのテストなうー」

 

 出撃ドックにて拡声器を手にした秘書艦 漣が、集合したMO作戦参加メンバーに対して告げる。

 

「えー、皆さま聞こえますねー? 当鎮守府は貧乏&貧相な設備ですので、艤装は各自人力で装着してくださーい! 格好良い出撃シーンとかはありませーん! ああいうのが出来るのは金のある鎮守府か無駄に豪華な泊地だけでーす! リッチな中央から来た人達は不慣れかと思いますがー、諦めて慣れてくださーい! 全部予算がないのが悪いのでーす! 大本営金よこせー!」

 

 私情が込められた説明を終えて、漣は「ではシャッターあけまーす」とスイッチを入れる。出撃口のシャッターが開かれ、注水されたドックは海と繋がった。それを確認した各人は艤装の装着に取り掛かる。駆逐艦と巡洋艦の装着は滞りなく完了し、唯一の軽空母も装備を終えた。

 

「ぐおおっ!? なんだこれ! 戦艦の艤装ってこんな重いのかよ! おい重巡の四人、手ぇ貸せ! 駆逐艦二人も来い!」

 

 戦艦 扶桑と山城の巨大な艤装をへっぴり腰で辛うじて持ちあげていた天龍が、重巡の古鷹、加古、青葉、衣笠に助けを求め、それに駆逐艦の満潮と時雨も加わり、総勢七人がかりで装着させる。重労働を終えて七人──特に率先して働いた天龍は出撃前にも関わらず汗をかき、疲れたかのように一息を吐く。そんな彼女を妹の龍田は楽しそうに眺めていた。

 

「ご苦労様、天龍ちゃん。はい、タオル」

 

 差し出されたタオルを天龍はひったくるように掴み取る。

 

「龍田テメェ、見てないで手伝えよ!」

 

「えぇ~? だって天龍ちゃん、私は呼ばなかったでしょ?」

 

「そこは何も言わなくても手ぇ貸そうぜ、妹として……」

 

 呼吸が整い切っていない天龍の言葉に、龍田は「フフフ」と笑みを浮かべた。そんな二人を含めた七人に、扶桑と山城は礼を述べつつ、艤装の具合を確認する。特に昨日の戦闘で被弾した山城は念入りだった。

 

「稼働……良し。旋回……良し。最大仰角までの時間も平均以下。話にあった三式弾も格納済み。……流石は工作艦 明石ね。一晩で完璧に仕上がってる」

 

 満足そうに山城は頷く。

 参加艦の艤装は昨晩の内に全て明石が整備済みであり、鎮守府の設備は劣悪ながら、艤装の調子だけは最高のものだった。これには心配症の山城も納得の出来である。

 

 山城だけでなく多くの艦娘が自分の艤装の具合を確認している中で、ただ一人、瞳を閉じて精神を集中している者がいた。凛とした佇まいで、手に持つ弓の弦が如く張り詰めた意識を海に向ける彼女──祥鳳はひたすらに心を落ち着かせる。

 

「…………」

 

 気持ちは既に揺れていない。

 大丈夫だと言い聞かせ、彼女は心に熱をともす。

 

 そんな祥鳳の肩に、不意に青葉が手を置いた。瞳を開けた祥鳳はそれが誰だかわかっていたかのように微笑みかけ、青葉もまた笑顔を返す。確かな友情を感じさせるやり取り。その様子を、時雨は遠目で眺めていた。

 

「アイツって、ホント人と仲良くなるのが上手いわよね。私達よりもたった数日早く到着しただけなのに、もうあんなに打ち解けてるなんて、羨ましいとは思わないけど感心するわ」

 

 時雨の視線に気付いた満潮が青葉を指して言った。時雨はそれに頷く。

 

「なにせ気難しい猫のようなキミとも仲良くなるくらいだからね。並大抵ではないさ」

 

「誰が気難しい猫よ」

 

「間違ってないだろう? キミと仲良くなりたくて勇気を出して話しかけてきた子達を、はてさてキミは何人突っぱねたんだったかな?」

 

 初対面の相手だからって警戒して睨んだり、強い言葉で怯えさせたり、挙句泣かせたりするギザギザハートの持ち主だったからね、キミは──と時雨は初めて出会った頃を思い出して満潮に笑いかける。反して満潮は苦虫を噛んだような顔をした。

 

「あれは……昔の事でしょ。今はそれなりに努力してるわ」

 

「昔って言うほど昔でもないけどね。“あんな態度ですが悪い子じゃないんです”って、キミのフォローしに走り回ってた朝潮が気の毒だったよ」

 

「……アンタ、昔から私には嫌味言うわよね」

 

「僕もキミと仲良くなるのに苦労したからね。そのくらいの権利はあるさ」

 

 僕だって邪険にされて良い気持ちはしなかったよ──そう笑顔で時雨は言う。それを言われたら満潮としては何も言い返せなかった。「悪かったわね」とただ一言謝るだけである。

 

 二人の間にしばしの沈黙が過ぎ、笑みを消した時雨が口を開く。

 

「変な夢を見たんだ」

 

 時雨の要領を得ない言葉に満潮は首を傾げる。

 

「アンタの夢は変で当たり前じゃないの。艦艇の記憶がどんなものか私にはわからないけど、聞いた限りの話じゃ普通ではないんでしょ?」

 

「そうなんだけど……、それとも違うんだ。断片的じゃなくて、全て鮮明で、まるで映画を見ているような感じだった」

 

「ふぅん」

 

 時雨の言う事はわからなかったが、本人が違うというのなら違うのだろうと満潮はその言葉を受け入れる。時雨が特別なのは今更疑うべくもない。だからこそ満潮は彼女の理解者でありたいと思う。彼女が苦悩を一人だけで抱えぬように、自分は世話を焼いてやろう。その悩みを話してくれる限り。

 

「それで、どんな夢だったのよ」

 

「僕は海戦に参加してて……、あの海は恐らく珊瑚海だったと思う。そこで空母を──多分、五航戦を護衛してた」

 

 初めて夢で見た船としての正規空母。あの二隻が五航戦であると無意識に理解できた。

 

「かつてのアンタは珊瑚海で五航戦を護衛していた──と。MO攻略前に嫌な夢ね。……待って、確か中央から出る機動部隊ってあの二人だったわよね。まさか、その夢の中で沈んだの?」

 

「ううん。翔鶴が大破していたと思うけど、沈んだりはしなかった」

 

「そう……。まぁ夢の中で沈んだからって、現実でそうなる訳でもないしね。アンタの夢は予知夢じゃないんだから」

 

「…………」

 

 満潮の言葉を受けて、時雨は眉間にしわを寄せる。

 

「ちょっと何黙ってるのよ。アンタの夢は前世の……過去の記憶なんでしょ? 私達に宿る船の魂がどんな歴史を生きて、どんな最後を迎えたかなんて知らないけど、今を生きてる私達には関係ないでしょうが。……それとも何? アンタはかつての艦艇達に起きた出来事が、私達にも起きるって言いたいわけ? 流石にそれは……オカルト過ぎるでしょ」

 

 時雨が過去の記憶を夢見る事に対して疑いはない。けれど、そのような事は簡単に頷けなかった。いくら艦娘がかつての艦艇の魂を宿す超常的な存在だとしても、それは荒唐無稽が過ぎるというものだ。そう理性が訴える。

 

 それに関しては時雨も満潮と同意見であったが、しかし、言い得ぬ違和感が胸に残っていた。

 

「そうだね。仮にそうだったとしても、僕が五航戦を護衛していない時点で夢の通りではないはずだよ。良いか悪いかは別にして、だけど」

 

「ああ、アンタが護衛しなかったから翔鶴が大破じゃなくて轟沈するかもって可能性もあるのね。夢の通りにしなかったから、より悪い結末になった。そういう解釈もあるか……」

 

「まぁ夢の中の僕はほとんど何もできていなかったから、僕がいないからって翔鶴が沈む事にはならないと思うけどね。それに、あくまで“もしも”の話だよ」

 

「ん、そうね。いけないいけない、自分で否定しておいて、なんでそれを前提に話してるんだか私は……」

 

 満潮は頭を掻く。自分が口にした“もしも”を気付かぬ内に受け入れていた自身を律した。

 

「でも頭から離れない名前があるんだ」

 

 自分に呆れる満潮に時雨は言う。

 

「夢の最後……、電報での知らせだったのかな。その戦いで、一隻沈んだみたいなんだ」

 

「……誰が沈んだのよ」

 

 誰が──と言った自分に驚きつつ、満潮は時雨の言葉を待った。時雨は青葉の隣にいる人物に目を向けながら小さく呟く。

 

「祥鳳」

 

 それを聞き、満潮も時雨と同じ方向に目を向ける。そこにいる祥鳳は笑みを浮かべ、青葉と会話していた。……その光景が途端に悲しく見えて、満潮は零れそうになる声を呑んだ。

 

「満潮、夢の話だよ」

 

 時雨に言われて我に返る。

 その夢を理性では否定しても、心のどこかで受け入れていた。そんな自分を振り払うように彼女は言葉にする。

 

「わかってるわよ。心配なんかしてないわ」

 

「うん。僕もそうさ」

 

 だが、二人のその言葉に熱はない。

 本心からの言葉ではなく、知らず知らずの内に芽生えていた不安を誤魔化すような言葉だった。

 

「おい、駆逐艦二人! いつまでお喋りしてんだ! 整列するからこっち来い!」

 

 二人が話してる間に海へ降りていた天龍が大声で呼びかける。呼ばれた二人は意識を切り替えて、同時に海へと降りた。その不安は杞憂である事を信じて。

 

 


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