艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「すっかり日が暮れちゃったわね」

 

 暗くなった空を仰ぎ見ながら山城が呟く。

 本来の予定ならば黄昏時には到着する手筈だったが、先の戦闘における満潮の速力低下により、到着予定時刻は少なからず遅れてしまっていた。

 

「……悪かったわね。低速戦艦に劣る速力まで低下しちゃって」

 

 ロープを身体に巻いて扶桑に曳航されている満潮がいじけたように愚痴を漏らす。そんな満潮を時雨がフォローする。

 

「むしろあんなに被弾してそれだけで済んでいる方がすごいよ。流石、朝潮型は安定設計だ」

 

「戦艦の砲撃が直撃したくせにピンピンしてるアンタに言われても、嫌味にしか聞こえないわね」

 

「あはは、それは当たり所が良かったとしか言いようがないよ。上手い具合に連装砲が庇ってくれたからね」

 

「へぇへぇ、それはそれはよかったわね。私なんか初弾で魚雷を失うわ、肝心なところで足に被弾を受けるわ、ホント当たり所が悪いったらなかったわ。……アンタ、私の運を吸い取ってるんじゃないの?」

 

「酷い言いがかりだよ、それは」

 

 じとーっと満潮に睨まれた時雨は苦笑を零す。

 

「いいじゃない。運が吸われていたとしても、時雨の当たり所が悪かったらあの一撃で轟沈していたかもしれないのだから。あなたの運が悪かったからこそ、時雨は無事だった。そう思えば悪い気分でもないでしょう。ねぇ、満潮?」

 

 二人のやり取りを聞いていた扶桑が、柔和な笑みと共に満潮へ言葉を投げ掛ける。

 

「……む」

 

 そう言われては、仲間の為に戦っている満潮に反論はできなかった。言いくるめられている満潮を見て、時雨は笑みを浮かべる。そうしていると不意に山城が口を開いた。

 

「見えてきたわよ」

 

 その声に皆が前方を向く。

 視界の先に、まだ遠いが小さな明かりが点々と灯っていた。人工的な明かり。それは目的地である西の鎮守府のものだった。

 

「あの光を見ると安心するわね」

 

 満潮が言った。皆もそれに頷く。

 鎮守府近海までくれば、およそ敵の襲撃はない。来てもすぐに逃げ込めるのだから、安心するのは当然の事。特に旗艦としての責任がある満潮にとってみれば、ようやく肩の荷が下りたようなものだった。

 

「どうなるかと思ったけど、無事に辿り着けて何よりだわ」

 

 深い深い溜め息を吐き、満潮は疲れたようにうなだれた。その肩を時雨が叩く。

 

「お疲れ様。心労をかけてすまなかったね」

 

「別に、アンタの心配なんてした事ないわよ」

 

 照れ隠し半分、本音半分の割合で満潮は言う。

 

「ま、よくやったんじゃないの? 冷や冷やした場面もあったけど、注文通り、全員生き残れたしね」

 

 山城も満潮を労うように声を掛ける。彼女にしては意外に素直な言葉だった。

 

「ふん、アンタが労ってくれるとは思わなかったけど、その言葉は素直に頂くわ。……というか、冷や冷やした場面ってだいたい無茶した時雨のせいでしょ。そこは私の責任じゃないわよ」

 

「旗艦なんだから僚艦の手綱はちゃんと握ってなさいよ。部下の暴走は上司の責任じゃない」

 

「アンタね、コイツの頑固さと強情さ知ってんの?」

 

「知ってるから言ってるのよ。わたしよりも長い付き合いなんだから、あんな無茶しないように言い付けておきなさい。あれじゃあ命がいくつあっても足らないわ」

 

「言って聞く様な奴なら私だって放っておいてるわよ! 言っても聞かないから、世話焼いてんじゃない!」

 

「はんっ、じゃあ今度からわたしも世話を焼いてあげるわよ! 友達一人の面倒もみれないあなたの為にね!」

 

「なんですって、この根暗コミュ障! どうせ友達もいない癖に偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」

 

「うぐっ……! おのれ、ちびお団子ヘアー。わたしみたいなタイプに一番言ってはならない事を言ったわね……!」

 

 労いの雰囲気から一転して、互いに牙を向いた二人は睨み合う。今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな雰囲気に、時雨は火花が散っていそうな両者の間へと身を割り込ませた。

 

「まぁまぁ二人とも、落ち着いて。ほら、満潮。僕、今度からは気を付けるからさ、そんなムキにならないで。……山城も、ほら。僕はキミの友達だよ? 寂しくないよ?」

 

 時雨の介入に、満潮と山城は揃って顔を時雨に向ける。二人は依然として般若の形相をしていた。

 

「そもそもアンタのせいだってわかってんの!? そりゃアンタはきっと生きて帰ってくる奴だって信頼してるし、心配してないとも言ったけど、それでもやっぱりちょっとは心配なんだからね!」

「だいたいあなたがあんな無茶するのが悪いのよ! 心臓に悪いったらないわ! あとわたし、友達とかいなくてもぜんぜん寂しくないし! 扶桑姉様いるし! だからぜんぜん気にしてないし!」

 

「あ、うぅ、ごめんなさいでした」

 

 二人同時に怒鳴られて、流石の時雨もしゅんとなる。扶桑はそれを微笑みながら傍観していた。

 

 

  -◆-

 

 

 時雨に対する二人の文句は、実に二十分にも及んだ。

 

「はい、二人とも、そろそろやめてあげなさいね」

 

 その扶桑の声がなければ更に時間が伸びただろうが、どちらにしろ時雨がグロッキーになる事には変わらない。二人の文句を散々聞き続けた時雨はすっかり委縮して、膝を抱えてうずくまったまま海を滑走するというシュールな航行方法を会得していた。

 

 時雨をそのようにした原因である満潮と山城の二人は、対して言いたい事を吐き出してすっきりとした面持ちであった。

 

「結果を出したとはいえ、旗艦の指示を無視した危険行為はきっちり取り締まらないといけないわね」

 

「……返す言葉もございません」

 

 満潮の言葉に、か細い声で時雨は答えた。

 

「ま、これで少しは懲りたでしょ」

 

「……人生で一番ヘコんだよ」

 

 山城の言葉に、泣きそうな声で時雨は答えた。

 

「こんなに落ち込んでるのだから、二人とも許してあげなさいね」

 

「……二十分も傍観してたって事は、実はキミも怒っていたんだね」

 

 扶桑の言葉に、消え入りそうな声で時雨は答えた。

 

 三者三様の言葉を受けて、時雨のテンションは更に沈んでいく。

 もうすぐ西の鎮守府へ着くというのに、この調子じゃマズイなぁ──と、満潮は思いながらも、自分がこうした手前、どう解決するかを考える。そうしていると、おもむろに山城が時雨の首根っこを持ちあげて、立ち上がらせた。そして耳元で囁く。

 

「へこんでるあなたは見ていて面白いけど、もう時間もないし、渡しておくわ」

 

 手のひらを時雨の目の前で開き、ソレを差し出した。

 

「えっ……、これって」

 

「結局トドメを刺したのはあなただったから、約束の御褒美よ」

 

 山城の手のひらには赤珊瑚と金で作られた髪飾りがあった。扶桑や山城、そして満潮も身に付ける金色の髪飾りだった。

 

「もう姉様だけとのお揃いでもないし、あなただけ仲間外れっていうのも可哀想だからあげるわ。わたしの物で悪いけどね」

 

「…………」

 

「なに? いらないの?」

 

「い、いや、欲しい! すごく欲しい!」

 

「そ。じゃあ、はい」

 

 時雨の手を取って、山城はその手のひらに髪飾りを乗せる。時雨はそれを大切に握り締めた。

 

「ありがとう、山城。すごく嬉しいよ」

 

「大袈裟ね。たかだか髪飾り一つで────って、なんでまた泣いてるの、あなたは!」

 

 気付けばポロポロと涙がこぼれていた。

 時雨の頬を伝う涙を拭いながら、山城は右往左往と慌て始める。時雨の涙を見るのは二度目だが、その対応には未だ慣れない山城であった。

 

「うわっ、時雨がガチ泣きしてるの初めて見た。……ちょっとアンタ、いくらなんでも泣かせるのは酷いわよ。最低ね、見損なったわ」

 

「山城。時雨に何をしたの? ちゃんと話しなさい、お姉ちゃん怒らないから」

 

 時雨の涙を見て、満潮と扶桑が咎めるような目で山城を見つめる。そんな誤解を受けて、山城は更に混乱した。

 

「ごめん、これは嬉し泣きだから、心配しないで」

 

 泣き続ける時雨が助け船を出す。その言葉を聞いて、山城に向けられた怪訝な眼差しは消えたが、山城にしてみれば迷惑な話である。

 

「あなたね、嬉しいんだったら笑いなさいよ」

 

「僕も驚いてるんだよ。……人って本当に嬉しい時は涙が出るんだ」

 

 そう言って、やっと時雨は笑顔を浮かべた。その笑顔がなぜだか無性に愛おしく感じて、山城は顔を背ける。しかし、伝えるべき事は伝えなければならない。文句は散々言ったけれど、あの無茶は自分達の為にしてくれたものなのだから。

 

「……まぁいいけど。とりあえずお礼を言うわ。──ありがとう、時雨。わたし達を守ってくれて」

 

 その言葉は落ちるように時雨の胸の奥を叩く。最も言われたかった一言だった。

 胸の奥が熱くなる。鼓動もまた強く、更に強く、脈を打つ。握り締める髪飾りがそれに呼応するように熱を発する。熱い。心が熱い。身体の全てが熱を帯び、意識は靄に包まれる。

 

「この光って……!」

 

「大規模改装の予兆じゃない!」

 

 山城と満潮の言葉が耳に入って、時雨は自分の身体を見る。日が暮れた中、その身体は淡く発光していた。

 

 艦娘は個人個人異なるとある条件が揃った時、『大規模改装』と呼ばれる成長を果たす。艤装だけでなく、肉体そのものも強化されるそれは、経年による成長からは逸脱した非自然的な急成長であり、艦娘本人が宿る艦艇の魂に近付いた証明であるともされている。基本的に錬度を高めた艦娘に発露するものだが、中には錬度以外の条件を必要とする艦娘も存在し、時雨もまたその中の一隻であった。

 

「そうか。僕の条件はこの髪飾りと、キミの言葉だったんだね」

 

 ぼやける視界の中で、うわ言のように時雨は呟いた。

 魂の発する熱が意識を溶かす。身体が熱くて、感覚も鈍くなっていく。もう立っていられない。

 

「ちょっと時雨! しっかりしなさい!」

 

 耳元で山城の声が聴こえた。自分の身体を支える山城の少し低めの体温を感じた。今の自分には、それが冷たくて気持ちが良い。あまりに心地良過ぎて、急速に意識が消えていく。あぁ、このまま眠ってしまおう。彼女の胸の中ならば、きっと幸せな夢が見られるはずだ。

 

 時雨は意識を手放す。

 それでも握り締めた髪飾りだけは手放さなかった。

 

 

 

 -艦これ Side.S ep.1『戦う理由』完-

 

 


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