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「接続確認。動力稼働。……全機構、正常起動中。よし、なんとか間に合ったな」
三日目。旅立ちの日。扶桑型戦艦の二人は、工廠で目を覚ます。
日は既に上り、正午まで後一時間という朝と呼ぶには流石に遅い時間だった。
「改装とその修正も無事完了。俺達人間が出来るのはここまでだ。最適化などの細かい所は妖精がしてくれるだろう」
技術長の言葉に、艤装の上に乗っかっていた小さな妖精がビシッと敬礼を返す。『妖精』──艤装に宿る超常的生命体。艦娘が戦える年齢と身体に成長した際、艤装を創造し誕生する妖精は、かつての艦艇の魂の具現であり、その後の運用、修理、強化に関与する事から艤装の意思とも呼べる。艦娘の魂に反応して発生する彼女等は生命でありながら現象に近く、およそ死は存在しないが、依り代にする艦娘の命が尽きれば、彼女等もまた消滅する運命にある。
「ありがとうございました」
「……どうも」
艤装を身に付けた扶桑と山城の両名は礼を口にすると立ち上がる。
「長い間、本当にお世話になりました。妹共々、感謝いたします」
「よしてくれ、お嬢。俺達は自分のやるべき事をやっただけだ。結局お前さん達、艦娘を戦場に送り出すしか出来ない情けない男共さ」
工廠の男達は言葉もなく、ただ頷いた。それを否定するように扶桑は言葉を紡ぐ。
「そう思ってくれるあなた達がいるから、わたしは戦えるんです。世界を守りたいと、救いたいと、思えるんです」
そんなあなた達がいたから普通の生き方に憧れた。そんな優しい人達がいたから夢を抱いた。だから──
「だから待っていてください。あなた達は正しい事をしたと胸を張って言える日を、そして、いつか誰もが普通に生きていける世界を、わたし達は必ず手に入れてみせます」
決意を胸に、愛する国の名を持つ彼女は高らかに唱えた。その言葉に迷いはない。ひたすらに澄み切った風のように、見送る男達の心へ届いた。
工廠の扉が開く。
鉄と油の臭いが外に流れ、とけていく。
「いくわよ、山城。出撃よ」
「はい、扶桑姉様。この山城、姉様と一緒ならばどこまでも」
男達は皆揃って敬礼を捧げ、その中を二人は堂々と歩んでいく。
日が照りつける外へ出て、目が眩む空を見上げる。空は快晴。雲一つない蒼穹を、目を細めて、扶桑は眺めた。
「空はこんなに青いのね。溜め息が出るほどに綺麗」
どうして今まで気付かなかったのかしら──と、扶桑はそんな事を考える自分に対して微笑んだ。
-◆-
時刻は正午間際。港内で待機する満潮と時雨の二人は空を見上げていた。
「見事に快晴ね。敵も見え易いけど、こちらも発見され易いか。いっそ大荒れしてくれた方がやり過ごす分にはいいんだけど、これじゃ期待できそうにないわね」
「うん、海も穏やかだしね。自然だけはどうしようもないさ」
綺麗に晴れた空に対する感慨はなく、二人が見据えるのは今後の任務に関する算段のみであった。護衛艦二人がそうしていると、護衛される戦艦二人が工廠の方向から現れ、彼女達は合流した。
「ごめんなさい、遅くなりました」
「時間ギリギリね。もう少し早く行動しなさい」
扶桑の謝罪に、満潮は遠慮なく言葉を返す。そんな満潮に山城が噛み付く。
「ちょっとあなた! 時間には間にあっているんだからいいでしょう!」
「余裕を持って行動する。それが集団行動なら尚更よ」
「この……旗艦だからって偉そうに……!」
「やめなさい山城。満潮は何一つ間違った事を言っていないわ。それにきっとわたし達を慮ってくれた言葉よ」
山城をなだめる扶桑は真っ直ぐに満潮を見つめる。満潮は少したじろいだ。
「その通り。口は悪いし、言葉も足りないけど、今のは『後々困るから是正しておいた方がいいよ』という助言の意味合いで言ったんだと思うよ。ね? 満潮」
「……うるさい」
真意を代弁する時雨を、満潮は「余計な事を言うな」と睨み付ける。にも関わらず時雨は飄々としていた。
「本当、二人は仲良しね。……あら?」
時雨と満潮を見て微笑む扶桑は、ふと気付いた。満潮の腰、スカートの胴回りに金色の髪飾りが付けられていた。扶桑は嬉しそうにポンと手を叩く。
「それ、付けてくれていたのね。嬉しいわ」
「えっ……ああ、まぁ、開運グッズらしいし、ポケットに入れておくよりはいいと思って」
「とても似合っているわよ、満潮」
「……ふんっ、どうも」
嬉しそうに微笑む扶桑と照れたように視線を逸らす満潮。その二人を見て、山城は震えた。
「な、なんであなたがそれを! その髪飾りを持っているのよ!」
満潮の腰を指さして、山城は咆える。
「わたしがあげたのよ、山城」
「なぜです姉様! これはわたし達だけのお揃いアイテム! よもや、こんな小憎たらしい小娘なんかに!」
「山城……、彼女はいい子よ。わたしの恩人でもあるわ。なのに、あなたはそんな事を言うの? 姉として悲しいわ」
「んがっ──」
絶句。自分が姉を悲しませたという事実が重く山城にのしかかる。加えて自分の知らぬ間に姉と仲良くなっていた満潮に対する敵対心も積もった。
おのれ、ちびお団子ヘアー……。この妬み、はらさでおくべきか──そう念じて、山城は満潮を睨む。もっとも、視線を逸らしていた満潮がそれに気付く事はなかったが。
「…………」
けれど、その隣。自分が睨む満潮の隣にいた時雨の違和感に、山城は気付いた。視界に入ったものだから気付いてしまった。時雨は変わらずに笑顔。でも、笑えていない。少なくとも自分に向けていた笑顔とは、まるで違うものだと、山城は思った。
その意識は満潮が身に付ける髪飾りに向けられ、それを振り払うかのように笑みを浮かべる。誤魔化す為の笑み。あの少女らしくない偽りの笑みだった。
「雑談は終わり。正午になったわ、行きましょ」
満潮の号令で山城と時雨は我に返る。
これより向かうは危険を孕んだ最短ルート。余計な事を考えていては足元をすくわれる。その事を承知している四人は意識を新たに気合いを入れた。
「目的地はここより西の鎮守府。警戒怠らず、慢心せずにいくわよ。──全艦、抜錨!」