艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 未だ眠気の尽きぬ顔で、亜麻色の髪の少女──満潮はとある一室の扉をノックする。中から「どうぞ」と了解の声を確認して入室した。

 

「失礼するわ」

 

「おはよう。今朝眠りについたのにもう目が覚めたの? まだお昼くらいよ?」

 

「四時間寝れば十分よ」

 

 とある部屋──山城の自室を訪ねる満潮は、室内にいた黒髪の美女──扶桑の言葉に返答する。とはいえ満潮が会いたかったのは、目の前の扶桑ではなく、部屋の主たる山城でもなく、ここで眠っていたはずの僚艦、時雨であった。

 

 もぬけの殻となったベッドを一見して、窓辺に佇む扶桑へと向き直る。

 

「時雨を知らない?」

 

 言葉短く、簡潔に満潮は訊ねた。

 

「あの子なら、ついさっき山城と一緒に海へ出たわ。山城の機関試験の一環でしょうね」

 

「……たった一晩でずいぶん仲良くなったのね、あの二人」

 

「ええ。山城がわたし以外の人間とあんなに楽しそうにしているのは初めて見るわ。わたしも出会って間もないのに不躾な相談させてもらってしまったし、なんだか不思議な感じよね、あの子」

 

 何か縁でもあるのかしら──と扶桑は微笑みながら返す。時雨が過去の記憶から二人を特別視している事を知っている満潮は肯定も否定もせず、そうかもしれないわね──と曖昧に返答した。

 

「それで、時雨に何か用事?」

 

「ええ、まぁ。今後の方針に対する連絡が届いたから、時雨にも知らせておこうと思って」

 

 昨日、封書にて連絡した事柄に対する返答が鎮守府より届けられていた。そう言う満潮は胸ポケットから封書を取り出しながら、中央に位置されたベッドに腰下ろす。

 

「これはアナタ達にも関係のある事だから教えておくわね。……ここを出立するのはアナタ達の改修が完了する明後日の正午。当初の予定通り最短ルートを通って、配属先の鎮守府を目指すわ。なにか質問ある?」

 

「いえ、特には。……けれど、一つだけ確認を。会敵する可能性はありませんよね?」

 

「それは……わからないわね」

 

 満潮の歯切れの悪い言葉に、扶桑は首を傾げる。

 

「予定ルートは本土近海のはず。なのに、ですか?」

 

「実を言えば、ここまで来る時に私達は敵の待ち伏せに遭ってるのよ。恐らくこちらの情報が漏洩してる可能性が高い」

 

「だったらルートを変えれば……、あっ、そうするとMO攻略に間に合わない」

 

「そういう事。だから鎮守府に指示を仰いだのよ。その結果が危険を承知で最短ルートってわけ。……ま、それでも予定より三日ズレるから、相手が待ち疲れて退却してくれていれば何も問題はないんだけどね」

 

 襲撃の可能性だけは忘れないでおいて──と満潮は釘をさす。扶桑は素直に頷いた。頷いた後で、話題を変える。

 

「あの……聞きたい事があるのだけど、いいかしら?」

 

「いきなりね。……まぁいいけど」

 

「ごめんなさいね。これは時雨にも聞いたのだけど、あなたが戦う理由を教えてほしいの」

 

「戦う理由? そりゃあ使命だからじゃない?」

 

 突然の質問に満潮は適当に答えを返した。そんな手抜きな解を言う満潮を、扶桑の真剣な表情が射抜く。これは真面目に答えないとダメな奴か……──と観念して、渋々口を開いた。

 

「まぁ艦娘の使命は大前提として、それでもなんの為に戦うかって言われたら……仲間を死なせない為よ」

 

「仲間の為……?」

 

「陳腐な答えで悪かったわね。……でも嫌じゃない。どれだけ戦果を挙げて生き延びても、それを一緒に喜べる相手がいないのって。……きっと寂しいし、怖いのよ。だから、どうせ戦う運命なら仲間の為に戦いたいって、私は思ってる」

 

 そう言って満潮は照れたようにそっぽを向いて顔を隠す。自分の内情を話すのは何よりも苦手だった。

 

 満潮の言う事は、これまで艦隊を組んで出撃した事の少ない扶桑にはあまり共感できるものではなかった。常に共にいたのは妹の山城だけ。仲間と呼べる存在は、同じ艦娘よりも工廠や港などで交流のある普通の人達の方が圧倒的に多い。故に、満潮が言う陳腐な答えは、彼女にとっては新鮮な言葉だった。とはいえそれが真摯な理由であるのも、満潮の表情を見れば十分に理解できた。

 

 だから扶桑は満潮を羨ましく思う。

 

「あなたは戦う理由がはっきりとしているのね」

 

「戦う理由なんかで迷ってたら命がいくつあっても足らないわよ」

 

「そうね。その通りよね……」

 

 伏し目がちに扶桑は呟く。その真意を満潮は見抜いた。

 

「なにアナタ、迷ってんの?」

 

「ええ、恥ずかしながら」

 

「…………」

 

 満潮は心の底から面倒臭そうな顔を浮かべながらも、これから共に行動する以上、放っておく訳にもいかず、心中で大きな溜め息を吐きながら言葉を返した。

 

「……いいわ、聞いてあげる。なにをどう迷ってんのよ?」

 

 扶桑は時雨に話したように、自分の境遇と所感を述べ、艦娘としての使命と普通の人としての生き方に悩んでいる事を告げた。

 

「──……と、わたしは考えているのだけれど、どう思う?」

 

「つまりアナタは普通の人間として生きる事に憧れているから、このまま艦娘の使命に従事するのが嫌なのね」

 

「嫌……というか、未練が残ってしまうというか……」

 

「まぁ、どっちでもいいわ。そんなの」

 

 あー、くだらない──と満潮はあくびを噛み切りながら頭を掻く。その仕草は温厚な扶桑であっても苛立たせるには十分だった。

 

「わたしは真剣に悩んでいるんです。あなたにはくだらない事でも、わたしにとっては……!」

 

「そんな真剣だから悩むのよ。世の中はもっとシンプルなんだから難しく考える事ないわ。アナタが言うその悩みとやらも、私から見れば悩みですらないわよ」

 

 扶桑に睨まれながらも、満潮は落ちそうになるまぶたを我慢して口を動かす。

 

「まるで気付いてないみたいだから、単刀直入に言ってあげるけど、アナタのその悩み。それそのものが“アナタの戦う理由”じゃない。もっと言えば、アナタの生き方そのものね」

 

「……えっ?」

 

 扶桑は目を点にする。その様子に満潮は呆れたかのような視線を向けた。

 

「艦娘の使命と、アナタの憧れは延長線上にあるって言ってんの。どっちかを選ばなければならないとか、諦めなければいけないって話じゃないでしょうが。アナタの人生は、何も今だけのものじゃないんだから」

 

「えっ……、えっ? どういう……」

 

「察しが悪いわね。……ちょっと見方を変えてみなさい。“普通の人の生き方に憧れているから、艦娘として戦う”って発想にはならないわけ? 艦娘の使命は何? 一生戦い続ける事? 違うでしょ。私達の使命は深海棲艦と戦って、勝利する事。つまりは世界を救うのよ。深海棲艦を駆逐した後の平和になった世界なら、別にアナタが普通の人として生きても問題ないでしょ」

 

「──あ」

 

 そこまで言われて扶桑はようやく得心する。

 言われてみれば単純な事だった。けれど、今、この時の事しか見ていなかった自分には思い付かなかった答え。艦娘と普通の人の差異を意識し過ぎて、目がくすんでいた。既に出ていた答えを、悩みだと履き違えていた。

 

「そう……、わたしは憧れの為に戦えばよかったのね」

 

 呆気なく自分の苦悩が氷解していくのを感じて、思わず乾いた笑いが零れてしまう。

 

「ふん。夢の為に戦うなんて、私のと同じくらい陳腐ではっきりした理由じゃないの」

 

「ええ、まったくその通り。ありがとう、満潮。あなたのおかげで、ずっとつっかえていたものがなくなったわ。これで迷いなく戦えそうよ」

 

「私に言われるまでもなく、迷いくらい自分で振り切って欲しかったわ。迷惑を被るのは私達なんだから」

 

 憎まれ口を叩いて、「悩みも解決したみたいだし、私はいくわ」と満潮はベッドから立ち上がり、眠気が襲う頭を振って、部屋から出──

 

「ちょっと待って」

 

 ──ようとしたところで扶桑に呼び止められた。仕方なく振り返って、とりあえず睨む。その視線に恐れる事なく扶桑は歩み寄ってきた。

 

「満潮、あなたはわたしの恩人よ。何かお礼をさせてくれないかしら」

 

「は? 大袈裟過ぎよ。そういうつもりで答えたわけでもないから構わないで」

 

「いいえ、わたしの気が治まらないわ。なんでもいいから言ってみて」

 

「……っ」

 

 自分よりも大きな身体を寄せてくる扶桑に、満潮は気圧される。コイツも大人しそうな顔して押しが強いタイプか──と、今はいない時雨を連想しながら逃れる術を考える。

 

「じゃ、じゃあ、それ……、そのキンピカでいいわ。いっぱいあるし、それを一つ頂戴」

 

 寄ってくる扶桑の頭で光を反射している金色の髪飾りの束を咄嗟に指差す。適当な物品をもらって、さっさと退散しようと満潮は考えた。

 

「そう? こんなものより高価な宝石とかもあるのよ?」

 

「私はそれがいいの! くれるならくれる、くれないならくれない。はっきりしなさいよ!」

 

 満潮の言葉の強さに負けて、扶桑は頭に付けた髪飾りの束から一つだけ外すと、喜んで満潮へ差し出した。

 

「本当にありがとう」

 

 そう一言だけ添えて、扶桑は満潮の手のひらへ髪飾りを握らせる。受け取った満潮は小さく会釈だけを返し、そそくさと今度こそ部屋から出ていった。

 

「はぁ……」

 

 廊下に出て、少し移動した所で満潮は安堵する。

 ああやってベタベタされるのはやはり苦手だ。根が真っ直ぐな奴は特に。今朝会った山城の方がまだ接し易い──と満潮は脱力した。

 

「ホントに、まったく……」

 

 手のひらに収まる金色の髪飾りの先に扶桑を思い浮かべながら呟く。

 

「……面倒な人」

 

 ただまぁ感謝されるのは悪い気はしない──そう思った。

 

 


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