義の刃足る己が身を 作:黒頭巾
「むぅ………」
垂直に飛んで来る弩を偃月刀を水車の如く振り回して弾き、或いは一番質のいい鉄をふんだんに使っている馬甲に弾かせる。
弩兵対策を殆ど万全にとった一万三千騎に出る被害はかつてないほどの規模であったものの、やはり多少は軽減されていた。
対策をしてくるであろうことは沮授も予想はしている。故に、連射性に秀でた弩よりも貫通力・威力に秀でる強弩にしたのだ。
だが、彼は楚の製鉄技術を甘く見ていたのである。それのみが第一陣を壊滅さしめたというわけでは勿論無い。
が、その原因の何割かはその油断が占めているであろう。
「おやかたさま」
「む?」
相変わらず振り回し、隙を見ては敵兵を当たるを幸いに薙ぎ倒し、関籍と呂布は凄まじい驀進ぶりを示していた。
一騎当千、万夫不当。天下無双の二騎の前に立つものは尽く朱に染まり、命を天に昇らせながら身体のみを地に伏せる。
最早誰にも止められない二騎の前に立ちはだかったのは、第二陣であった。
「むむむ……逆茂木と柵、堀、か」
逆茂木がまず目の前にあり、逆茂木の後ろに間発入れず堀があり、柵がある。
騎兵ではここは越えられないであろうことは、誰の目から見ても明らかであった。
呂布と赤兎馬を跳ばしても、柵の内部に着地する頃には強弩で狙撃されていることは間違いない。流石の天下無双と言えども、空中を駆けられるわけではないのだから。
「呂布殿、案は?」
「壊す」
単純明快な解答だとも言えるし、何も考えていないとも言えるし、本質を付いているとも言える。
つまりは、結局は柵や逆茂木を壊さねばならないのだ。
しかしながら、その方法がわからない。騎馬のまま強行したら確実に大被害が出る。
「よし、降りよう」
そう判断した関籍の判断は、流石に戦い慣れしているだけあって早かった。
すぐさま愛馬・烏から降りると徒歩で逆茂木に向かい、片手で持った偃月刀で矢を弾きつつ腰の剣を抜き、逆茂木に向けて斬りつける。
呂布もまた、これに倣った。模倣した、とも言う。
つまり、下馬して方天画戟で矢を防ぎながら腰の剣を抜き、逆茂木を両断したのである。
「流石、斬れるな」
日を受けて青く煌々と輝く名剣を振り回して逆茂木を叩き斬り、剣を鞘に戻して呂布と同時に斬ってできた端と端を持って、敵陣に放る。
それと同時に、袁紹軍の兵卒の死体が逆茂木を投げ終えた二人の背後から宙を舞い、堀に埋まった。
屍を生者の道とする。
敵からすれば気が狂っているとしか思えないこの戦術でもって、歩卒となった一万三千騎の騎兵たちは甚大な被害を出しつつも堀を埋め、平地へと変えた。
「吶喊」
平地になったならば、そこは騎兵の出番である。歩卒となっていた一万三千騎は再び馬に跨り、第二の柵へと突き進む。
一万三千騎は、その数を一万千にまで減らしていた。しかし、最大の破壊力を生み出す二騎は未だ健在。柵破壊のために烏と赤兎馬に乗っていないとはいえ、その武勇はとても歯が立つところではなかった。
陣地に肉弾をぶつけるような愚を犯さず、自らを兵器として打ち破る。それが一番速いであろうことを、この二騎は本能的に悟っていたのである。
必死の思いで先頭の二騎に対して矢を放つ彼らの正面の柵が方天画戟で叩き斬られ、折られ、放たれた矢は偃月刀に阻まれ、もう片方に持つ剣が一閃する度に胴が輪切りにされていく。
緩やかに包囲するかのように曲がっている陣地の正面を二騎と三千騎が食い破り、側面を張繍・高順が食い破るべく突撃。
右翼の張繍と左翼の高順には中軍のような気違いじみた爆発力はないものの、じわじわと攻め上げて柵を破壊していっていた。
「また鎖か……」
徒歩で柵を破壊し、ビシバシと敵を輪切りにしながら二の柵内部を突き進む関籍の四肢目掛けて放られた鎖を辟易したかに見、僅かに疲れたような声色で一つ愚痴をこぼす。
呂布と関籍と言う歩く戦術兵器のような奴らを止めるには、鎖でふんじばってしまうのが一番であることは確かだった。
しかし、一つだけ問題がある。
それは、一度見られていることであった。
あるのではないかと察していたからこそ、関籍は偃月刀を攻撃手段としては放棄して剣を抜いている。鎖には長物ではなく、小回りの利く武器がよいことを彼は一回痛い目を見させられた時に知り得ていた。
「斬れる」
疾ッ、と。
空気を斬り裂く音が鳴る度に、鎖がまるで肉の脂身を斬っていくかのように容易く断たれ、四肢を絡め取ることなく地に落ちる。
「何なんだ、あの剣は……!?」
「倚天だ」
鎖を放っていた兵が発した疑問に律儀に答えながらも、その疑問ごと両断し、振り返った。
呂布は相変わらず方天画戟を使っている。即ち、鎖に弱い。
「呂布殿、暫し動きを止められよ」
絡みついた鎖を力づくで引き千切ろうとしていた呂布の動きがピタリと止まり、その野性的な躍動感溢れる身体が人形のような雰囲気を漂わせ始めた。
飼い主に『待て』と言われた犬のように停止した呂布に更に鎖が絡みつき、矢が狙って放たれる。
「しつこい……!」
いい加減偃月刀を振り回すのも疲れてきた。
袁紹軍の兵を蹴り倒して盾を奪い、偃月刀を地に突き刺して呂布を狙う矢を防いで更に進み、関籍は呂布に斬り掛かる。
絡みついた鎖をやすやすと両断した倚天には、刃毀れ一つ無い。
流石は曹孟徳に『鎖対策にどうかしら?』と言って貰った逸品。そんじょそこらの剣とは切れ味が違った。
「動く?」
「どうぞ」
盾がいい加減に針鼠と化してきたことを知った関籍はまたもや盾を敵に向かって放り投げて放棄し、倚天の剣で敵兵と鎖を両断しながら再び驀進する。
呂布もまた守に偏らざるを得ない状況下に於いても攻めを忘れず、方天画戟で以って敵兵を撃殺し続けていた。
第三陣は、僅かな高地に在る。故に第二陣突破と鎖の両断、矢の防御を
一遍にこなさねばならない。
「何という、何というしつこい攻撃だ………」
三度駄目にした盾を放り投げたところに矢が突き刺さり、引き抜く。
心臓付近の即死に直結するであろう軌道を描いた三本の矢は胸甲に阻まれて肉を一寸穿っただけに留まったが、流石の関籍にも余裕が無くなりかけていることを示していた。
呂布も肩に矢を受けながらも引き抜いて奮戦し、盾を奪いながら負傷など感じさせない武勇を発揮する。
しかし、いくら傾きを見せる袁紹軍の戦力が蝗のよう空を埋めつかさんとばかりに放つ矢がこの二人に集中されているとはいえ、このままでは被害が嵩んでいくことだけは確かであった。
「むむむ」
偃月刀は、後方。
手に持つ盾は矢畑で、目の前にはやはり逆茂木と堀。そして柵。
第二陣を突破したつい先ほどには『華雄隊が思わぬ敵の大軍からの迎撃を喰らって苦戦している』との情報が入った為に、彼の口からは例の呻きが出ていた。
最早癖に等しいこの呻きは、割りとくだらない窮地―――仕事を早めに終わらせて昼寝をし、起きたらいつの間にやら片腕に引っ付く形で呂布が居て、無碍に振り払うこともできなかった時とか―――にも使われるが、今回は本気の呻きである。
本当に、このままでは拙い。
最早これは突破は不可能なのではないかと思える弾幕の中、『華雄隊苦戦』の報を思い出した関籍はふと思い出した。
『関籍殿。堅陣に籠もった敵を討つには何も力攻めだけが唯一無二の方法ではありません』
『将を殺す。良き場所を獲る。戦を有利に運ぶにはこの2つが最も有効な方法です。では、堅陣を破砕するには如何にするか』
『敵を、堅陣から引き摺り出すことです』
「……張旗は、ないのか」
つまりこれは郭嘉の策がうまくいっているのではないか。
関籍は矢の雨の中を突き進みながら逆茂木をやっとの思いで破壊し、堀を屍で埋める作業を繰り返す。
鉄壁を素手で殴り続けているかのような感があるが、壊せないとは限らない。
「……善し」
盾を棄て、徒歩で駆ける。何本かの矢が身体に突き刺さったが、そんなものは関係ない。自分の役目は味方の死者を減らすことであると、この男はわかっていた。
柵に躍りかかって粉砕し、強弩から放たれる矢が肉を貫き、袖を縫う感覚を半ば楽しみながら再度吶喊。道を切り拓いたが為に集中する矢を弾きつつ敵を斬殺する。
腹部の甲に四本、胸部の甲に五本、両肩に四本、二の腕に一本。
いずれも致命傷ではない。
「今だ、破れ!」
満身創痍の将から放たれた苛烈な檄を受け、続く騎兵は九千騎。ここまで付いてこれなかった負傷者も在ろうが、凄まじい被害であることは確かだった。
そして、この檄を放った直後。
「動きどきだぞ、範、越」
「わかっています」
「はい」
白馬に揃えた三千騎が、麹義の構える陣を横撃するべく疾駆する。
お互いに血を流し合うこの戦いは、一枚の『切り札』によって決着が訪れようとしていた。
活動報告にステータス一覧を投稿するつもりです。時間がかかるかもしれませんがチラッと確認していただければ嬉しいです。
はやく拠点フェイズ書きたい(切実)
戦闘描写は苦手なのよね……