義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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恋姫郭嘉=牙・爪をもがれた征竜

本作郭嘉=全盛期征竜

おわかりかな?
恋姫†無双において規制を喰らった郭嘉の真の姿を……


軍師の初陣

「よい土地ですね」

 

「蒋琬らが頑張ってくれているからだろう。豪族たちも協力的な態度を崩さないから、なおさら巧くいっているのだろうな」

 

空き時間を縫って街を歩きつつ、関籍と郭嘉は辺りを見回す。

 

隆盛を誇る江夏の街でも長身の関籍は一際目立ち、通り過ぎる度に一礼を返されていた。

 

「名士とは即ち、豪族との折衝役のようなものです。彼らを関籍殿独自の方法で支配系統に組み込んでしまったのですから、豪族が協力的なのは自明の理でしょう。

この発展は偶然ではなく、必然でした」

 

最前線であるにも関わらず、江夏は荊州一の都市である襄陽に負けぬ程の発展を遂げていた。

その発展ぶりは良将・賢人も度々訪れ、数日逗留していく程である。

 

「軍師、これからは如何にすべきだろうか?」

 

「まず第一に、名声を高めることでしょう。統治の根本は人にあり。人を集めるは名声にあり、と申します。

私を厚遇してくださっている以上は、私の知り合いの名士もここへ足を運ぶはずですから、彼らを登用してみてはどうでしょうか」

 

淀むことなくすらすらと、立て板に水を流すかのように答える郭嘉の地位は、功曹。

事務局長のような職であり、太守配下の三職―――功曹(事務局長)、主簿(秘書)、督郵(行政管轄官)―――の内の一職であった。

本来新任の名士は列曹(事務局)の一員か、門下(太守官房)、県長の何れかに任ぜられるから、これは破格と言える抜擢である。

 

「しかし、何だ。流石に門下も列曹も空き席が少ないぞ。待遇はギリギリ保っているが、そろそろ限界に近い」

 

「有為の人材はよく主を見、その雄飛を感じます。そこまで人が集まるということは、関籍殿は近々雄飛されるということです。

ここはどっしりと構えてお待ちください」

 

安定した統治。

発展した経済。

軽い税と労役。

 

これらを求め、数ヶ月前から揚州からの難民が近頃流れ込みつつあったのである。

郭嘉と蒋琬はこれらの難民対策に施した政策が近々実を結ぶであろうという見解を示しており、人材飽和が著しい江夏の窮状も改善されるであろうと言うのが名士たちの一致した予想であった。

 

「うむ。軍師は内政にも卓越しているのだな」

 

「内政も軍略も、肝要なのは『先を読む』ことです。私も全てができるわけではありませんが、目指すべき統治へ引っ張っていく一助力にはなりましょう」

 

自分の思わぬ一面に驚きながらも、その驚きは表に出さず。

郭嘉は泰然と今を見つめていた。

 

今は、雌伏の時。

王荊州牧が後任として朝廷に関籍を推薦し、認可させかけていることを洛陽の名士たちからの情報で掴んでいた郭嘉としては、江夏に居る内に信任できる人材を集めておきたかったのである。

 

「拙者は一指揮官に過ぎん。この江夏の発展は、軍師や四官のお陰だろう」

 

軍師は当然ながら郭嘉であり、四官は卓越した内政官である蒋琬・費禕・董允・馬良の四人を纏めての呼び方であった。

いずれも若く、関籍に殆ど絶対的な忠誠を誓った新進気鋭の名士たちである。

 

主簿である馬謖は関籍の弟子といった風が強く、賊の討伐に随従させることで少しずつ成長を促していた。

 

「纏められる器があれば一指揮官でも良き統治者でいられますが、纏められる器がなくばどんな俊英でも統治者たり得ません。関籍殿はこの江夏の名士たちに飽き足らず、荊州一円の名士たちをまとめていらっしゃるのですから、確たる自信をお持ちになることです」

 

「うむ」

 

強情ではあるが、頑迷ではない。

素直に呑み下す気性が、配下を纏めるのに適していた。

 

「荊州は中原に四方通じる交通の要衝。孫堅が狙うのをやめるとは考えられません。

肉に集る蝿は潰さなければならないでしょうから、次の侵攻に合わせてこれを撃滅します」

 

「動員兵力は?」

 

「甘都督の水軍に、関籍殿直轄の黒騎兵と張将軍直轄の青騎兵。郝都尉(郝昭)の重装歩兵。張都尉(張任)の弓兵。これら三万で夏口付近の平野で迎え撃ちます」

 

足を止めて城の方へと振り返りながら、郭嘉は冷静に言い放った。

 

「そろそろ、来るはずです」

 

郭嘉には、緻密な計算があった。

 

孫堅軍を黙らせた後に行うべき展望と、漢の隆盛を取り戻すための計画が。

 

「軍師がそう言うなら、そうなのだろうな」

 

侠の情報網に、名士の情報網。

絶対に交わらず、共存しない二つの人種から流れ込んでくる断片的な情報を紡ぎ、織りなす最速の諜報。

 

関籍が書き留めた付近の地形図。

 

精強にして信仰に似た忠誠を持つ兵と頼りになる将に、全幅の信頼を置いてくれている主。

 

考えられる限り最高の条件で、郭嘉の初陣はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏口。最前線たる江夏郡の、更に最前線。常に

 

「……まずは野戦か」

 

孫堅迫るの報を聞き、関籍は城外に出て邀撃の体勢をとっていた。

 

「はい。郝都尉の重装歩兵五千で中央を固め、張将軍には左翼を、関籍殿には右翼を構成していただきます」

 

いつもならば、素通りさせて夏口で迎え撃つ。しかし今回は目的が違うのである。

 

「重装歩兵の内二千は弓なりに配置し、前衛を担わせてください。そうすれば敵軍中央は厚く備えられていますから、狙いは我が軍の中央突破です。弓なりの陣の中点から真っ二つにすべく中央突破を試みるでしょう」

 

「ウチら両翼は?」

 

「敵の左翼・右翼を速やかに撃退し、弓なりの陣をとった郝都尉が撓み始めたら包囲を開始、退路を塞いで一気に殲滅します。張任殿の弓兵には敵の後方十五里の隘路の上に布陣してください」

 

「興覇は?」

 

「もう動いてもらっています」

 

迫る孫堅軍は、六万。

 

こちらは野戦兵力二万。甘寧の水軍が一万。

 

「孫堅は、孫子の兵法で名高い名将・孫武の後裔を名乗っています。こちらの意図に気づくものはまず居ませんが、よもやが居たとて到底その意見を聞き入れはしないでしょう」

 

保有兵力二分の一での、包囲殲滅戦。誰が見ても愚かだろうが、成功させる確信が郭嘉にはあった。

 

優れた連携と、練度の高い兵に、歴戦の下士官。

そして、それらを束ねる優秀な将。

 

「後はご裁可をいただくだけです」

 

「やろう」

 

いくら関籍言えども流石に悩むだろうと思っていた郭嘉の眼が、驚きに見開かれる。

一切の逡巡がない。全くの自然体と絶対的な信頼を以って、関籍はあっさりと決断した。

 

「何だ、軍師。この関籍があなたに信を置くと言ったんだ。二言はない」

 

「……それで、よろしいのですか?」

 

あまりの、即断。常識外れの策に対して疑いすら抱かないその態度は逆に何かあるのかと思わせるものだった。

 

「籍やんはこーいう質やから諦めてそういうもんやて認識した方が楽やで、軍師はん」

 

「文遠殿、逆に聞きますが味方を疑って何ができるというのですか?

それに拙者とて軍師の明晰な智を見て、信頼しているのです。間違いはありません」

 

「……………せやなぁ」

 

能力が問題ではなく、去就が問題なのだ。この場合は。

 

例えば郭嘉が内通していたならば『わざと城外に出そうと画策している』とも取れるし、『兵法を知らぬ不利な体勢を敢えて取らせようとしている』とも取れる。

 

疑いようなら、いくらでもあるのだ。

 

「軍師、あなたはどこで指揮を取られる?」

 

「あなたの元で。主将の元で臨機応変に、適切な助言を行うのが軍師の仕事ですから」

 

とは言え。主将の元は基本的に安全だからこそ軍師が侍る余地があるのである。

この主将の居場所は、常に先陣。前姿を見る味方は居らず、常にその背中を見せて突き進む。

 

「……武の心得は?」

 

「ありません」

 

言い切った。

『武の心得が一切ないけど最前線に食らいつきます』と言う凄まじい宣言に、将の一同が絶句する。

 

「将兵が命を懸けています。理論的ではありませんが、私も命を懸けてこの戦いに臨もうと思います」

 

191年、第三次江夏の戦い。

 

理想的な包囲殲滅戦と評された、軍師郭嘉の初陣が、幕を開けた。




何故私はこんなにアホみたいな執筆速度を維持できているのだろうか……(賢者モード)

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