義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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終息

『―――現在、我が軍は攻撃を受けています。三ヶ月孤軍で奮闘して参りましたが、本隊はいつ来着なされるのでしょうか?

拙者の聞くところによれば、そちらは最早用意ができているとのこと。一刻一日も早い救援を願います。

救援を送れないとあらば、漢のための捨て石となりて、城を枕に最後の一兵まで戦い抜き、討ち死にする所存でございます』

 

黒騎兵の使者が運んできた文を見て、張遼は静かに激怒した。

 

見捨てるつもりも、その気もない。

しかし、金城へ赴く許可が下りなかった。

 

張温の興味は金城周辺にはなく、美陽にある王国・宋建の首にあったのである。

金城方面に行っても手柄となる、値打ちのある首はない。しかし、美陽方面にはそれがあった。

 

そして何よりも金城方面は二十万もの大軍がおり、美陽方面には五万足らずの備えでしかなかったのである。

 

負ける戦はしないといえば聞こえはいいが、張温はただ臆病なだけだった。

 

結果として金城方面は捨て石にすることになったのである。

 

(冗談やないで)

 

部下が包囲されている。地獄のような戦場で生死を共にした、信義ある友が包囲されている。

それが独断専行ならばいい。しかし、それは誰が出した指令で包囲されているのか。

 

お前が出したのだろうが。

 

あまりの悔しさに、手から血が溢れる程に握り締めた。

腐っている。どうしようもないほどに、この国は腐っていた。

 

「あの、張并州牧」

 

その態度の中に気弱さを。言葉の中に芯の強さを伺わせながら、董卓が張遼へ話しかけた。

 

「金城方面への進出許可が、下りました。すぐに行ってあげてください」

 

「は?」

 

耳を疑う、言葉だった。

あれほどまでに進言しても動かなかった臆病者が、決断を下す。

 

有り得ないことだった。

最早、今日中に許可が下りなければ独断で動こうとしていただけに、その驚きは深かったのである。

 

「有り得ない、と思ってますか?」

 

―――でも、本当です。頑張って下さい。私には何もできませんが、武運を祈って待っています。

 

その言葉を背中に受けて、張遼はすぐさま駆け出した。

 

「急げや!」

 

疾駆。そう表現するのが一番相応しいであろう速度で、五千騎の青騎兵が一つの獣のように駆けてゆく。

 

向かう先は、金城。関籍が奪還し、現在篭っている城であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

185年4月。関籍率いる黒騎兵千八百騎と歩兵三千、叛の意思を持たぬ帰順させた豪族の率いる騎兵二千と歩兵四千の戦力に、辺章が旗本八旗と羌族二十万を動員して金城に押し寄せてきた戦いである。

 

既にその頃には帰参した閻行らの人心掌握に成功していた関籍は、またもや一計を案じた。

 

張繍に黒騎兵千二百を、閻行に騎兵二千を与え、囲まれる前に殆どの騎兵を遊軍として場外に出してしまったのである。

 

援軍来着間近の報を受けた関籍は、三ヶ月の弱気を悟らせるための受け身の籠城の後に、帰参した豪族に内通する旨を綴った偽書状を送らせ、それが届いた二刻後に黒騎兵五百騎を率いて夜襲をかけた。

 

城方の内通が知らされ、もうすぐ開城するとばかりに油断しきっていた辺章・羌族連合軍は完璧に不意を突かれることとなる。

 

結果的に辺章・羌族連合軍は旗本八旗の内の楊秋・成宜・侯選を討ち取られた上に同士討ちを含め一万の兵が戦死した。

 

そしてそれに追撃を駆けるようにして、十五騎の損害を被りながらも悠々と城に帰っていく関籍率いる黒騎兵を呆然と見送るしかないほど壊乱した辺章・羌族連合軍の後背から張繍・閻行が突撃をかけ、関籍もそれに応じるようにして再度突撃。

そして、行軍催促の使者を受け取ることによって何事かを察した張遼の青騎兵が、示し合わせたような時節に突撃を敢行。

 

今回は先の夜闇に紛れた無声音突撃によって発生した無残な同士討ちこそなかったが、完全な三方からの挟撃を喰らったこともあり、李堪と兵三万が討たれ、辺章・羌族連合軍は金城の包囲を解いた。

 

この185年4月12日の夜から昼までかかった戦いで一万に満たぬ関籍軍と一万の張遼軍。

即ちたしても自身の十分の一の兵力をしか持たぬ相手に約四万の兵力を失い、三万の投降者を出した辺章・羌族連合軍は大幅に求心力を失い、櫛の歯が欠けていくようにその勢力を減衰させていく。

その修羅の如き戦いぶりは、羌族に深い心理的恐怖を植え付けることになった。

 

「……そう言えば、腕どうしたんや、自分」

 

朱に染まった陣羽織とサラシを予備の物へと替え終わり、張遼は再会できた嬉しさを言葉にする気恥ずかしさに負け、そんな言葉を吐いた。

 

「馬寿成の最後っ屁に不覚を取りました」

 

「―――まぁ、ええわ。任務はちゃんとし過ぎる程にちゃんとこなしたみたいやしな」

 

腕を元は白かったであろう三角巾で吊っている血塗れの関籍に出迎えられ、張遼は金城に入城した。

 

先鋒の任としては破格の働きと、馬一族が溜め込んでいた金穀糧秣を広く民に与えて宣撫したこともあり、関籍は討伐軍の軍人として過失のない能力を発揮した。

とはいえ実際の統治を担う董卓からすれば、関籍の挙げた戦果は眉をひそめざるを得ないものだったのである。

 

馬騰と韓遂は戦乱多く、叛服常無き涼州に於いて顔役―――まとめ役のような役割を担っていた。

個性が強く、独立欲旺盛な豪族連中を纏めていたからこそ、何度叛いても許されていたと言える。

 

その漢の寛容さの源には、彼らを帰順させればそこで涼州の乱が収まるという理由があった。

 

(まっさか、韓遂も馬騰も降伏勧告なしにぶった斬られるとは思ってなかったんやろなぁ……)

 

今までは病根を見えないように治療するだけで終えていた。何回も手術を繰り返し、ごまかし続けてきたのである。

 

しかし関籍は、元から絶とうとした。これが韓遂と馬騰の最大の誤算だった。

 

将来まで考えるならば、やっておくべきだろう。今だけを見ている漢の将軍には業腹だろうが。

 

「討ち取ったり、降ったりした主な奴らは?」

 

「閻行が降り、楊秋・成宜・侯選・李堪は討ち取り申した。最近は敵が篭ってしまったがために硬直状態ですが、張并州牧の来着もありました。

故に、あと一月もあれば西涼二軍閥の主に旗本八旗の全てを斬ってご覧に入れます」

 

涼州二軍閥が、韓遂と馬騰。

旗本八旗が、楊秋・成宜・侯選・程銀・李堪・張横・梁興・馬玩。

 

辺章はこの涼州二軍閥と旗本八旗、そして羌族二十万と組んで叛乱を起こしたのである。

 

そして、その大軍を支えるだけの兵糧は今回の戦いで根こそぎ張遼に奪われた。

関籍が『一月もあれば』と言うのは、あながち間違いないのである。

 

「こっちの兵糧はどうなんや?」

 

「羌族三万の投降者が出した影響が思いの外大きく、二ヶ月分しか残っておりません。ですが、羌族は謀叛人共に踊らされたのみ。一端虜にしたならば、信義は全うすべきと考えます」

 

軽く顎に手を当て、張遼は考えた。

 

そもそも五千足らずの兵で三万の虜を御そうとするのがおかしい。一端虜にしたならば信義は全うすべきだが、それには物理的な限度というものがある。

 

それを知らない、関籍ではないだろう。

 

「手は打っとるんやろな?」

 

「敵の城は周りの土地と比べ、土地が高うござる。水の手を切る準備を進め、一応優位な状況を作り出すべく働いてはおります」

 

しかし、三万の虜が居る。その監視には少なくとも千の歩兵が必要だった。

 

張遼は青騎兵五千と歩兵五千の計一万を引き連れてきたが、それでも尚戦力差は十倍以上。苦戦とはまではいかずとも、策を弄さねば被害は避けられないだろう。

 

「……関籍、策」

 

「ありませぬ。そもそも拙者は謀を帷幄の中に運らすような才はなく、自ら兵を率いるくらいしかできない非才の身。張并州牧が到着なされた以上、拙者の謀などはあなたの前では児戯に等しきものです」

 

数に劣っており、しかも主力が騎兵。更には某髯が出てきた部隊を散々に打ち破ったお陰で釣り出すことも難しい。

 

水の手を切り、グルッと囲んでおくくらいしか手はなかった。

 

「……しゃあないわ。水の手切って城を囲もか」

 

「はっ」

 

こうして、張遼にとっては非常に退屈な。

そして、涼州の乱の終わりを告げるであろう城攻めが始まったのである。


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