三者視点は好きに書けるから好きです。好き勝手すると怒られますが。
ギータ・アコニトは虚ろな瞳で空を見上げていた。
力無く降ろした手が腰元のベルトに括られた本に触れ、瞳は余計に光を吸い込んだ。
一つ、息を吐き出して本を指で二度叩く。ベルトを十字に巻かれ開かない本の内が光り、表紙飾りになっている小さな宝石から群青粒子が溢れ出す。
細かな粒子が形を作りギータはソレを掴み、
白い柄。細かな蔦が巻きついたような装飾。先端はその蔦が草を付けたように広がり、二又に分かれていた。見紛う事もなく、ソレこそギータの杖であった。自身の身長をゆうに超える
白い杖。
そのまま空を杖の末端で叩く。音もなく、水に波紋が広がるようにして群青の円が広がる。何重にもなった円、その円と円の間に夥しいほどに描かれた幾何学的な文字群。
なんら驚きも迷いもなく、ギータはソレにもう一度杖の末端で叩いた。
広がったのは群青色の球体。数えるのも億劫になるほどの量。その球体に囲まれながら、ギータは変わらず虚ろな瞳で杖を地面へと向けた。
「――往け」
まるで王に従う兵の様に。群青色達は地面へと向かい、空から落ちていった。
大した確認をする訳でもなく、ギータは杖を群青色の光の粒へと変化させてその場を後にする。
様々な通信がギータの耳に入り込んだ。
曰く、天才の具現。曰く、悲劇の神童。曰く、グレアムの秘蔵っ子。
全てが全てギータを褒める言葉であり、そしてギータを指す言葉でもあった。
グレアムの秘蔵っ子。それがギータである。両親の死んだギータをグレアムは拾った。拾った、という表現は些か間違っているが、認識的にはソレに等しい。
こうして彼が時空管理局の仕事をこなしている理由もグレアムによって命令をされているからだ。
ギータには大量の魔力があった。
それこそ魔導によって保護され、防壁の張られた自宅を跡形も無く消し飛ばす程の魔力があった。暴走していた、それこそ自身のリンカーコアに軽傷を負う程度に無理矢理魔力を吐き出した彼は入院をする事になっていたのだが。
まずグレアムはソレを制御するように指示した。神童と言えど子供である事は変わらない。大人であっても眉を顰める訓練内容にギータは瞬きもせずに了承を伝えた。
ただソレは復讐の為に。
「おかえりー、ギータン」
「……ロッテか」
肩口に切り揃えられた猫耳の女性を変わらぬ虚ろな瞳で見て、呟きを漏らしたギータにリーゼロッテは溜め息を吐き出して肩を竦めて首を横に振った。
「相変わらずの仏頂面だことで。そんな顔だとイイ事も逃げちゃうぞー?」
「この世界にイイ事があるとすれば手前らが勝手に野垂れて死んじまう事に違いない。そんな事があればオレはさぞこの仏頂面を満面の笑みに変えるだろうよ」
「アッハッハッ、じゃあギータンはずっと仏頂面だね」
「それは生憎なこって」
ワザとらしくため息を吐き出して見せたギータはロッテの横を抜けようとする。その肩をロッテが掴もうとして、躊躇した。ソレはロッテがギータを気遣った訳ではなく、ただ単純にその肩に魔方陣が描かれていたからだ。
舌打ちをして魔方陣を解除したギータは顔をロッテの方向へと向けて虚ろな瞳に映し込んだ。
「それで……用件は?」
「それよりも謝罪の言葉とかは無いのかにゃ?」
「モウシワケゴザイマセンデシタ。で?」
「はぁ……お父様からの命令を伝えに来たよ」
「遂に自身を粛清しろ、って奴か?」
「残念。別件」
「ご機嫌な事だ」
ご機嫌、というわりには口をへの字に曲げて不満でも漏らしそうな口調で零したギータはロッテから受け取った紙を開き、眉間にこれでもかという程皺を寄せた。
「……オッサンは何を考えてんだか」
「さぁ? 案外君の幸せなんて事を考えているんじゃないかな?」
「ぬかせ」
紙を握りつぶしてロッテに放り投げて返したギータは足を進める。
「受けるの?」
「拒否権なんざ元々ねぇよ。今ならオッサンを主神とした宗教にでも入れそうだ」
「何それ?」
「神はいないって事さ」
背中を向けたままヒラヒラと手を振り、ギータは虚ろな瞳を眩い蛍光灯へと向けて、溜め息を吐き出した。
その日の少女は少しだけそわそわしていた。
いつもよりも一時間遅く眠り、いつもよりも二時間早く起きた。自宅の掃除は自身が行き届く範囲でやり遂げ、何度も鏡を確認した。朝食を食べて何度も歯を磨き、そして何も変な所はないかと自身の粗探しをして、玄関先を行ったり来たり。
果たしてそれを『少しだけ』という範囲に収めるかは個人の自由として、やはり少女はそわそわしていた。
前日に届いた、一ヶ月に二度の頻度で来る足長オジサンの手紙に書かれていた『新しい家族』という文字。
ソレは親を事故で失った少女にとって革命的な言葉であり、そして明るい言葉であった。
『新しい家族』。手紙曰く、同い年の子供である事を少女は読み取った。その『新しい家族』に嫌われまいと少女は何度も玄関先を行ったり来たりしているのだが。
不安もある。それよりも家族が増える事に喜びを少女は感じていた。浮かれていた、と言ってもいい。その浮かれようと言えば『童貞が初めて彼女を自宅に迎えんと待っている時』の様なのだが、まあ置いておこう。
少女は時計を確認する。先ほど確認してから二分しか経過していない。短針はそろそろ11時を指そうとしている。
玄関のチャイムが鳴った。
少女は座ったまま背筋を伸ばし、慌てて車輪を回す。
玄関の扉を開き、目を疑った。
銀色の髪を肩に乗せ、金色の瞳で少女を映した子供。同い年でありながら、ハッキリとソレを可愛いと言える容姿。
その可愛い存在がニコリと微笑み口を開く。
「初めまして。今日からココで一緒に住む事になる、ギータ・アコニトです」
「は、ハジメマシテ! わ、ワタシは
噛んだ。盛大に噛んだ。更に言うと声が裏返った。
少女、八神はやては顔を真っ赤にして、恥ずかしさをどうにか外へと出そうとした。
そんなはやてに笑みを深めてみせて、ギータは手を出す。
「よろしく、はやて」
「よ、よろしくお願いします」
互いに握手を交わして、お互いに笑顔になる。
ギータの側に立てられたキャリーバッグに気付いたのか、はやては慌てた様子で手を離し、家の中へと案内をする。
慌てて、口調が早くなるはやてを見ながらギータは微笑みをなるべく絶やさない。決して八神はやてが愛おしく感じている訳ではない。オカシク思っている訳でもない。いっそ言えば仲良くなろうなどと考えている訳もない。
ギータ・アコニトは悲劇を経験した者であり、その悲劇は自身が未来を改変しようとし起きた出来事である事を頭で意識している。
だからこそ、ギータは自身の知っている未来に準ずる事にした。そうすれば少なからず、自分という誤差はあれど所謂主人公達が悲劇を乗り越えて幸せを掴む事を知っているからだ。
余計に手を出して、余計な悲劇があれば、その幸せすらも霞んでしまう。
故にギータは生まれ落ちて自身に馬鹿らしく義務として決めていた夢みたいな事を容易く捨てた。未来を改変し、更なる幸せなどリスクを考えれば、思考する事すら馬鹿らしい。
頭の中で悲劇を思い出し、頭を振ってどうにかソレを振り払い、足を進めて、ガラガラとキャリーバッグを鳴らしながら家へと入った。
「いやぁ、しかし私と一緒の女の子やとは思わんかったわぁ」
入った足が停止した。頭痛がした。
鳴り出したキャリーバッグの音が停止した事に気付いたのかはやては振り返り、首を傾げた。
そこには額に手を当ててあからさまに『迷っています、困っています』という雰囲気を醸し出すギータ・アコニト。
何かマズイ事を言ったのか、と発言を思い出してみても何も思い当たらない。
微妙に気まずい空気がギータの溜め息によって流された。
「オレは男だぞ?」
更に気まずい空気が場を支配した。
八神はやてが目を見開く。そして息を吐き出して笑う。
「冗談やろ?」
「いや、本当なんだけど」
「……マジ?」
「ああ」
「…………こんな可愛いのに?」
「残念ながら」
「あ、ああ。あれやろ。何かの本で読んだけど精神的に男の子であって、肉体は女の子っていう」
「生憎、精神的にも肉体的にも男だ」
「なんやて!? 騙したな!?」
「騙したも何も、勝手に勘違いしたんだろ。そもそもオッサン……あー、手紙にも書いてた筈だが?」
「……ちょい待ち」
車椅子のポケットに納まった手紙をもう一度読み返す。
何度も読み返した手紙であるから内容は把握していた筈だ。そもそもこんなに愛らしい異性がいていい筈がない。
同い年である子供である事、そしてソレが男の子である事が手紙にはしっかりと書かれていた。浮かれていた彼女はそんな事を容易く見逃していたのだ。
そう思えば、なんと失礼な事をしたのだろうか。はやては顔を青くする。さながら『性交に失敗した童貞君』の様だったけれどソレを指摘する人間はココにはいない。そもそもセイコウなのかシッパイなのか。果たしてどうでもいい話なのだが。
「ごめんなさい!」
「気にはしてないさ。これから一緒に住むんだから、色々あるだろ。その一つって事で」
「ギータさんは神様か何かなんか……」
「あと苗字っぽく呼んでるけど、ソッチが名前な」
「……アコニトさん」
「まあギータでいいさ。同い年だしな」
皮肉気に笑い、ギータは肩を竦めてみせる。その様子に明らかに同い年ではないだろ、とはやてはツッコミを入れたかった。入れなかったが。
どこかに設定を書いた方がいいのだろうか……