ボクの人生……、"俺"という前世において周りというのは天才の集いと言っても過言ではなかった。
偶然、というべきか、幼い頃にしていたサッカーで出会った高町さんやバニングスさん。魔法を通じる事で出会ったフェイト、ユーノ、クロノ。
八神はどちらかと言えば努力の人であったけれど、それでも天性の何かは持っていたし、運もよかった。
正義の味方であった"俺"の周りは天才が多すぎた。それこそ"俺"なんかが何かに立ち向かわなくても問題はなかったのかも知れない。
結局、"俺"は羨ましかったのだろう。強い彼女達の事を心底羨んだ。だから"俺"は強くなった。正義の味方に至る前はただただ彼女達を守りたいという安直で、それこそ意地みたいな理由だったような気がする。
いつの間にか守りたい人が特定の人物達から世界に変化して、そして唯一を殺してしまった。映像で見せ付けられた彼女の最期は今でも思い出せる。彼女は恐れを感じていても、"俺"に笑みを遺した。
「ぅ……」
耳に入った小さな呻きでボクは頭を振るう。どうにも後ろ向きな考えになってしまった。それこそ今は彼女が生きているし、守る事も出来るし、何よりボクとの関与が無ければ彼女に危機は無いだろう。
ソレを証明するべくして未来を変化させるのだ。全てのボクの身勝手の為で、ここに置いては誰が犠牲になろうがボクの知った事ではない。いっその事、ボクの膝を枕にしている金色を消して未来全てを改変する事も視野に入っている。ソレをしないのもボクの都合である。
非常に、どうでもいい事だ。
気絶した彼女を膝に乗せてボンヤリ撫でる。細くもしっかりとした金色の髪が指の間から流れる。
彼女はやはり天才かも知れない。よくよく知識や技術の吸収をスポンジと称するけれど、本当にスポンジのように技術を吸収している。コチラの癖を見切られる様な事は無いけれど、最初よりも確実に彼女は育っている。
このままボクが彼女を徹底して育てれば以前の彼女を超えれるのではないだろうか? どうだろうか。この娘は冷静なくせに変に直情的な部分もあった筈だ。ボクが育てればソレこそ意思も何も無いセイギノミカタか戦闘狂になるかも知れない。
「ん……?」
「おや、起きたね」
目を覚ました彼女はボクの顔を眺めて疑問を顔に浮かべる。
「ボクの攻撃がいい所に当たってしまったようだ」
「……そう」
ボクの攻撃を喰らった事に対して落ち込みをみせるフェイト。その頭を撫でながらニコリと笑顔を張り付ける。
「いやいや、手加減してない攻撃だったから仕方ないよ。キミが予想よりも早く成長しているから思わず忘れてしまった」
「ふ、ふーん」
悪びれもなく、そう言ってのける。当然と言ってはアレだけれど、ボクの言葉には少しだけ間違いもある。『手加減していない攻撃』と言っても本気ではない。それこそ本気の一撃だったならば、顎に命中したあの攻撃は彼女の首を吹き飛ばしていたか、もしくは顔を消し飛ばしていた事だろう。そのドチラでもない事がボクが本気ではなかったという証明だ。本気を出す意味も無いけれど。
手加減してない攻撃、というのはリップサービスでフェイトの機嫌、そしてモチベーションを保つ為のモノだ。ボクよりも幾分も頭の回る彼女はきっとボクのヘンテコな言い回しにも気付いて多少は喜んでくれるだろう。
証拠と言っては何だけれど、そっぽ向いている彼女の顔は少しだけ満足そうに笑みを浮かべている。
然るべき時に褒めてやる。という過去、この時点では未来の彼女の助言を聞いていてよかった。まあ彼女自身はエリオやキャロを随分と不器用に褒めていたのだけれど。
そんな不器用な彼女の笑みを眺めているとフェイトは笑みを収めてボクに視線を向けた。
「アキラはどうして強くなったの?」
「ボクは弱いよ」
「少なくとも、私よりは強いよ」
「そりゃぁ、まあ。けれど、きっとキミは今のボクよりもスグに強くなるよ」
「えへへ」
話を紛らわす様に頭を撫でてやれば随分とチョロい。ボクにとっての過去……未来に置ける彼女にも言える事だけれど一度心を開くと従順だ。テキトウに褒めると照れていた。当然、それなりに歳を重ねると「褒めてないでしょ」と頬を膨らましていたけれど、ボクの見えない所でどうやらダラシナイ笑みを浮かべていた事も知っている。タヌキ様は見ていたのだ。
ともあれ、ボクにとっては非常に慣れた方法で彼女の意識をボクの話題から離す。
「さて、フェイト」
「はい」
「キミにある程度の実力がついた所でおさらいだ」
「戦闘は様子見から始める事。でも常に全力である事。手段は全部見せない事。危険だと判断したら全力退避」
「よろしい。真正面から戦うなんてのは正義の味方のする事だ。ボクらはそんな愉快な存在じゃない……悪とも言わないけどね」
「じゃあ、私達は何の味方なの?」
「簡単さ」
ボクらは大切な者の味方さ。
だから、ボクは強さに意味を持ったのだ。大切だった彼女を守ろうとした為に。
◆◆
学校が無い日。つまり休日。そしてもっと言えばボクが月村さんに会う事が出来ない日。
陰鬱で、心が晴れやかでなく、それこそ世界に雨が降っているかの様だ。いっその事、休日が無くなってしまえばいい。
「にぃー」
「うにぃー」
ベッドに倒れこんだボクの頬を前足で踏む不届き者に反応する事すら憂鬱で、面倒だ。
白猫を見てやれば尻尾を長めの尻尾を揺らし変わらず頬を踏みつけている。
「あら、楽しそうね」
「コレが楽しそうに見えるの? 母さん」
「ええ。レシュちゃんがとても」
そうですか。と不貞腐れた様に呟けば白猫はまた「にぃ」と高い声を出す。
そんなボクらに対して母さんは困ったように「あらあら」と漏らして、両手を合わして顔を輝かせる。
「明ちゃん、明日も暇かしら?」
「レシュに踏まれる用事が無ければ」
「暇なのね。ちょうど頼まれてた事があったのよ」
「ちょうど?」
「ほら、河川敷でサッカーの試合があるでしょ? お隣のチームと戦う」
「……そういえば回覧板でそんな事書いてたね」
「実はさっき、聞いたんだけどメンバーの一人が病気らしくて」
「ベンチの子達が入るでしょ」
「応援ぐらい行ってきなさい」
「……ハイ」
わかったから、頼むからそんな笑顔で顔に陰を宿さないでください。お母様。怖いです。
レシュも怯えたようにボクの頭の影へと隠れて顔を覗かせている。逃げるなこの野郎。
「明ちゃんって休日はずっと部屋に篭りっ放しでしょ?」
別に外に出てもいいのだけれど、自然と足が月村邸へと向かってしまうのだから自重しているのだ。決してボクは出不精という訳じゃない。それに月村さんに会えずして何が楽しいのか。
それに夜には黙ってテスタロッサの城へと向かっているし、そこで運動もしている。
「だから、もうコーチさんに頼んじゃった」
「……知ってた」
音符でも付きそうぐらいに弾んだ言葉にボクは思わず溜め息を吐き出してしまった。いつまでも見た目は若い母だけれど、精神年齢は歳相応な筈だ。全く見えないけれど。
「明ちゃん。今お母さんの悪口を言ったかしら?」
「いつまでも若い母さんだなー」
「いやん。可愛いお母さんだなんて、照れちゃう」
身を捩る××歳の母。見た目の問題は無い。見た目が問題ないのが問題なのだけれど……。いや、これ以上考えるのは止そう。嫌な予感しかしない。
「じゃあ、明日はよろしくね」
「はいはい。適度に頑張るよ」
横たわりながら気怠い気持ちを纏わせて適当に手を振ると溜め息を吐き出された。そのまま手をレシュの顎に持って行き撫でてやればゴロゴロと心地良さそうに鳴いている。眉間と鼻の間を擦ってやれば目を細めて顔をコチラへと寄せてもくる。
陰鬱な日であっても猫に癒されてしまうのは、きっと彼女の影響が大きいのだろう。
一つ欠伸を漏らして、夜半と翌日の為にもう少し子供の身体を休めよう。漏らした欠伸がうつったのかレシュも欠伸をしてボクの胸元で丸くなった。
図々しいヤツめ。
けれど、咎めることもなく、どうしてか笑みを浮かべてしまった口元を隠すこともせず、ボクはゆっくりと瞼を閉じた。
ああ、休日。なんて素晴らしい休日なのだろうか!
足元でボールを弄りながら迫り来る少年達を軽やかに回避する。そのまま今日だけのチームメイトへとボールを回してチームの危機を取り除く。
ああ、スポーツとはなんて気持ちがいいのだろうか!
流れる汗。少年達の熱意。そしてコチラを見ている月村さん。素敵だ! 素敵過ぎて手加減を忘れてしまいそうな程気分が高揚する。昨日の泥の様な世界とは大きく違い、今は晴れやかで、輝かしく、そして何より愛おしく感じる。母さんに感謝しなくてはいけない!
もしも今この場で悔むとすれば、月村さんが敵チームのベンチにいる事だろう。けれど、だがしかし、ソレが幸いしたのかも知れない。もしも彼女がコチラのベンチに居たならばきっとボクは彼女と慣れないガールズトークというヤツを繰り広げなくてはいけなかっただろう。それはそれで素晴らしいが、それこそ妄想の世界で終わらせなくてはいけないのだ。
今は、そう。
「香取さん、カッコいい!」
などと言われたい一心。そして手加減も込みなので点を取りに行かずにゴール付近を守るという役に徹している。
「次は抜いてやるぜ!」
「ああ、実に楽しいね!」
ボールを蹴りながらコチラにやってくる短髪金色の少年。
本当に楽しく感じてしまう。
その愚鈍極まる動きも、狙ってくれと言わんばかりの隙だらけの空間も、何より視線誘導に引っ掛かる程度に目のいい彼も。そんな要素達がどうでもよく感じてしまう程に歓喜の気持ちが湧きあがる。
そんな気持ちが表情に溢れてしまい、笑みが浮かんでしまう。その笑みを見て少年も笑う。非常にどうでもいい事だ。
さっさとボールを奪ってしまおう。
タイミングを合わせて爪先をボールに触れさせ、コチラへと寄せる。そのままチームメイトの方にパスを出す。あとは頑張ってくれ、少年達。
「くっそぅ! また取られちまった!」
「頑張れ! トオル君!」
「おう!」
「元気なことだね」
フィールドにタオルなんて物は無いので、流れ出た汗を肩口で軽く拭って息をゆっくりと吐き出す。基礎の肉体を鍛えてるとはいっても魔力全てを押さえ込んでの行動で余計に疲労があるのだろう。
隣にいる何度も挑んでくる少年は高町さんの声援を受けて返事をする程度には元気だ。コッチは月村さんに声すら掛けて貰ってないと言うのに。ボクから離れなかった筈の飼い猫は容易く月村さんの膝の上にいるというのに!
頭を振り、息を吐き出して思考を切り替える。
どうせバレやしないだろうけど、レシュがあの子猫だったという事はバレてはいけない事なのだ。なんせあの野良の子猫はあの場から逃げ出した事になっているのだから。
まあ真っ白な猫なんて月村邸に行けばそれなりにいるだろうから、疑いの目はきっと無いだろう。
チラリと月村さんを見れば、膝上にいる不届き者を撫でている。レシュは気持ち良さそうに撫でられている。いいなぁ……。ボクの邪ますぎる感情を気取られたのか、月村さんの視線とかち合う。
小さく手を振れば微笑みを携えて振り替えしてくれた。女神はソコに居たのだ。
「いやぁ、負けたよ」
「負けたわりには気楽そうね」
「負けて悔んだ姿を見せたくないのさ」
アリサ・バニングスの鋭い一言を切り返す。同じクラスである程度の接点、或いは月村さんを間にして繋がっていると言った方がいいのだろうか。
肩を竦めて息を吐き出して紅茶を一口。非常に美味しく感じる。
「香取さんって紅茶が好きだったんだね」
「美味しいモノを嫌う事は無いさ」
何より隣に月村さんがいるから、という要因があるのだけれど、そんな事は決して口にしない。
サッカーの試合に負けて、月村さんと少しだけ話して帰ろうとしたらいつの間にか翠屋……高町夫妻が経営するケーキ屋さんに来ていた訳である。決してボクが月村さんの悲しい顔と笑顔に釣られた訳ではない。そう、いつの間にか、勝手に足が向いていただけである。
「それにしても香取はスゲーな」
「そうかい? チームプレイも出来ていないからサッカーとしては二流もいい所だったと思うけれど」
「まさかあそこまで取られるとは思わなかったぜ」
「ボクとしてはキミが何度も挑んできた方が凄いと思うよ。えっと……」
「ん?」
「すまないね。同じクラスで合っていたと思うけれど、会話の無い相手だとどうも名前を覚えれなくてね」
「ああ! 俺は
「馬に蹴られるのは勘弁願いたいから、近藤君、と呼ばせてもらうよ」
「? ここらに馬なんて居ないぞ?」
「そうだね」
首を傾げている近藤少年。意味をイマイチ取り違えているのだろう。勿論、少年少女の間にそんな空気は微塵も流れていない。ちょっとした冗談である。
そんな茶目っ気溢れるボクを射殺さんばかりに睨みつけているアリサ・バニングスに肩を竦めてみせた。
ボクの膝で丸くなっているレシュに手を乗せて軽く撫で付ける。鬱陶しげに尻尾が腕を叩いたがなんのその。
「その猫って」
「ああ。ウチの飼い猫だよ。名前はレシュ」
「飼い猫を試合に連れて来るってどういう事よ……」
「弁明するなら、連れて来た訳じゃないよ。勝手に着いて来たのさ。それに高町さんだって、その……オコジョを連れて来ているだろう?」
「フェレットじゃないのか?」
「ドチラにせよイタチ科である事に違いないさ」
本人に聞くのが一番早いんじゃないかな? とも思ったけれど、ソレは決して言えない事だ。子供の冗談で済むかも知れないけれど意外に頭の切れる高町さんの相手はしたくない。
「香取さん、その子ってあの時の?」
「……そうかも知れない。真っ白い猫で特徴も無いし、無かったからボクには見分けが付かなくてね」
嘘に本当を織り交ぜて言葉を吐き出す。実際にボクはきっとあの白い子猫が他の白猫に混ざった所で見分けが付かなくなるだろう。今のレシュならば見分けが付く、というよりは判断する事は出来る。全部燃やして、息を吹き返した猫がレシュなのだから。
レシュがボクの膝から降りて月村さんの足へと擦り寄る。白い肌に顔を寄せ付けて匂いを付着させている。心の奥底で燻った黒い感情を抑えて微笑みを浮かべておく。
ヒョイ、とレシュを抱き上げた月村さんはレシュの顔を真正面から見つめて、うん、と一つ頷いた。
「やっぱりあの猫さんだ」
「見分けが付くのかい?」
「目とか、顔付きとか、結構分かるよ」
「……ボクには無理そうだ」
そういえばすずかさんも自宅の猫の一匹一匹を把握していたっけか。ボクには到底不可能だろう事を容易くやってのける。
紅茶を飲み干してから時計をチラリと確認する。正確な時間は覚えていないけれど、そろそろアレが始まるだろう。手助けやフォローをするつもりは無い。敵状の視察も意味は無い。アリを踏み潰すのに行動を観察して先回りする意味は無いのだから。
「さて、ボクはこれでお暇しようかな」
「おや、帰るのかい? お土産にケーキでもどうかな?」
店の奥から体格のいい男性がにこやかに話しかけてきた。高町さんの父親であり、武術に明るい人と記憶している。
こちらも笑顔を作り上げて、返事を返す。
「ありがとうございます。母も喜びます」
「それにしてもキミは凄いね。ウチでは一番上手い彼が抜けないなんて」
「マグレですよ。試合には負けてしまいましたし」
「はっはっ。向こうの監督さんにもよろしく伝えておいてくれ」
幾つか選ばれたケーキを持ち、ボクは苦笑を浮かべる。コレであのチームに入ったのは今日が初めて、などと口にしたらどうなるだろう。しないので意味は無い思考だけれど。
「それじゃぁ、また学校で」
「またね! 香取さん」
「次は俺が勝つからな!」
「ボクだって負けないさ」
レシュがボクに追従するように歩き、ボクもその速度に合わせて適当に歩く。
少しだけ歩いた所で、誰にも見られていない事を確認してから溜め息を吐き出す。
「まったく、嫌になるね」
頭を抑えるように髪を掻き上げて苛立たしい心をどうにか平静へと向ける。誰が悪いという訳ではない。言ってしまえば全てが悪かった。
危険が起こると知っているボクも、そしてその危険に彼女が巻き込まれるかも知れないという不確かな事も。危険の駆除にボクが手を出せない事も。全てが全て悪い。
「今日の帰りは遅くなりそうだな」
「にぃ」
さて、月村さんを監視しよう。危険が去れば良し、危険が彼女を追い立てるというのならば……、フェイトには悪いけれどライバルの弱体化も考えなくてはいけない。
高町なのはが弱くなるというのは実に不本意だけれど。