その理由はあとがきにて。
「・・・おいチビ、デク、生きてるか?」
「へえ・・・なんとか・・・」
「い、生きてるんだな・・・」
ほの暗い森の中を、その賊たちはそこにいた。
賊たちは大木の幹を背に座り込んでおり、身体中には、蜂に刺されたような傷が無数にあり、俗に言う満身創痍な姿で。
そう、彼らは鳳統達を捕らえんとしていた者達であり、あの後暫く蜂に追いかけ回され、森の中を走り回りやっとのことで逃げ切ったところであった。
「いっつ・・・とりあえず、夜が近えことだし、早えとこ寝床になりそうなとこ探すぞ」
「もしかして、また飯無しっすかぁ・・・?」
「うるせえ!仕方ねえだろ金がねえんだからよ!」
「はあ・・・貧乏は辛いっすね・・・」
「お、お腹減ったんだな・・・」
三人はよろよろと立ち上がると、適当に森の中を歩き回る。
賊としてあまり成功しているとは言えない彼らは、今日の飯を手に入れる術すら持ち得ていなかったのだ。
「ったく、あのガキ共さえ捕まえてりゃ今頃飯にありつけてたのにっすね!?」
「ああ、そうだな」
「それもこれも、あの長髪の女が抵抗したせいっすよ!今度出会ったらギタギタにしてやるっす!」
「・・・・・・」
「どうしたんすか、アニキ?」
「何でもねえよ」
背の低い賊がとある少女(?)に対し怒りを覚えている中、リーダー格の賊は同じ人物に関してまた違った事を考えていた。
リーダー格の男は、ずっと右手に持っていた自分の剣・・・正確には
それなりに長く使っており、愛着とは言わずともそこそこ気に入っていた剣ではあったが、先ほどの戦闘でポッキリといってしまったのだ。
いや、果たしてあれを戦闘と評して良いのだろうか、いささか疑問が残るだろう。
それは、彼らが鳳統を人質に取り、こちらに来るように命令した時の事。
その時の賊たちには確かに油断はあったものの、それでもそこらの女子供相手に後れを取るような腕を持ってはいなかった筈だった。
だが、彼女があと少しで触れられるという距離まで来た時、急に彼女の存在が
そして、気づいた時には鳳統を捕えていた太めの賊の横腹に、左手による鋭い一撃加えていたのだ。
もしこの時代にボクシングがあれば、「レバーブロー」と呼ばれただろうそれは、太目の賊の厚い脂肪を貫き、悶絶させるまでに至ったのだった。
急な彼女からの攻勢に一瞬驚いたリーダー格の賊だったが、それでもこの程度の動きは想定済みであり、即座に持っていた剣で応戦しようとした。
だが、次の彼女の一手にリーダー格の賊は度肝を抜かすこととなる。
彼女の右手にはいつの間にか取り出された小刀が握られており、リーダー格の男の剣を一刀両断して見せたのだ。
いくら賊が持っていたのが安物の剣とはいえ、刃幅が半分程しかない小刀で根本から切られるという荒業を見せつけられれば、思考停止に陥ってしまうのも無理がなかった。
最も、思考停止していたのはせいぜい数秒程度だったが、それでも彼女が人質を取り返すには充分な時間には変わりない。
一応、背の低い賊がいち早く動き、剣で切りつけてはいたが、彼女はそれを楽々いなし、諸葛亮から投石の支援を受けつつ、目にも止まらぬ早業で鳳統を救出してみせたのだった。
この時点でリーダー格の賊の頬に嫌な汗が伝った。
彼の持つ勘が彼に警鐘を鳴らし始めたのだ。
あの少女はヤバい、と。
女性の中には「闘気」と呼ばれる特別な力を使う者が居るというのは賊である彼もよく知っている。
曰く、闘気の力は絶大なものであり、見た目は子供のようであっても大の大人を片手で投げ飛ばす程の力を得ることが出来るという。
それ故に、その女が闘気を扱えるかどうかを見極めるのは、賊として長生きするための重要なスキルの一つであったりもする。
だが、目の前のこの少女は闘気の使い手かどうかと尋ねられれば、この賊は否と答えるだろう。
これでも、闘気を扱う者の戦いをこの目で見たことがあるこの賊だが、彼女から発せられる雰囲気は一般的な少女のそれとなんら変わらなかった。
にも拘らず・・・いや、だからこそかもしれない・・・その賊は、彼女の存在を楽観視出来なかった、出来る訳がなかったのだ。
(人質を奪い返された以上、ここは諦めるべきか?向こうも逃げてえようだし、下手に追い詰めるのは危険そうだ)
リーダー格の男は、命あっての物種と撤退を視野に入れていた。
だが・・・
「畜生!あいつらぜってー許さねえぞ!?」
彼にとって残念なことに、弟分の一人である背の低い賊が逃げる彼女たちを追いかけてしまったのだ。
「お、おいチビ!?クソッ!仕方ねえ!」
「う、ぐぐ・・・ま、待ってほしいんだな!」
弟分が飛び出してしまった以上、彼も追いかけない訳にもいかない。
弟分を放っておけない事もあるが、三人とはいえ賊のリーダーを勤めている以上、女子供にビビったっと思われれば自らの沽券に関わるからだ。
その結果、逃げた彼女たちを追いかけて、先行した背の低い賊をリーダー格の賊が続き、その後ろから太めの賊が追従するという、何ともおかしなおいかけっこが始まったのだった。
そのおいかけっこは、ほんの僅かだが賊たちの方が早かった。
このまま時間を掛けさえすれば、いずれ彼女たちに追い付くことができるだろう。
だが、賊たちは現状に焦れていた。
何故ならこのまま進んでいけば、やがて森を抜け、街が見えるからだ。
そして街の近くでは警羅が彷徨いている。
彼らに見つかれば、彼女らに手が出せなくなるどころか、賊たちの方が捕まりかねない。
リーダー格の賊は、街が近いことを理由に背の低い賊を止めて撤退しようと声を掛けようとした。
だが、彼が声を掛ける前に、背の低い賊が動きだした。
近くに落ちてた小石を素早く拾い、それを彼女達に投げつけたのだった。
恐らく、先ほど諸葛亮に石を投げらえた事の仕返しのつもりだろうが、案外その策は悪くはない。
石をぶつければその痛みに歩が緩み、彼女たちを捕まえやすくなるだろう。
うまくいけば街に着く前に再び彼女たちを捕えることが出来るかもしれない。
だが、残念ながらその石が彼女たちに届く事がなかった。
は?と声を挙げたのは一体誰だったか。
背の低い賊が石を投げた瞬間、急に彼女が振り向き短剣を投げ、それを撃ち落としたのだ。
あり得ない、あれはきっと偶然か、何かの間違えだ。
リーダー格の賊はそう思たかった。
だが、渾身の石投げが失敗したのをみた背の低い賊が、再び石を拾い彼女たちに投げつけたが、結果は一度目と同じ、彼女は難なく短剣を投げて、それを打ち落としたのだった。
驚くべきは彼女は賊が投げた石をほとんど見ていなかったという点だ。
それを認識出来るのは短剣を投げる時に振り向いた・・・既に石が投げられて彼女の方へ飛んできている一瞬だけだった。
つまり彼女は、石が飛んでくる事を予測して予め短剣を取りだし、こちらが投げたタイミングとほぼ同時に振り向き、短剣を投げて石を迎撃してみせたのだ。
その動きたるや、まるで背中に目をつけているかのようだったと後に賊は語ることとなる。
彼女の腕前に再び嫌な汗が出始めたリーダー格の男はやはり彼女たちの捕縛を諦めようと決心した。
あれは相手にしてはいけない類のものだ。
先ほどからいきり立っている背の低い賊からは文句が出るだろうが、最悪殴りつけてでも止めるべきだろう。
・・・だが、どうやら今度もその判断は一歩遅かったようだ。
彼女がまた新たに一本短剣を取り出すと、それを投げた。
それは、賊たちに向かって・・・ではなく、ほぼ真上に向かって飛んでいった。
先ほどの神業を見せた彼女にしては不可解な行動に、リーダー格の賊は不審に思ったが、その直後彼女が何をしたかったのか思い知らされることとなる。
ボトッ!と。
賊たちの目の前に茶色い箱が落ちてきた。
否、それはただの箱などではなく・・・
ブゥウウウウウウウウウウウンッ!!!!
蜂の巣、だった。
そう、彼女は頭上の木の上にできた蜂の巣を、短剣を投げて落としてみせたのだ。
そして、巣を攻撃された蜂は、激しく怒り狂い・・・
ブゥウウウウウウウウウウウンッ!!!!
その怒りはたまたま近くにいた賊たちに向かうこととなる。
「「「ぎゃああああああああああああ!!?」」」
と賊たちは叫び声を上げ、来た道を全速力で逆走する。
幸い刺されて死ぬような強い毒を持つ蜂ではなかったようだが、痛いことには変わりない。
彼らと蜂による逃走劇は数刻にも及び、最終的に彼らは大木の幹の前で力尽きたのだった。
ここまでの行動を振り返ってみて、理解したことがひとつある。
それは、あの少女が最初の予感通り、かなりの腕前を持っていたということだ。
(あれは明らかに格上だ。俺達よりも断然強い存在だった。なのに・・・)
そう、だからこそこの賊には腑に落ちない点が一つあった。
(何であいつ、俺達を
あれ程の腕前を持ちながら、何故逃げの一手に徹したのか。
その気になれば、賊の三人くらい何時でも殺せたはずの腕前だった。
にもかかわらず、彼女はだれ一人殺すことなく、賊たちを見逃した。
それは何故か?
(ダチの安全を優先したかったから?それにしちゃおかしな行動があり過ぎだ)
例えば、最初に接近を許した時。
彼女は剣を折ろうと刀を振っていた。
そう、賊の首ではなく、剣を狙ったのだ。
(態々剣なんか狙わずに、俺の首掻っ切ったほうがダチにとっても安全だったはずだ。少なくとも俺があいつだったらそうしていた)
例えば、逃げる彼女たちを追いかけた時。
その時彼女は、懐に少なくとも三本は忍ばせてあった。
そして賊たちの人数もちょうど三人である。
(投げた石を振り向き様に撃ち落とせる程の腕前だ。やろうと思えば、逃げながら俺たちの喉に短剣をぶっさすくらい楽勝だっただろうに・・・)
賊の頭には、そう言った疑問が湧き上がり完全に思考の迷路に陥っていた。
無論、格上と応対して誰も死ななかった以上、賊たちにとってそれは喜ばしい事と言える。
だが沸き上がる疑問を、助かったんだから無問題、となあなあで済ませられない辺り、彼の几帳面さがうかがえるだろう。
最もその几帳面さが自身の窮地を何度も救っているので一概に悪いとは言い切れないが。
(ただ単に血生臭いのを嫌ったか、それとも・・・ん?)
だが、そんな彼の思考も、視界の端に映った何かによって止めさせられることとなる。
それは彼らの進行方向の先、既に当たりは夕闇に包まれていたが、僅かな明かりに照らされてキラリと何かが光ったように見えた。
「何だあれは?」
「どうしたんすかアニキ?」
リーダー格の賊は背の低い賊の問い掛けに答えず、光り輝いたそれへ足早に近づき、そして拾い上げた。
「これは・・・?」
それは、短剣だった。
恐らく、あの時彼女が投げた短剣と同一の物だろう。
どうやら森の中を蜂から逃げ回っているうちに、いつの間にかあの時の場所の近くまで戻ってきてしまったようだ。
石をぶつけたにも関わらず刃こぼれ一つないそれを見て、リーダー格の賊はあることに気づき、そして固まる事となる。
遅れてやってきた背の低い賊と太めの賊が、リーダー格の賊の手元にある短剣に注視し、驚きの声を上げた。
「な、なあアニキ!それ鋼じゃねえっすか!?」
その短剣は安物のそれとは違う、貴重な鋼製である事に気づいたリーダー格の賊は、子分の言葉に反応出来ずただ目を見開き茫然としていた。
この時代、高い強度と信頼性を持つ鋼は非常に高価な物であり、それを使った武器を持てるのは、もっぱら官軍くらいだった。
ましてや、こんな使い捨ての武器にまで鋼を使うのは余程の馬鹿か成金くらいだと言っていいだろう。
そんな貴重品が、回収もされずにポツンと置かれているのだから、驚かない方がおかしい。
「なあアニキ!これ、売ったら結構な金になるんじゃねえっすか!?」
リーダー格の男は、そう言われて、はっとした。
確かに短剣程度の大きさとはいえ、鋼を使った業物ならそれなりの値段が付くはずだろう。
これを売って金に変えれば彼らは今晩を凌げるかもしれないのだ。
「確か後二本、どっか近くに落ちてる筈だ!手分けして探すぞ!!」
「「へ、へい!!」」
そう言うと、二人の賊は各々の場所を探し始めた。
二人をしり目にリーダー格の賊は、もう一度短剣を見やる。
手に持ったそれは、月明かりに照らされて妖艶な光を発しており、見る者の心を癒した。
これを売ったら、暫く金が尽きるまで賊稼業を休んで静かに暮らすのも悪くないかもしれない・・・ふと、そんな考えが頭を過ぎってしまうほどに。
(まさかあいつ、これを見越して短剣を・・・って、んなわけねえよな)
リーダー格の賊は、そんな都合のいい想像を巡らせ、それを否定するかのように
Q、何で今回地の文が第三者視点なの?
A、いや、「レバーブロー」って単語を使いたかったから・・・。
賊視点で書くと、横文字なんて使えませんからね。
一応、その人が知らない単語を喋らせないよう色々気を付けているつもりですが、これが意外と難しいんです。
横文字とか簡単なものならすぐに気づくんですが、例えば時間の単位、秒とか分とかうっかり喋らせてしまっている場合が多いです。
これ、歴史系のSS作者ならあるあるじゃないでしょうか?
ちなみに諸葛亮、鳳統視点は第四話の裏で纏めて書くつもりですので、今回は残念ながらなしということで。
-追記-
次回更新は今週の水~金曜日を予定しています。