「惜しいわね・・・ほんとに」
深夜、私はため息をつきつつ、そう一人ごちた。
ここ最近、私の頭が彼についてあれこれ思案し続けてしまうのは、教鞭に立つものとしての性からか、はたまた彼の育ての親としての情からか・・・。
12年前、私の家の前に落ちていた彼を、私は拾った。
誰が置いたのか見当もつかない。
彼の真名を表すであろう2文字が入った木板が彼の横に添えられているだけで、それ以外に彼の生まれを探し当てる手掛かりは何一つ無かった。
彼は俗に言う「捨て子」だった。
何らかの理由・・・例えば生活の貧しさ故に、赤ん坊を育てられなくなった家が、裕福な家の前に育てて貰えることを願って置き去りにするという話がある事は噂程度に耳にしたことがあったが、まさか自分の家の前に置かれるとは当時の私は思っても居なかった。
傍迷惑な事だとは思ったけど、かといってこの子をまたどこかに棄ててくるのも忍びない。
そう思った私は、悩んだ末に彼を引き取る事を決意した。
・・・あの時、もし彼を棄てる事を決めていたら、一体どうなっていただろうか?
今だからこそ言える事だが、当時の私は彼に何の期待もしていなかった。
自分の家の前に捨てられていた子に何らかの才能がある事を求めるのもおかしな話でしょう。
適当に最低限度の知識を教えて、せめて下級役人やそこらとして幸せに生きて貰えたら万々歳程度でしか私は期待していなかった。
そんな彼に初めて違和感を覚えたのは彼が5歳の時だった。
彼に基礎教育として文字や簡単な計算を教えたところ、彼は初めから知っていたかのように覚えていき瞬く間に使いこなした。
彼の物覚えの良さに驚いた私は基礎からもう少し進み儒学や政学、軍学の初歩を彼に教えてみたところ、これまた真綿のごとく吸収した。
あまりに呑み込みの早い彼に私は意地悪したくなり、まだ教えたことがない兵法や思想を問題として出してみたところ、あろうことか彼は淀みなくその答えを導き出しては私を驚愕させたのだった。
さすがにその知識をどこで仕入れたのか不審に思った私は彼を問い詰めたところ、彼は少しばつの悪そうな顔をして、私の書斎の本を先に見てしまったと答えた。
恐らく勝手に書斎に忍び込んだ事について怒られると思ったのだろう。
確かに貴重な書を勝手に盗み見たことは感心しないが、その勤勉さは目を見張るべきだった。
その後も私は彼に教育を施した結果、10を過ぎた頃にはもはや私には教える事がないほどにまで大成していた。
だが、彼の成長はそこで留まることを知らなかった。
既に多くの知識を蓄えた彼は、街に出ては農民や鍛冶師などに度々会い、実際の彼らの生活を見聞きしては、今まで見たことのないような収穫を向上させる術や効率の良い金物の作り方を発見し、それを街の人に教えまわっているそうだ。
また最近では学問だけではなく武術を嗜むようになり、木で作った的に向かって撃剣を投げている様子を度々目にするようになった。
私は武術に関しては門外漢であるが、彼の動きは素人目ながら男性にしては中々様になっているように見えた。
勉学の方も一段落付いていることだし、一度ちゃんとした武術の先生を付けるべきだろうか?
ここまでの話で分かる通り、彼は正しく才能の塊であった。
それ故に私は思った、思わざるを得なかった。
彼が男であることが惜しい、と。
歴史を紐解いてみれば分かる事だが、この国の偉人と呼ばれるものは女性が多い。
それ故に、女性の方が男性よりも優秀であるという風潮が根強く、男と言うだけで出世に大きく響く世の中なのだ。
実際、現代の高級官吏と呼ばれる者たちは、ある一部分を除いてほとんどが女性によって割り当てられている。
彼のような優秀な男が活躍できるような土台が、残念ながらこの国には存在しないのだ。
「・・・いえ、厳密には一つだけ方法があるわね」
その方法とは、すなわち宦官として生きる事。
しかし、さすがに彼に宦官としての道を進める気にはなれない。
去勢する必要がある事もそうだが、濁流派の象徴とも言われる宦官は、今では汚職が蔓延しており、特に十常侍と呼ばれる集団たちは帝の威を笠に君側の奸として横暴を働いているというのだから。
そのような世界に彼を飛びこませるのは酷だろう。
出来る事ならば、彼にはもっと華やかな世界で活躍させて挙げたい。
とはいえ、このままでは彼の才能が日の目を見るようになるのは難しい。
そこで私は考えた末に、ある事を彼に勧めた。
それは私が開いている私塾「水鏡女学院」に彼を入門させる事。
今更彼に学院で教える事など何もないのだが、これには理由がある。
自分で言うのもなんだが水鏡女学院は名門であり、ここの卒業生というだけで仕官に困る事はない。
彼の経歴に箔をつけさせてあげれば、必ず役に立つと考えた。
さらに言えば、彼と共に学ぶ級友たちもまた文官の卵であり、そう言った者との繋がりを深める事で彼の助けになればと思っている。
しかし、私の学院は「女学院」の名の通り、生徒は全て女性となっている。
その中には男性恐怖症の気が有る生徒も少なくはない。
いくら塾長権限で彼を入学させるとは言え、男である事は隠しておかないと色々と問題が起こるだろう。
幸いにも彼は中性的な顔立ちをしており、髪も長く伸ばしているため女性と偽るのは容易だ。
いっそのことどこかに仕官する際も女性と偽ったほうが良いかもしれない。
彼の才能が有れば直ぐに実績を挙げることでしょうし、一度実績さえあげれば、例え男とばれても重用してもらえるかもしれない。
「・・・なんて思ってしまうのは希望的観測が過ぎるかしらね」
女性優位ゆえか、男性というだけで嫌悪感を持たれる事も少なくない時代だ。
だからこそ私は彼にできる限りの支援をしてあげたいと思っているのだが、現実は厳しいばかりである。
「もしそれでも駄目だったなら、私の学院の先生として雇おうかしら?」
その時は、いっその事この学院を共学生にしてもいいかも知れない。
さすがにいきなり男女を一緒にして勉学を教えるとなると混乱が起きるかもしれないが、暫くの間は女性は私が、男性は彼が教えるようにすれば、共学生にするのも夢ではないだろう。
そして少しずつ、少しずつでも男性の高級官吏が増えていけば、女性優位のこの社会意識もまた変わっていくかもしれない。それはきっと素晴らしいことなのであろう。
「願わくば彼の行く末に幸多からん事を・・・」
私はそんな素敵な未来を夢想しては、彼が私の学院に入門する明日に備え、明かりを消し眠りにつくことにした。
最初の独自設定として、この外史はかなりの女尊男卑な世界となっています。
それにより場合によっては多少原作キャラの性格改変が起きてしまうかもしれません。
具体的には、原作キャラ全員性格桂花化とか!・・・嘘です、精々初対面で舐められるとかその程度です。まあ全員桂花化もそれはそれで見てみたくもありますけどね!
こんな感じに今後も表(主人公視点)と裏(主人公以外の視点)を交互に投稿していく予定です。
話によっては裏を先に持っていくこともあるかもしれませんね。
そう言ったわけで今後も少しずつ投稿するつもりですので、なるべくエタらないよう頑張ります。