デリと別れたあと、俺が一番に向かったのは自分の部屋だ。
戦わずに済ませられればそれでよかったが、どうやらそうも言っていられないようだ。
せめていつ戦いになってもいいように武器と装備を整えようと思ったのだ。
ラルマニオヌ皇もカルラも居ない、この状況でシャクコポル族である俺は争いに自ら介入していくのだからな。
それに遅かれ早かれ、皇の暗殺というのがカルラの手によるものではなく、シャクコポル族の奴隷身分からの脱却を快く思わない連中の仕業だとすれば、カルラを地下牢に閉じ込めた後にすることは俺を生かしておく理由はないはずだ。
だと言うのに俺は油断をしていた。
一国も早くカルラを救いださねば、という思いから自分も命を狙われているという現実を見逃していたのだ。
「ッ!?」
城内の自室に飛び込んだ俺を出迎えたのは手痛い一撃だった。
咄嗟に腕を前に突き出して体を庇い、素早く背後に飛びのいたおかげで怪我自体は大したことない。
皇が死んで皆が忙(せわ)しなく動いている状況で、そこまでの兵をシャクコポル族一人に差し向けれる余裕はないのだろうから実力的には大したことはない敵なのだろう。
だが、それでも俺は攻撃を受けてしまった。
「へへっ、お前を殺して俺は宰相に取り入られる。
シャクコポル族という弱さをこの国から根絶やしにすのは俺達ギリヤギナ族の義務でもあるのだ」
嫌らしく笑ってくる刺客はそのまま追撃にかかったが、その存在に気づいた俺が二度も斬られるはずがない。
相手の剣を素手で往(い)なし、そのまま拳をガラ空きになった鳩尾に叩き込む。
「がぁぁぁ~!」
やはり暗殺者としての腕は大したことない。
刺客は、その一撃だけで武器を取り落として怯んてしまった。
そして俺はその隙を逃すつもりはない。
刺客の手首を掴み、そのまま組み伏せて身動きをとれなくする。
ギリヤギナ族のようだが動きが、てんでなっちゃいない。
「おい、お前は何で俺を狙ったんだ?」
先ほどの発言からこの刺客の依頼主も俺を殺す理由も分かっているが、こいつ自身の口から聞きたかったのだ。
憎しみの理由を、俺に対する殺意を。
「誰に言われて俺を殺しにきた?」
「お、俺はただ宰相に媚を売りたくて来ただけなんだ。
シャクコポル族なら簡単に暗殺出来るって言われてよ。
なぁ、命だけは助けてくれよ!!」
すでにギリヤギナ族であるという誇りなどないのか、シャクコポル族である俺に必死で命乞いをする男。
こんな奴が俺を殺そうとしたのか?
こんな奴が俺とカルラの理想を邪魔するのか?
そんな気持ちではらわたが煮えくりかえる思いだった。
俺に対する怒りや憎しみなら受け止める。
怒りや憎しみによる復讐の戦いなら受け入れる。
だが、自分の殺意ではない他者の殺意に乗っかって人を殺そうとする者に容赦など出来ん!
「いいか! お前が付けた俺の傷を見てみろ!
赤く染まったこの腕を見てみろ!
俺もお前らも、同じ赤い血が流れているんだぞ!」
そう言って突きだした俺の腕からは先ほどこの男から受けた袖口が血で赤く染まっている。
「命の価値を強さで……種族で決めるな!
誰も死にたくはないし争いなんて求めちゃいない!
生きるのに必死な俺たちを一度でもいいからまともに見てみやがれ!!!」
男から剣を奪い、振り下ろしたい感情を抑え、その柄で殴りつける。
それだけだ。決して殺しはしない。
刺客の男が気を失ったというのもあるが、俺を信じて待ってくれているカルラは俺が汚れるのを望んでいない。
それに、……ここで俺がこいつを殺すことを望んでいないのは他でもない俺自身でもあるのだ。
カルラの友である今の俺は出来ることなら誰も殺したくはない。
俺の手は剣を掴むためではないという思いがあるからだ。
「俺達の夢の邪魔をする連中は、シャクコポル族が弱いから、自分達がギリヤギナ族だから、そんな理由なんだろう……。
この刺客も、俺がこいつの想像通りに弱いシャクコポル族だったら、楽しんで殺したんだろうな」
刺客との死闘で散らかってしまった室内。
少し前まではカルラと共に夢を語り合っていたと言うのにな……。
シャクコポル族を認めてくれるギリヤギナ族に出会い過ぎたからだろう。
全てのギリヤギナ族が話し合えばわかると、俺は心の中で勘違いしていたのかもしれない。
「それでも俺は殺したくない。この手を差し伸べたい。
剣ではなく、友として手を握り合いたい……しかし、それでもやはり戦うしかないのか……。
宰相が今回の事件の首謀者のようだが、戦い以外で解決する術はないのだろうか?」
疑問は当然。だが今はそんな状況ではない。
気持ちを切り替え、俺はいつか捨てるための剣を手に取ると、夢が夢で終わらないことを証明するために走り出す。
俺とカルラで共に見たあの眩しいばかりの理想を求めて。
デリに聞いた話ではカルラは地下牢に閉じ込められているはずだ。
そこの警備も厳重だろう。
「しかし地下牢か……。
それならば方法はないでもない。
戦うのも支配するのも、その牢を警備をするのも人なのだからな」
……
…………
「よぉレワタウ」
「久し振り……でもないな。ブナガ」
上の騒ぎなど、まるで関係ないかのように、のんびりした口調で牢を護るのはギリヤギナ族の兵士、ブナガだ。
ブナガは兵の中では同じ若い連中の兄貴分ということだが、シャクコポル族の俺に対しても奴隷としては見ずに気さくに話しかけてくれるので、よく話もするいい奴だ。
ギリヤギナ族ではあるが、こいつに限らず、俺と年の近いギリヤギナ族はシャクコポル族を毛嫌いしている者は少ない。
それはカルラがこの国の未来を語っているために、シャクコポル族と手を組むことに嫌悪感を抱く者が少ないからだろう。
カルラの父、ラルマニオヌ皇も真の武人であるため、地位も権力も関係なく強き者は何よりも価値があるという考えだったのでその考えに憧れた者も多いそうだが。
「確かに俺と会うのは久し振りではないわな。
だが、レワタウ。
お前、チイのことは最近避けてるんじゃねぇのか?」
「俺もカルラの御側付きだからな。
分かるとは思うが仕事が多いんだよ」
ちなみにチイというのはブナガの妹だ。
以前ブナガの家に行った時に会って以来えらく気に入られたのだ。
「まっ、冗談はここまでだ。
そんなことよりも、そのカルラ様に会いに来たんだろ?
上はなんだかゴタゴタしているみたいだが、カルラ様もお前も間違ったことする訳ねーしな。
ほれ、一番奥の牢にいるから会ってやってくれよ」
暗い牢を指差すブナガ。
カルラと出会う前ならば、このギリヤギナ族の友人とも理解し合うことなく終わっていたのだろうと思うとカルラの存在の大きさを改めて実感する。
まぁ、そうはいってもまだ始まってもいない訳だし、カルラの側に俺がいて、初めて始まるんだよな。
俺はこんな状況でも、剣奴のときよりも『生きている』と感じているんだ。
「ありがとよ、ブナガ」
この先にいるカルラに会うために。
だから俺の心は常に前を向いていられるんだ。
宰相の一番の失敗は、半端な刺客を差し向けたことでも、皇殺しの罪をカルラに押しつけたことでもない。
俺やカルラに仲間がいないと思っているところだ。
ギリヤギナ族も上の老害どもこそシャクコポル族を奴隷として見る考えが根強いが、今この城の若い兵たち、はカルラや俺の影響でシャクコポル族を奴隷としてよりも、ともにラルマニオヌという国に住む民としての認識が強い。
俺たちは敵しかいない訳でも、暗闇の中をさまよっているわけでも孤立無援ってわけじゃない。
目的地を見据えて手の届く場所にいるんだ!
むしろ今のラルマニオヌでは宰相を含む上層部の連中こそが老害と考える連中も少なくはない。
シャクコポル族はそれを知る機会がなかったためにこの戦を起こしたが、それが悪いとは言わない。
これから変えていけばいいだけのことなのだから。
俺はブナガとの会話を打ち切って地下牢の奥、カルラのいる場所まで向かう。
「カルラ」
他に地下牢に人の気配はないが、声を小さくして言う。
「レワタウ」
俺の声に友が返事をする。
「貴方、村へ帰ってシャクコポル族を説得しているんじゃなかったかしら?
もしかして交渉の場を設けるのに失敗したとか?」
「シャクコポル族なら俺を信じてギリヤギナ族と一度交渉の場に立つ約束を取り付けてきたさ。
それよりカルラ、お前は父皇殺しの犯人として捕まっているようだが、お前をここに捕えたのも聖上を殺したのも宰相で間違いないか?」
「えぇ、その通りよ。
宰相のゴウケンがお父様を殺したわ。
元々シャクコポル族が嫌いだったみたいだけど、今回のことを機にシャクコポル族を殲滅しようとしていたみたいね。
私がお父様とシャクコポル族との関係について一度話し合う場を設けるように言ったことが許せなかったのね」
「典型的なギリヤギナ族ということだろう。
むしろギリヤギナ族としては、カルラや俺と親しい若い連中の方がこの国では異端だと思うぞ。
いや、過去のこの国では、と言ったほうがいいか」
俺達二人を応援してくれる仲間は確かにいるのだから。
村の皆は俺を信じてギリヤギナ族と交渉することを約束してくれたし、俺たちが異端だと言うのなら、その考えをこれから変えていくだけのことだ。
誰だって平和を求めているんだ。
その平和を手に入れる方法が力による闘争の末の平和か、話し合いによるにより緩やかに歩む平和かの違いがあるだけだ。
過程こそ違うだけで何も違わない。
それに俺は、宰相らギリヤギナ族が自らの『強さ』に自信を持ち、支配による平和を目指すのを悪いとは言わない。
だから争いが悪いこととも言わない。
本当に争いによって平和な国を支配(・・)出来るのならば。
「弱者を支配するのはある意味弱者を守ることにもつながる。
だが、それで自分が特別な存在だと思ってはいけない。なぜなら……」
俺はカルラを見る。
カルラも俺を見る。
「「特別な存在なんていないのだから」」
そう、支配するのはいいだろう。
弱者と強者で役割を分けるのもいいだろう。
しかし、その事に不満を持つ者が現れるようでは支配者は支配者とは言えない。
強さも弱さも、善も悪も、全てを本当に支配出来るのならそれは平和な国と言えるかもしれないが、それがありえないからこそ人は自分を特別視してはいけないのだ。
それこその人が持つ役割を壊す行為であり、自分を壊すことに繋がるからだ。
だから理解し合う心を持たねばならない。
俺達は誰一人として特別ではない代わりに、誰もが心を持っているのだから。
「さぁ、行こうカルラ。
倒そうぜ! この国の悪を!
誰一人として特別なんかじゃない、だからこそ誰一人として欠けてはいけない大切なこの国の民を失わないために。
俺達の夢が夢で終わらないことを証明するために!」
「えぇ、レワタウ。
私は特別ではない。
貴方も特別ではない。
誰もがこの愛すべきラルマニオヌ国の民であるなら、その犠牲を少しでも減らすために!」
キィ――――――ン
地下牢に響く鋭い音。
これまで幾度となく俺の命を救ってきた愛剣のショーテルが地下牢の壁を切り裂く。
そして俺は鉄格子のない状況でカルラに手を差し伸べる。
この手の掴むべき温もりのために。
「ふふ、あの時とは逆ね。
剣奴だった貴方が私と同じ夢を見始めた時と」
「俺がこの手に掴むのは、カルラの手と決めている。
かつてカルラが、暗い地下牢で夢も希望もなかった俺の手を取ってくれたように、今度は俺がカルラをこの暗闇から連れ出そう。
誰もが剣を捨て、お互いの手を取り合う事の出来る国にするために」
「そして、それがいつか終わるとしても、人が人として生きる喜びを感じられる国に変えるために」
どちらからともなく、俺達の顔には笑みが浮かぶ。
そうして握り合う俺達の手は、必ずこの国に希望を掴み取ることが出来ると信じている。
この暗い地下牢にも、確かに希望の光は差し込んだ。
人が人であろうとするならば、為し得ないことなど無いのだから。
かつて自分が差し伸べてもらったように、今度はレワタウがカルラに手を差し伸べる。
すでに孤立無援ではない二人は剣を捨てるための戦いに乗り出したのだった。