剣を捨てた手に掴むもの   作:ヨイヤサ・リングマスター

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 今回はカルラ視点での話です。
 とはいえ真面目な雰囲気を出すのにカルラ視点の一人称はいまいちだったので三人称で行きます。
 ……そして私は予約投稿を三日分ほど済ませてあるのですが、この話を間に挿入し忘れていたので今日は二話更新となりました。

 マイルールで投稿初日と最終話を投稿する日は、一日二話投稿と決めておりますが、まだ最終回と言う訳ではありませんのでご安心を。
 それではどうぞお楽しみ……いただければいいのですが。





第十話:礎

 

 

 

 レワタウがシャクコポル族の村へ行くのを見送ったあと、カルラは父であるラルマニオヌ皇に会うために父の部屋へ向かう。

 

 皇でありながらも華美な装飾を嫌うカルラの父、ラルマニオヌ皇は、調度品などにも実用的なものばかりを選ぶために他国の者を招く「謁見の間」以外は大国の王城というには驚くほどに質素なつくりをしている。

 

 そんな部屋の中で、ラルマニオヌ皇は宰相と話し合っていた。

 刀と鎧を取り出し手入れに勤しんでいながら。

 

 

「ん、カルラか。どうしたのだ?

 見ての通り俺は次の戦に備えて武具の手入れに忙しい。

 この俺と互角に戦える者が敵として現れたのだ。

 こちらも全力の限りを尽くして戦うのが戦士としての責務、武具の手入れを怠って負けてしまっては相手にも悪いからな」

 

 

 相変わらず豪快に笑うラルマニオヌ皇。

 

 

「カルラ様、私どもは今後の戦についての話し合いをしておりますゆえ、聖上へのご用件でしたらしばし御遠慮願いますか?」

 

 

 こちらは対照的に無表情で語る宰相のゴウケン。

 

 皇はまるで子供のような笑顔だが、本当に強者との戦いのみを求めているのだろう。

 

 カルラは宰相を無視して父である皇に言う。

 

 

「お父様、その戦についてお話があります」

 

 

 これから言う事はラルマニオヌ皇の機嫌を損ねることであり、娘であるカルラすら許されないことかもしれない。

 

 だが言う。

 

 

「……お父様、どうかこの戦、シャクコポル族との話し合いの場を設けてみてはもらえないでしょうか?」

 

 

「……なんだと?」

 

 

「カルラ様!?」

 

 

 カルラに顔を向けた皇は驚き、戸惑い、そして何よりも怒りの表情が見てとれる。

 

 それは皇が戦いのみを生き甲斐とし、戦いこそが自身の存在意義であるからだ。

 

 それでも皇はさらに何かを言いたげな宰相を手で制し、言葉の続きを求める。

 

 

「カルラ、俺の『戦い』に口を挟むということは、それなりの覚悟があってきたのか?

 俺に対して戦を剣以外で納めるように口を出すことの愚かさを十分に分かった上で来たのか?

 賢いお前のことだ、理由があって来たのだろう」

 

 

「はい」

 

 

 はっきりとカルラは答える。

 

 

「だが俺は戦のために生きているこの大国ラルマニオヌの皇だ。

 訳くらいは聞いてやるが俺は戦を止める気などないぞ。

 それが俺であり、ギリヤギナ族であり、ラルマニオヌなのだからな」

 

 

 はっきりとラルマニオヌ皇は返す。

 

 それはカルラが幼い頃から見てきた父の威厳。

 見る者に、目の前に立つことを後悔させるような猛々しい視線。

 

 それを真正面から受け止めて尚、カルラは言った。

 

 

「この戦が間違っているからです」

 

 

 確かにカルラの父であるラルマニオヌ皇は戦を好み、戦士として死すは誇りと考える男である。

 

 戦での死は名誉なものであり、皇としてではなく、一人の戦士として、強者との戦いの末に死ぬことを望む男である。

 

 だがカルラとてその父に負けるような柔な決意でこの場に居る訳ではない。

 

 信じる友と、互いに手を取り合える未来を作りたくてこの場に入るのだ。

 

 

「私はギリヤギナ族です。お父様も、この国を統治する大半の者がギリヤギナ族です。

 ですが私は、シャクコポル族との共存を望んでおります。

 父上が一人の武士(もののふ)として戦に死すを名誉な生き様と言うように、私にとって戦をしないことこそが私の生き様なのです」

 

 

「……それでお前はどうしたい?

 まさか、それだけで俺が戦を取りやめるとでも本気で思っているのか?」

 

 

「勿論そんなことは思っておりません。

 お父様は私が娘だから、などという理由で己の信念を曲げるほど弱いお父様でないことは、娘である私が一番よく分かっております。

 しかしだからこそ、お父様に両種族の共存こそが誰もが望む未来であり、この戦を続ける愚かさに気付いてくれると思って言っているのです」

 

 

「この戦の愚かさ、だと?」

 

 

「はい」

 

 

 カルラは言う。

 この戦を続ければどちらが勝つにしろ、どちらかの種族は根絶やしとなると。

 

 カルラは言う。

 両種族が争うことは、この国の未来に新たに武士(もののふ)としての生き様が出来る子が生まれてくる可能性を潰す行いであると。

 

 カルラは言う。

 ギリヤギナ族の中にも、共存を望んでいる声は父が思っているよりも多くいると。

 

 カルラは言う。

 自分の信じた友であるレワタウは、カルラを信じたから強くなれたと。

 両種族が手を取り合う未来がどれほど人の心を強くするのかを。

 

 そして信じている。

 父であり、皇であるラルマニオヌ皇は、戦いとは何かを守るため、己の信念を貫き通す生き様であることを誰よりも分かっていると。

 

 

「なるほど……、お前の考えはよく分かったカルラ」

 

 

「で、では!」

 

 

「確かにお前の考えは俺にとって新鮮なものだ。

 俺としたことが久しく見ぬ強者との戦いに心が躍り、未来というものを忘れておったかもしれんな。

 戦とは、互いの信念のぶつかり合い。

 それは何かを守りたいという心の強さが己の足を前に向け、手には剣を握らせる心。

 両種族の共存など、この度のシャクコポル族の反乱が小さく見えてしまう大戦だな」

 

 

 ニヤリと唇の端を歓喜に吊り上げるラルマニオヌ皇。

 

 彼は良くも悪くも単純で、誰よりも平等だ。

 

 皇が戦を楽しむのは、自分の信念の強さが相手を凌駕しているのを分かり易く感じさせてくれるからだ。

 

 その在り方に先を見据えるという考えは、ほとんどない。

 刹那的で、目の前の相手に全力で向かうだけだ。

 

 だからこそカルラの言葉に気づけた。

 

 カルラの示す未来の、『共存』と言う名の「戦」の難しさに心躍らせた。

 

 それはカルラの父が大国ラルマニオヌの皇だからである。

 

 

「ゴウケン、聞いての通り俺は戦をやめる。

 直ちに全軍に告げよ。

 少なくとも、カルラの言う俺達と共存を求める連中を相手に殺しはせん。

 ならば一度話し合いの席を設けるのも悪くないだろう」

 

 

 皇はこれまで黙って聞いていた宰相に告げる。

 

 皇は楽しいのだ。

 自分が考えていた未来とは別の可能性を提示してくれた娘と、その従者の少年が。

 

 種族の違いを乗り越えて二人が固く結びついているのが分かるから、二人が強いのが分かる。

 

 この先、共存という未来を選べば二人のような強者が出てくる可能性があるということが楽しいのだ。

 

 父である自分を大きく超える次代を継いでくれるこの娘の存在が嬉しいのだ。

 

 

「…………」

 

 

「どうしたゴウケン。

 戦よりも楽しい戦があるのだぞ。宰相のお前が動かないでどうする?

 両種族の共存というのがここまで心躍らすものだったなどと、露ほども考えたことがなかった。

 やはりカルラは俺の自慢の娘だ」

 

 

 皇は単純であるが故に気づけなかった。

 

 この国を共に支える味方を無条件に信じ過ぎていたがために。

 

 カルラの提示した未来の難しさ、すなわち大戦がすでに始まっていたことに。

 

 人の心の闇こそが最も凶悪なものであることに。

 

 

ドスッ

「お父様!!」

 

 

 短く響く小さな音とともに皇の背に宰相が剣を突き立てる。

 

 皇でありながら、上下関係など気にしない皇は気づけなかった。

 

 戦に善悪を求めない皇は味方の善悪にも無頓着だったのだ。

 

 

「ゴ……ゴウケン、貴様俺を裏切るのか?」

 

 

「裏切る……と言えばそうなのでしょうね。

 私はラルマニオヌのために生きていますが、聖上のやり方に賛同できないという意味では裏切らせてもらいます」

 

 

 皇は背後から刺され、それは致命傷だ。もう助からない。

 

 ゴウケンが次に狙いを定めたのは皇女であり、彼にとってこの戦を止めようとする元凶のカルラだった。

 

 

「!?」

 

 

 カルラに迫った刃は実際にカルラを貫くことはなかった。

 皇がその剣を素手で掴むことで止めたのだ。

 

 

「頭でっかちかと思えば意外といい一撃じゃねぇかゴウケン。

 それと悪いなカルラ……どうやらお前の言う大戦とやらはもう始まっていたのだな。

 俺としたことが浮足立って気づけなかった」

 

 

「お父様……」

 

 

「聖上、邪魔をしないでいただけますか?

 私の筋書きでは、貴方はカルラ様にシャクコポル族との和平を申し出られ反対し、親子で殺し合う、という流れをすでに用意しておりますので。

 突然のことのように思われるかもしれませんが、私は常々このような機会をうかがっていたのですよ」

 

 

 ゴウケンはこの日のために文官たちをその手中に収めていた。

 

 強さこそが全てのギリヤギナ族だが、戦そのものを楽しむあまり、強さを誇示することには無頓着だった皇は皇女であるカルラが生まれてからますますシャクコポル族を卑下することが無くなっていった。

 

 ギリヤギナ族にもカルラや皇に感化され、シャクコポル族だろうと強ければいいという考えも広まり、一部のギリヤギナ族には許せなかったのだ。

 

 「強さ」を生まれ持った最強種族である自分達ギリヤギナ族がシャクコポル族などを人として見ることが。

 

 宰相派とでも言えばいいのだろうか、シャクコポル族を根絶やしにすることで本当に弱きところがない最強の大国へしようと考えていた連中にあと一つ足りなかったものがあった。

 

 すなわちシャクコポル族を根絶やしにする大義だ。

 些細なことでも良かったが自国の強さを示す最も効果的な理由さえあればいつでも戦えるように宰相派の者は備えていた。

 

 それが今回の戦で好機と思っていたと言うのに、ラルマニオヌ皇は共存の道を選ぼうとしたのだ。

 

 故にゴウケンはこの国の宰相として強硬な手段に出たのだ。

 

 

「俺は味方の心すら読めんとはな。本当に戦馬鹿さ……。

 ……ゴウケン、一つ頼みがあるんだが聞いちゃくれねぇか?

 このまま俺は死ぬだろうが、カルラだけは今は殺さないでやってほしい」

 

 

「今は……ですか?」

 

 

「ああ、そうだ『今は』だ。

 俺の志を汲んでカルラにはこの戦の結末を見せてやってほしい。

 俺はカルラと、その従者であるシャクコポル族の少年が示した未来に懸けている。

 だからこれも戦での死と、俺自身が死ぬことは覚悟できている。

 だが、お前がこれからどうするにしろ、カルラにはこの戦を最後まで見てもらいたいのだ。

 シャクコポル族を説得しているというレワタウが成功するのか、宰相のお前がギリヤギナ族を本当に掌握できるのか、カルラ自身がどのような死に方をするのか、俺の死を含めてこの戦の最後をカルラには見せてやってほしいのだ」

 

 

 皇が最後に言う言葉は自分の命乞いではなく、ましてや娘であるカルラを救うように頼むものでもない。

 

 カルラに自分の招いた事の結末を見させようというものだった。

 

 それは自分の死すら「生き様」と考える皇の最後の言葉であった。

 

 

「それはシャクコポル族を私が根絶やしにした後にカルラ様を殺しても構わない、ということでしょうか?」

 

 

「ああ、カルラは覚悟を持ってこの場にいる。

 信念を持って俺に信念をぶつけてきた。

 ならば今更、命乞いなど無粋だろう?

 だからカルラ……お前はお前の生き方を――信念を通して死ぬまで生きろ」

 

 

 最後にカルラに向き直った皇は最後まで嬉しそうに笑って死んだ。

 最後まで一人の武人であり続けたラルマニオヌ皇は死んだのだ。

 

 娘に未来を見せるために。

 決して何物にも屈さない皇は死んだのだ。

 

 

「お父様……」

 

 

 皇は分かっていたのだろう。

 カルラからシャクコポル族との話し合いの場を設けるという考えに賛同した時点で、それが自分の最後の戦いになることが。

 

 レワタウとカルラが協力すれば、元々争いの嫌いなシャクコポル族のことだ、話し合いの場には参加するだろうし、こちらが共存の意思を示せば過去を水に流すとまではいかないものの、今よりは歩み寄った国になるだろう。

 

 奴隷としてのこれまでの行いは両種族にとって忘れられるようなものではないが、それでも今よりはずっと笑顔が増える国となる。

 

 ギリヤギナも、シャクコポルも、すべての民が『共存』する未来という戦は時間がかかろうともカルラとレワタウは戦いぬいていくと信じた。

 

 この国の皇として、未来を娘に託したならば、それが自分の最後の仕事になるとも分かっていた。

 

 皇は自分がギリヤギナ族のこれまでの罪を全て背負って死ぬ気であったのだ。

 新しい時代の来訪を迎える悪しき過去の象徴として、自分が戦うよりも娘が向かっていく、これからの時代、『共存』という名の戦を生き抜いていく生き様を迎えられるように。

 

 それが少し早まっただけ。

 こうしてラルマニオヌ皇は満足して死んだのだった。




 「死に様」ではなく「生き様」。

 満足して己の信念に則った死なら構わない!
 そんな男らしさがラルマニオヌ皇から出せていればいいのですが。

 資料として色々な国の歴史書なんかにも手を出すようにしていましていましたが、オスマン帝国にハマってきましたが、結局書いていないという今。

 というか歴史ものも書きたいジャンルですが、私が書くとハッピーエンドにしたいがために歴史を改編してしまいますからね。

 歴史小説を書く意味がなくなってしまうんですよw

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