艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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あのさ、金剛ちゃんとまたお茶がしたいんだ。

「お姉さまが相手でも、手加減はしません!」

「望むところネ!」

 

 東北第二鎮守府、演習海域。演習での対戦相手どうしの比叡と金剛が大きな声で交わし、それぞれの演習開始地点へと向かう。

 比叡が属する第一鎮守府側は西に、金剛が属する第二鎮守府側は東に移動する。その途中で金剛は奇妙な幸福感を抱いていた。

 ショートカットのかわいらしくも凛々しい娘。それが艦娘としての比叡の姿だった。眼を見ればこの日まで艦娘として強く戦い続けてきたことは分かる。

 艦娘としての生を受けたのは自分よりも遅いはずだが、練度はもう差をつけられてしまっているかもしれない――金剛はそう思っても、やはり幸せだと感じるのを抑えられない。

 

「どうしたの? とうとうおかしくなった?」

 

 北上が呆れたように言葉を向けた。この時になって金剛は自分がえへらんと笑っていることを自覚する。一度大きく息を吸った金剛は改めて大きな笑顔を浮かべた。

 

「もし私が解体されても、比叡がいれば大丈夫だろうなって思っていたネー」

「……あのさ。そんなんじゃ困るんだけど」

「大丈夫! 私はポンコツじゃないヨ! 北上もすぐに分かるデース!」

「ああそう? ま、足だけは絶対に引っ張らないでよねー」

 

北上の態度はそっけないが、それが金剛の助けになっていた。昨日のように敵意をむき出しにせず、意識を前向きに演習に向けようとしている。古鷹もそれが分かっていたようで、後ろを行く金剛にウィンクを投げていた。

 

「一応あたしが旗艦だから、まあよろしく。とりあえず単縦陣で行くよ。先頭からあたし、古鷹っち、金剛さんで。優先して狙うのは敵軽巡か重巡かな、まあ、がんばりましょー」

 

 気の抜けた声だが、これが北上が本領を発揮するための準備であることを金剛は知っている。なんてマイペースな艦娘なのだと思っていたら想像以上の戦果――特に魚雷射出に関するダメージやアシスト――が大きかったのは記憶に新しい。

 

「はい!」

「Okay!」

「そんじゃ演習開始まで待機。ルールの確認は口頭でしようか? あ、しなくていい? そっか」

 

 ふたりがかぶりを振ったのを見た北上は大きな背伸びをする。演習開始まで、残り1分を切ったばかりだった。

 

 今回の演習のルールは単純で、お互いの砲に装填されたペイントボールによって着色されるとダメージを受けた扱いになる。環境汚染の心配はない塗料がどれだけかかったかによってダメージの度合いの判定を行い、大破扱いになると行動不能となる。

 特別ルールとして、軽巡艦娘が戦艦艦娘からの砲撃を受けると一撃で大破扱いとすることを定めている。また、戦艦は魚雷の攻撃を一発でも受けると即時大破とすることになっている。

 戦艦艦娘である金剛と比叡が搭載するペイントボールは赤。軽巡・重巡艦娘が搭載するボールは青。模擬魚雷には黄色のインクが満載だ。

 

 

 

 演習海域に響き渡るサイレン。金剛の解体撤回をかけた演習が始まろうとしている。

 

「そんじゃあたしに続いて。敵との遭遇まで速度を控えめに。遅れずについてきてよ」

 

 古鷹と金剛の了解の声を待ってから北上が先陣を切る。最大速度の半分ほどしか出していないが、古鷹も金剛もついていくのは余裕そうだった。

 演習の前に相手側の装備を確かめたが誰も航空機は持っていない――記憶を確かめた金剛は、北上が左にかじを切って移動するのについていく。

 こうして動いてみれば簡単にできることのはずだが、巌提督に怒鳴られ、怒られ、ショックを受けたあの日からの絶不調の頃はこんなことすら出来なかったのを金剛は思い出した。

 

(こんなのが出来るようになったからって誰も認めるはずがない……演習相手を倒すのに貢献しないと、私は――)

「あれ、敵艦隊じゃあ!?」

 

 古鷹が声を上げる。金剛たちから見て右側の水平線に人の影はあった。ちょうど3つぶんの影。それらは金剛たちとすれ違いを起こすように突っ込む軌道に変えてきた。

 

「金剛さん、撃てる?」

「余裕で狙えるワ! Fireee!!」

 

 北上の問いに金剛が勢いの良い行動で返した。空を割らんとする砲撃音とともに赤いペイントボールが放物線を描いて海の上を飛ぶ。もk水で弾着を確認するも、命中もせず至近弾でもない様子だった。

 だが次の砲撃の狙いをつけるのは簡単だった。金剛の砲撃は夾叉に終わっていたのである。砲撃は性質上狙い通りに飛ばずばらつくのが常だが、砲弾が標的を挟みこむように向かったのならば、それは相手の運が良かっただけの話である。

 

「速度上げるよ。援護頼むわー」

 

 金剛と古鷹の是の返事を聞いてから北上は前に進みだす。古鷹も金剛も全速を出して航行。全身が熱くなるのを覚えながら狙いをつけ直す。速度が上がれば安定を失う。それに比叡の射程は金剛と同程度だ。どちらが先に当てられるかは勝敗を分ける重要な要素だ。

 

「とりあえず魚雷をぽいーっと。はい、協力して広くばらまくよ。パターン甲で」

「了解!」

 

 示し合わせた北上と古鷹が魚雷を射出する。黄色のインクを満載した模擬魚雷は、敵艦隊の最後尾で砲撃支援に回っている比叡に向かっていた。

 

(相手もきっと同じことを考えているに違いないデス……ここは北上に進言すべき――)

「全艦右に舵取りー面舵いーっぱい。敵も魚雷撃ってるかもだからね、用心するよ」

 

 ――その必要はなさそうだと金剛は踏み、Rogerと返して右脚に力を込める。魚雷の回避は航跡に水平に移動するように行うのが定石だ。間違っても垂直に動けば被弾は免れない。そしてこの演習では戦艦艦娘が魚雷を受ければ問答無用で退場させられるのだ。

 その代わりというべきか、軽巡艦娘は戦艦艦娘の攻撃を一発でも受ければ戦闘不能扱いになる。早いうちに戦艦艦娘を失うのは不利を見るのは明らかだった。

 

「みんな、魚雷の航跡見えました!」

 

 古鷹が金剛と北上に向けて呼びかけつつ、近づいてくる敵艦隊に向けて砲撃を向ける。演習相手は積極的に攻めるつもりらしい。だが金剛らの側が有利な状態と言えた。

 金剛の側が有利な丁字になったのである。北上が意図してやったのか、それとも相手がやらかしたのかは金剛には分からない。それでもチャンスであることは分かる。

 背負う艦娘用艤装の中で砲弾装填などの支援を行う妖精たちが金剛に「次の砲撃準備が完了した」と告げる。直接に声に出すのではなく、金剛の頭に呼びかけるように。

 

「そこっ、FireeeEE!!」

 

 最後尾を行く金剛から見て一番近いのは、相手艦隊の最前線を行く球磨であった。球磨型一番艦の彼女と同型三番艦の北上はある種の姉妹関係にあたるが、それでも演習で争う同士では関係のないことのようだった。

 金剛に狙われたと悟ったらしい球磨――北上と同型艦の割には制服の意匠が違っている――は慌てて左に回避行動を取ろうとしたが、金剛の四基八門の砲撃をひとつ受けてしまう。

 

「命中確認デース!」

 

 喜び勇む金剛。同時に魚雷の航跡を見切って即時戦闘不能判定を受けることはなかった。

 北上はその一部始終を見ている。これまでの金剛の動きは北上が抱いていたイメージとはまるで違うものだった。

 別人が金剛の体を乗っ取って動かしているのではないかとすら思えたが、それは違うと北上は心のなかでかぶりを振りながら愛宕めがけて砲を放つ。北上の青いペイントボールは愛宕の豊満な胸を更に強調させるように着色させていた。

 

「……金剛さん、いや、金剛っち!」

「What!?」

「調子出てきたじゃん。……おかえり!」

 

 北上は満面の笑みを浮かべて金剛を見る。砲撃が一度止んでわずかに余裕があった時間だからこそ出来た行動だ。

 昨日にあれだけ強い敵意や反対を向けていたのにと金剛は戸惑うが、すぐに小森の言葉を思い出した。

 ――北上ちゃんの態度はきつかったけど、金剛ちゃんを見放してなんていないって思うんだ――小森の言うとおりだった、と金剛は心を強く打たれ、目に涙を浮かべつつ、拭うことなく比叡に砲を向ける。

 

「小森サン、私はもう大丈夫デース! 望み通りに深海棲艦を倒す、それが私に出来る恩返しネー!!」

 

 

 

 その頃、巌提督と小森は金剛が完全に調子を取り戻していた場面を見ていた。小森が操縦するドローンが搭載するカメラは、金剛が複雑に航行しながら球磨を戦闘不能判定まで追い込んだのを捉えていたのだ。

 

「少し前のあいつはこんなこと出来るはずがなかった。小森、お前は一体なにをした?」

「なにもしていませんよ」

「つまらない嘘を言うな! なにもせずに金剛の改善ができるわけがないだろうが!」

「特別なことは、と但し書きがつくのですけどね。私は金剛ちゃんと友達になっただけです」

「なっ――いま、なんと言った!?」

「友達になっただけです。彼女がしたいことを一緒にして楽しんだり、私のつまらないジョークをタネにして笑ったり……ふつうの友達どうしでするようなことをやっただけなんですよ」

「そんなバカな……」

「提督、あの時に言いましたよね、金剛ちゃんが改善すれば提督はなにかするって。私のリクエストは……そうですね、金剛ちゃんとお茶をするのはどうでしょう?」

「……どうやらそれどころじゃないらしい」

 

 巌提督の視線が自分から外れたのを認めた小森は、小屋の中にある機械が赤い光を灯したのを見る。少し遅れてけたたましいサイレンが演習海域中に響いた。

 

「レーダーが深海棲艦を捉えた!?」

「すぐに演習艦隊を引っ込め――いや、足止めがなければ奴らの侵攻速度なら危険だ。誰かが足止めをしなければ!」

 

 巌提督は立ち上がると機械に備え付けの無線機を手に取る。そんな提督を見た小森はあることを思い出した。

 いまこの時間、この鎮守府には演習艦隊の艦娘しかいないはずだ。他はやや遠くの海域に出撃し、任務を行っている最中だ。だから動けるのは演習艦隊の艦娘しかいない。

 しかし演習艦隊の艦娘は演習向けの艦娘用艤装しか持っていない。深海棲艦にダメージを与えられる装備を誰も持っていないのだ。だから、誰かが足止めをするということは、その誰かが非常に危険な目に遭うことになる。

 

「聞こえるか、東北第二鎮守府提督の巌だ。現在、深海棲艦の部隊がこの海域に接近している。直ちに演習を終了し帰還、艦娘用艤装を換装し迎撃に迎え。だがすぐに動ける者は君たちしかいない」

 

 ここで誰かを非常に危険な目に遭わせるつもりだ。誰かを生贄にするつもりだ! 小森は目を開いて巌提督に向く。彼の横顔にはダラダラと汗が流れていて、苦しそうにしているのが小森にも分かった。

 

「そこで金剛、お前に命令を出す。単身で敵を食い止めろ。金剛型の速力と装甲があれば時間稼ぎは出来るはずだ」

〈Okay! 提督ぅ、私に任せるネー!〉

 

 こんなの間違っている! 叫び声が喉まで出かかって、しかし小森は抑えこんだ。抑え込められた。

 無線のやり取りでは、比叡も金剛とともに足止めのために向かうことになりつつあるのが聞こえる。事態が急展開を迎えたことに、小森はただただ衝撃を受けていた。

 

「小森。お前はずいぶんと金剛に肩入れてしていたろうからこう思っていることだろう。こんなのは間違っている、と」

「……」

「こんなのことのために金剛を改善させたのではない、と。だがな小森、お前がこれまでやって来たことはすべて、こんなことのためなのだ」

「分かっていたつもりでした。提督、話をさせてもらっても?」

 

 巌提督は無言で無線機を小森に差し出す。深呼吸をした小森は静かに口を開いた。その表情はひどく憔悴しきっている。

 

「金剛ちゃん、聞こえる?」

〈え? 小森サン?〉

「いまのお話全部聞いてた。……かなり危険な任務、だよね?」

〈Exactly……その通りネー〉

「あのさ、金剛ちゃんとまたお茶がしたいんだ。だから……だから、必ず生きて帰ってきて!」

 

 小森の言葉に巌提督が驚きを隠さぬように目を開いた。小森にだって自分が間違ったことを言っているのは分かっている。艦娘は兵器であり、彼女たちの使命は戦場で戦うことだ。そのために死ぬことだって厭うことはない。

 

〈それは、その、小森サン――〉

「生きて帰ってくるって、約束して! 私たち、友達でしょう!? 嫌よ私は!!」

〈――Okay、帰ってくるデス。だから待っててヨ!〉

 

 小森の手から無線機が取り上げられる。巌提督はそのまま金剛たちに追加の指示を出してから、遠征に出ている艦娘たちの行動指針変更を伝えていく。

 床にへたんと座り込んでしまった小森は動けないでいた。自分が所属している臨時海軍はこういう場所だったはずだ。理解していたはずだ。

 しかし。いままで人間として見ていなかった艦娘を友達とまで思うようになってしまえば。金剛を失うかもしれないという恐怖は。小森の心に爪を立てて鈍く醜く引き裂いていく。

 


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