艦娘・金剛型一番艦、金剛。お前の解体処分を宣言する
「艦娘・金剛型一番艦、金剛。お前の解体処分を宣言する」
東北第二鎮守府の執務室にて。同鎮守府の提督である巌賢友は静かに、しかし厳しい調子で重々しく口を開いた。50は過ぎている男の顔はひどく険しく、常人であれば近づきがたいように恐ろしい顔立ちをしている。
分厚い窓は春先の、しかし冬の残り香のような寒気を閉めきっている。それでも執務室の空気は冷えきっていた。
巌提督が目を向けているのは齢19程の女性だった。白く丈の短い巫女服のような、それにしては丈の短いスカートという出で立ち。分厚い服だが、豊満な体の線が分かるように膨らみを持っている。
そんなのには目をくれない巌提督は、彼が金剛と呼んだ人物がこの世の終わりのように膝をついたのを、ひどく冷めた目で見つめていた。
「解体処分のために東京の大本営に護送する準備が必要だ。明日にはこちらに到着するよう手配する、お前はすぐに荷物の準備を――」
「待ってください! どうして金剛が解体処分を受けなければならないのですか? 理由もなく貴重な戦艦艦娘を放棄するのはなんの利益もありません!」
声を荒げたのは黒いスーツの女性だった。
外見は20程の年齢の、背の小さな女性だ。柔らかい印象のタレ目に童顔。スーツは分厚いものではないが、みてとれる体の線は豊かとは呼びがたい。
そんな女性は胸元に「小森」という名札をつけている。そこには小さく「東北第二鎮守府所属データアナリスト」と刻まれていた。
「理由がほしいか小森?」
「はい」
「実際に部下を指揮するわけではないお前が? 理由が欲しいだと?」
「そうです」
「データアナリストとしてお前は金剛の戦闘記録をつけていただろう。この一か月、金剛はまともな戦果をあげてはおらんのだ。お前がそう提出し、俺もこの目で確かめている」
いかめしい顔つきは険しさを深め、黒スーツの小森を射抜くようににらんでいる。
まともな戦果――小森は自分がまとめ上げたデータのことはよく覚えている。
確かに金剛は深海棲艦との戦いの足を引っ張っている。攻撃を当てられず、誰もが避けられるようなものを避けられず。第三者の目線でデータをつけていた結果がこれか、と小森は内心で頭を抱えた。
そもそも解体処分とは、艦娘を二度と戦えなくする処置のことを言う。深海棲艦に対抗できる手段、すなわち艦娘の数は多いとはいえない。小森は巌提督の判断は間違えていると感じた。
「提督、それは理由になりえません」
「なに?」
「たしかに金剛の戦績は落ち込んでいます。実戦でも演習でも参加初期のような良い成績を出せてはいません」
「ああ」
「しかし艦娘は深海棲艦に対抗できる唯一の手段、唯一の兵器なのです! どうして解体処分などさせられるのです? 冷静に考えればそのくらい分かるはずです!」
「士気の問題だ。使えないものがのうのうと鎮守府にいられては、まともな艦娘からの不満が上がる。戦艦の船魂を埋められただけで重宝するだなんて、戦艦艦娘に火力の劣る者どもが知れば士気は乱れるだろう」
「それは……」
言い返せなかった。巌提督の言おうとしていることは小森にも分かることだった。強い戦力になり得るから特別扱いをするというのでは、ともに戦う艦娘から不満の声が上がるのは間違いない。
しかも彼女たちがやっているのは大金を注ぎ込んだおゆうぎかいなどではない。八百長はびこる予定調和の戦いでもない。血で血を洗う残酷な戦争だ。人類が滅びから逃れるための。
「まったく、感情などという余計なものをつけた『亡命者』にはがっかりだ。まるで人間のように振る舞いおって、兵器のくせに使いにくいといったらないぞ」
いまいましいものを見るように金剛を見下ろす巌提督。そんな彼に小森はまだ食い下がろうと口を開いた。
「ですが貴重な戦力を無駄にすることはないでしょう!」
「無駄? 無駄と言ったか? この判断が間違っているとでも?」
「金剛は稼働初期の戦績は悪くなかったはずです。自分でまとめたデータですから、わかります」
小森は執務机のデスクトップPCを指差す。そこにはデータアナリストとして収集し、観やすいように編集した艦娘たちの情報が収められている。
提督の間で当たり前とされる情報――演習の積み重ねが実戦で高い戦績を上げるのに貢献しているなど――の基礎作りに、小森たちデータアナリストは深く関与していた。
「そこまで言うには、なにか考えがあるのだろうな?」
「原因があるなら取り除いたり改善すれば良いだけです。お時間をいただければ、金剛の不調を改善できることでしょう」
「……三日間の時間をやろう」
「え? たったの三日間ですか?」
「たったの? 俺としては三日間も時間をくれてやっていると考えているが? 役立たずを長く置く理由などないと言ったのを忘れたのか?」
「いいえ。3日で金剛の状態を改善してみせます」
まっすぐに巌提督をみつめて小森は言う。彼女の心が自信であふれているわけではない。本当にできるのかどうか判断すらつかないのに三日間という時間はあまりに短い。
しかしそれでも小森は取り下げるつもりなどなかった。こんなのは間違っている。貴重な艦娘の数を自分から減らそうとするなど、正気の沙汰ではない。
「成し遂げられねば、その時は罰を与える」
「罰?」
「この第二鎮守府の指揮を乱す片棒を担ぐ行いをしようとしているのだからな。それなりに重い罰を考えている」
「……私は殺されるのですか?」
脅しである。
ただの一般人である小森には鈍い凶器で心臓をねちねちと潰されるような思いがあったが、それでも小森は屈しなかった。
目の前で死人のように口を利かない金剛の背中は、まるで生きた人間のように感情が豊かだった。ネガティブな感情が。
もしかしたら、と小盛り上そんな姿に希望を見出した。
もしかしたら、艦娘が心に人間と同じ心を持つなら。内側の船魂が生きた人間のふりをしていないのなら。真正面からの説得は通用するかもしれない。
「わかりました。死罪以外ならどんな罰でも受けましょう」
「安心しろ、極刑になど処すわけがないだろ。鎮守府追放と臨時海軍からの除名で済ませる」
「……もし、金剛の改善に成功したら」
「む?」
「巌提督は、なにを、してくれますか?」
「その時は自分のああまりを認めよう。そして、その時で最善の判断を下す」
自分の提案を「ふざけるな」と一蹴するのではと小森は予想したが、それは外れた。
納得するように頷いた小森は金剛を立たせると、手を引いて執務室を後にする。
原因があるのなら、艦娘が人間のふりをしていないなら、自分が無理をする価値はある――小森は強く思う。人類を助けるために艦娘を助けること。これが自分の使命なのだと。