艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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ワンフォーオール(オールフォーワン) 後

 最前線を往くシルバーホーク隊。6機のシルバーホークが対空砲火に埋めつくされた大空を飛ぶ。彼らは艦娘たちがこの作戦領域位に到達する前に敵戦力を削っていかねばならない。

 総数9隻の水棲生物型巨大戦艦と、それを護衛するように展開する100を超える深海棲艦たち。グレートシング・アビスを中心に据えた輪形陣のような様相である。

 これに一網打尽の一撃を与えるにはヴァディスシルバーホークのブラックホールボンバーが最も効果的だ――そう判断したオールドは、全員に聞こえるように無線通信に向かって叫ぶ。

 

〈ヒストリエ! ブラックホールボンバーの準備を!〉

〈了解。それが良さそうね。艦娘たちは聞こえている? 通常の艦載機の着艦とアームの展開を!〉

 

 ヒストリエの呼びかけに艦娘たちは了解の声を返し、すぐに用意が整ったことを返した。それを信じたヒストリエは急降下、ブラックホールボンバーの投下に向かう。その動きに合わせ、ブルーはその援護をするべく、下に向けて設置バーストを照射した。

 

 ブラックホールボンバーは超重力を発生させ極小のブラックホールを生み出す爆弾だ。地球上に出現したブラックホールは森羅万象をゆがめ、万物を捻じ曲げ、吸い込んでいく。

 海は昇り、光は歪み。空すら捻じ曲げて吸い込む。並の深海棲艦たちに使えば全滅させるのは容易い。超重力は巨大戦艦の装甲にも十分なダメージを与えるポテンシャルを秘めている。

 

〈ブラックホールボンバー、投下!〉

 

 グレートシング・アビスめがけてヴァディスが急降下、ネクストのバーストに守られながら爆弾投下。

 妙な間があいて、空を埋め尽くしていた砲撃音が歪む。ありとあらゆる対空弾幕が軌跡を捻じ曲げられ、発生した暗黒にすべて吸い込まれていく。

 吸い込まれていくのは深海棲艦たちもそうだった。人の形を成していないイ級のような者どもが浮き上がり、為す術もなく暗黒に呑まれていく。だが、一部の深海棲艦は緑色の膜を展開していて、そうしている者は超重力の影響を受けていないようだった。

 

〈ッ!? 深海棲艦もアームを展開しているわ!〉

〈おじさんそんなの聞いてねえぞ! ええい、アダム! お前のアムネリアでグレートシングの相手を頼む! ヴェルデとヒストリエは2機1編成で深海棲艦を、おじさんとブルーとレッドで巨大戦艦を倒すぞ!〉

 

 急な編成の変更であるがシルバーホーク乗りたちは揃って是の返答をし、それぞれの任務に向かっていく。

 艦娘たちが到着するまで5分程度かかるだろう。それまでに多くの敵を排除できなければ、艦娘たちを待ち受けるのは死の領域である。戦場であれば誰が死のうが不思議ではないが、無駄死させるわけにはいかない。

 ブラックホールボンバーの効果が終わりを迎え、少しずつ天候や空の見え方が戻っていく。歪められたものは徐々に元の形を取り戻していったが、しかしシルバーホーク隊の戦闘の決定打にはなっていなかった。深海棲艦たちは生きているのが多いし、

 

〈おっさん! どいつから叩く!?〉

〈戦いやすい奴を選んでいけ! おじさんはブライトリーステアをやる!〉

 

 眼下の海は巨大戦艦たちが埋め尽くしている。

 アイアンフォスル(シーラカンス)エンシェントバラージ(ウミガメ)ハイパージョー(ミツクリザメ)サウザンドナイブズ(ミノカサゴ)ミラージュキャッスル(ハリセンボン)。それだけではない。

 ライトニングクロウ(ノコギリエイ)ブライトリーステア(デメニギス)バイオレントルーラー(ダイオウグソクムシ)の、計8隻。シルバーホーク6機で応対しきれる物量ではないし、そこから3機しか立ち向かわないのであればかなりの不利を背負う。

 

 しかし、ここでやらねばならないのが彼らだった。

 オールドは敵の大艦隊の後方を固めるブライトリーステアを、レッドとブルーは最先鋒のアイアンフォスルを叩きに行く。オリジンとネクスト、そしてレジェンドの捨て身とも呼べる攻撃は、しかし他の巨大戦艦や深海棲艦らが迎撃に向かおうとして上手く動き回れない。

 苦戦するオールドとブルーを支えるのは、ヴェルデとヒストリエだった。ふたりは対空弾幕を張る深海棲艦たちに狙いを絞って大暴れしていく。

 フォーミュラは自慢の最大速度をもって「ひき逃げ」のように空から海へそして空へと高速機動をして、深海棲艦たちを容赦なく屠っていく。ヴァディスも他のシルバーホークとは比べ物にならない主武装連射速度を押し付けるように深海棲艦たちを狙っていく。

 

 さて、敵の大艦隊であるが、これは前進するのを緩めていない。否、緩めてはいるのだが、右に左にと舵を取り、シルバーホーク隊の攻撃に対応している。

 ベルサーの基本的な戦略は「単艦侵攻」であるはずで、艦隊行動など経験しているベルサーのグループはそうはないはずなのだが、その前提を覆すことばかりが起きている――オールドは焦りを覚えていた。

 

〈おっさん! アイアンフォスルの中破を確認した!〉

〈了解だ。 アダム! ベルサー艦もキャプチャーできるのか!?〉

〈可能なように調整はしています!〉

〈ならアイアンフォスルをキャプチャーだ! グレートシングとの戦いの役に立つはずだ!〉

 

 ありがとうございます――言うが早いか、もはや分厚い壁と化した対空砲火からアムネリアが飛び出し、機首をアイアンフォスルに向ける。大きなウロコ型装甲の所々から黒い煙が上がっているが、その頭部にキャプチャーボールが直撃するとまるで生き物のように痙攣を始めた。

 

〈いけるのか、アダム?〉

〈たぶん大丈夫です。レッドさんたちは別の巨大戦艦を!〉

 

 アダムの言葉を受けてブルーは先鋒のライトニングクロウ、レッドはハイパージョーに向かっていく。

 その頃にはアイアンフォスルがアムネリアの後ろをくっつくように浮いている。アムネリアの攻撃と連携するように口から拡散ショットを放ち、ウロコ状の大きな装甲から小さなウロコ弾をばらまいていく。尾部からバーストビームすら巨大戦艦や深海棲艦にも見舞っていた。

 鹵獲されたアイアンフォスルはアムネリアの「僚機」としての活躍を存分に披露している。海を埋め尽くす深海棲艦や他の巨大戦艦に有効なダメージを与えたり、良い牽制になるように機能していたが、グレートシング・アビスにはなんの効果もなかった。分厚すぎる対空砲火、強固すぎる装甲の前には無力であった。

 

〈オール・ナッシングの力を使わないと太刀打ち出来ないか。αビーム、充填開始!〉

 

 宣言するアダム。アムネリアの後ろを追従していたアイアンフォスルは、もはや原型をとどめているのが奇跡に近いほどに朽ちている。アムネリアの盾となり矛となり、そして最後にはαビームのエネルギー源として還元されていく。

 アイアンフォスルがアムネリアの前方に吸い寄せられ、そのまま蒼い光の玉になる。この時、アムネリアの周囲には、名状しがたい呼吸音のようなものが響いていた。こおお、と大きく息を吸うような、そんなものが戦場を満たしていく。

 

〈αビーム発射あっ!!〉

 

 アムネリアが急上昇。直後に急旋回して機首をグレートシング・アビスに向けると、蒼い光が爆発。同時に蒼い光の束が機首から放たれた。

 まるで稲妻のように激しい光の奔流。誰にも押しとどめることが出来ない大河の氾濫のような。そんな光の束はグレートシング・アビスの分厚い対空砲火を押しつぶし、そのまま直撃する。

 爆発音が連続し、衝撃があたりを震わせていく。海面は大きく荒れ、嵐が吹き荒ぶような荒波が巻き起こる。元からブラックホールボンバーが天候を歪めてはいたが、αビームが与える影響もとてつもなく大きいものだった。

 αビーム着弾の爆発でどれだけのダメージを与えられているかは分からないが、グレートシング・アビスは潜航しようとしている。もしかするとαビームはかなり効果的な攻撃なのかもしれない、とオールドは直感する。 

 巨大戦艦を攻撃し中破させ、アムネリアにキャプチャーさせ、αビームをグレートシング・アビスに叩き込む――これなら圧倒的な数的不利を覆せるかもしれない。そんな期待を胸にオールドはトリガーを引き絞った。

 

 

 

「最前線より報告!戦況はなんとか戦えている状態みたい。シルバーホーク隊は一機も欠けることなく戦闘を続行しているわ」

 

 小森提督はキメリカル・セイバーズの面々に伝えるべくマイクを握りしめていた。

 彼女は顔に汗を浮かべ、マイクを握る手もぬるぬるしているのも自覚していた。だが状況の伝達にひとつ間を置くつもりはなかった。

 シルバーホーク隊から状況を知らせることも出来るが、彼らがいるのは激戦区。戦闘の音が状況伝達の妨げになるのは間違いない。

 

「キメリカル・セイバーズの艦娘部隊はどう? 第一から第三艦隊まで合流出来ている?」

〈できてるネー! シルバーホーク隊のところまで、あと3分で到着デース!〉

「了解。そのまま突撃して敵大艦隊を撃破して! それと、シルバーホーク隊の再着艦と補給をさせて。混戦の中に突っ込んで発着艦が出来るとは思えない」

 

 もう帰還命令は出していますよ、と赤城が横から割り込んでくる。それならよかった、と小森提督は返すと、状況報告の続きを始めた。

 

「ベルサーの巨大戦艦だけど、アイアンフォスルとブライトリーステアの撃破を確認してる。それと、まだ交戦したことがない種類のやつがいる。グソクムシがモチーフのバイオレントルーラー、ノコギリエイがモチーフのライトニングクロウは、まだ戦っていないでしょう?」

〈金剛たちはそうだな。青海提督の所属だった者も交戦したことはない。もちろん我々もだ〉

「長門ちゃん! わかったよ、気をつける点をアダムくんから聞いたから伝えるね。ライトニングクロウは、背中の部分に装備しているレーザー砲に注意して。アーム発生装置を起動して耐えたほうがいいわ。バーストビームでは遮ることが出来ない」

〈承知した。対策は立てられると思う〉

「頼んだよ。バイオレントルーラーは口のあたりからレーザー弾幕を張ってくる。艦娘が相手するならバーストビームでうまく防御して。丸まってからの緑色のレーザーブレードはバーストビームで遮れない。魚雷を見舞うのに接近する場合は注意して」

〈大丈夫、みんなに聞こえている。他に伝えることはあるのか?〉

「ううん。もうないよ。……みんななら大丈夫。この戦いは勝てるよ」

 

 無線連絡を終了させる。

 生きて帰って来い、とは言わなかった。生きて帰りたいとも言われなかった。

 最悪の状況はいくらでも想定できる。

 自分が大事に思っている艦娘たちや、短いながらも交流を深められていた宇宙人が危険な状況で抗っている。

 そんな中で「全員生存」がかなり難しいであろうことを小森提督は覚悟していた。

 

「小森さんさ」

「え?」

「……覚悟はできてんの?」

 

 小森提督のとなりには紅玉が立っている。巫女服姿の彼女は執務机の上にあるふたつのヘッドギアを指差した。

 

「誰かが永遠に帰ってこないかもしれない、というのは覚悟していますよ」

「そうじゃなくってさ。小森さんがずっと戻ってこれなくなるかもしれないよってこと。その覚悟はできてるの?」

「怖いですよそりゃ。でも、怖がってばかりじゃあの子たちに提督ですよーって胸をはれないです。悪いことしたなって思うのは……あの子たちに私が負っているリスクをちゃんと説明していないことですね」

「じゃあこれは、もしものためのものってわけだね」

 

 紅玉は机の上にある細い封筒に手を伸ばした。

 それには細い筆文字で「遺書」とある。艦娘たちがこれを書いて出撃するのはよくあることだと小森提督は聞いていた。が、提督が遺書を書くのはあまり聞いたことがないと心のなかで笑う。

 

「もしもシーマとの対話で私が戻ってこれなくなったら……ちゃんとした伝言を残さないと悲しむでしょう?」

「そうだね。ま、私が小森さんを守ってあげるよ。保証は出来ないけどね」

「頼りにしています。……さあ、あの子たちが勝ったと聞きましょう。紅玉さん、コーヒーなんてどうですか?」

「最期の一杯がコーヒー? それもインスタントの?」

「変に高級な豆を挽いたって落ち着かないですよ。さあ、あの子たちが勝つのを祈りましょうか」

 

 

 

 

 

 

「フォーミュラシルバーホークバースト、着艦! 補給作業にはいります!」

「同じくヴァディスシルバーホーク着艦です。補給作業の後、全機発艦です!」

 

 キメリカル・セイバーズ第三艦隊の瑞鳳と祥鳳が周りに告げる。承知した、と長門は答え、水平線の向こう側に見える敵の大艦隊を睨みつけた。

 シルバーホーク隊の活躍があってか、最初に聞いた時に誰もが創造した時刻のような光景はいくらかは和らいでいた。深海棲艦の数は30数、巨大戦艦の数もだいぶ減っている。サウザンドナイブズ、ライトニングクロウ、バイオレントルーラーの3隻しか残っていない。

 だがシルバーホークのパイロットたちの消耗は激しいようだ。人間ではないアダムとレッドは疲れをあまりみせていないが、他のパイロットたちの疲労はかなり蓄積している。

 疲れやストレスをためた人間はどんなミスでも犯すだろうし、そうなればきっと撃墜される。妖精と艦娘用艦載機はいくらでも復活するが、ここでの損失は創造液ないほどの被害をもたらすのは必定だった。

 

〈第一艦隊はサウザンドナイブズ、第二艦隊はライトニングクロウ、第三艦隊はバイオレントルーラーを撃破するデース!〉

〈了解です金剛お姉さま! 榛名たち、がんばります!〉

〈承知した。全員、この長門に続け! シルバーホーク乗りたちの努力を無駄にするな!〉

 

 おおおおお!!――キメリカル・セイバーズたちの怒声が海に響いていく。

 彼女たちはそれぞれの武器を構え、アーム発生装置のスイッチを入れ、戦うために前に進む。他の艦隊もシルバーホークと通常の航空戦力を発艦させ、迫る敵に立ち向かっていく。

 

 第一艦隊の先鋒を往くのは北方棲姫と金剛と比叡である。その後ろに空母艦娘の赤城と鳳翔が続き、その両横を愛宕と摩耶が守っている。

 彼女たちが戦おうとしている相手はサウザンドナイブズ。ミノカサゴがモチーフの、ヒレ状の分離ユニットを攻防一体のために展開する難敵だ。

 

〈おいみんな、聞こえるか!?〉

「オールドの通信……? Yes、ちゃんと聞こえるデース!」

〈敵艦隊の中心にグレートシング・アビスがいるのがわかるか? そこにはまだ近づくな! まわりの巨大戦艦や深海棲艦から片付けてくれ!〉

「Okay! 任せるネー!」

〈いまのグレートシング・アビスは艦娘じゃダメージを与えるのは無理だ。装甲が厚くて強固すぎるんだ。いまはアムネリアがαビームでどうにかしようとしてくれてるが、各艦隊が巨大戦艦を弱らせたなら報告してくれ。そいつをアムネリアにキャプチャーしてもらう〉

 

 金剛は敵艦隊の中心に目を向ける。

 黒い大きな機械鯨が狂ったように対空弾幕を張っている。それに晒されているのはアムネリアシルバーホークだった。

 アダムがグレートシング・アビスの注意をひきつけている――それはいつまでもつか分からないが、とにかく、いまが他の巨大戦艦や深海棲艦を倒す唯一のチャンスであることを金剛は理解した。

 

「了解ネ、赤いスパークが見えたら知らせるデース!」

〈頼んだぜ! さ、おじさんもひと暴れするぞ!〉

 

 無理を押した声であることは分かったが、金剛は気にしないことにした。それがオールドへの気遣いになることは明白だった。

 

「レッドさん! 第一艦隊でサウザンドナイブズの左舷を攻撃します、右舷側の注意をひきつけて!」

〈了解だ。赤城の注文通りやってみせるさ〉

 

 先にサウザンドナイブズと交戦していたレジェンドが海に潜り、サウザンドナイブズの右舷側の海面から飛び出す。右舷側に分離ユニットが集中したのを確認した金剛たちは一斉砲撃を開始する。

 第一艦隊が攻撃を担当した左舷側には分離ユニットの数は少ない。しかし防御展開されたそれに一斉砲撃の殆どが防がれてしまう。だが第一艦隊の攻撃はムダにはなっていない。赤城と鳳翔が発艦させた爆撃機の攻撃もあり、左舷側の分離ユニットはすべて破壊できていた。

 

「やったな姉貴! もう8本くらいはぶっ壊したぜ!」

「この調子でいくわよ、摩耶ちゃん!」

「おう! 力を合わせりゃ怖いもんなんてないっ!!」

 

 左舷側に新たに展開された分離ユニットは赤城と鳳翔を狙っていたが、攻撃自体は緑のアームで防げていた。その間に北方棲姫が空母艦娘をかばい、摩耶と愛宕が分離ユニットを砲撃で破壊し、その隙に金剛と比叡がサウザンドナイブズに砲撃を直撃させていた。

 

〈砲弾の貫通を確認! すごいなこれは、大ダメージだ!〉

「やりましたよお姉さま! これならいける!」

〈もう少しでキャプチャーが出来る状態になるだろう。気を緩めるな!〉

 

 もちろんだ! 摩耶がそう返して両腕に備えた杭を構える。艦娘用に調整されたバースト機関で、出力はシルバーホークバーストの設置バースト程度に抑えられているものだ。

 北方棲姫が腰のあたりから生やしている砲にもバースト機関が搭載されている。いつでも撃てるように構えていた。

 サウザンドナイブズは左舷にいる第一艦隊の脅威度を改めたのか、右舷に差し向けていた分離ユニットを左舷に再分配して一箇所に集めていく。

 金剛たち小森提督の艦娘は、それがどんな攻撃か理解していた。鎮守府の近くまで押し寄せたあのサウザンドナイブズは、分離ユニットを複数集めることでバーストビームを放ってくる――金剛は振り返って北方棲姫に叫んだ。

 

「ホッポ! バーストカウンターを狙うデース!」

「エ?」

「敵はバーストビームを撃って来るデス、でも、当たるギリギリでバーストビームを撃てば反撃が出来るデース!」

ワカッタ(分かった)ヤッテミル、マカセテ(やってみる、任せて)

 

 北方棲姫は右半身を前に出すように構え、右の凶悪な印象の砲をサウザンドナイブズに向けて突き出す。サウザンドナイブズも口の中に埋め込んでいる拡散砲を向けるべく左に旋回。同時に束ねた分離ユニットのバーストビームの充填を進めていく。

 

〈赤城、避けないのか!?〉

「大丈夫よレッドさん。私は怖いなんて思ってない。あの時とは状況が違うもの」

〈……わかった。任せるぞ!〉

 

 レッドが危惧しているのは、自分が初めて巨大戦艦と対峙した時のことだろう――赤城はそう直感した。あの時はバーストビームの直撃を受けて死に瀕してしまった。

 本当に怖くないといえば嘘になる。だがいまは、あの時とは全く違う。シルバーホークと共に戦って時間は長い。深海棲艦も共に戦っている。そして人類は地球外の技術を手に入れている。ここで負ける理由はない!

 

「北方棲姫さん! お願いします!」

マカサレタ(任された)!」

 

 充填率100%。

 誰が見てもそう分かるほどに赤く光り輝く分離ユニットの束。

 これが向いている先は第一艦隊の面々。その最先鋒に立つ北方棲姫。彼女が構えている砲は蒼い光をたたえている。いつでもバーストビームを撃てる状態にあった。

 西部劇。マカロニ・ウエスタン。早撃ち決闘の緊張感。

 ポップコーンとジュースの匂いに包まれた劇場と違うのは、ここが塩の強い匂いがするということと、荒野ではなく海が舞台であることと、お互いが接近しつつあることだ。

 

 ぽん。

 ぽん。

 ぽん――

 

「わああああああああああっっ!!!」

 

 誰が発した言葉かは分からない。赤城は自分が絶叫していることを自覚していたが、この声が自分のものだけではないことを自覚している。

 隣の鳳翔も来るかもしれない衝撃に備えようと構え、何かを叫んでいるのが見える。自分を守ってくれている摩耶も目の前に迫る赤い光に向かって叫んでいる。そして一番前でバーストビームに立ち向かう北方棲姫はひときわ大きな声をあげていた。

 

 

 

 思わず目をつむっていた赤城は、どれだけ待っても自分を異常な熱量が襲うことがないのを自覚した。右目だけをパチリと開けると、そこには黄金の光の束を放っている北方棲姫の姿があった。

 赤い光の束はもうどこにもない。黄金の光の束にすべて呑まれていて、その行き着く先はサウザンドナイブズの船体である。バーストカウンターの直撃。決定的な一撃が叩きこまれていく。

 

「Good Job!!! ホッポ、とてもすごいデース!」

「ヤッタ! オオオオオッ!!」

「これならCaptureにするのに十分なDamageを与えてるネー! レッド、どうなのヨ!?」

〈ああこれならいけるぞ! アダム! サウザンドナイブズの中破を確認した。キャプチャーボールによる捕獲は可能なはずだ!〉

 

 アダムからの返答はない。

 しかし。

 アムネリアはグレートシング・アビスの猛攻を強行突破してサウザンドナイブズに接近。

 そのままキャプチャーボールを射出し、命中させる。

 サウザンドナイブズも例に漏れずに痙攣するような挙動をしつつふわりと浮いて、そのまま加速度的にアムネリアに追いつくとぴたりと止まり、追従するように動きはじめる。

 

「まずいぞ! グレートシングがこっち向いた!」

 

 背中の砲台から現実離れした量と密度の対空砲火を形成するグレートシング・アビスが「ぬるっ」と旋回し、第一艦隊の面々に向く。バーストカウンターを撃ち続けている北方棲姫が鼻先めがけて照射するが、5秒とたたずに細くなって消えてしまった。

 

「摩耶ちゃん……あの時のこと、思い出さない?」

「ドリルミサイルか! くそっ、こっちはいまはアームがあるけど、あんなヤバイ攻撃に耐えられるかどうか――」

 

 通常のグレートシングのドリルミサイルであればアームの力を借りることで簡単にしのげたかもしれない。

 しかし対峙する敵の名はグレートシング・アビス。その迫力、嵐がきたってすこしもぶれないであろう対空弾幕やそれに伴う轟音は海を大きく荒ぶらせている。直撃を受ければ今度は死ぬかもしれない。

 

「――来やがった! ドリルミサイルだ!!」

〈状況を把握しました。αビームで迎撃します!〉

 

 第一艦隊とグレートシング・アビスの距離は6キロ以上は離れている。その間に割り込んだアムネリアは、そこらの敵に攻撃させていたサウザンドナイブズを蒼いエネルギーの塊に変えて放出した。

 αビーム。蒼い光の大きな束はドリルミサイルを呑み込み、その勢いのままグレートシング・アビスの顔面部を直撃する。丸呑みするほどの勢いはないが、それでもアムネリア以外の攻撃を弾く装甲が弱まっていくのが目に見えて分かる。

 

「すげえな! これなら倒せるかもしれないな、姉貴!」

「ええ! 金剛さん、次はどこに向かうの?」

「第二艦隊の援護に向かうネー! まだグレートシング・アビスは私たちの手に負える相手じゃない。なら、アムネリアのサポートに徹するヨ!」

 

 了解! 第一艦隊の進路はやや離れた場所で戦う第二艦隊に定まり、航行していく。

 

 第二艦隊の面々は榛名と霧島、球磨と吹雪、加賀と龍驤の6名。彼女たちが相手にしているのはライトニングクロウ。ノコギリエイをモチーフとした巨大戦艦だ。

 艦体前面部には4つの大きなレーザー砲が見え、艦首部にはバースト砲としても使える巨大レーザー砲を備えている。他にも艦体後部にはいくつかのレーザー砲。艦の全体をレーザー兵器で覆った砲撃特化艦だ。

 

 金剛は第三艦隊の戦いにも目を向ける。

 長門が旗艦をつとめる彼女たちは、ダイオウグソクムシをモチーフにしたバイオレントルーラーとの戦いの最中である。バイオレントルーラーが海上で丸まりながら回転し、背中の緑色をしたレーザーブレードで斬りつけようとしているのを、長門の指示で艦娘たちが機動して回避しようとしていたところだった。

 

(あれなら大丈夫そう……っ、あれは!?)

 

 比叡もまた、金剛と同じように第三艦隊とバイオレントルーラーの戦いに目を向けていた。そんな彼女の意識をぐいっと引っ張った出来事は、進路の先でなにか危険を予感させる音が聞こえたからだ。

 

 

 

 見れば、ライトニングクロウが第二艦隊に向けて背を向けている。

 それだけならなにも問題はない。一斉攻撃のチャンスですらある。問題はライトニングクロウが背部に搭載しているレーザー砲が展開、稼働していることだった。

 巨大な青いレーザーブレードは第二艦隊まで届き、ライトニングクロウが激しく左右に舵をきることで何度も命中してしまっている。艦娘たちがアームを稼働させているとはいえ、あの猛攻はたやすく耐えられるものではないだろう。

 そんな光景を見てしまった比叡は思わず悲鳴を上げてしまった。自分の仲間たちが、妹たちが、あのよくわからんエイみたいな巨大戦艦に蹂躙されている!

 ネクストやオリジンも阻止するべく接近して最大火力を叩きこもうと行動している。が、あまり効果が出ているようではない。たまらず比叡は叫んでいた。

 

「やめろおぉーっ!!」

 

 怒りに表情を歪ませて比叡が砲撃する。十分に狙える射程。彼女の狙い通り、1から4番の大砲から放たれた砲弾はライトニングクロウの艦首に直撃。

 ダメ押しのような砲撃の効果か、ライトニングクロウはレーザー砲を収束させ、ゆるんと反転した。

 そこで比叡は第二艦隊の被害状況を目視する。

 ライトニングクロウの真後ろに位置するように航行を続けていた艦娘――球磨と吹雪、加賀と龍驤――はあまり大きなダメージを負っておらず、緑色のアームもそこそこ残存していた。

 しかし榛名と霧島は装備していたスーパーアームを破壊され、青のレーザーブレードによるダメージは深いようだった。全身から血を流し、巫女装束のような金剛型の制服をところどころ焼け破れさせてしまっている。

 中破。榛名と霧島の艤装も半壊し、これまでどおりの戦闘力を引き出すのは難しい。金剛は第二艦隊に向けての無線連絡をとることにした。

 

「榛名! いますぐそこを離脱するネ!」

〈離脱!?〉

「そこにいたら無駄死するだけ! 魚雷でも置き土産にして Get back(後ろに下がれ)! あのふざけた魚の相手は、私たちネーッ!!」

〈――わかりました。これより第二艦隊は一時撤退、ライトニングクロウの相手を第一艦隊に引き継ぎます! みんな、私に続いて!〉

 

 無線連絡越しに聞こえた了解の声には素直に従おうとするような響きがない――金剛はそう感じたが、第二艦隊の面々もわかっているはずだと信じている。

 この戦いの目的はグレートシング・アビスの撃破である。いまは取り巻きの巨大戦艦を沈めることを目標に動いているが、あくまでそれは小目標なのだ。

 最後の大仕事の前に動けなくなってしまうのはどう考えたって避けたいことだ。そのことは榛名だって霧島だって、彼女たちとともに戦う仲間だってわかっているはずだ。金剛はそう信じることにした。

 

〈霧島です! 球磨ちゃんと吹雪ちゃんの魚雷が命中しました!〉

「Good job! この調子でこっちも攻撃するネー!」

 

 ライトニングクロウの艦首のあたりで巨大な水柱が上がる。見れば、艦首部はもう装甲の破損がひどく、機械部分が露出している。第二艦隊やネクストとオリジンの猛攻のダメージの蓄積もあっての成果だ。このチャンスを逃す手はない。

 

「攻撃隊、発艦!」

「私たちも行きます。赤城さんの隊に続いて!」

 

 赤城と鳳翔の艦載機が飛び、容赦なくライトニングクロウの艦首に爆撃したり魚雷をかましていく。そのサポートをするためにレジェンドが飛び回り、設置バーストを振り回して対空砲を防いでいた。

 結果、ライトニングクロウの艦首はボロボロになっている。その周辺の装甲もかなり傷ついていて、もうひと踏ん張りで破壊可能な様子であった。

 

「レッド! これならキャプチャーできるんじゃない!?」

〈でかした比叡! アダム! ライトニングクロウがキャプチャーできるぞ!〉

〈承知しました。キャプチャーに向かいます!〉

 

 再びアムネリアがグレートシング・アビスから離れてライトニングクロウに接近。キャプチャーボールを命中させると、ライトニングクロウがアムネリアを追従するように浮遊し、レーザー砲を深海棲艦やグレートシングに見舞っていく。

 

 

 

 電撃のようなレーザーに貫かれた深海棲艦は黒い煙を上げて海中に沈む。抵抗するように対空砲を撃ちまくる深海棲艦たちは、しかしライトニングクロウの攻撃に抗いきれていない。

 

「この調子で第三艦隊の援護に向かうデース!」

「わかりました! ん、お姉さま、あれは……?」

 

 比叡が指差した先は深海棲艦のみで構成された艦隊だった。ゆうに20数を超える数の、かなりの規模の部隊である。それはライトニングクロウに向けて対空弾幕を形成し、空母級の深海棲艦が続々と発艦させている。

 隣にいた金剛と北方棲姫はそれに目を向け、後ろで守られていた赤城も観察している。そこで赤城は、どこかで見たような印象のある敵を目にした。

 

「加賀、さん?」

 

 ただの見間違いだった。

 病的なまでに白く長い髪でサイドテールなどやっているものだから、思わず加賀のように見えてしまったのだ。

 滑走路のようなものを備えた砲を武器にライトニングクロウを倒そうと全力を傾けているらしい。その側面をつけば容易に撃破できるのではないか――そこまで考えた赤城は慎重の二文字を口の中で唱え、改めて遠くの大艦隊に目をやる。

 

「あれって前にグレートシングと戦った後に出てきた奴じゃないか? そうだよな、姉貴?」

「え?」

「髪の白い……もう全裸みたいなカッコの奴だよ。オリジンシルバーホークを侵食した奴だって!」

「あの深海棲艦がここにいるってこと? またシルバーホークを捕まえに来たのかしら?」

「わかんねえ……でも、気をつけたほうが良い。金剛さん、みんなに無線連絡してやってくれよ」

 

 摩耶と愛宕の会話を耳にした赤城は、そこでようやく件の深海棲艦のことを思い出した。

 オリジンが侵食されてからしばらくして、小森提督が「空母棲姫」と呼称することを通達したのだった。その名称は大本営が仮に定めたものだった。

 シルバーホークを侵食する程の力があることから、おそらく空母棲姫も北方棲姫と同じように「ステージ2」の深海棲艦なのだろう。赤城はそう判断すると、空母棲姫が悲しげに――どちらかと言えば悔しそうに――歯を食いしばっているのを認めた。

 アムネリアやライトニングクロウに攻撃が当たらないことに業を煮やしているのか? 赤城はそう考えたが、それは半分間違っているような予感がした。それだけが理由なら、空母棲姫が涙を流しているということにかなりの違和感がある。

 とても感情が豊かな深海棲艦なら頷けなくはないだろう。だが、金剛たちの報告にあった情報からそんなことを推測するのはできそうもない。なにか別の理由があって泣いていると考えたほうがまだ自然だった。

 

「あの深海棲艦、なにかおかしい」

「え? 鳳翔さんいまなんて?」

「摩耶さん見える? あの白い髪の空母みたいな深海棲艦……泣いているわ」

 

 鳳翔も赤城と同じ所に目をつけたようだった。第三艦隊のもとに向かいながら目を細める摩耶は、しばらくして「あー、ああ」と納得するように唸っている。

 

「なんだありゃ? 目にわさびでも練り込んだのか?」

「わからないけど……ただごとじゃないと思います。なにか耐え難い、つらいことが起きているのかも」

「だけど敵だぜ。情け容赦する義理もつもりもないんだ」

「ええ。……金剛さん、あの深海棲艦の大艦隊、どうしますか?」

 

 第三艦隊のもとへ航行しながら金剛は考える。

 件の大艦隊も対空攻撃をしながら第三艦隊を攻めようと近づいているところだ。そして第三艦隊はもうじきバイオレントルーラーを中破まで追い込めそうだと報告している。

 だが第三艦隊も疲弊している。そんな状態の彼女たちが大艦隊の攻撃を受ければひとたまりもないだろう。金剛が判断を決めるのは早かった。

 

「横から攻撃して第三艦隊のみんなを助けるデース」

「わかりました。ところであの白髪の一風変わった深海棲艦が見えますか?」

「……空母棲姫って呼ばれるようになった奴? オリジンを侵食した?」

「そうです。泣いているのが見えますか?」

「こんなところで大泣きしているなんて……かなりcrazyな敵ネー」

「それだけじゃないと思いますが、攻撃の手は緩めません。アダムさん! 第三艦隊の援護をします、直下の大艦隊を攻撃してください!」

〈了解。グレートシング・アビスにぶつけるαビームのエネルギー源をバイオレントルーラーに変更、ライトニングクロウをキャプチャーボムに転用します。弱った敵を撃滅してください!〉

 

 アダムの無線通信が終わると、アムネリアに追従するよう浮遊していたライトニングクロウが投下された。

 抵抗することもできず、ライトニングクロウは大艦隊の中心めがけて落下。巨大な水柱を上げるが早いか、五感が吹き飛ぶような爆発を引き起こした。

 金剛たち第一艦隊の艦娘にも爆風が容赦なく叩きつけられる。爆発の熱もだいぶ弱まったとはいえ強烈に吹きつけられていた。

 キャプチャーした敵の性能によってαビームやキャプチャーボムの性能が変わるのだった、と金剛は思い出すと、大艦隊の生き残りがよろよろと立ち上がるのを目にした。

 自分たちが航行しているあたりに敵の身体の一部が浮いている。それは腕だったり砲だったり、一歩間違えば自分の末路はこうなるのだと悟らせるのに十分だった。

 だが金剛は恐怖していない。あまりにも強大な力を持つアムネリアシルバーホークとの共闘は、彼女にとってとてもうれしいことだった。とても強い存在が味方をしていることもそうだが、なにより鳳翔が先と同じように戦えているというのが一番大きな支えになっている。

 

「敵は戦艦ル級が3、空母棲姫が1。かなりのダメージを負っている状態です!」

「比叡、私と一緒に一斉射撃ネー! Fire!!」

 

 金剛の号令で一斉に砲撃を開始する第一艦隊の面々。赤城も鳳翔も攻撃のために艦載機を発艦させていく。

 攻撃の効果はよく現れていて、3体残っていたル級らが力尽きて沈んでいく。だが、やはりというべきか、空母棲姫だけはまだ生き残っていた。

 空母棲姫はもう攻撃する能力を失っているほどに弱っていて、駆逐艦娘が持つような威力の低い砲の攻撃を受けただけで死にそうになっている。苦痛からか表情は歪み、それでも倒れず、かなり遅いスピードで第一艦隊に向かって航行していた。

 

「自殺行為よあんなの。赤城さん、次でとどめをさしましょう。もう苦しませないように」

「……なにか言っている。鳳翔さん、みんな、耳を澄ませてください」

 

 赤城が暗に「攻撃するな」と言っているのを第一艦隊の皆は察した。北方棲姫も動揺したように空母棲姫を見つめている。

 

「ツカマ、エロ」

「なにを言っているの? ……捕まえろ?」

「……ワタシヲ、ツカエ(私を使え)。アノギンノタカ(シルバーホーク)ナラ、テキヲツカマエラレル(敵を捕まえられる)……ダロウ? コレイジョウ(これ以上)、ベルサーニ、アヤツラレルノハ(操られるのは)ゴメンヨ(御免よ)

「っ! 鳳翔さん、アダムに空母棲姫のキャプチャーを!」

 

 赤城に促されて鳳翔は無線連絡をしようとする。しかし鳳翔はアムネリアがバイオレントルーラーをキャプチャーし、αビームをグレートシング・アビスに向けて放っているのを見た。

 もはやグレートシング・アビスの強固な装甲は全身防護を実現できなくなっている。顔面部の装甲の破損はひどい状態で、機械部分が露出している。人間で言えば皮膚が剥がされ、赤い肉の部分が見えているような状態だ。

 強引につくりだした弱点に極大のαビームを撃ち込まれたグレートシング・アビスは狂ったかのように全砲門を稼働させる。絶対に近づくことのできない極密の弾幕。乱舞するレーザーブレードは触れた海面を瞬時に蒸発させて白い煙を上げさせていた。

 

ハヤク(早く)ワタシヲ(私を)……」

「姉貴、これいったいどういうことなんだよ!?」

「私に言われたってわからないわよ! でもこの深海棲艦たちがベルサーに操られていたのは確かなようね」

「だからってこっちに敵意がないわけじゃないだろ! (ベルサー)(艦娘)は味方って言うけど、深海棲艦がこっちに味方すると思うのか? この状況で!?」

「敵に操られっぱなしなのが我慢ならないんじゃないかしら? αビームも切れる頃だし、アムネリアがキャプチャーしてから事情を聞けばいいのよ」

 

 そのとおりではあるのだが、どうにも摩耶には納得ができない。だが空母棲姫には何らかの事情があるのだろうとは思えてはいる。柔軟な理解や納得ができない自分に苛立ちながら、グレートシング・アビスが対空砲の稼働を停止させたのを認めた。

 それだけではない。徐々に航行速度を落としつつある。力尽きた軍艦が課せられた役割を終えられなかったかのように沈黙するのに摩耶には思えた。

 グレートシング・アビスの撃破。それがキメリカル・セイバーズの勝利である。ということはこれで勝ったのだろうか? そんな期待を抱きながら摩耶は空母棲姫を見つめた。

 

〈敵巨大戦艦、沈黙を確認。αビームの連射には耐えられなかったようですね〉

「なんつーか……あっさり終わったな」

 

 レッドの報告に摩耶は自分が思ったことをこぼした。

 アムネリアシルバーホークは敵が大艦隊を組んでいることを逆手に取って次々と敵をキャプチャーし、αビームを撃つためのエネルギーに変換していった。その結果がこの勝利というなら喜ぶべきなのだが、なにか腑に落ちない。

 それは金剛も赤城も、第一艦隊のみんなが思っていた。

 彼女たちは不思議そうに沈黙したグレートシングを見つめる。爆発も赤いスパーク光も漏れていないが、本当に撃破したのだろうか? 機械部分に致命的なダメージを負って動けなくなったなどしているのだろうか?

 

「とにかくキメリカル・セイバーズの全員集合を呼びかけるネー。みんな、こっちに集まるデース」

 

 第二、第三艦隊に呼びかける金剛。彼女の警戒はグレートシングだけではなく、こちらに徐々に近づいている空母棲姫にも向けられていた。

 そこで金剛はあるものを目にする。

 北方棲姫が心配そうに空母棲姫に近づいているのだ。北方棲姫が深海棲艦側にとって裏切り者というのは知られているはずで、もはや深海棲艦側に戻ることは出来ない。しかし、かつての仲間であったことが北方棲姫に不安そうな表情をさせているのだろう、と金剛は踏んだ。

 

「……ゼンブ、オワッタ(全部終わった)

オワッテイナイワ(終わっていないわ)。ベルサーハマダイキテイル(まだ生きている)

「?」

ハヤクワタシヲツカマエテ(早く私を捕まえて)……デナイト、ミンナシヌヨ(でないと、皆死ぬよ)

 

 その言葉は金剛たちにも聞こえていた。はっとした金剛は振り返って鳳翔の目を見る。その時には鳳翔は襟元のマイクに口を近づけていた。

 

「アダムさん! 早く空母棲姫のキャプチャーを!」

〈えっ?〉

「そう望んでいるんです! それにこのままだと私たちに危険が迫るかもしれないの!」

 

 鳳翔が言葉の後半を口にする頃には、空母棲姫が口から赤い光を漏らし始めていた。加速度的に眩くなる光。巨大戦艦がダメージを負って爆発する兆候だ。空母棲姫は自爆を強いられている! 鳳翔は直感的に理解した。カンが叫び散らしている!

 だが空母棲姫の体は空に放り投げられるように飛び上がった。

 アムネリアが放ったキャプチャーボールが命中し、それに追従するように浮いている。口から漏れていた赤い光は収まり、悔しそうに歪んでいた表情は少し落ち着いた様子になっていた。

 

 そんな空母棲姫を連れながら海上に浮遊するアムネリア。鳳翔はこれを着艦させると補給作業に入り、空母棲姫に用心深く赤城が近づいていく。

 どこか加賀のような、そして自分のような見た目の印象。ステージ2の深海棲艦についての詳細はわかっていない。紅玉が亡命した以降に製造された、非常に強力な個体ということしかわかっていない。

 だが。赤城はなにかを直感した。空母棲姫を見た最初の印象は間違ってはいないのではないか、という思いが浮かんでは消えていく。

 ステージ2の深海棲艦とはなんらかの霊的存在を追加して製造しているのではないか? 北方棲姫がなんの魂を追加された深海棲艦かは知らない。だが空母棲姫は加賀と赤城の船魂を詰め込んだ深海棲艦なのではないか? 敵陣営もまた船魂をサルベージして利用する技術を有しているのではないか?

 

 赤城がそんな思索ができているのはグレートシング・アビスが沈黙しているからである。そして空母棲姫も重大なダメージを受けて一切の攻撃ができないでいるからだ。

 そこまで傷つけたのはキメリカル・セイバーズの面々なのだが、空母棲姫はどこか安堵したように振舞っている。赤城はそこに違和感を覚えたが、ベルサーに操られていたのだとすれば、傷つけられた怒りよりも解放された嬉しさのほうが優っていたのかもしれない――と納得することは出来た。

 

「……アナタハ、アカギ(赤城)?」

「え? どうして私を?」

ナントナクワカル(なんとなく分かる)……ソレヨリモ、アレハマダイキテイル(あれはまだ生きている)ナカノシンエンノチカラガ(中の深淵の力が)ボウソウシテシマウ(暴走してしまう)

「まだグレートシングは倒れていないってことね?」

 

 空母棲姫が頷くのと「ぱき」と突き抜けるような割れた音が響くのは同時だった。

 

 キメリカル・セイバーズの全員がグレートシング・アビスを「見上げる」。マッコウクジラを模った巨大戦艦はすうっと高度を上げ、機首を上げて航行を始める。

 ぱき。

 金剛と長門の一斉砲撃の号令。直後に空を割るような砲撃の爆音が響き、すべてのシルバーホークが一斉に発艦。

 ぱき。

 グレートシング・アビスを防護する装甲が「ぱき」っと剥がれて落下、着水。

 

 そこで赤城は目を見開いた。

 鯨の内側から赤黒い「腕」が伸びている。

 同じような色の(もや)がかかっており、そこに実在するのかどうかすら怪しい見た目。

 触手のようにうなうなとした動きをしているが、その形は筋肉質なそれのようだ――赤城はそう連想した。

 腕は装甲を掴んで下から迫る砲撃を防ぎ、また別の腕が伸びて同じことをしている。その一方で別の腕が新たに生えて自身の砲台を「ぱき」っともぎ取ると下に向けて狂ったように撃ちまくり、さらに別の腕が生えてひどく巨大化するとシルバーホークを打ち払おうと動きを見せる。

 さらになにも持っていない腕からも赤黒い射撃が空と海に向けられる。グレートシング・アビスが備えていたどの砲よりも口径は大きく、弾体は長く、弾速も速い。

 最初に6本の腕が生え、5秒と経たずに9本、13本……と数が増えていく。赤黒い腕の増殖はとどまるところを知らない。

 グレートシングの外観をある程度残した全く別の敵。いうなれば、グレートシング・アビスの第二形態。あまりに機械的で、生物的な、奇妙な矛盾と違和感とを強烈に放つ、ある種の狂気を孕んだ存在だった。

 


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