艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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ワンフォーオール(オールフォーワン) 前

 他の鎮守府化から戦力を集め、キメリカル・セイバーズは第三艦隊までを編成するようになっていた。これに伴い、第一・第二艦隊の編成が変更されている。

 第一艦隊にあてがわれた艦娘は金剛、比叡、愛宕、摩耶、赤城、鳳翔の6名に北方棲姫を加えた7名1艦隊という編成。これの役割はレジェンドシルバーホークバーストとアムネリアシルバーホークの発着艦と、その護衛、同時に艦娘による直接攻撃である。

 第二艦隊の艦娘は榛名、霧島、球磨、吹雪、加賀、龍驤の6名。この役割はネクストシルバーホークバーストとオリジンシルバーホークの発着艦と、その護衛や直接攻撃にある。

 第三艦隊の艦娘は長門、陸奥、鈴谷、熊野、瑞鳳、祥鳳の6名。これの役割も先のふたつと同じように、フォーミュラシルバーホークバーストとヴァディスシルバーホークの発着艦が主なものだ。

 

 現状、ベルサーの巨大戦艦を制しやすいのは艦娘ではなくシルバーホークである。それは誰もが知る事実で、どうしたって変えられるものではない。

 故にシルバーホークとこれの発着艦が出来る空母艦娘の重要度は高まる。戦艦や重巡の艦娘らは護衛に周り、機を見て攻勢に参加するのが良いように思われている。

 今回の戦いでおそらくベルサーとの戦いは終わりを告げる。現れたベルサー巨大戦艦はグレートシング。それも、深海棲艦の力の源である「深淵の力」すなわち「負の感情エネルギー」を取り込んだ、グレートシング・アビスと呼称されるようになったそれである。

 これの戦闘力は未知数であるが、先に交戦したストームコーザー・アビスよりも格段に強いであろうことが判明していた。情報源は大破したストームコーザーから回収した機械部品で、これの解析によってある程度のスペックを推測することができている。

 

 グレートシングはマッコウクジラをモチーフにした巨大戦艦だが、クジラの背中にはぎっしりと巨大な砲が敷き詰められている。艦の両舷にもレーザーブレードや副砲などが所狭しと配置され、この破壊も難しい。

 深淵の力を取り込んだ後でストームコーザーに宛てた通信には、強化されたドリルミサイルで地球を破壊すれば霊的束縛を解除できるだろう、という旨のことが記されてあった。

 ストームコーザーは深海棲艦側の制御下にあったが、グレートシングが地球もろとも破壊してしまうことでその制御を解いてしまおうという腹づもりのようだった。

 そしてストームコーザーも頻繁に通信のやり取りをしている。もうストームコーザーは通信を送ることは出来ない。撃破されてしまったことはグレートシングに搭乗するベルサーもわかっているはずだった。

 

 

 

 そんなことを小森提督やシルバーホーク乗りの妖精らがブリーフィングで言っていたな、と瑞鳳は思い出す。小森提督はいろんなことに目を向けて、艦娘たちにわかりやすく説明しようと努力していたのを瑞鳳は評価していた。

 特に祥鳳や長門たちのように新しくキメリカル・セイバーズとして参加した艦娘たちには、今回の作戦の詳細を何度も伝えていた。対巨大戦艦戦の経験がないことから、教えられるだけのことは教えて差を埋めようという狙いだった。

 

 同じ第三艦隊の長門は過去に小森艦隊と共同してグレートシングと交戦した経験があった。長門も積極的に第三艦隊の面々に、当時の詳細を語りかけていた。

 それから察するに、どうやらグレートシングは並の巨大戦艦ではないことがわかった。すさまじい巨体――まるで海の上に山が生えたような――にも関わらず機動力も高く、攻撃の一つ一つが長門をしてかなりの脅威と語っていた。

 そんなグレートシングがパワーアップして浮上、いままさに人類へ、否、地球を滅ぼさんとして動いている。その事実に瑞鳳は戦慄した。

 だがキメリカル・セイバーズ側の切り札はひとつだけある。第一艦隊所属、軽空母艦娘の鳳翔が発着艦を担う「アムネリアシルバーホーク」である。ジェネシスシルバーホークとともに持ち込まれた設計図の解読が成功し、開発が進められたシルバーホークだ。

 そのルーツは最古で、惑星ダライアスの人類の祖先が暮らしていたアムネリアという惑星で作られた。アムネリアシルバーホークはすべてのシルバーホークに先立つ創世(ジェネシス)の機体とも言えた。「すべてを消し去る」オール・ナッシング機関という兵器を備え、敵を「捕獲」し「利用」すらする。

 単体の戦闘力だけで比べればオリジンやレジェンドよりも遥かに高いと瑞鳳は小森提督に聞かされた。もちろん、アムネリアの再現を目指したジェネシスよりも戦闘力は高い。これがグレートシング・アビスに相当に通用するのであれば、この決戦はとても平易なものとなるだろう。

 

 しかし。

 何事も都合よく運ぶはずがないのである。

 アムネリアシルバーホークはオール・ナッシング機関を有している。これが小森提督らキメリカル・セイバーズの懸念材料だった。

 惑星アムネリアは内乱からオール・ナッシング機関を開発してしまい、そのおぞましい威力を恐れて封印をかけていた。だが「すべてを消し去る」ほどの力は、宇宙に息づくシーマと呼ばれる金属生命体の来襲を招いたのである。

 シーマの行動原理は確実には判明していないが「宇宙を滅ぼす恐れのある文明を襲う」習性から、宇宙の守護者に近い振る舞いをしているのではないか――というのが、ダライアス宇宙軍の見解だった。

 このことから、アムネリアシルバーホークの運用には計り知れないリスクがあることが艦娘たちに知れ渡った。アムネリアを発艦させればシーマが目覚め、地球を滅ぼすかもしれない。そしてシーマの戦闘力はベルサーよりも上というのだから苦戦は避けられない。

 

 それ故にアムネリアの運用に反対していた艦娘たちはいた。瑞鳳の隣に座る熊野もそのひとりだった。

 現在、キメリカル・セイバーズの面々は高速艇に搭乗して移動している。亜空間跳躍の開始まで残り1分を切ったところだ。

 高速艇の操船部は船員が落ち着くためのスペースが設けられている。第三艦隊の面々は座るべき場所に落ち着き、きたる亜空間跳躍に備えている。瑞鳳が右を向いて熊野の様子を見ると、彼女はこの決戦に前向きになっているようだった。

 小森提督に説得されましたの――と、2日前に聞かされたことを瑞鳳は思い出す。第一印象が恐ろしく冷静な美人で付き合いにくそうな加賀でさえ、小森提督は説得してこの決戦に後ろ向きな態度を正したらしい。

 あんな頼りなさそうな顔をしているのによく説得できたものだな、と瑞鳳は素直に評価していた。小森提督の印象は人の良さそうな、誰かに騙されることが多いような人物、というものだったので、改めて驚いていたのである。

 

「みんな、ひとつ聞いてくれないか」

 

 沈黙を破ったのは長門だった。鬼の角のようなレーダーカチューシャ。ほどよく引き締まった身体を誇示するように腹部がよく見える白い制服の、長身の艦娘である。

 彼女の隣に座る陸奥という艦娘も、同じような制服を着ていた。長門型の二番艦であるのだから当然だが、長門と比べると異性を惹きつけるような印象が勝っている。

 なにかあったのだろうか、と瑞鳳は心配しながら「どうしたんですか」と声をかけた。

 

「みんなとの付き合いは短い。だがこれまでの演習でお互いの動きはよくわかっているはずだ。だから言っておきたいことがある。私は、この戦いを、心から楽しもうとしている」

「戦いを楽しむ?」

 

 瑞鳳にはなにを言っているのかよくわからなかった。瑞鳳は思わず隣の祥鳳に視線を向ける。祥鳳は長門の言わんとしていることが理解できているようで、視線を真っ直ぐにして落としていない。

 

「不謹慎なことを言っているのは百も承知だ。だが……この世界を滅ぼすかもしれない敵を相手に私は、私たちは戦おうとしている。それを思うととても気分が高揚するのだ。まるで英雄物語の主人公になったかのような。勝てば世界は救われる。だが負ければ世界は終わる。世界の命運は私たちの手にかかっている」

 

 長門は熱弁する。

 なにかの演説を思わせるように身振り手振りを交えて。

 彼女は笑っている。心からこの状況を前向きに捉えているのがわかる、いい笑顔だ。

 

「……それに、宇宙人と戦うなんて、それも別の宇宙人と協力して戦うなんて、おまけに深海棲艦を仲間にして戦うなんて、滅多にあるものではない。こんな状況は二度と訪れないだろう。だから私は、キメリカル・セイバーズの一員になれたことを、とても誇りに思っている」

「つまり、みんな頑張ろうってことよねぇ」

 

 陸奥の甘い声。彼女に見上げられた長門は大きく頷くと、第三艦隊の面々の顔をひとりずつ強く眺めた。

 

「だいたいそんな感じだ。全員が生きて帰れるかわからないが、この世界の命運は私たちにかかっている。……特に瑞鳳と祥鳳。そしてシルバーホークのパイロットたち。……お前たちには期待している」

 

 はい! 瑞鳳と祥鳳は声を揃えて返し、長門を強く見つめ返した。ふたりとも自信に満ちた顔つきである。

 

「まったく、空想物語のような作戦だ。現実味がないかもしれん。勝てばさらに厄介な敵が現れるかもしれないとまできた。だが、赤城も加賀も他の仲間たちも、小森提督を信じようとか任せれば大丈夫だと話していた。先の戦いで共に戦った者の言葉だ。……私も、小森提督を信じている」

「だからシーマなんて怖くないってわけよねぇ」

「そういうことだよ陸奥。私たちは、私たちが相手をする敵のことだけを考えればいい。さあ、共に戦おう!」

 

 上に腕を突き出す長門。それに合わせて第三艦隊の面々が同じ動作をして、一斉にときの声をあげた。高速艇の中は少女たちの威勢のよい声に満たされている。直後、高速艇はフォーミュラが入口を担当する亜空間跳躍装置に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 亜空間跳躍装置から脱したキメリカル・セイバーズ。彼女たちは高速艇を降りて海の上に立ち、腰を落として航行していく。

 グレートシング・アビスとの接触は15分後と予測されたことが、小森提督からキメリカル・セイバーズたちに伝えられた。

 一番先頭をゆくのは第一艦隊。その最先端に立って航行するのは金剛だった。彼女は小森提督からの連絡を受け取ると了解の旨を返し、前進する速度をさらに早めた。

 

「赤城ぃ、鳳翔! シルバーホークの発艦用意をするデース!」

「了解です! レジェンドシルバーホークバースト、発艦!」

「ふうーっ……アムネリアシルバーホーク、発艦!」

 

 航行しながらふたりは弓を引き絞って発艦させる。彼女たちが放った矢は発光し、次の瞬間には2機のシルバーホークとなっていた。

 レジェンドとアムネリア。2機は一度空高く飛び上がると、きゅっと水平に角度を直して急加速。あっという間に第一艦隊の艦娘たちから離れていった。

 

「レッドさん偵察をお願いします!」

〈任された。アダム、アムネリアは初めて搭乗するのだろう? 気分はどうだ?〉

〈意外な感じです。ふつうのシルバーホークとあまり変わりはないです。全天球モニターもそうだし……でも、キャプチャーボールやαビームは撃ってみたいですね〉

〈誤射だけはしないで欲しい。アンドロイドの演算能力ならば未知の機体、しかもアムネリアなんてロストテクノロジーは動かせるだろう。期待している〉

〈過度な期待だと思うんですけどね。最善を尽くしましょう〉

〈頼む。……前方に深海棲艦を確認。金剛、どうする?〉

 

 撃破するデース! 思い切りの良い即答にレッドとアダムは了解の旨を返した。

 レジェンドとアムネリアは高度を下げ、海面スレスレを飛行する。彼らが視認したのは十数の深海棲艦の黒い影。非人型のもの駆逐イ級がひとつしか存在せず、ほとんど空母ヲ級と戦艦ル級で固められている。

 ここは北方棲姫が活動していた海域ではない。彼女による説得は効果が薄いだろう。キメリカル・セイバーズとの衝突は避けられそうもなかった。

 深海棲艦たちはシルバーホークに敵意を見せるような振る舞いをしている。砲を向け、歯の生えた艦載機を続々発艦させていく。キメリカル・セイバーズの艦娘たちの練度であればそこそこ楽に勝てそうだとレッドは直感するが、ここはシルバーホークで露払いをしたほうが有効だと判断した。

 

〈少し試してみましょう〉

〈なにを?〉

〈アムネリアのキャプチャーシステムです。……あのイ級を『捕獲(なかま)』にしましょう〉

 

 直後、アムネリアが加速する。前方3キロメートルを航行しル級たちとともに迎撃の砲撃を加えているイ級に向けて、アムネリアは「ボール」を射出した。

 紫色のボール――高速で射出されたキャプチャーボールはイ級に直撃し、するとイ級の体が激しく痙攣。その様にレッドは息を呑み、イ級の周囲の深海棲艦たちも攻撃の手を緩めるほどの驚愕をみせていた。

 

〈それっ! 一本釣りです!〉

 

 アダムのどこかずれた、それでいて軽快そうな声。

 2秒とたたずにイ級は海から浮き、急速接近するアムネリアに引き寄せられていく。そしてアムネリアの機体下にイ級が追従するようになった。見えない腕で支えられているように位置関係は変わらない。

 

〈一緒に敵を攻撃しましょうね!〉

 

 レジェンドよりも先にアムネリアが深海棲艦と接触。繰り出される濃密な対空砲火など最初からなかったかのように機動。アーム減衰をほとんど起こすことなく突っ込んでいく。

 そして接地脚を兼ねる砲身から機関砲で攻撃。同時にイ級が深海棲艦らに向け、口から砲撃と雷撃を繰り出していく。

 アムネリアの攻撃でヲ級がちぎれ飛ぶように弾け、イ級の魚雷がル級に直撃。そのまま大きく姿勢を崩し――そこをレジェンドの機関砲が追撃。ボロボロに砕かれた体が静かに沈んでいった。

 

 かつてキャプチャーシステムは元は対シーマの兵器であった。シーマは亜空間ネットワーク上に知性を構築する存在だが、キャプチャーボールをあてられたシーマはハッキングされ、行動の一切を制御されてしまう。

 そんなキャプチャーシステムは、工廠妖精と紅玉の手によって「対霊的存在」の兵器としての一側面を持つに至った。シーマだけでなく深海棲艦をも捕獲し、僚機とすることが可能になったのである。

 

〈敵に敵を攻撃させるか、えげつないな〉

〈なかなか便利ですよ! レッドさん、上にどけてください!〉

 

 アダムの声に従うレッド。すぐに機首をあげたレッドは、しばらく経つと全身が激しく揺れるのを覚えた。まるで空気ごと機体が揺らされたような、そんな感覚だった。

 振り返れば海の上に冗談のような爆発が起きていた。爆発が及んだのは半径1キロメートルほどだろうか、とレッドは推測する。爆発の威力は凄まじかったようで、爆風や爆炎がふっと幻のように消えた割には海上の黒い影はもうどこにも見あたらない。

 

〈なんだいまのは!?〉

〈オール・ナッシング機関のお試しですよ。これはキャプチャーボム。捕獲した敵を爆弾代わりにしたのです〉

〈敵を爆弾に?〉

〈捕獲した敵の大きさや性能によって爆弾の威力が変わるんですよ。高性能な敵や大きな敵を見かけたら教えてください。キャプチャーするので!〉

〈あ、ああ。任せてくれ〉

 

 レッドはアムネリアの性能とポテンシャルに驚いていた。

 シルバーホークが紅玉の手によって強化され、霊的存在である深海棲艦に効果的なダメージが与えられるようにはなった。とはいえ、十数の深海棲艦を一瞬で倒すのはどうしたって難しい。

 そんなことを成し遂げた上に、ヴァディスのブラックホールボンバーのような過剰攻撃ではない攻撃手段を有しているアムネリアのポテンシャルは、自分の想像以上に高い――とレッドは思う。

 

「すごい爆発ネー! いまのはなに? レジェンド? それともアムネリア?」

〈アムネリアですよ。この調子で露払いをします〉

「任せるデース! こっちは第二艦隊、第三艦隊と合流したヨ! このままグレートシング・アビス浮上海域へ向かうデース!」

〈了解です。さあレッド、共に行きましょう!〉

 

 先行するアムネリア。その左後ろに従うようにレジェンドが飛行する。2機1編成の編隊飛行。

 燃料や弾薬は空母艦娘の補給を受けなければならない。なので移動は全速力の状態に移行するわけにはいかない。

 本来のシルバーホークはかなりの長時間を戦い続けることが出来るが、艦娘用艦載機になった途端にその内部仕様は失われてしまっている。これは工廠妖精もダライアス宇宙軍も改善することができなかった部分だった。

 

 

 

 レッドとアダムは他のシルバーホークとの連絡を介して合流する座標を決めていく。その座標では3分後に合流となる予定で、その15分後にはグレートシング・アビスとの接触が予想されている。

 

〈なあアダム〉

〈はい〉

〈改めてどう思う、アムネリアシルバーホークは?〉

〈どう、とは? とても高性能な、アムネリアの名に恥じない機体だと思いますが。これがあればベルサーとの戦いがぐっと優勢になるだろうとも思っています〉

〈そうじゃない。そんなことは私だって思っている〉

〈じゃあどういうことです?〉

 

 なんていうか――レッドは言葉に詰まった。

 単に性能の話がしたいのではない、ということは伝わっているはずだ。それをアンドロイドの知性は理解してくれるのだろうか?

 

〈――レッドさんが言いたいのはよくわかりませんが……信頼できる機体ですよ〉

〈え?〉

〈乗っていて怖くはありません。それどころか勇気づけられているような、そんな気持ちさえ覚えています。これを動かしているとシーマはやってくるかもしれない。でも、それを恐れなくさせるような、そういう不思議な気持ちになるんです〉

〈AIが気持ちって言葉を使うんだな〉

〈いけませんか?〉

〈いいや。人間らしい良い表現だと思うよ〉

 

 レッドは笑った。心のどこかにあったらしい「機械」への偏見が、小さな氷が溶けるように音もなく消えていく。

 いつも隣を任せているのは真に人間であるブルーだった。自分に飛び方や戦い方を教えてくれたオールドも人間だった。レッドはベルサーの襲撃で四肢を失い、喪った家族の仇を討つためにサイボーグとなったが、当時の荒んだ心はオールドやブルーとの長い付き合いで丸くなっていた。

 半ば機械の体を持った自分にもちゃんと人間の心はある。でも最初から「機械」だった者に心はあるのだろうか? ある、あるのだ。レッドはそのことを確信した。

 

 

 

〈おーいレッドぉ! アダムぅ!〉

〈よかったオールドさん。ちゃんと合流出来ましたね〉

 

 合流地点の座標に差し掛かる頃にオールドからの通信。とっくの間にレーダーで位置を探知できていたが、こうして言葉のやり取りはしていなかった。

 アムネリアとレジェンドの後ろにネクストとオリジンが続く。その後ほとんど間を置くことなく、フォーミュラとヴァディスも後ろに続いた。

 

〈キメリカル・セイバーズだってよヒストリエ! なあ、なんだかワクワクするよな!〉

〈お気楽なものね。私は緊張しているわ。久しぶりにシルバーホークと協同作戦だし、なによりこの戦いは負けられない。勝っても負けてもシーマが襲来するかもしれない〉

〈なーに小森提督がどうにかしてくれるんだろ? だったら任せりゃいい〉

〈無責任って言葉を知っているかしら? ……まあ、あなたのそういうところは嫌いじゃなかったわ〉

 

 そいつは嬉しいね、と心の底から思っていそうにヴェルデが笑う。このやり取りはシルバーホーク乗りの全員に聞こえていて、目前に迫る決戦に固まる心が和らいでいくのを彼らは感じた。

 キメリカル・セイバーズ。人間や艦娘たちにとっては宇宙人と深海棲艦とで組む空想的な部隊として映っているだろう。だが、宇宙人からすれば、遠い惑星で霊的要素の絡む特殊な戦いを繰り広げている艦娘や深海棲艦だって十分に空想的な存在に見えていた。

 もしかすると北方棲姫も敵である艦娘と、(ベルサー)の敵であるシルバーホーク乗りたちと組むのをいまでも不思議に思っているかもしれない。

 おそらくはお互いがお互いを不思議な、空想的な存在として思っている。それでも。彼らは一丸となって強大な敵に立ち向かおうとしている。空想的な存在たちは、いまここで世界を守ろうとする救世主になろうとしている。

 

 シルバーホーク乗りたちも、艦娘たちも、北方棲姫も。「かれら」は心の何処かで、無意識で、結ばれつつある。誰もが言葉にしない。だが、誰もが目に見えない「なにか」を感じていた。――「みらい」を背中に。

 

 

 

 そんな心地よい余韻を打ち砕く者が現れた。

 この事実を告げるべく、すべてのシルバーホークのコンピュータが一斉に、それぞれ違う警告音をあげる。

 

 ――WARNING!! A HUGE BATTLESHIP G.T.A IS APPROACHING FAST――

 

 

 

〈戦闘開始だ! 俺が仕掛けるからブルー、接地バースト照射で援護しろ!〉

〈わかったよおっさん――いや待て、まだ突っ込むな!〉

 

 オールドの良い勢いがやや妨げられたが、彼はブルーが言わんとしていることをすぐに理解した。

 海上から十数メートル浮いたところを航行するグレートシング・アビス――G.T.A――の周囲の海面に幾つもの影が見える。そのどれもが巨大で、深海棲艦が潜んでいるという様子ではない!

 

〈こいつら全部ベルサーの巨大戦艦だ!〉

〈よく見えたなブルー! 一度上空を旋回して様子を見る!〉

〈リーダー気取りかおっさん!〉

〈なんだよ文句あるなら言え!!〉

〈ねえよ! 私なら、おっさんが仕切ってくれるなら頼もしいことこの上ないね!〉

 

 そうだそうだ、そのとおりだ! シルバーホーク乗りたちは揃って返したが、誰も彼もがバラバラな声を出している。

 これでこそ俺たち(空想的救世主)じゃねえか。オールドはぐっと笑うと機首を上げさせて急上昇。それに続くように5機のシルバーホークたちが蒼い光を引いて青空を臨んでいく。

 直後、G.T.Aが「クジラの背中」にぎっしり搭載している砲台が一斉に火を噴く。大空を飛ぶ銀の鷹は揃って右旋回して回避、同時に海面に数隻の水棲生物型巨大戦艦が現れた。

 アイアンフォスル、エンシェントバラージ、ハイパージョー、ミラージュキャッスル、サウザンドナイブズ、ライトニングクロ―、ブライトリーステア、バイオレントルーラー――目を疑いたくなるような大艦隊だ。

 さらにその周囲を固めるように深海棲艦たちが集結している。その数は3桁を超える勢いだ。

 

〈ちょっと待って! グレートシング・アビスは深海棲艦陣営を裏切っているんじゃ?〉

〈知らねーよそんなの。黙って戦えよヒストリエさんよ!〉

〈楽観できる状況じゃないわ! この状況、小森提督や紅玉というアドバイザーなら説明できるのかしら?〉

〈このやり取りは聞こえているはずだぜ! おーい提督! 小森提督、聞こえるか!?〉

 

 聞こえてる! 小森提督の必死な言葉がキメリカル・セイバーズの全員に行き渡る。そのまま小森提督の早口な、しかしどうにか落ち着きを保とうとする声が続く。

 

「シルバーホーク隊、敵の内訳の報告を!」

〈ヴェルデに代わってこちらオールド! グレートシング・アビスは当然いるとして、他の巨大戦艦がたくさんだ! アイアンフォスルにエンシェントバラージ、ハイパージョーにサウザンドナイブズ、ミラージュキャッスルにライトニングクロ―、ブライトリーステア、バイオレントルーラーの8隻だ!〉

「ええなに、巨大戦艦が8!? でも大丈夫、勝てるよ!」

〈根拠は!? 深海棲艦だって100はいるんだぞ!〉

「戦場にいるのはシルバーホーク隊だけじゃないよ! 艦娘たちもいるし北方棲姫もいる。それに私も紅玉さんも、拳三郎さんだっているし鎮守府の防衛につとめて応援してくれる子もいる! 私たちみんながキメリカル・セイバーズなんだ!」

〈ははっ、説得力ねえなあ! だけど勇気は湧いてきた。ありがとな。しかしどうして深海棲艦がベルサーの味方をしている!?〉

 

 このやり取りは執務室中に響いている。だから、小森提督の隣で難しい顔をしている紅玉の耳にも聞こえている。目を閉じて深呼吸する紅玉。息を吐き終わった彼女はカッと目を開き、小森提督のマイクに顔を近づける。

 

「そこの深海棲艦がベルサーを裏切り者とだと知らないか、それとも深海棲艦を強制的に操れるだけの深淵の力を蓄えたかのどちらかだね」

〈なるほど。もしかすると後者のがありえるかもしれないな〉

「ベルサーが裏切ってから時間は経ってるから、深海棲艦のネットワークが生きているなら情報伝達は問題ないはずだよ」

〈なおさらコントロールされてるってのが強まってきやがった。……まあなんでもいい、要するに奴らは敵ってことだ〉

「そうだね。敵はたくさんいるけど、頑張って!」

 

 おう! オーケー! 任せてください! やはりバラバラの返事が揃ってかえってくる。だが小森提督も紅玉も嫌な顔ひとつせず、小さく笑うと顔を見合わせて確信した。

 

 

 

 予想以上の敵の大群。並の者たちならば脱力し、なにもできなくなってしまうであろう絶望的状況。

 それでも「勝てる」と疑わないあたり、私たちは「空想的な救世主たち」なのだと。小森提督も、紅玉も、戦場で命を構える者たちも、そんな確信を抱いた。

 


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