艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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空想的な救世主たちの初陣。討つはストームコーザー・アビス 後

 金剛との通信からしばらく。

 シルバーホーク隊は少しずつ押されていた。アーム強度は全機が5割を切り、残弾も底をつきかけている。

 亜空間を介しての補給ができない以上、空母艦娘からの補給が必要だが、まだ台風の目に到達する気配がない。対して、ストームコーザー・アビスの猛攻は一切緩んでいない。

 

〈しぶとい奴だな、全身弾薬庫かよ〉

〈ぼやいてる暇があったら集中しろ、ヴェルデ!〉

 

 声を荒げるオールド。直後、ストームコーザー・アビスが無茶苦茶な数のミサイルを射出する。一度空を目指して飛び上がったミサイルはすぐに反転してシルバーホークを狙っていく。

 

〈俺が設置照射するぞ!〉

 

 ヴェルデの宣言と同時に、フォーミュラが空に向けて設置バーストを照射。空を覆うミサイルが次々に爆発するが、すべてを無力化するには程遠い。

 他のシルバーホークも射撃することで迎撃するが、ストームコーザー・アビスがぐいぐい距離を縮めていく。そしてフォーミュラのすぐ近くまで接近していった。

 

〈なあっ!?〉

 

 ストームコーザー・アビスが機体側面に備えつけている火炎放射器を作動、ミサイルの回避運動をとっていたフォーミュラを絶妙なタイミングで燃やしていく。

 最初はハイパーアームに守られていたが、どんどん黄金の膜は厚みを失い、色も失っていく。そうして窮地に陥ったフォーミュラを、ストームコーザー・アビスは開けっ放しの口からの極大な紫色のビーム砲で攻撃した。

 そんな猛攻をなんとかアームの防御効果で難を逃れるフォーミュラ。高度を下げるように逃げていくが、ストームコーザー・アビスは両舷から子機を射出しレーザーを放たせる。同時に本体がホーミングレーザーを機関砲のように撃ち、フォーミュラを右舷に捉えて滝のようなレーザー弾幕を張る。

 

〈バカお前、そりゃ、反則、だろうが――〉

 

 アームを失い機体に大ダメージを負ったフォーミュラは落ちていく。エンジンの再点火はかなわず、幾つもの火と煙を上げて、為す術もなく落ちていく。

 

〈ヴェルデ!〉

〈オールドのおっさん、大丈夫だ! 艦娘の機体と妖精にはまじないがかけられてんだぜ? 俺は死んでもあの鎮守府で生き返るし、フォーミュラだって一機までならいくらでも複製できる〉

〈そんなこと言っているんじゃない! 一機でも欠けたらこの均衡が崩れる! なんとか立て直せ!〉

〈無茶言うんじゃねえよ! ああくそ、海ポシャだ!〉

 

 海中にダイブするフォーミュラ。

 唸り声を上げるオールド。

 歯ぎしりするレッド。

 息を呑むアダム。彼がそうしたのは、フォーミュラが抱きかかえられたからだ。だがそこは海上。では、あそこにいる背の低い少女は一体?

 

「ごめんねヴェルデ、遅くなっちゃった」

〈まったくだぜ。さ、着艦させてくれ!〉

「わかった。ちょっと待ってね」

 

 抱えたフォーミュラを矢の形に戻した瑞鳳は、懐から補給ペーストを取り出すとすぐに塗り込める。

 そんな彼女の横には鈴谷と金剛が、少し離れたとこで北方棲姫が空に向けて砲を撃ち、後ろでは赤城と龍驤と鳳翔が次々に艦載機を発艦させている。

 

〈よっしゃ! ばっちり補給できているぜ!〉

 

 うん、と瑞鳳は頷く。

 その表情は殺意に塗れていた。少女らしさやかわいらしさはどこにもない。

 

(まるで怪物のような顔してやがる! 悪魔や死神だと言っても通用しそうだな……お前の仇、俺がとってやるからな)

 

 この時の瑞鳳を撮影した顔写真をなんの事情も知らない人間が見れば、地獄の住人と言われても納得してしまうだろう。

 頭上に青海提督を殺した奴らの仲間がいる。これは仇討ちだ。ここでフォーミュラを発艦させ、他の艦載機も次々に飛ばしていき、奴を殺す。絶対に生かすものか! ――瑞鳳はフォーミュラの矢をつがえ、弓をぎりぎりと音がするほどに力強く構える。

 ストームコーザー・アビスの対地攻撃も熾烈で、鈴谷が装備している艦娘用のバースト砲がなければ危険な場面だ。回避するように航行しながら瑞鳳はフォーミュラを発艦させる。放たれた矢は空を飛び、光をたたえ、しかし閃光を破裂させなかった。

 

〈ぐわっ、なんだこりゃ!?〉

「どうしたのヴェルデ、なんのトラブル!?」

〈シルバーホークのコンピュータがダメになりやがった! 予備のOSやらシステムやらに切り替える、もう一度頼む!〉

 

 いまのフォーミュラは矢の形をしているが、中に入っているヴェルデが見ているものは普通のコクピットだ。そこには大量のエラーメッセージが矢継早に現れ、そのせいでオペレーティングシステムがダウンしてしまっている。

 システム側が自動で復旧を試み、5秒と経たずに

 

 

 

〈あれ? 海ポチャしてんぞ?〉

「そんな!? ごめんヴェルデ、また発艦させる! 補給に不備はあった?」

〈なかったぞ。緊張するな、深呼吸してもう一度だ!〉

 

 自分の足元に浮かぶ矢を拾う瑞鳳。彼女は再び弓を構え、放つが、まるで児戯のように取り落としてしまう。殺意と憎しみにまみれた瑞鳳の表情が狼狽に上塗りされていく。

 

〈おいおいどうした瑞鳳、なにやってんだ!?〉

「わからない! どうして……どうして!?」

〈まさか……いや、そんなバカな――〉

 

 赤城たちが発艦させた通常の艦載機が空を満たす。シルバーホークほどの能力を持たないそれらは容易に撃破されてしまうが、それでもストームコーザー・アビスへ損害を与えたり、足止めして他のシルバーホークの補給をさせる時間を稼ぐには十分だった。

 そのおかげで瑞鳳がトラブルを起こしても彼女が狙われていないのだが、このまま発艦ができない状態が続けば、瑞鳳は窮地に立たされてしまう。

 

〈――他の艦載機は飛ばせねえのか!?〉

「やってみる! ――だめ、なんで? どうして?」

〈弱気になるな瑞鳳! あいつらをやっつけてやるんだろ!?〉

「そうだよ! ベルサーも深海棲艦も皆殺しにしてやる! なのにどうしてこんな……ねえヴェルデ」

〈ああ!?〉

「さっき、まさかって言ったよね? なにか私に隠していることでもあるの?」

〈隠しごとはないよ。でも、ああくそ、言っちゃっていいのか!?〉

「いいよ!」

〈憎しみや怒りが強すぎると心の負担になるんだよ! で、艦娘の戦闘力って、そういう精神面に依存している部分があるんじゃないのかって話だ!〉

 

 ハッとして目を開く瑞鳳。

 彼女とヴェルデの会話は他の仲間に聞こえている。故に瑞鳳が発艦不可能な状態であることもわかっているので、金剛の指揮のもとに彼女を守ろうと隊列を変えていた。

 だが会話に介入する余裕のあるものはいなかった。ストームコーザー・アビスの猛攻はやはりとどまるところを知らず、空を飛ぶシルバーホークが少ないこともあって凶暴さを増しているのだ。

 

「それはあるかもしれないけど……ヴェルデはなに、殺してやるって気持ちのせいでまともに発艦できなくなってるっていうの!?」

〈目の前にベルサーがいるんだぞ、怒りやらなにやらって最高潮なのはわかるさ! それに深海棲艦と見れば味方してくれてる北方棲姫だって敵のように見つめてたじゃねえか! 四六時中怒っていたんだろう!〉

「それがおかしいっていうの!?」

〈おかしくはねえよ! 人間らしい気持ちだし、俺にだってわかる! でも強すぎる気持ちは心に負担をかけちまうんだ! だから落ち着け、深呼吸をしろ!〉

「そんなので解決するわけないでしょう!? どうしたら私、発艦を――」

 

 悔しさに涙する瑞鳳。

 こんなところで泣いている場合じゃない。艦載機の発艦ができないと喚いている場合じゃない。無傷なのに発艦ができない空母艦娘なんてなんの価値もない。

 

 そんな瑞鳳に追い打ちをかけるような光景を彼女は見た。

 ストームコーザー・アビスの両舷に穴が空き、そこから何かが飛び出した。現れたのは子機ではない。浮遊する機能を持たない黒い影が十数。

 瑞鳳はすぐに理解した。ストームコーザー・アビスは深海棲艦をも輸送する能力を持っているのだ。現れた深海棲艦はすべて戦艦ル級だ。ざっと15を数えた瑞鳳は、それらが怒涛の勢いで距離を詰めていることに戦慄した。

 

「瑞鳳には近づけさせないネー!」

「大丈夫だよ瑞鳳。鈴谷におっまかせー!」

 

 金剛はスーパーアームに物を言わせた盾を買って出て、鈴谷は主砲と魚雷とバースト砲を織り交ぜて支援していく。

 戦場での利用価値を喪失した自分を守ってくれている――そのことに言いようのない申し訳無さを覚えながら、瑞鳳は迫るル級たちから距離をとるように航行する。他の空母艦娘も同じように航行しているが、瑞鳳よりも先を進んでいた。

 

 つまるところ、瑞鳳は中腹にあたる部分に位置して航行していた。そこの防御はどちらかといえば薄い状態だ。数で勝負する深海棲艦たちが瑞鳳に目をつけ、距離を詰めつつ砲を撃つのは道理にかなった戦い方だ。

 

〈おいおい、まずいぜ瑞鳳!〉

「しまった――」

 

 3体のル級に狙われ、一斉砲撃を受ける瑞鳳。まず間違いなく命中し、大打撃を受けてしまう。そんな予感はたいてい現実になることを瑞鳳はこれまでの経験から学んでいた。

 いかにノーマルアームの緑の膜が防御の助けになろうとも、直撃となればタダでは済まない。本当に戦闘不能の状態になってもおかしくない。死ねば青海提督の元へ行けるのだろうか? そんな疑問が瑞鳳の脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 ややあって直撃。衝撃で瑞鳳は後ろに吹き飛んでいく。

 だが。どういうわけか痛みがない。

 それどころか腕になにかを抱えてすらいる。砲弾ではない。小さくて柔らかい、小さな子供のような。

 

ズイホウ、ダイジョウブ?(瑞鳳、大丈夫)

「え……なんで?」

 

 目の前で起きていることが信じられなかった。

 北方棲姫が自分をかばっている。ステージ2の強力な個体とはいえ、ステージ1の攻撃を直撃で受ければタダではすまない。

 肩から血を流しても顔を上げ続けている北方棲姫の姿を見て、瑞鳳は心を打たれていた。

 この感情はなんといえばいいのか、彼女にはわからなかったが、決して悪い気分ではなかった。なにか崇高で尊厳のある、言い表せない良い気持ちだ。

 

ナカマナラ、タスケルノハ、トウゼン(仲間なら、助けるのは、当然)

「なかま――」

「……コウゲキスルナ! テキジャナイ!(攻撃するな、敵じゃない)

 

 北方棲姫はル級たちに呼びかけている。

 しかし声が届かないのか、話が通じないのか、ル級たちは再び一斉射撃を見舞った。

 だが瑞鳳の意識はそちらに向いていなかった。自分をかばってくれた北方棲姫の背中を見て、出撃前の出来事を思い出していたのだ。

 

 あの時、出撃前に北方棲姫はなんと言っていた? 

 ベルサーは撃てるが深海棲艦は撃てないって? 

 深海棲艦が撃たれても自分は裏切り者だから文句はない? 

 深海棲艦たちの説得をしてみるけど、いざというときは一緒に戦うって?

 それがどれだけつらいことか自分はちょっとでも考えたことがあったろうか? 瑞鳳は自問して、ないと即答した。自分が死ぬほど憎んでいる敵に思いを馳せるなど思いつきもしなかったのだ。

 もしも自分が裏切って深海棲艦の側についたとして、北方棲姫が言っていたようなことができるだろうか? 弓をひく相手が青海提督だったとして? ――そんなの、そんなの、考えたくもない、耐えられない、とても悲しいことじゃないか!

 

「ゴメン、ミンナ」

 

 つぶやく北方棲姫。同時に彼女は凶悪な歯の生えた砲をル級たちへ向け、赤色のバースト砲を放っていく。赤色の光の束はル級らの砲撃を捉えて破壊、無力化し、その勢いのままル級たちを飲み込んでいく。3つ分の断末魔が聞こえた、ような気がした。

 バースト砲が収束して、北方棲姫の攻撃の成果が目に見えた。海上にいた3体のル級は、最初からそこにいなかったかのように消え失せている。

 それを見つめる北方棲姫の目に涙が溜まっていたのを瑞鳳は見てしまう。心の中のなにかが、ふつ、と切れた音を聞きながら、瑞鳳は北方棲姫を真正面から抱きしめていた。

 

「ごめん、ごめんね、ほっぽちゃん! 私、私、あなたのことを――」

ダイジョウブ、キニシテナイ(大丈夫、気にしてない)ズイホウノキモチハ、ワタシモワカル(瑞鳳の気持ちは、私もわかる)

「――あなたのことを、絶対に許せない仇だと思ってた。でも違うんだ、あなたは私たちの仲間でいてくれている。心が裂けそうなほどのつらい思いをして!」

「……ワタシナラ、ダイジョウブ(私なら、大丈夫)ズイホウハ、ハッカンデキル?(瑞鳳は、発艦できる)

 

 わからない。そう答えながら瑞鳳は立ち上がり、フォーミュラを封じた矢をつがえる。

 不安そうに見つめていた北方棲姫は、言葉に反して瑞鳳がしっかりした構えで自信を持って発艦しようとしているのを認めて、表情をゆるめた。

 心のなかの大きな腫瘍がふっと消えたような、例えるならそんな気分――瑞鳳は涙しながら、今度は大丈夫という確信を持っていた。

 隣では北方棲姫が、腰のあたりから球形の航空機を出した。獣の耳と凶悪な歯を備えた深海棲艦のものだ。それを認めながら、瑞鳳は矢を放とうとして、

 

〈ぐあああっ! ダメです、ジェネシス、戦闘不能!〉

 

 アダムの通信がキメリカル・セイバーズの全員に伝わっていく。アンドロイドであるアダムの声に悲痛な印象はないが、なにか差し迫って危険な状態であるのはよく伝わっていた。

 

〈すぐに回収に向かいます! 瑞鳳さん、フォーミュラを発艦させられますか!?〉

〈大丈夫です! いっけえーっ!!〉

 

 鳳翔に返答しつつ、瑞鳳は思い切り矢を放った。

 フォーミュラの矢は光をたたえ、閃光を爆発させる。

 光の膜からフォーミュラシルバーホークバーストが全速力で敵に向かって飛び出していった。発艦が成功したのだ!

 

〈やったぜ瑞鳳! ちゃんと発艦できたじゃないか!〉

「うん! いいヴェルデ、これから他の艦載機も発艦させていくから、うまく協力して!」

〈了解だ。脚の可愛い九九艦爆ちゃんだろ?〉

「そうよ! さ、攻撃隊……発艦!」

 

 次々に瑞鳳は九九艦爆の編隊を飛ばしていく。艦娘となって初めて発艦させた艦種。扱い慣れたそれならば、よりよい機種よりも高い戦績を収めるだろうと瑞鳳は確信していた。

 やや遠くのところではジェネシスが接地脚を海面につけて浮いている。アメンボのようだと瑞鳳は直感したが、海の上に浮いている鳥のようにも見えた。鳳翔がすぐにそれを回収し、補給や修復作業に入っていく。

 

〈敵巨大戦艦の耐久力、残りわずかと思われます〉

「アダムさん? 痛いなら無理をしないでじっとしていて」

〈発声部に損傷なし。大丈夫です鳳翔さん。シルバーホーク隊、そして全航空部隊の皆さん。あと少しです!〉

 

 元気づけるような声だが、ジェネシスが重大なダメージを受けているのか、スパーク音やノイズが酷い。だがアダムの言葉は嘘ではない。いまやストームコーザー・アビスは赤い光をバチバチと漏らしている。巨大戦艦が沈みかける兆候だ。

 

〈こちとら大復活してんだ、そんな攻撃効くかよ! とっとと落ちやがれ!〉

 

 バーストを設置照射、盾にしながらも急上昇するフォーミュラ。

 フォーミュラの攻撃の射程は他のシルバーホークに比べてとても短いが、そのぶん威力や発射間隔は他のシルバーホークの比ではない。

 フォーミュラがこれまでの戦闘で大きく破損したストームコーザー・アビスの船体を集中して射撃していく。左舷艦種側。空を優雅に泳ぐための関節部が大きく露出している。

 はたして、フォーミュラの猛攻はストームコーザー・アビスの露出した弱点をさらに押し広げた。それを認めた瑞鳳は自分が発艦させた九九艦爆の編隊に号令を出す。

 

「みんないまよ! 左舷艦種側の露出部分を爆撃! ヴェルデが作ってくれたチャンスを活かしきって!」

 

 妖精たちの了解の声。フォーミュラの接地照射に守られながら九九艦爆編隊が上昇し、爆弾投下に必要な高度を稼いでいく。だがストームコーザー・アビスは動かぬ的ではない。難を逃れようと猛攻を展開しつつ空を泳いでいる。

 

〈おいレッド、俺たちシルバーホーク乗りが『漁師』って呼ばれるゆえん、見せつけてやろうぜ! 奴に思い切り衝撃を与えるんだ!〉

〈了解した! こちらは通常照射を仕掛ける!〉

 

 右に旋回しようとしたストームコーザー・アビスの右顔面部にレジェンドの通常バーストが直撃する。装甲の損傷があったのか、バースト砲の通常照射で大爆発が起こる。

 衝撃でストームコーザー・アビスの動きが鈍り、そこにオリジンの息もつかせぬボムの連続投下が迫る。さらに巨大戦艦の動きが鈍る!

 

〈いまだ攻撃隊! 行けえーっ!!〉

 

 設置バーストを操作し九九艦爆編隊を守るヴェルデが叫ぶ。そして九九艦爆編隊はストームコーザー・アビスの左舷艦首側の弱点にありったけの爆弾を投下した!

 爆発、爆発。大爆発! 爆炎がストームコーザー・アビスの船体を覆い尽くし、黒煙がその姿をかき消してすらいた。九九艦爆編隊の空中にいる目標への爆撃は成功したのだ。

 

 

 

 ひとつ、奇妙な間が空いて。ごう、とくぐもった爆発音が台風の目に響く。

 ストームコーザー・アビスの船体が切り身のように吹き飛んだのはその直後のことだった。

 ばらばらになった巨大戦艦はその残骸をボトボトと海に落としていき。そして海の上の深海棲艦は北方棲姫を除いては影ひとつすらない。

 

「勝った……の?」

 

 瑞鳳の隣に寄った鈴谷が呆然とした様子で呟く。先程まで現実のものとは思えないほどの猛攻に晒され、艦娘用のバースト砲でしのぎ、仲間を守っていた彼女は、戦闘のストレスから解放されて脱力しきっていた。

 

「そうだね鈴谷、私たち、みんな生きている」

「……ねえ瑞鳳。あの時の仇、とれたね」

「うん。変な話だけど、まだ実感がわかない。でもね鈴谷、私ね、自分がとてもアレだったってこと、やっとわかったんだ」

「ふーん? なんの話?」

「帰り道に話すよ。さ、金剛さんのところに行こう。みんなそっちに向かってる」

 

 少し離れたところで艦娘たちと北方棲姫が集まっていて、そこで金剛が手招きしている。空を舞う艦載機たちは次々にそれぞれの空母艦娘の元へ着艦を始めていた。

 

「早く来るデース、瑞鳳に鈴谷ーッ!」

「うん! さ、鈴谷、一緒に行こう!」

 

 ふたりは仲間たちの元へ急ぐ。

 だが瑞鳳も鈴谷もすぐに異変に気がついた。

 鳳翔が抱えているジェネシスの様子がおかしい。矢の形に変わらず、黒いスパーク光をバチバチと断続的に放っているのだ。

 

「ジェネシスはいったいどうしたデース? ペーストを塗っても治らないデスカー?」

「ええ……もしかすると中枢部分のダメージが大きすぎるのかもしれない。アダムさんも機体から抜け出られないようです」

「それってもしかしなくてもBad situation(悪い状況)?」

「……ええ。一番状態の良いシルバーホークはレジェンドとフォーミュラですね。亜空間跳躍のゲート役をお願いします」

 

 そんな鳳翔の表情は不安に揺れている。いつも穏やかで、どちらかといえば余裕のある、おしとやかな女性。そんなイメージからは少し離れていて、瑞鳳は完全勝利を収めたわけではないと悟った。

 キメリカル・セイバーズの初陣は勝利に終わった。だが。ジェネシスがこれからも重い障害が残ったままだとしたら、これ以上に手強い相手であろうグレートシング・アビスとの戦いは困難を極めるだろう――そう直感したのは瑞鳳だけではない。どの艦娘もゾッとするような直感を抱き、苦い表情を浮かべていた。

 

「あの、さ、金剛さん」

「どうしたノ鈴谷?」

「瑞鳳を連れて行っておきたい場所があるんだ。……南西諸島基地、なんだけどさ、ダメ?」

「今はNOデス。許可できないネー。でも、帰還した後でなら小森提督に相談できると思うデース。でもどうして南西諸島基地に?」

「私もそうなんだけど……青海提督に戦果報告をしたいなって。そう思ったんだ」

 

 なるほどと金剛は納得する。そういうことであれば、心情的には青海提督の所属であった艦娘たちには壊滅してしまった基地に向かわせてあげたい――金剛は心の底から思うと、鈴谷と瑞鳳の顔を見やって口を開く。

 

「きっと小森提督なら良いよって言ってくれるワ!」

「そうだよね。人が良いのが取り柄みたいなんだし。……わがまま言ってごめんね、ジェネシスやアダムが危ないっていうのに」

「シルバーホークはきっと大丈夫! さ、一緒に帰りまショー!」

 

 

 

 

 

 

 この日の夜。

 瑞鳳と鈴谷と熊野は南西諸島基地があった島を訪れていた。

 小森提督との相談の結果は瑞鳳たちに都合が良いものだった。短い時間だが、小森提督は元青海提督の艦娘たちに外出許可を与えたのだった。

 もちろん小森鎮守府から南西諸島基地までは気が遠くなるような距離がある。それを忘れさせてくれるような気軽さで訪れることができるのは、ひとえにシルバーホークを利用した亜空間跳躍のおかげであった。

 空はひとつの曇もない真っ暗闇で、宝石のような星々が輝きを満たしている。半分の月も瑞鳳たちを照らしていたし、フォーミュラに搭載させた探照灯が眩しくなりすぎないように島の地面に明暗をつけている。

 

 瑞鳳たちは荒れ果てた島に上陸し、基地があった場所へと歩いて向かう。

 そこはもうなんの形跡もなく、過去になにかが建っていたことすらわからないほどに建物の欠片すらない。

 だが瑞鳳にも、熊野にも、鈴谷にも、どこになにがあったかという記憶がある。その記憶が執務室のあった場所を見上げさせた。

 彼女たちに信仰する宗教はない。精神的支柱はそこに求めていないからだ。だが仲間意識というものはあるし、自分を構成させるものが船魂という霊的存在であることも自覚している。

 だから彼女たちは、かつてそこにあった執務室に向けて祈りを捧げた。黙祷。

 

 ストームコーザーを倒したよ、提督の仇は討てたんだ、それに私も少しだけ成長できたんだ――瑞鳳は言葉に出さず語りかけ、そして霊的な直感が目を開けるように呼びかけるのを聞いた。

 目を開けた瑞鳳が視界の端に見たのは乳白色の人の形をしたものだった。それは自分たちと同じように祈りを捧げている。

 アビスウォーカー! 自分と同じ姿をした深海の妖精を見た瑞鳳は声を上げることが出来なかった。ある種の神々しさが乳白色の自分から発せられていたのだった。

 

「……どうしたんですの、瑞鳳?」

「なんかあった?」

 

 熊野と鈴谷が様子のおかしい瑞鳳を認めて声をかける。すぐにふたりも乳白色の瑞鳳の姿を認めて息を呑んだ。

 

「あなたも、青海提督に会いにきたの?」

「……」

 

 アビスウォーカーはなにも語らない。だが、瑞鳳に向けて口は開いた。

 なにも声を出していない。しかし瑞鳳にはなにを言わんとしているのかが理解できた。読唇術の心得がなくても、アビスウォーカーが伝えたいことは、鈴谷にも熊野にもわかった。

 

 あ、り、が、と、う――アビスウォーカーは声を伴わない口を開くと、瑞鳳たちにおじぎをする。つられて瑞鳳も頭を下げるが、頭を上げた時にはいつか見た乳白色のヲ級になっていたし、それの隣には乳白色のル級が立っていた。

 瑞鳳たちは驚いていた。もうひとつのアビスウォーカーが現れたこともそうだし、なにより青海提督を良く思っていたらしいことが衝撃的だった。

 最初から最後まで友好的に振る舞っていたふたつのアビスウォーカー。踵を返してこの場を去る深海の妖精たちは港湾施設だった場所へ歩き、跳んで、消えた。

 

「あれってアビスウォーカーだよね? ね、瑞鳳」

「うん……あの子たちも、青海提督に挨拶しに来ていたんだ。なんだか、なんだか……嬉しい気持ち、だね」

 

 心からそう思う。瑞鳳は満足そうに頷くと踵を返して先を歩いていく。

 もう彼女の心にわだかまりはない。青海提督を奪ったベルサーも深海棲艦も憎いが、それで自分を失ってしまうことはもうないと瑞鳳は自信を持って断言できている。それに――どれだけ想おうと死者は還ってこない。

 青海提督の仇討ちは終わった。だが瑞鳳は戦いをやめるつもりはない。まだやるべきことは残っているし、新しい上司もそんなに悪い人間ではない。

 

「じゃあね、青海提督! ……こんど来るときは、全部終わってからにします!」

 

 悲しみに満ちた顔ではなく、さわやかな笑顔で瑞鳳は宣言する。そんな友人の姿に満足するように鈴谷と熊野はうなずき、静かにこの場を歩き去った。

 

 


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