敵の詳細はストームコーザー・アビスがいること以外は不明だが、未曾有の規模を誇る暴風域に突入できるのはシルバーホークしかない。いつか見たアニメ映画では雷鳴轟く暴風域を簡素な乗り物で突破する場面があったが、普通の飛行機ではそれはかなわない――瑞鳳はそのことをよく理解していた。
瑞鳳の隣では赤城がレジェンドを着艦させ、補給作業を終えるとすぐに再発艦の準備に入っていた。瑞鳳もフォーミュラの発艦準備に移る。第一の目標はシルバーホーク隊によるストームコーザーの脅威レベルを下げること。そうして気象兵器の威力を弱めなければ、艦娘と北方棲姫による攻撃ができない。
「レジェンドシルバーホークバースト、発艦!」
「オリジンシルバーホーク、発艦やでー!」
宣言する赤城と龍驤。彼女らが放った矢は白銀の光を爆発させ、次の瞬間には赤色のレジェンドと黄色のオリジンが急上昇していた。
機体尾部のブースタから青白い噴煙。現行の戦闘機を凌駕する加速で一気に点に見えるほどの高度を得る。
「さ、瑞鳳さんもシルバーホークを!」
「わかってますよ鳳翔さん。フォーミュラシルバーホークバースト、発艦!」
瑞鳳の短弓から緑色の光。それも爆発すると、爪のような主翼を3つ備えた緑色のフォーミュラが大空を目指して飛翔する。
しかし瑞鳳は満足な発艦ができた気がしなかった。一瞬、フォーミュラのブースタが死に、推力を失って失速しかけたのだ。
すぐにエンジンが再点火、レジェンド以上の推進力を見せるが、突如沸き立った瑞鳳の不安が収まるわけではない。背筋にゾッとするものが這いまわる感覚を覚えた瑞鳳は、すぐにフォーミュラとの無線連絡をとった。
「ねえヴェルデ、発艦シークエンスはどうだった? 大丈夫?」
〈問題がないといえば嘘になるなあ。秘密回線に切り替えよう、すこし話でもして落ち着かねえか?〉
「ううん。いまはそれどころじゃないでしょ?」
〈まあそうなんだけどさ……そんじゃ、オニキンメ退治に出かけますかね。レッドさんにオールドさんよ、先に行ってるぜ〉
編隊を乱すな! レッドの困惑と怒りの声にケラケラ笑って返すヴェルデは、すでにフォーミュラを水平線の向こうまでかっ飛ばしていた。急いで後に続くレジェンド。そんな後ろ姿をキメリカル・セイバーズ第一艦隊は見送るしかなかった。
「金剛さん、金剛さん。ちょっといい?」
「どうしたデース、鈴谷?」
「いまはシルバーホークに任せるわけでしょ? 鈴谷に手伝えることってなんかないの? せっかく艦娘用のバースト機関を積んでるのにさ。それに北方棲姫だってあのキモい砲からバーストビームが撃てるんでしょ?」
キモイッテナンダ、と眉をひそめる北方棲姫。キモいもんはキモいじゃんと鈴谷はこたえる。その態度は先程よりは少しだけ軟化していた。
鈴谷が言うとおりキメリカル・セイバーズの艦娘はバースト機関を装備している。
もっとも、第一艦隊で有しているのは鈴谷しかいない。金剛がスーパーアームを、他の艦娘がノーマルアームを装備しているくらいで、他には北方棲姫がベルサーから供されたものを使っている。
通常の艦娘用艦載機に搭載することも検討されていたが、研究期間が短いことが試作品すらつくることも許さなかった。艦載機への搭載が実現すればバースト機関という超兵器の手数を劇的に増やすことができるのだが、ことは易く運ばなかった。
艦娘用艤装として調整されたバースト機関も数を揃えるのが難しく、量産が追いついていない。グレートシング・アビスとの戦いに数を揃えられるかどうかは誰もが疑問に思っていたことだった。
「確かにバースト機関の力ならあの嵐にだって穴を開けて、突撃できるようになるかもネー」
「でしょー? だったら鈴谷たちも急いだほうが良いんじゃない?」
「だけどあの
「だからこそだよ。あの時とは違ってあいつらを倒せる武器がある。金剛さんはスーパーアームがあるし、鈴谷にはバースト照射装置がある。シルバーホークだって4機もいるし、極めつけに北方棲姫がいるんだよ」
鈴谷は両腕に備えている黒い杭のようなものを叩きながら、前へ前へと海を滑っていく。その隣につけながら金剛はゆっくりと首を横に振った。
「んも、金剛さんはなにビビってんの?」
「Youの態度は立派ネ。でもそれは死に急ぐのと同じデース。相手の戦闘力は未知数、そんなのを相手に『これならいける』という考えは
「……はいはい、わかりましたってば。熊野や他の子も悲しむだろうしね、わかったよ、無駄に無茶な突撃はしないって」
わかればよろしい、と言わんばかりに金剛は微笑みながら頷き返す。
「たまには良いこと言うやんけ」と龍驤がいたずらっぽく笑い、金剛に「
そんなやり取りを瑞鳳は一歩引いた目線で見つめ、進軍していく。
彼女たちはどうしてこんなに気持ちを軽くできるのだろう? どうして自分のように敵を討つという強い意志があまり感じられないのだろう? 同じ仇討ちをするはずの鈴谷でさえ少しだけ笑っているようにも見える。
瑞鳳の中に困惑が広がっていく。自分が間違っているのか、仲間たちが楽観しすぎているのか、どちらでもないのか、どちらでもあるのか。
瑞鳳が浮かない表情をしているのに鳳翔は気づいていた。他の艦娘だって気づいているはずだと鳳翔は踏む。
だがもう戦闘開始まで時間がない。ゆっくり腰を下ろして話をして落ち着けるだなんて出来る状況ではない。なにも出来ないのを歯がゆく思いながら、鳳翔は瑞鳳の後ろを航行していった。
〈キメリカル・セイバーズだってよ。なんだかそんな部隊名、おじさんどっかで聞いた気がするんだけどな。レッド、なんか覚えてないか?〉
〈ないです。無駄口叩いてないで備えましょう〉
〈へいへい。で、フォーミュラのパイロットは……ヴェルデったか。フォーミュラの調子はどうなんだ?〉
雲の上は晴れやかだ。だがオールドとレッドの気持ちは戦意だけで満たされていない。フォーミュラが発艦した際のトラブルを見過ごしてはいなかったのだ。
〈あー、大丈夫だ。飛行に問題はないし、火器管制もバッチリだ〉
〈そうなのか? なら良いんだが……そろそろジェネシスと合流か、シルバーホークの4機編成がこんな遠く離れた星で実現するったあな。なんか感慨深いもんがあるよ〉
〈言われてみればそうだな。なあオールド、あんたこの中じゃ最古参だろ?〉
〈そうだが、なにかあったか?〉
〈ストームコーザーと戦ったことは?〉
〈ない。これまで戦ってきたベルサーのグループで、ストームコーザーを運用している奴らはいなかった〉
〈なるほどな。……そうだ、頼んでいたことはどうなった?〉
目標の座標――ストームコーザーから約5キロメートルほど離れた上空――を指定してオートパイロットに移行させたオールドは、ヴェルデという陽気そうなパイロットがつらそうな息を漏らしているのに気がついた。
〈瑞鳳に昔話をしてやれっって話だろ?〉
〈端折り過ぎだ。あいつが恨みつらみっていうのを抱えすぎてやばそうだから、一番長く戦い続けているあんたの話を聞かせてやってくれってことだよ〉
〈合っているじゃないか、おじさんの説明で〉
〈説明の仕方が乱暴なんだよ〉
〈まあそこは許してくれや。んで、結果から言えば、まだ言えていない〉
精神科医じゃねえもんなとヴェルデはため息混じりに返す。対するオールドは落ち着きを崩さないまま続けた。
〈食堂でその話をしようと思っていたんだ。でも、途中で出撃命令が出ちまったんだよ〉
〈なるほど、そりゃ仕方がない〉
〈でもな思うんだよ。おじさんがなんか言ったところで、瑞鳳が憎しみに縄をかけて飼いならすってのはできねえだろ。長い時間が必要なんだぜ、そういうの〉
〈言わないよりは絶対にマシだろ〉
〈しかしな……艦娘ってやつの中身は船魂だろ? 神様みたいなもんなんだろ? それに説教かますってのもおかしな話だと思うぞ。なあ、ベテランにコーチする新兵がどこにいるんだよ。そういうのをここの言葉では……なんつったか、シャカにセッポーっていったか? いや違うなんだったかな、ブートキャンプ?〉
〈知らねえよ。でもな、この中で一番戦い抜いていたなら……きっと、恨むことのつらさっての、わかってると思うんだ〉
〈あ?〉
〈ぶしつけなことを言って悪いと思ってる。でも、いまの瑞鳳はベルサーや深海棲艦を憎みすぎている。憎しみや怒りは戦いへの
オールドの脳裏に10年前の戦いが蘇る。グレートシングとの戦い。敵のドリルミサイルが自軍の戦艦をえぐりとって爆散させて、自分の恋人が無残に死んでしまった、つらく悲しい思い出。
あの時の衝撃はオールドの心からひとつも消えていない。強く刻みつけられた悲しい記憶。しかしオールドは思い出すだけで怒り狂うようにはなっていない。憎しみと怒りを飼いならしている。
艦娘とともに臨んだグレートシングとの戦いでオールドは怒り狂ってしまったが、それ以外の平時は奇妙な手綱を握っていられている。だが、そうやって慣らすまでは、強すぎる憎しみが人格を歪めていた時期と重なっていた。
〈艦娘って、人の体を持ってからはそんなに時間が経ってない。それにオールドだってわかるだろ、艦娘は神様みたいなもんかもしれないが、実態はふつーの女の子だってことをさ〉
それはわかっているつもりだった。
オールドは自分が交流してきた艦娘の顔や言動を思い出す。一部は変人が混じっているが、そんな子だって人間らしい面を見せている。小さい駆逐艦娘は外見年齢相応の幼さがあったし、重巡艦娘や戦艦娘なんてとても大人びているのが多かった。
〈瑞鳳はさ、とても人間みたいな心を持ってるんだ。自分がとても好きだった人間が敵に殺されて、奴らを根絶やしにしてやるって気持ちが痛いほど伝わってくるんだよ。そんなのが続けば、きっと壊れちまう……正直、北方棲姫を殺意満々の目で見つめる瑞鳳のことが、怖かったんだよ〉
〈そう簡単に割り切れるもんでもねえだろ。ダライアスの人たちにだってバースト機関をシルバーホークに乗っけるのを嫌だって言う奴がいたんだぞ。ベルサーの兵器を運用してどうするんだってな〉
〈そういうもんだよな。さーて、そろそろマジメに戦闘する気になったよ。やべえよな、嵐を起こすものだってよ〉
〈おいおい余裕こきすぎだろ。若いからって調子にのるなよ〉
ははは、と軽い笑いが飛び交う。そんな場合じゃないでしょう、とレッドはため息をつくが、彼女は心の底からがっかりしているわけではなかった。
同時にレッドは目視でジェネシスを捉えていた。妖精になってもサイボーグ機能を失っていない彼女は、サイバネ義眼で点のような機影を数十倍に拡大して捉える。
ふたつの小型戦闘機のようなサポートユニットが揃っていることも確認したレッドは、ジェネシスが戦闘機能を万全にしていることを悟った。あれのパイロットはアンドロイドだったはずだ――完全に戦闘向けの調整をされたパイロット。機体の性能をどれだけ引き出せるのかと、半分機械の身でレッドは期待を寄せた。
〈遅くなりました! こちらアダム、ジェネシスのパイロットです〉
〈こちらレッド、合流を確認した。よろしく頼む〉
ジェネシスとフォーミュラとの実戦での協同は初めてのことだった。
だがきっとうまくいく。レッドにはそんな予感があった。確証はどこにもないがこうして4機1編成が組めているのなら、これ以上に良いことはそうそう無いだろう。
シルバーホーク隊が飛行しているのは、ストームコーザー・アビスが巻き起こしている大嵐の暴風域の十数キロメートル前のところだ。
バースト機はレジェンドとフォーミュラ、非バースト機はオリジンとジェネシス。厳密にはジェネシスは非バースト機と言えないのだが、バースト機と非バースト機が一機ずつの編成が良いだろうとオールドが進言し、他のパイロットたちは頷いたのだった。
フォーミュラとオリジン、レジェンドとジェネシスの2機1編成という形をとることを決めた。前者をチームα、後者をチームβと呼ぶことをキメリカル・セイバーズと取り決め、チームαが海中から、チームβが空から攻めることとなった。
こうして戦力を分散させるには理由がある。敵の編成がまるでわからないからだ。
最低でもストームコーザー・アビスがいることは確実だが、随伴する深海棲艦がいないとは言い切れないのだ。故に、海中からの侵入を担当するチームαの役割は索敵の色が濃い。
大嵐の影響で海中も残骸や海流が乱舞し、非常に危険な領域であるのは間違いない。が、シルバーホークの目センサー類と機動能力の前ではその脅威度はかなり低くなるだろう。
空中から迫るのも同様に危険だ。だがチームβ――レッドとアダムのふたり――はひとつも臆するところはない。堂々と、平常心で、作戦開始を待つように旋回飛行を続ける。一方でチームαは海面スレスレを旋回飛行で待機していた。
〈こちらレッド。旗艦金剛、作戦開始秒読みをお願いします〉
〈
金剛の思い切りの良い秒読みが4機のシルバーホークに行き渡り。チームαとチームβが一斉に作戦行動に移行する。
オリジンとフォーミュラが全推力をもって海面に突入。同時にレジェンドとジェネシスが嵐に向けて全力で突撃。
大きな水柱がふたつ、嵐の表面がふたつ爆発。それを目視できない距離から見送るキメリカル・セイバーズは、ストームコーザー・アビスの弱体化という突入チャンスを活かすために、少しずつ距離を詰めていくことにした。
地球人の常識の範囲外の乱気流。雷鳴轟く暴風。シルバーホークは煽られるが、完全に姿勢制御を持っていかれる程ではない。おそらくは航空機の一部であったはずの鉄塊が舞い、島を巻き込んだのか岩石や樹木すら嵐に紛れている。
だがシルバーホークのセンサーを切り替え、全天球モニタに適用すると、通常では目の前すら状況がわからないのをかなり改善できている。そんな環境の中、レッドは操縦に全神経を傾けていた。
突入直後はオールドたちを心配する余裕があったが、いまはもう危険地帯を突破するので精一杯だ。
(っ、撃ち落とす!!)
突如行く手をふさぐ巨木。進行ルートの阻害になるなら回避か破壊で突破すればいい。機関砲のトリガを引いたレッドは狙い通り巨木を撃ち千切り、大嵐に巻き込まれないように推力を更に上げていく。
スピードを緩めればシルバーホークといえど巻き上げられてしまうだろう。そうなればアームがあるとはいえ、待つのは死しかない。死ねばキメリカル・セイバーズの初陣は敗戦しかないし、そうなればこの地球は未曾有のダメージを受け、最悪の場合惑星崩壊が起こる可能性がある。
――失敗は許されない。絶対に死ねない。そんな恐怖がレッドの神経を尖らせていく。サイボーグとして機械的に高められた能力が、尖っていく神経でさらに磨かれていく。
〈良い飛行っぷりですね、レッドさん〉
〈黙ってもらえないか。死んでしまう〉
〈申し訳ありません。サポートは全力でさせて頂きます〉
〈余裕たっぷりか。なら、アンドロイド様には頼らせてもらおう!〉
一抹の怒りは、しかし磨かれた神経と能力によってすぐに昇華されていく。冷静な現状認識。アンドロイドであれば問題を最適化して切り抜けるのは問題ないのだろう。
過去にバースト機に搭乗してダライアスの窮地を救った「最初のふたり」のひとり、最新型AI端末、アンドロイドのTi2のことを顧みれば、アダムのパイロットとしての技量はいまの自分よりも格段に上なのだろう――レッドは素直にそう思えていた。
〈台風の目に到着するまで、予測、残り20秒〉
誰に話しかけるでもなくアダムが告げる。ならばとレッドは行く手を阻む岩石を機関砲で撃ち砕いていく。破片はハイパーアームに弾かれるが、アーム強度は減衰すら起こさない。
嵐は突入時よりも強まり、紫色の稲妻が乱舞している。一条、二条の電撃ではない。まるでなにかの網のように張り巡らされるかのように。
〈この程度なら突破できる!〉
〈無理はしないで――あぐっ〉
レッドの横目に、電撃を受けたジェネシスが見えた。
失速。
巻き上げられる機体。
間の悪いことに、コントロールを失いかけているジェネシスが連れられる先は――目を覆いたくなるほどの巨木であった。嵐に巻き込まれ、ぐるぐる回るジェネシスは自衛できる状態ではない。
〈援護する! はやく立て直しを!!〉
レジェンドが最大加速。ジェネシスにぶつかるであろう巨木をウェーブで落ち抜いていく。
1発、2発、3発。誤射が起こらないように慎重に射撃。緑色の「波」が切り裂かれ、暴風に巻き上げられ、ジェネシスは事なきをえる。
消えていたジェネシスのエンジンが再点火。急加速して暴風域でのコントロールを取り戻す。レッドは安堵しながら前進、台風の目を目指していく。
〈助かりました。ありがとう〉
〈困ったときはお互い様でしょう〉
〈ええ。ワンフォーオールの精神ですね〉
アンドロイドが助けあいの精神を口にするとは。それもプログラムに組み込まれているのだろうか? どちらにしろ、2機1編隊を組むにあたってブルーやオールドと同じくらいに頼れそうなやつだ――レッドは素直に評価した。
チームβは台風の目に躍り出る。大嵐を生み出す気象兵器を内蔵するストームコーザー・アビスは、なんの障害のない綺麗な空を悠々と泳いでいる。
ドス黒いオニキンメ。機械と純生命的なエネルギーの融合の産物。ある種のキメラ。
ストームコーザー・アビスの近くには護衛のようにゴールデンオーガが1隻付き従い、両舷からは幾つもの黒い鎖のようなものが伸びている。レッドがそれを目視で辿ると、その鎖が海上にある深海棲艦たちをつなぎとめて安定させるためのものだとわかった。
大嵐の中とは違って、台風の目の中はとても見晴らしが良い。悪劣を極めていた天候は、いまや爽やかすぎる晴れ模様である。つまりそれは見通しが良いということを意味しており、ベルサーと深海棲艦の連合が2機のシルバーホークの接近に気づくのは当然のことだ。
護衛のゴールデンオーガが黄金の鱗をばら撒き、下の深海棲艦たちが対空砲を撃つ。バーストを設置照射して、下からの攻撃を防ぐように立ちまわるレッド。その防御効果を受けられる位置取りをしながら、アダムはゴールデンオーガの迎撃にあたった。
ちょうどその時、レッドとアダムは同時に通信が入ったのを耳にする。戦闘行為を続けながら、情報を捉えるべくアンテナを張ることにする。
〈こちらオールドォ! 赤い深海棲艦の潜水艦を確認したぞ!!〉
〈Okay、撃破してからストームコーザーを叩くデース!!〉
〈ああ、こちらアダム。台風の目に到着。深海棲艦のル級を確認。数は8。ストームコーザーと物理的に繋がれることで安定した動きをとる模様です〉
〈深海棲艦は私たちが倒すネー! でも障害になるようなら、先に数体倒しても良いデース!!〉
了解。アダムとともに短く答えたレッドは、水中から大きな水柱が上がるのを認めた。敵の潜水艦の深海棲艦とシルバーホークが戦っているのだろう。
そこでレッドはジェネシスがサポートユニットを前面に集めているのを見た。ふたつの小型戦闘機のようなサポートユニット。それらが蒼い光を放ち、すうっと形をなくして蒼い光になる。
〈アダム、それは?〉
〈αバーストビームです。先にゴールデンオーガを潰しましょう〉
アムネリアのシルバーホークが搭載していた、オール・ナッシング機関。それに由来する特殊兵装、αビーム。
敵機を捕獲し仲間にするキャプチャー機能。それがアムネリアシルバーホークが有していた特殊な機能で、αビームは捕獲した敵機をエネルギーに変換し、放出するのだ。
ジェネシスシルバーホークが搭載しているのは、そのαビームをバースト機関で再現しようとしたものだ。機体全面に蒼い光球を作り上げたジェネシスは、大口を開けて迫り来るゴールデンオーガに向けて解き放つ。
まばゆい光の奔流。透き通るような、確かな滅びを告げる高い発射音。
白い本筋に蒼の膜のようなものが逆立ち、紫色の電撃が這っていく。αバーストビームの大きさこそ目立つものではないが、そのきれいで破壊的な輝きにレッドは一瞬、心を奪われていた。
〈これがジェネシス……〉
弱点の口の中を攻撃されたゴールデンオーガはαバーストビームの威力に屈している。まずは口の中が大爆発し、頭部が欠損するかのように離れていく。
宇宙空間ではなく、重力があるこの戦場では、それはすぐに海中に没していく。
だがαバーストはまだ照射されていた。まだ動力が生きているのか、緩やかな落下を始めるゴールデンオーガの残骸を次々に爆発させていく。まともに残ったのが尾の部分しかないが、これはすぐに海に落ちていった。
〈αバーストは撃ったら自分で照射停止をかけられないんですよ〉
〈なに?〉
〈高速機動も制限がかかってしまいましてね。しばらく、守ってもらえませんか?〉
見ればストームコーザー・アビスは両舷に幾つもの穴をあけ、なにかを射出していた。弾ではない。が、レッドはひと目見て戦慄した。アレはなんらかの子機だ。50以上は射出されている。それが一斉射撃したとしたら――
〈αバーストで敵の子機を焼け! こちらも設置照射で防御を!〉
〈わかりましたよ!〉
〈ったく、なんて欠陥品だ!〉
〈そうでもないですよ。いいところもあとでちゃんとお見せしましょう。もっとも、妖精さんがアムネリアの設計図を解析できればもっと使い勝手が良くなるのですが〉
〈無駄話は後で、敵に集中しろ!〉
――レジェンドとジェネシスの素早い対応は、ストームコーザーの子機の半数を撃破するに至る。しかし生き残った子機は、撃たれたことすらわからないほどの速い弾を撃ち、2機のアーム強度を減衰させた。
〈ぐっ、大丈夫かアダム!?〉
〈まだ強度は九割以上残っています。大丈夫ですよ〉
〈こちらも同じ状態だ。が、まだ終わらせてくれないらしいな〉
いつの間にかストームコーザーは、シルバーホークが対処できないほどに遠くに行ってしまっている。そしてシルバーホークに見せている側面から多数の砲身を覗かせ、目にカーテンをかけるような弾幕を形成し始めた。
〈設置照射で防御する! アダム、サポートユニットは復活しないのか!?〉
〈時間経過でジェネシスが再形成します。が、あとすこし時間がかかりますね!〉
αバーストがあれば多数の砲身を焼き潰すことができたかもしれないのに――内心で歯噛みしつつ、レッドは設置バーストの操作に集中する。無線通信でオールドが深海棲艦の潜水艦を全滅させたことを告げたが、それに返答する余裕も金剛の返事を聞く余裕もない。
〈シルバーホーク隊はストームコーザー・アビスの戦闘力を落とすのを優先させるデース! 気象兵器がダメージを受けて嵐が弱まったら、私たちも突入して台風の目を目指すネー!〉
〈オーケーだ! レッドにアダム、いまからおじさんたち空に向かうぞ。いいか、無理だけはするな!〉
了解の旨を返したのはアダムだけだった。レッドは設置バーストの操作に集中していたうえに、突如反転して急接近したストームコーザー・アビスに息を呑んでしまったのだ。
〈避けてレッドさん!〉
左に避けるアダムの声を聴くレッド。その声を受けてレッドは右に避ける。チームβがいたところを食い破るようにストームコーザー・アビスは突撃し、そうしながらも両舷から新たに数十の子機を射出していた。
それだけではない。紫色のホーミングレーザーをも発射している。さらには空を埋め尽くすほどのミサイルまで射出していた。
下に逃げようにも深海棲艦の対空砲火が待ち受けている。――だが、レッドはとっさに下に行く判断をくだした。バーストを設置照射しなおし、上からの攻撃を防げるように立ち回り。そのまま手近な深海棲艦にウェーブを連射、さらに加速して対空砲火を縫うように避けていく。
一方でアダムは復活したサポートユニットを盾に、縦横無尽にストームコーザー・アビスの猛攻を避けていた。サポートユニットにあたった敵の攻撃はそこで遮られ、ジェネシスのハイパーアームへのダメージは殆ど無い。
(ジェネシスのポテンシャルをアンドロイドの演算能力が極限まで高めている? すごいな、アダム)
コクピットのモニタに「僚機状態」を表示させたレッドは、ジェネシスの損傷の少なさに舌を巻く。同時に、オリジンとフォーミュラが海中から出てくるまで3秒、という情報も確認した。
レジェンドが深海棲艦たちに近い側に距離を詰めたのを受け、対空砲火を集めつつあった戦艦ル級たち。その何体かが予告なく爆散する。直後、爆発のあったところから2機のシルバーホークが垂直に飛び出していく。
〈大丈夫かレッド!?〉
〈もちろん。助けてくれてありがとう〉
〈おじさんが困ったら、ちゃんと借り返してくれよ!〉
チームαとチームβが合流。オリジンとフォーミュラがその勢いのままに、深海棲艦らを食い破るように撃破していく。
これで海上からの対空砲火が弱まり、ついには消えていく。残るはストームコーザー・アビスだけだ。レッドは改めて気を引き締めると急上昇に踏み切る。オリジンとフォーミュラも、ジェネシスに加勢すべく急上昇でレジェンドの後に続く。
しかし。レジェンドらは海中に没していた。ストームコーザー・アビスが尾びれを振るい、強烈な突風を発生させたためだ。その衝撃と風速とがレジェンドら3機のコントロールを奪い、僅かな間でも行動不能まで追い込んだ。
追撃に備えるべく設置照射の準備に入るレッド。しかし敵の狙いはレジェンドたちではない。一機で孤立しているジェネシスだ。ストームコーザー・アビスは両舷から子機を大量に射出し、しかし子機の挙動はこれまでと違っていた。赤い光をたたえているのだ。
〈おいおじさん、あれってまさかバースト砲か!?〉
〈そうに違いねえなヴェルデ。くそ、マズイなこりゃ!〉
ヴェルデの予想通り、大量の子機は、赤く細いバーストビームをジェネシスに向けて放つ。同時にジェネシスはαバーストを放っていた。
危ない! レッドの悲痛な表情は、しかし明るいものを帯びていくようになる。
海から抜け出し、遠い空に見えたのは、黄金の巨大な光の柱だった。ストームコーザー・アビスはそれに呑まれている。なにもかもを震え上がらせるかのような轟音が、大嵐の音をもかき消していた。
〈敵はこれがバースト機であることを知らなかったようですね〉
〈アダム! これでやれそうなのか!?〉
〈ええオールドさん。αバーストビームはベルサーのものと接触、干渉することで容易にカウンターを引き起こします。カウンターが長引けば威力は桁違いに増大する。そのことを奴らはその身をもって学んでいるはずです〉
黄金の光の柱。それがまとうのは紫色の電撃。あまりのまばゆさにストームコーザー・アビスにどれだけのダメージを与えられているかは分からない。それでもレッドは期待を寄せていた。これだけの攻撃を与えているのだ、いかに相手が強かろうが、これなら倒せているはず――
〈ストームコーザーならば、これで倒しきれる計算だったのですが。深海棲艦の深淵の力とやらを注ぎ込まれると耐久力も上がるようですね。変則的第二世代の巨大戦艦か、とても厄介な相手です〉
――そんなレッドの期待は砕かれた。
徐々に色を蒼色に戻しつつαバーストは細っていき、ついにストームコーザー・アビスの姿が見えるようになった。全体が焼け焦げ、いくつか削げ落ちているパーツがあるが、飛行能力は失われていない。
しかし、意図的に破棄したと思われる黒い塊が海中に沈んだ頃には、嵐が目に見えて弱まっている。頑丈な船なら無理をして通行できそうな印象がある。さらに台風の目の半径がどんどん広がっていた。
〈あれは気象兵器のユニットか、オールド?〉
〈わからねえことをおじさんに聞くんじゃねえ! でもたぶんそうだ、嵐が急に弱まっていやがる〉
〈ああ! 金剛聞こえるか、気象兵器はどうにかした。突入してくれ!〉
任せるネー! と金剛が勢い良く返して通信が途切れる。おそらく第一艦隊の到着には時間がかかるだろう。アビス化してから搭載したらしい気象兵器をパージせざるを得ないほどのダメージを与えている。
これまで全力で戦って半ば均衡している状態だ。艦娘たちと北方棲姫が来ないことには決定打を与えることはできないだろう。いまできるのは、これからも全力で敵との戦いに臨み、艦娘らと合流して敵の破壊をすることだけだ。