艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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CS作戦フェーズ1、始動・後

 地球規模の脅威を振り撒くであろう敵勢力、ベルサーが誇るストームコーザー・アビスとグレートシング・アビス。

 これに対抗するべく大本営はCS作戦を発動。主な戦力を小森提督が指揮し、彼女が指揮をとる部隊はキメリカル・セイバーズと呼ばれる。

 

 そのキメリカル・セイバーズの第一艦隊は海の上を移動している。艦娘と、宇宙戦闘機と、深海棲艦。奇妙で空想的なこの部隊は、しかし現状で人類が用意できる最高の戦力である。

 主に多くのシルバーホークの運用によってベルサーの巨大戦艦を撃滅するのを主軸とするのが、小森提督の考え方だった。

 旗艦に金剛を任命。彼女と鈴谷と北方棲姫が協同してシルバーホーク発艦を担う空母艦娘たちを守る。

 キメリカル・セイバーズ第一艦隊の空母艦娘は赤城、龍驤、鳳翔、瑞鳳の4人である。艦娘運用の原則である「1艦隊6人」の編成に、北方棲姫がおまけで加わっているのだ。

 

 

 

「ねえ小森さん。第二艦隊も一緒に行かせたほうが良いんじゃないの」

 

 執務室で具合が悪そうに来客用の椅子に腰掛けている紅玉に、小森提督はかぶりを振る。医務室で薬を飲んだあとで紅玉は執務室にやって来ていたのだ。

 

「ストームコーザーはもしかすると深海棲艦の陣営を裏切っていないかもしれない。紅玉さんがそうやって大きすぎる感情エンジンの稼働を感じたケースは少ないのでしょう?」

「うん。北方棲姫たちを裏切ったグレートシング・アビスの件と、南西諸島基地を襲ったストームコーザー・アビスの件のふたつだけだね」

「それならストームコーザーが深海棲艦の側から離れたとも、離れていないとも言い切れない。おそらく接敵すれば事情はある程度はわかると思うけど、一番大事なのはそれではない」

「というと?」」

「もしもグレートシング・アビスがストームコーザー・アビスの行動に合わせて破壊活動を起こしたら、その時に対抗できる戦力がいないとオシマイ。だからまず、第二艦隊の子たちには様子見に徹してもらわないと。アビス化していない巨大戦艦は紅玉さんのレーダーに引っかからないのだし、警戒は怠れない……」

「感情エンジン検知のことは考えないってことだね?」

 

 1艦隊6人というルールは、紅玉が鵤元帥に提言して効力を持つようになったことを小森提督は聞いていた。

 深海棲艦には感情エンジンを検知する能力がある。つまり艦娘がどこにいてどんな編成なのかを知ることができるのだ。

 そこで紅玉と鵤元帥は打ち合わせを重ね、艦娘による艦隊編成におけるプロトコル(とりきめ)を定めた。検知されにくく、かつ戦力の幅が取れそうなのがは、6人編成――ふたりの話し合いによる決定は、軍部の隅々まで浸透していった。

 CS作戦はその性質上大勢で敵を倒すことは忌避されていない。しかし小森提督は、もう一つのアビス級巨大戦艦への警戒を取り下げたくなかったのだ。

 

「小森さんのやりたいことはわかったよ。じゃ、グレートシング・アビスの動向にもきちんとアンテナを張ることにするよ」

「よろしくお願いします。……え、加賀ちゃん?」

 

 小森提督の軍用スマートフォンが振動し、光る画面は加賀が持つ同型の端末からの通話がきていることを告げている。

 確か加賀は第二艦隊として戦闘準備を整えているはずだ――怪訝に思いながらも、小森提督は電話にでることにした。

 

〈おい、提督、聞こえるか? もしもーし?〉

 

 声が加賀のものではない。彼女が発艦を担当するネクストシルバーホークバーストのパイロット、ブルーからの電話だった。

 

「ブルーちゃん? 戦闘準備はどうしたの」

〈いましているところだよ。でも、どうしても伝えたいことがあったんだ。瑞鳳のことさ〉

「瑞鳳ちゃんがどうしたって?」

〈彼女が発艦担当してるフォーミュラあるだろ? あれのパイロットのヴェルデが気になることを言ってたんだよ〉

 

 気になることとはなんだろう? 紅玉の方を一度見て、それから窓の方へ視線をやる。オーシャンビュー。水平線の向こうではキメリカル・セイバーズの第一艦隊が亜空間跳躍の準備に入っているはずだ。

 

〈瑞鳳の発艦がどこか危うい、だそうだよ〉

「どういうこと?」

〈不安にさせたくないから誰にも言わなかったけど近いうちに提督には言おうとしていたらしい。あいつなりにタイミングを計ろうとしたんだと思う〉

「事情はわかった。中身のお話は? なにがどう危なさそうなの?」

〈瑞鳳が発艦させると、シルバーホークのコンピュータの動作がおかしくなるらしい。まあすぐに治るし、モニターがちょっと乱れる程度なんだけど、なんか強い『感情』を感じたんだそうだ〉

「どんな?」

〈怒りとか、悲しみとか、恨みとか……ま、明るく楽しいもんじゃないらしい……提督、いまならまだ、土壇場のメンバー変更はできると思うよ〉

 

 フォーミュラシルバーホークバーストのパイロットのヴェルデ。彼は青海艦隊に引き取られた経歴の人物だ。

 彼と瑞鳳の付き合いの長さやそれが築いた関係からしてあてずっぽうなことを言っているのではないだろう。

 しかし小森提督に艦隊の途中編成をする気はなかった。作戦途中での人員変更は大きな反感や戦意喪失を招くだろう。小森提督はそれを強く恐れていた。

 戦場は破壊された南西諸島基地の周辺。そこで戦おうとする瑞鳳を引っ込めて、別の空母艦娘を運用するのはどうしても気が引けたのだ。

 

「場所が場所だから、瑞鳳ちゃんを別の誰かに交代することはしない」

〈そっか……いや、悪かったね、用事はそれだけだ〉

「うん。それじゃ出撃準備をしっかりするんだよ。いつ命令を出しても大丈夫なようにね」

〈了解だ。いろいろ祈っていてくれ〉

 

 ブルーの真摯な声が切れ、つーという電子音が代わって小森提督の鼓膜を刺激する。

 スマートフォンを待機状態に戻して机の上に置いた提督は、パイロットも感じていた瑞鳳の不安な部分に思いを馳せる。

 

 もしも瑞鳳の負の感情が振りきれることがあれば、なにが起こってしまうのだろう?

 艦娘の設計者である紅玉が言うには、艦娘が深海棲艦化することはそうそうないということだった。でも、それだって絶対と言い切れる話ではないだろう。

 もしかすると、別の形――例えばなんらかの障害という形で――負の感情が振りきれた結果が出てしまうのではないだろうか。どんな障害でも、戦闘中にアクシデントが起これば、それは敵につけいる隙を与えてしまうことに繋がる。

 そもそも瑞鳳と北方棲姫を同じ艦隊に組み込んで運用するという方針自体が間違っているのではないか。瑞鳳は深海棲艦とベルサーを死ぬほど憎んでいるはずだ。それにキメリカル・セイバーズの人員は戦力になるかどうかでしか組んでいないが、その判断は間違っているのではないか――

 

「小森さん、大丈夫?」

「なにがです?」

「すごく思いつめた、後悔したって感じの顔してるから」

「……私にできることは、信じることだけです」

「神様ってやつをかい?」

「祈るってのとは違うんです。自分がこれまでやってきたこと、仲間がこれまでやってきたこと、それを信じているんです。自分が考えたこと、仲間が考えたこと。気持ちや信条、信念……そういうのを、信じるんです」

「ふうん……そんな顔しててもこういうことが言えるなら、ま、大丈夫かな? 第一艦隊の子たちが頑張って敵を倒すの、信じて待とうか」

 

 具合がとても悪いのに、紅玉は明るい声色で語りかける。小森提督は頷き返すと、真剣な面持ちで机に向かい、通信機器を強くにらみつける。そうすることで勝利と艦娘たちの安全が得られるのを信じているかのように。

 

 

 

 

 

 

 金剛を旗艦とするキメリカル・セイバーズ第一艦隊の行く先は南西諸島基地ではない。鎮守府近海を北西に向けて進んでいる。

 そうしている理由は、キメリカル・セイバーズたちが亜空間跳躍という宇宙技術を有しているからだ。これがあればどれだけ離れた場所でも瞬時に移動できる。だがそのためには下準備が必要だ。

 艦娘たちをサポートする妖精たちが技術解析をして、シルバーホーク専用装備ではない亜空間跳躍装置を作ったのは良いが、これの使い方が「ゲート間跳躍」の形をとっている。地球の裏側まで一瞬で行ける亜空間跳躍とはいえそういった制約があった。

 そのため、現代の戦闘機を凌駕するシルバーホークがゲートを運搬する役割を担うのが最も効率的である。すでに赤城が発艦させたレジェンドが出口役を担い南西諸島基地へ向けて発進。鳳翔のジェネシスが入口役で前方にゲートを展開させている。

 

「入口突入まであと30秒ってとこかねー。あ、金剛さんさ」

「どうしたデース、鈴谷?」

「あの深海棲艦……北方棲姫? 一緒に行動して大丈夫なのかな」

「ほっぽは私たちのFriend(味方)ネ。ベルサーを倒すのには協力してくれるデス、Right(そうでしょ)?」

 

 金剛の隣に従うように海を泳ぐ北方棲姫は大きく頷き返した。

 十代になったあたりから適性が見られる駆逐艦娘よりも幼い印象のある北方棲姫は、しかし腰のあたりから大きな触手を伸ばしている。

 触手はふたつに別れ、クレーンをくわえた口と、歯が備わった巨大な砲につながっている。獣の耳がついた飛行球体はまだ出してはいない。

 

「ベルサーハタオス(倒す)。デモ、ナカマハタオサナイ(仲間は倒さない)

「……そういうこと。んじゃさ、あんたのお仲間を撃っても文句は言わない?」

ワタシハウラギリモノ(私は裏切り者)……ダカラモンクハナイ(だから文句はない)。ダケド、セットクハ、デキルトオモウ(説得はできると思う)

「まあ敵が増えるのは勘弁してほしいしね。向こうで深海棲艦と会ったら、最初に説得をお願いするかな」

キタイハシナイデ(期待はしないで)イザトイウトキハ(いざという時は)イッショニタタカウ(一緒に戦う)

 

 言い切る北方棲姫だが、その様子は冷静なものとはいえなかった。苦悩、葛藤、失意――苦しみがにじみ出ている。

 その様子に鈴谷は少しだけ疑うことのをやめた。まだ疑っているところはあるが、とりあえずは仲間として動いてくれることに期待しようと考えたのだ。

 しかし、そうやって割り切れなかった艦娘もいた。単縦列で進む艦隊の最後尾に位置する瑞鳳である。彼女の北方棲姫を見つめる視線は敵意が塗り込められていた。

 視線を外して冷静さを取り戻そうとしても、どうしても首が動かない。釘付けになっている。そうこうしているうちに息が荒くなりつつあるのを瑞鳳は自覚するが、どうにも抑えられない。

 

「――さん、瑞鳳さん」

 

 そうやって鳳翔に声をかけられたのを理解するまで数秒の時間を要した。それだけ瑞鳳の意識は傾いていた。戦闘やそれ以外のことに。

 

「え、あ、え?」

「戦いを前に緊張するのはわかります。それに、瑞鳳さんの気持ちはわかります……でも、落ち着いて。敵はストームコーザーという巨大戦艦でしょう?」

「……うん、そう、ですね」

 

 鳳翔は瑞鳳の肩に軽く手を載せて語りかけた。いまこの時に出来るのは説得でも説教でもない。そんな時間はないし、そうしている場合でもない。なんらかの短い行動で落ち着けるしかない。

 そうだ。敵は目の前で触手を生やしている小さな深海棲艦ではない――瑞鳳は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 自分の敵は、白いワンピースがめくれ上がってしまってて黒の紐パンが見えてしまって、はしたないからやめなさいと言いたくなるような北方棲姫ではない。

 

 しかし。

 でも。

 それでも。

 胸の中で渦巻くどす黒い感情は、いったいなんだっていうのだろう?

 

 

 

 

 

 

 ジェネシスシルバーホークを入口役に、亜空間跳躍を成功させたキメリカル・セイバーズ。彼女たちがたどり着いたのは、南西諸島基地から北に20数キロメートル離れた場所だった。

 鳳翔の耳にジェネシスのパイロット、アダムからの連絡が入る。彼によれば跳躍先に到着するのは十数分ということだった。

 そのことを金剛は小森提督に連絡する。金剛の手には軍用スマートフォンが握られ、提督の声はキメリカル・セイバーズたちによく聞こえている。

 

〈着いたんだね。それじゃ、作戦行動を開始して。ストームコーザーは北上していて、手始めに四国のあたりを攻撃するつもりだと予想出来てる。敵の座標をそっちの端末に送るよ〉

 

 小森提督が言うが早いか、スマートフォンに地図と赤い光点が表示される。この光点こそがストームコーザー・アビスがいる座標なのだ。

 もっとも、座標など送られなくても、ストームコーザー・アビスが巻き起こしている大嵐のせいで北の空が濁っている。そこを追いかければ良いように思えた。

 

〈衛星からの写真が送られてきた。過去のどんな台風よりもすさまじい勢いがあるって報告よ、風とか雨とか、言葉では言い表せないほど。そっちに余波は?〉

「北の空がすごいことになってるだけで、波が高くなったりとかはないデース」

〈そう……なら、先にシルバーホークだけ発艦させて。どぎつい台風が相手って言うなら、空母の艦娘はほとんど無力よ。シルバーホークではない機体は極端な強風に耐えられない。それに金剛ちゃんたちみたいに普通に戦える子が向かっても、戦う前に暴風に殺される〉

「それじゃ無駄死にネー」

〈だからシルバーホークにストームコーザー・アビスの撃破をお願いしたいの。完全撃破とまでいかなくてもいい。あいつの暴風を弱めることができれば金剛ちゃんたちが突っ込んでトドメを刺すことはできるはずだよ〉

「了解ネー。さ、皆ちゃんと聞いてた? これより作戦開始(mission start)デース! Be on your guard(用心深く行こう)!」

 


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