小森提督は自分の執務室でぼうっとしている。
膨大な資料が用意されている机に倒れこむようにして脱力し、自分に課せられた任務の重大さに途方に暮れていた。
作戦名はCS。部隊名はキメリカル・セイバーズ。空想的な救世主たち。CS作戦が発動してから、小森艦隊はキメリカル・セイバーズと呼ばれるようになった。
艦娘と銀鷹と深海棲艦と。この三者が手をとってベルサーを討つ。現状、最も危険視されるストームコーザー・アビスと、グレートシング・アビスのふたつを撃破することが目標である。
「こんな大規模な作戦、私が指揮をとりきれるのかな……」
弱気な呟きをもらしながら、小森提督はのらりと立ち上がると執務室の窓に近づく。
そこからは鎮守府に面する海の様子がよく見える。内部にある演習海域の様子もまるわかりだ。
演習海域では、小森提督の金剛と、北方棲姫が1対1の演習を行っている。小森提督が立ち会っていないのは、膨大な資料を読み込み作戦を立案するためだ、としていた。
嘘はついていないが、思うように作戦を考えられないのが実情だ。目標であるふたつの巨大戦艦が、いまどこでなにをしているかを知るすべはないからである。
「大丈夫だって小森さん。アビス化までいった巨大戦艦が姿をあらわせば、私が位置や方角をばっちり教えてあげるから」
執務室のソファーで軽い調子で笑うのは紅玉だった。深海棲艦陣営からの亡命者で、深海棲艦という存在を作り上げてしまった者たちのひとり。
丈や裾の長い巫女服に身を包んでいるが、彼女は亡命時の条件として大本営地下から出られないという決まりがあった。
その例外をつくったのは、決まりをつくった鵤元帥その人である。特殊霊的技術者として紅玉を小森提督のそばに置くことで、CS作戦の成功を近づけるのが狙いだった。
「そのことは期待しています。でも、やはり不安です」
「どうして?」
「……ストームコーザー・アビスは、青海艦隊になにもさせず、基地を破壊してしまうほどの力を持っています。グレートシング・アビスだって、あの北方棲姫を徹底的に痛めつけられるほどの戦闘力がある。……艦娘と銀鷹と、あと北方棲姫がいて、それでどうにかなる相手でしょうか?」
小森提督は窓から演習の様子をうかがう。北方棲姫が演習用の模擬弾を使えないことから、実弾を使った演習を繰り広げているので、演習海域からはかなり真剣な雰囲気が伝わっている。
執務室と演習海域は離れた位置にあるが、北方棲姫が腰のあたりから巨大な武器を「生やして」いるのを小森提督ははっきりと見た。
口と歯が備わった巨大な砲。クレーンをくわえた口と、それを保持するアーム。頭上には獣の耳のようなものが備わった飛行球体。例外なく口と歯が備わり、艦載機よろしく攻撃している。
北方棲姫が得意としているのは立体的な攻撃であるようだ。海上からは北方棲姫の強烈な砲撃、空中からは飛行球体の航空攻撃。どの攻撃も分厚く、手痛いものであるのは一目見ただけで分かるものだった。
だが演習相手を務める金剛も負けてはいない。彼女の基本装備は腰に備えた巨大な艤装――戦艦のミニチュアともいうべき形をしている――である。
高速機動のさなかでも的確に狙いをつけて4基の大砲を放ち、飛行球体には対空攻撃を見舞っている。それらをこなしながら巧みに舵を切り、北方棲姫に容易に狙いを定められないようにしていた。
そんな金剛をサポートしているのが、銀色のスーパーアームを発生させる「艦娘用アーム発生装置・改」である。
緑色のアームよりも強度や耐久性に優れた代物だった。より長時間に猛攻に晒された際の防御力に信頼性が高まっていて、実際に北方棲姫の攻撃の脅威度を下げているらしかった。
「やってみないとわかんないんじゃない?」
「そうやって他人事みたいに――」
「だってそうじゃん。アビス化した巨大戦艦の戦闘力は計り知れないとは思うよ」
「――だからそうだと言っているんですが」
「でもさ、小森さんがそんなんじゃダメでしょ。ここの艦娘たちは小森さんを信じているんだから、不安がっていちゃ士気に関わるよ」
「ううっ……そうですけども!」
やや荒い口調で小森提督は返した。彼女の表情はとても苦い。
ストームコーザー・アビスに対抗できなかった青海提督に比べ、小森艦隊のほうが装備などは整っている。それに北方棲姫だっているのだから、比較すれば小森艦隊のほうがかなり優位である。
しかしそれは勝ち筋を増やすことになるとは言い切れない。艦娘が作戦途中で戦死してしまうことの覚悟は小森提督にはあったが、勝ち目のない戦いでいたずらに死なせるのはどうしても避けたかった。
「小森さんさ、なにをそんなに焦ってんの」
「……あなたはこのCS作戦、成功すると思っているのですか」
「やってみなきゃわからんけど、イけると思うんだよね。艦娘はダライアスの技術を解析した新装備を使うようになった。シルバーホークは私が強化した。北方棲姫っていうステージ2の深海棲艦もいる。結構なアドバンテージはとれていると思うけど」
「私だってそう思いたいです。でも……でも、情報が少なすぎる。作戦が成功する見込みがあるかどうかすらわからない。……わからないといえば」
「ん?」
「どうして鵤元帥は私に任せてしまったのでしょう。重大な作戦なら私に任せるより元帥が直接指揮をとったほうが良い気がします」
「あー……それはさ、いかるんが小森さんを信用しているからだよ。軍のことなんか信用出来ないなんて軍の人に、しかも元帥っつー人に言っちゃったのって、後にも先にも小森さんだけだと思うんだよね」
「え? どうしてその話がここで出るのですか?」
「だって考えてみてよ。いまの人類を脅かしているのは確かに深海棲艦とベルサーの連中だよ。で、世の中的にはそいつらがきれいサッパリ消えちまえって思ってる。でもさ。仮にそうなったとして、その先の未来のことを考えてる人って少ないんだよ」
そういうものだろうか。小森提督は急に不安を覚え、胸の前で両手を握る。誰もが自分と同じような考え方をしていると思っていた。でもそれは違うのだろうか?
「人間ってのは、自分が直面している大きな出来事だけに目を向けがちでさ。それを乗り越えたらさーて次はどうしよっかな、ってのをなかなか考えつかないんだよね」
「……私は少数派ということですか?」
「そうなるねえ。で、この場合だと、深海棲艦どもを全滅させたらその先はどうなるかってことだよね。小森さんはきっと、艦娘が次の戦争の道具に使われるのを危惧していると思うんだけど。違う?」
「データアナリストをしていた頃からそうは思っていました」
「誰かにその考えを話したことは?」
「ないです。というよりも出来なかった。みんな艦娘に期待と若干の畏怖を寄せているところに、水をさすようなことは言えなかった」
「まあそうだよねー。それに、いまはもっと事情が違っている。シルバーホークっていう宇宙人のテクノロジーがある。いかるんに怒ってたのはこのあたりのことだったよね」
「はい。人に過ぎた力を持てば、きっと新しい争いを呼び起こすだけだと……でも、人に過ぎた力というなら、艦娘のこともあてはまると思うのです」
「ぶっちゃけ正解だよ。艦娘もシルバーホークも、深海棲艦との戦いが終わったらさっさと捨てないと、醜い人類同士の戦争が起こっちゃうよ。それも世界規模のやつが。三度目のね」
紅玉の軽い物言いは変わらない。だから小森提督は、紅玉の言うことはきっと現実になると強く思った。
武器を捨てなければ争いが起こるとは言い切らないが、いまの地球人類に相応しくない武器やテクノロジーは、まず間違いなく新たな戦争の火種になるだろう。
「……ま、長くなったけど、いかるんが小森さんを信用しているのは、軍の人間なのにそういう視点を持てているってのが理由だと思うよ」
「らしくない軍人。らしくない提督。そういうところが買われたと」
「そゆこと」
「でも、それなら能力で判断したほうが良いような気もしますけど。……そうだ、紅玉さんから言ってくださいよ」
「なにを? 誰に?」
「鵤元帥に、この戦争が終わったら艦娘を全員解体して欲しいって」
「まあ言っておくよ。難しいとは思うけどね。……んで、あの子、どうなの?」
「あの子?」
「北方棲姫だよ。正直、艦娘たちは嫌がっているんじゃない?」
言いたいことは理解できた。小森は苦い表情をして天井を見上げる。
鵤元帥の理想を小森提督は理解できているし納得もしている。いまのベルサーは深海棲艦よりも強大で、これまでの戦い方や心構えでは太刀打ち出来ないであろうことは予想できる。そのことを艦娘も分かっているはずだが「敵」と手を組むことに反発を示す者は少なくない。
「嫌がる子は嫌がりましたよ。ここの子たちは直接戦ったわけじゃないけど、深海棲艦と一緒に戦うとか馬鹿じゃねーのとか、夢見過ぎなんじゃねーのとか。なにがキメリカルだよ馬鹿馬鹿しいって」
「それ摩耶ちゃん?」
「ああそうです。分かりました?」
「喋り方をよく似せていたからさあ」
「ああ……まあ、一人ひとり説得して回りました。ほっぽはベルサーに裏切られて人類側につく動機があるってこととか、いろいろ話して。鵤元帥のせいにして強引に話すのが手っ取り早かったでしょうか。やり方としてはそっちの方がスマートだったかもしれません」
「でも好きかい? そういうやり方が?」
「嫌いです」
ですよねー、と紅玉は笑う。笑い話ではないのだが小森もつられて小さく笑ってしまった。
艦娘たちの強い反発があったのは事実だ。元から小森提督の下の艦娘たちは戸惑っており、青海艦隊の再編成でやってきた艦娘たちは強い嫌悪感を示していた。深海棲艦とベルサーの手によって青海提督が戦死したのだから心中を察するまでもない。
だから小森提督は一人ひとりに事情を説明して回っていた。全員が心から納得したわけではないが、アビス化した巨大戦艦に立ち向かうのに頼れる戦力がいるということは「納得はできないが理解はした」ようだった。
いまでは背丈の近い駆逐艦の艦娘たちがぎこちないながらもともに過ごすようになっている。短い時間ながら遊び相手になるなど、手探りで交流を深めようと努力している姿も小森提督は知っていた。
「そういえば今日だっけ?」
「はい?」
「シルバーホーク、新しいのが届けられるとか言っていたよね?」
「ああそうだ!今日ですよ今日! シルバーホークが届けられる日だった!」
小森提督が思い出したのと、演習海域からサイレンが響いたのはほとんど同時だった。まずは演習海域へ向かおうと判断した小森提督は、駆け足で執務室を出ようとする。
「私も行くよ。ちょっとまってー」
「ええっ? 大丈夫ですよ、ここにいても」
「小森さんと一緒にいるの、楽しいしさ。いいじゃん」
どういう理由かと思ったが、亡命者を執務室でひとりにするわけにもいかない。頷き返した小森提督はドアを開け、早足で廊下を歩いていった。
演習は終わっていた。規定時間の3分を過ぎても金剛と北方棲姫の戦いは終わっていなかったが、判定で勝ったのは北方棲姫だった。
そのことを演習を見守っていた吹雪から聞いた小森提督は、ふたりに演習についてねぎらいの言葉をかけにいこうとした。
金剛も北方棲姫もすでに演習海域から上陸している。おーい、と声をかけながら小森提督は近づいていく。
「ふたりともお疲れさま! っと、他に演習を見ていた子たちはどうしたの?」
「もうお昼の時間デース。食堂にいってしまいマシター」
「そっかそっか。ほっぽちゃん、強いんだね!」
視線を合わせるようにしゃがむ小森提督。えっへんと言わんばかりに胸を張って北方棲姫はこたえた。
「ホッポ、ツヨイ!」
「うんうん。……これなら、CS作戦もうまくいくかもしれないね。姫と呼ばれる深海棲艦相手に、金剛ちゃん、一歩もひかずに戦えてたもんね」
「新しいアーム発生装置のおかげネー。これがなかったらすぐに大破までもっていかれるデース」
金剛は艤装に貼り付けていた青い円盤を取り外し、顔の高さまでもっていく。
この円盤こそが「艦娘用アーム発生装置・改」である。ダライアスの技術を解析し、手のひらサイズまで小さくすることが出来たのは、ひとえに工廠妖精のお陰だった。
(そういえば、妖精っていったいどこから来たのだろう? この辺りも紅玉さんなら知っているのかも)
「提督もブッキーも、紅玉も一緒に食堂に行くデース」
「そーだね! ほっぽちゃん、はぐれないようについてきてね!」
大きく頷き返す北方棲姫。彼女の腰から展開していたグロテスクな艤装はすでに収納されている。
こうしてみれば、白くて長くさらさらした髪や、ノースリーブの白のワンピースなど、素朴で素直そうな女の子に見える。少し前までは、これが人類に牙を向いていたというのだから、小森提督は運命的ななにかを感じずにはいられなかった。
「そうだ吹雪ちゃん。鳳翔ちゃんがどこにいるか、知らないかな」
「鳳翔さんですか……? 演習の前から、食堂のお手伝いをするって言っていました」
いまの小森提督の鎮守府には、南西諸島基地で働いていた料理人、拳三郎が属している。
大本営によって、小森提督がCS作戦を遂行できるように、青海提督の部下であった人員の再編成が行われていた。
瑞鳳と鈴谷と熊野の3人が小森提督の下に属することになり、内部スタッフとして拳三郎が料理人として働いている。小森鎮守府でも彼の料理はとても高い評価を得ていた。
「わかったよ。ちょっと先に失礼するね」
「提督、なにかあったのですか?」
「今日が新しいシルバーホークの受取日だったんだ。鳳翔ちゃんを連れて、時空震で指定した場所に行こうと思っててさ」
「そうだったんですか。受け取り場所は海なんですか?」
「いいや、ここの工廠だよ。だから護衛とかは必要ないよ」
「わかりました。気をつけて行ってきてくださいね!」
「うん。金剛ちゃんもほっぽちゃんも、補給を済ませてから食堂に行くんだよ!」
吹雪が明るい笑顔で小森提督を見送る。小森提督も腕を振ってこたえ、紅玉を連れて食堂へと向かう。
秋の風は冷たいが、天候はよく晴れている。とても過ごしやすいはずなのだが、小森提督の後ろを歩く紅玉の呼吸の音は大きい。
「このくらいでバテているんですか?」
「まあー……いつもよりは多く歩いているしさ」
「執務室に運動器具でも用意しましょうか? バランスボールとか、ランニングマシンならクローゼットに仕舞っていますよ」
「いいねえ。スポーツジムの完成だ」
「はあ……ほら、お水でも飲んでいてくださいな」
鎮守府内部、食堂。ここにたどり着くまでには多くの時間はかからないが、紅玉の運動不足がたたって少し遅れている。
食堂にある手近な椅子に紅玉を座らせ、水の入ったコップを与えながら、小森提督は厨房の方へ目をやった。
そこではヤクザか殺し屋を思わせる風貌の男が白いエプロンをつけて鍋をかき混ぜている。その隣では慎ましやかな和服に身を包んだ鳳翔がいた。
「鳳翔ちゃん! ちょっといいかなー!」
小森提督が厨房に足を踏み入れながら声をかけていく。最初に振り返ったのは拳三郎で、彼の鋭い眼光は小森提督の眉間を射抜いた。
「ひゃっ!」
「ちょっと小森さん、ひどくないですか!? こっちはただ挨拶しようって思っただけなのに!」
「ああー……あんまりにも顔が怖いので、つい」
「ついってなんですか! 鳳翔さんもなんか言ってやってくださいよ!」
恐ろしい顔つきに似合わず、その声はやや高め。何度か会話をすれば、彼がとっつきにくい人物ではないことは分かっている。問題があるとすれば、それは顔なのだ。
「提督。もういい加減慣れたでしょうに」
「そうはいっても苦手なものは苦手なんだよ」
「本人を前にしてそういうこと言っちゃいますかねえ!?」
拳三郎が声を荒げるが、もちろんそれは冗談めかしたものだ。
これ以上やると本気で怒られるな、と直感した小森提督は、自分がここにやってきた目的を果たすことにした。
「ところで鳳翔ちゃん」
「はい?」
「今日がシルバーホークの受け取りの日なんだ。一緒に行こうよ」
「一緒にって……私、私がシルバーホークを持つのですか!?」
「そうだよ。いままで言ってなくてごめんね、驚かせてあげたくてさ」
「ありがとうございます! どんな機体なのですか?」
「実は、そのあたりはよく分かっていないんだよね……」
「それなら早く向かいましょう! っと、どこに向かえば良いのでしょう?」
「工廠だよ。そこに時空震の座標をセットしているんだ。行こう!」
鳳翔の手を引いて小森提督は工廠へとやってきた。紅玉はしばらく食堂で休むといい、この場には来ていない。
工廠の重い扉を開けると、そこには先客がいた。弓道着姿ではない紺色の和装をした赤城と、机くらいの大きさになってしまったレジェンドシルバーホークバーストの姿がある。
小さくて見づらいが、赤城の頭の上にレッドもいる。どうやら整備をしていたらしいとあたりをつけた小森提督は、赤城たちに軽く声をかけることにした。
「赤城ちゃん! それにレッドも! どうしたの?」
「レジェンドの整備をしているところです。少し違和感のある部分があるとレッドが言うので……」
「違和感? それってどんな?」
なんとも言語化出来ないのが困ったところだ。赤城の頭の上でレッドが不愉快そうに返す。
パイロットは機体と一心同体となって戦うものだ。もちろんそんな操縦システムが搭載されているわけではないが、サイボーグであるレッドの知覚だからこそ感じ取れる不具合があったのだろう。
「……おそらく、機体のコントロールデバイスが少しダメになっているのだろう。赤城、そこを支えてくれ。私が分解する」
「了解です。これでいい?」
「ありがとう。そのまま支えていてくれ――すまないな、助かるよ」
ふたりの作業を見ていた近くの工廠妖精も助け舟を出し、レジェンドからは絶え間なくキンコンと金属音が響く。
勢い余って壊れたりしないかな、と小森提督は不安に思うが、視界の端に空間が歪むのを認めた。
いったいなんだろう? 工廠の別の出口、その外側がぐにゃりと歪んでいる。そこへ引きずり込まれるような力はない。
バチッ、と電気が走るような音。あっという間に作業を終えてしまった赤城たちも目が離せないでいる。
「提督、もしかしてこれが?」
「きっと時空震だよ鳳翔ちゃん。さあ出るぞ……新しいシルバーホークが!」
小森提督が叫ぶが早いか、空間の歪みが爆発した。
爆風はあっても爆炎はない。爆音はあっても鼓膜を破るほどではない。ただ、強烈な光を伴っていたので、工廠にいた誰もが目を覆ってしまった。
「うひゃっ、まっぶしい!」
「……提督、あれ! あれって……シルバーホークですか?」
赤城に肩を叩かれながら小森提督は少しずつ顔を上げる。
外観は赤く、オリジンのように角が尖っているシルエットだ。レジェンドのように丸みを帯びているシルバーホークではない。
決定的に他のシルバーホークと違うと分かるのは、シルバーホークのまわりにふたつの小型戦闘機のようなものが浮いている点だ。
まるでシューティングゲームでいうところのオプション――自分の中で納得できそうな例えをした小森提督は、恐る恐る、新型シルバーホークへと歩み寄っていく。
「あ、あのー。ダライアスから来てくれたシルバーホークで、間違いない……のよね?」
敵意がないように両手をひらひらさせながら小森提督が近づく。その隣に駆け寄っていく鳳翔。赤城や妖精たちは後ろから見守っていた。
〈……ここが地球αですか?〉
「え? あ、はい、そうだよ!」
シルバーホークが喋っている。いや、そんな分別のついていない出来事があるわけがない。外部スピーカーを通じた呼びかけだと小森提督はすぐに認識を改めた。
地球αという呼び名は、惑星ダライアスの人々が小森提督たちのいる地球を呼ぶのに使っているものだ。ダライアスの歴史では地球はとうの昔に壊滅的被害を受け、人類などどこにもいないとされている。
〈申し遅れました。私の名前はアダム。軍事用アンドロイドです。……少々、姿が変わってしまっているようです。外に出てもよろしいですか?〉
「もちろん! みんな、あなたを歓迎します!」
新型シルバーホークのコクピットが展開する。そこにはやはりというべきか、二頭身の妖精がいた。白髪で色白である。
しかしパイロットスーツは着用しておらず、そこらの街で見かけるようなカジュアルな服装をしている。そんな格好でも、軍事用アンドロイドというのは戦闘に支障が出ないのだろうと小森提督は思った。
「……わあ、普通の人間が、まるで巨人のようだ」
「こんにちはアダムさん。私がこの鎮守府の提督……つまるところ、軍事基地のリーダーをやっている、小森あきこです。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします。お隣にいるのが、私のパートナーとなる鳳翔という、艦娘……なのですか?」
頷き、はじめましてとお辞儀をする鳳翔。アダムと名乗った妖精もゆっくり深々とお辞儀をした。
「ダライアスを発つ前に、私のデータベースに地球αの諸事情をインプットされているのですが、実物を見ると、やはり戸惑いがあります」
「戸惑い?」
「気を悪くしないでくださいね、鳳翔さん。……地球αでは世界初の航空母艦として有名だそうですね、鳳翔という空母は」
「なにをもって世界初と呼ぶかでいろいろ変わったりするのですけど……でも、誇りはありますよ」
「ええ。……ふふっ。なんだか運命を感じますね。このシルバーホークは、正式名称を〈ジェネシスシルバーホーク〉というのです」
それのなにが運命を感じるのだろう、と言わんばかりに鳳翔が首を傾げる。これは失礼しましたとアダムは頭を下げ、なにかを言おうとして悩んでいるようだった。
そんな様子を見て、小森提督は、以前に聞かされたアンドロイドの話を思い出した。
ダライアス歴1904年。ベルサーが亜空間ネットワークを攻撃し、ダライアス軍が壊滅状態になった事件があった。
そんな中、シルバーホークバーストを駆ってベルサーを討ち、ダライアスを救った〈最初のふたり〉。
少女の外見をしたAI端末、Ti2と、テストパイロットのリーガ・プラティカ。このふたりはいまもベルサーに対する一大反攻作戦に従事しているという話を、レッドやブルー、オールドから聞いていたのだ。
きっとアダムと名乗ったアンドロイド妖精も、Ti2のようなものなのだろうと小森提督はあたりをつける。
後で詳しい話を聞かねばならないが、当のアダムが鳳翔にジェネシスなるシルバーホークの解説をしようとしているのを邪魔する気は起きなかった。
「ジェネシスとは創生や起源を意味する言葉です。つまり〈はじまりのシルバーホーク〉なのですよ」
「え? はじまりのシルバーホークはオリジンじゃないのですか?」
「確かにオリジンは起源たる存在です。でも、これの設計はアムネリアという遠いご先祖様たちが暮らしていた惑星で行われていたのです」
「つまり、アムネリア製のシルバーホークの設計図を参考につくったのが、オリジンということなのですか?」
「そうです。もっとも、オリジンを製造した頃のダライアスの文明レベルでは、アムネリアのシルバーホークはロストテクノロジーの塊でした。そして現在のダライアスでも、アムネリアシルバーホークの設計図の完全な解析は出来ていないのです」
「ふむふむ」
「だからこのジェネシスは、バースト機関の応用で、アムネリアシルバーホークの再現を目指した機体なのです。……始まりのシルバーホークと、世界初の空母。どうです、運命的ななにかを感じませんか?」
「……はい。私たち、いいパートナーになれそうですね!」
アダムの言葉に鳳翔が気持ちのいい笑顔でこたえ、右手を差し出す。
その上にちょんと乗っかったアダムは微笑んでいる。
姿や話し方、声の性質から中性的な印象を放つアンドロイド。伝説の再現を目指したジェネシス。
鳳翔はたぶんきっとうまくやっていくだろう――ふたりが笑っているのを見守る小森提督はそう確信する。
「絶対になりますよ。鳳翔さん、小森提督、よろしくお願いします――って、あれはレジェンドですか? ひどく小さくなっているようですが」
「そうです。一番最初にやって来た機体ですよ、どうして小さくなっているのかはわからないけれども」
ジェネシスの上でお辞儀をしたアダムは手を差し伸べた鳳翔の肩に立っている。彼と鳳翔の視線は、赤城とレジェンドに向けられていた。
「となるとデータベースが誤りでないのなら、その黒髪の女性が空母艦娘の赤城さん?」
「はい。レジェンドシルバーホークバーストの発着艦を担当している赤城です」
「やっぱりそうだ! それじゃあ、頭の上の妖精さんがレッドさんですね?」
「正解だ。レジェンドのパイロットのレッドだ。よろしく、アダム」
鳳翔と赤城はお互いの体に乗っている妖精が握手をしようと手を伸ばしているのを見て、そっと距離を詰めていく。鳳翔の頭の上にのったアダムはレッドと握手を交わし、ふたりの空母艦娘も静かに距離を離した。
「小森提督。他のシルバーホークも地球αにいるのですよね。機体やパイロットや、発着艦担当の艦娘はどこにいるのでしょう? 挨拶をしておきたいのですが」
「それはちょっと待ってて。ジェネシスが今日来るってことはみんなに伝えているから、後で会う機会を設けているんだ。確か昼の3時に食堂で歓迎パーティをやるはずだよ」
「それはありがたいですね。歓迎パーティでお会い出来そうですか?」
「うん。シルバーホークの発着艦担当の艦娘たちは、その時間は空いているからみんなに会えるよ」
安心したようにアダムが頷いている。まるで人間のような――彼の場合は妖精だが――仕草をするのだな、と小森提督は感心しつつ、あることに思い至った。
「んでもこの鎮守府に、というか基地に……やっぱ鎮守府って言っていい?」
「構いませんよ」
「この鎮守府に全部のシルバーホークがいるわけじゃないんだ」
「データベースでは地球αにあるシルバーホークはレジェンド、ネクスト、オリジン、フォーミュラ、ヴァディスの5機とありますが?」
「んっとね、ヴァディスだけはここにはいないんだ。いまはその……ヴァディス発着艦の祥鳳って空母艦娘とパイロットのヒストリエって人はね、再編成を受けているところなの」
「再編成ですか。新しく配属先を決めている途中だということですね」
「そういうこと。まだ大本営にいると思うんだけどさ、まだ新しい配属先の話は聞いてないよ」
分かりました、とアダムは小森提督にお辞儀をして鳳翔の肩に立つ。
それじゃあ鎮守府を案内するよ、と小森提督は歩き出すが、その時に小声でひっそりとしたやり取りを聞いた。
(鳳翔さん、あの、ダイホンエイとは、いったい?)
(えっと、大本営?)
(はい)
(そうですね、中央司令部みたいなところです。私たちの大元の本拠地ですね)
ダライアスでは鎮守府とも大本営とも言わないんだなあ――文化の違いをひっしりと感じた小森提督であった。