艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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大本営地下の作戦会議・前

 大本営地下。ここは、深海棲艦陣営からの亡命者である紅玉が軟禁されている場所である。広々とした屋敷のようなつくりをしているが、長くここで暮らしている者にとっては閉塞的に過ぎる、暮らしにくい場所であった。

 そんな窮屈な思いをしている紅玉は、瑞鳳と小森提督と鵤元帥とともに広間で会話をしていた。内容は世間話のたぐいではない。これからの対深海棲艦・巨大戦艦戦についての作戦会議だ。

 壁にかけられた大きなテレビにはノートパソコンが繋げられており、プロジェクターとしての役割を担っている。画面には日本を中心にした海図。南西諸島基地が制圧されてしまったことが、赤色で塗りつぶされて示されている。

 

「それで……瑞鳳、だよね。あの基地で起こったこと、いろいろ話してもらっていいかな」

 

 露出の少ない巫女服を正しながら、紅玉は隣の瑞鳳に問いかける。平時のように緑色の弓道着に身を包む瑞鳳は、白銀の髪が顔にかかっているのをのけながら、テーブルに置いていた自分の日記に目を向けた。

 あの基地では有事の際にすぐに避難できるよう、全員が簡潔に荷物をまとめておいていた。その荷物に瑞鳳の日記はしまわれてあり、当時の実情を知る貴重な資料として提出されている。

 こんなプライベートな記述が溢れているものを公衆の場に出すのはかなり恥ずかしいが、そうしている場合でないのは瑞鳳もわかっている。それでも顔が赤くなっているのを自覚しながら、瑞鳳は自分の日記を手にとった。

 亡命者である紅玉も、鵤元帥も、小森提督も。みんな顔を知らない人物ばかりだ。彼らのうちで瑞鳳の日記のコピーを持っていない者はいない。それでも瑞鳳は恥じらうことをやめ、報告を始めようと息を吸う。いまの自分は軽空母の艦娘・瑞鳳としてここにいるのだから。

 

「はい。9月の上旬から、私たちは南西諸島基地を任されました。確か巌提督の艦隊がそこを開放して、私たちが守備につく、という話だったと思います」

「そうだね。んで?」

「南西諸島基地の防衛の任についてからしばらくして、シルバーホークを2機、鹵獲しました。フォーミュラシルバーホークバーストと、ヴァディスシルバーホークという種類のものです。時空震という現象があって、それで、この地球に飛ばされたっていうお話を聞いて――」

「日記には乳白色の光がどうのこうのってあるけど、改めて説明してもらえる?」

「――このシルバーホークのパイロットは、時空震に巻き込まれた後に、乳白色の光に包まれたのだそうです。その後で地球の深海で意識を取り戻したのですが、その時には機体は小さくなってて身体も妖精になったとか」

「ふうん……」

 

 興味深そうに紅玉は頷く。小森提督は真剣に走り書きのメモを取り、鵤元帥は表情を変えず静かに瑞鳳が語るのに耳を傾けている。

 そうしているのを見回した瑞鳳はおずおずと手を挙げる。教師に質問をする生徒のようだ、と小森提督は直感した。

 

「あの、紅玉さん」

「え?」

「アビスウォーカーという妖精は知っていますか? あ、その、全く関係ないことではないんです。シルバーホークを鹵獲してからしばらくして、乳白色の深海棲艦が現れたんです。でもそれには敵意がなくて、ヲ級の姿をしたのを基地に連れ帰って、提督がそれとなにやら話をしていたらしくて――」

「提督が? その、乳白色のヲ級となにを話していたの?」

「――ああ、わからないんです。なにもかもを秘密にしていたから。でも青海提督は、その乳白色の深海棲艦がアビスウォーカーっていう妖精だとはっきり断言していて……紅玉さんは特殊霊的技術者、なんですよね? こういうのってなにか、わからないですか?」

「あー……アビスウォーカーね。深淵歩きの妖精か、知ってるよ。そいつを使って深海棲艦をつくったんだもん」

 

 瑞鳳も小森提督も目を丸くするが、鵤元帥だけはなんの反応も示さない。前々から知っていたのだろうとあたりをつけた瑞鳳は、紅玉が言葉を続けようとしているのを見て黙ることにした。

 

「きっと青海提督は霊感が強かったんだろうね。それか、以前にアビスウォーカーと接触を持っていたか、そんな感じがするよ。ついでだから喋っちゃうか、深海棲艦の作り方。極秘事項だけどさ、君たちなら喋らないっしょ」

「紅玉さんはそんな、そんなことを知っているんですか?」

「当たり前でしょ瑞鳳ちゃん。これでもあっちにいた時は結構重要な役回りを任されていたんだ。……ま、自慢できるようなことじゃないんだけどさ。洗脳されてたとはいえ、多くの人命やアビスウォーカーの子を殺しちゃったわけだし」

「……」

「なんかここでクソ野郎だとか罵倒が飛んで来ると思ったけど、まあ、うん。それで深海棲艦の作り方だよね。アレはね、私と銀音ぎんねっていうもうひとりのすごい超能力者つーか霊能力者つーかさ、その子と一緒に取り組んでたの」

「他に協力者はいないんですか?」

「第一級の霊能力者っていえば、私と銀音くらいしかいないからね。洗脳してこき使ったあのクソアマは、そのあたりを知ってたんだろうね。んで、作り方なんだけど、駆逐級を作るだけなら〈負の感情エネルギー〉を集める装置を用意するだけでこと足りるんだ」

 

 感情エネルギーって? と小森提督がペンを走らせながら訊ねる。困ったように眉が曲がり、視線は紅玉から離れていない。

 確かに聞き慣れない言葉だと瑞鳳は思い、それはね、と口にする紅玉の続きを待つ。

 

「生と負の感情エネルギーってのがあってさ。まあ、それ自体で発電所の発電機を動かすとかは出来ないんだけど、感情エンジンってのを動かすのに使うんだ。まあ、どっちも便宜的な呼び方だけど」

「つまり深海棲艦は、感情エンジンというもので動いている?」

「さっすが小森さんだもんな、理解が早くて助かるよ。私たちは蒐集機って言ってたんだけど、そいつで世界中の海の恨みつらみや怒り、嫉妬、悲しみ、絶望とか、そういうのを集めてたんだ」

「ちょっと待って。正の感情エネルギーって、希望とか喜びとかってこと?」

「そうそう。小森さん、こっからも疑問があったら遠慮なく言ってね。……まあ、私たちを洗脳してた、深海棲艦側のリーダーはさ。人類がこれまでの歴史でずーっと戦争し続けていることにウンザリしてて、人類なんて滅びちまえつって皆殺しにしようと考えててさ」

「なにそれ、ひどい……」

「実際、人類史って殺しあいばかりだから、陸にも海にも集めきれないほどの負の感情エネルギーが満ちていて……海の感情エネルギーの埋蔵量を考えると、事実上は深海棲艦って無限湧きできるんだよ」

 

 冗談を言っているような軽い口調だが、瑞鳳も小森提督も戦慄し、表情が凍りついている。

 敵は無限に湧いてくる。大元であろう蒐集機を破壊することが出来れば、敵の供給を止められるはずだ。だが、そんな簡単にうまくいくはずがない。

 

「んで、アビスウォーカーを使ったって話に戻るんだけどさ。負の感情だけをかき集めたら駆逐級の深海棲艦は作れる。でもそれだけでは、軽巡級以上のように人の形をした、上級のやつを作ることは出来ない」

「……艦娘のように、アビスウォーカーを器にしたのね?」

「なんだか小森さん冴えてるね。まあ、いくつかのアビスウォーカーにはテンプレートになってもらったわけ。そのテンプレートに負の感情エネルギーを凝縮させると、軽巡や重巡や戦艦になったわけ」

「それが深海棲艦の作り方ってことですね」

「うん。でもそれは〈ステージ1〉って呼んでたやつなんだ。で、その上をいく〈ステージ2〉の深海棲艦を作るはずだったんだけど、洗脳が解けて、こっち側に亡命しようって思ったわけ。亡命はうまくいったけど、代わりにステージ2のことはなんも知らないよ。そこはゴメンね」

 

 少しだけ申し訳無さそうに紅玉が頭を下げる。

 そんな所作さえ瑞鳳にはどこか軽薄さを覚えさせたが、小森提督の方を見れば謙虚そうに紅玉に視線を向けているのが分かった。

 なんでそんな顔をしているのだろう? 考えを巡らせた瑞鳳は、もしかしたら、とあることに気がついた。もう紅玉は自分が許されないことを知っていて、わざと軽薄な印象を持たれるように振舞っているのではないか――

 

「あ、スマホの着信が。……巌提督からだ。すみません、少し席を外します」

 

 考え事に集中しようとしていた瑞鳳の意識を刺激するように、小森提督が慌てた様子で立ち上がろうとする。

 そこに待ったをかけた人物がいた。鵤元帥である。これは大変怒らせてしまったのではないかと瑞鳳は内心、気が気ではない。

 

「やはり出てはいけないでしょうか?」

「逆だ。巌提督からのものなのだろう、出たまえ。ただ、その会話内容は知らせてもらう」

「わかりました……もしもし、巌提督? あれ、古鷹ちゃん? どうしたの、元気にしてた?」

 

 気のいい笑顔を浮かべる小森提督。先の緊張とはなんだったのかと瑞鳳はほっと息をつくが、スピーカー越しに聞こえる少女の声は切迫している。

 

〈それどころじゃないんです!〉

「わ、なに、びっくりするなあ」

〈いまどちらにいますか?〉

「ちょっといろいろ急ぎ過ぎだよ。もちっとゆっくり話を進めよう、ほら、深呼吸でもして――」

〈お気持ちはありがたいですが、それどころじゃないんです!〉

「――マジでなにがあったの? 巌提督にも出来ない相談でも? データアナリストだった頃に仲良くしていたよしみで?」

 

 次第に小森提督の顔から人の良さそうな笑顔が消える。なにかとてつもなく危険な出来事が起こっている。そう直感しているに違いないと瑞鳳は思う。

 

〈いいですか、いま、私たちは、ヘリコプターに乗っています〉

「そうなの? なんだかプロペラの音はあまりしないけど……ああ、聞こえるや」

〈巌提督も一緒です。こっちの金剛さんも。小森提督は、いまどこでなにをしているのですか?〉

「会議しているよ。大本営で」

〈大本営で会議ですか? いったい、なんの?〉

「いまは南西諸島基地のことで。亡くなってしまった青海提督の秘書官だった瑞鳳ちゃんから、いろいろ話を聞こうってところ。後で、これからどういうように深海棲艦とベルサーの連合と戦っていくかってのを考える予定だったんだけど。あ、巌提督にも聞こえてる?」

〈聞こえています。あ、いま、代わるそうです〉

 

 どうぞ、と古鷹の声がしたかと思えば、俺だ、と間断なく続く。巌提督の声色からして、かなり切羽詰まっている状況らしいと小森提督は聴覚をとがらせる。

 

「巌提督? いったいどうしたんですか?」

〈手短にいう。北方棲姫を預かって欲しい〉

「は? 北方って……あの、喋る深海棲艦ですか!?」

〈そうだ。いま大本営にいるといったな、どうにかして回収の手配は出来ないか?〉

「ちょちょ、ちょっと待って下さい! 詳しい事情を聞かせてください!」

〈わかった……今日の昼に北方棲姫がこちらの鎮守府に漂着した。奴は何者かに相当傷めつけられ、マトモに動ける状態ではなかった〉

「なんで殺さなかったんですか、あなたはそうやって命令できたはずで――」

〈宇宙人共がやってこなければそうしていただろうな。だが現状の勢力図は違う。俺は、少なくとも北方海域の深海棲艦どもがベルサーに裏切られたと考えている。自慢できる話ではないが、いまの俺の鎮守府に北方棲姫に満足な傷を与えられる者はいないんだ〉

 

 巌提督の言葉は部屋中に響いている。鵤提督も紅玉も納得するように小さく唸っていたし、考えこむように小森提督は押し黙る。

 しかし瑞鳳には、その会話の意味するところがよくわからなかった。聞かぬは一生の恥。思い切った瑞鳳は紅玉の耳元に囁く。

 

「いまの会話、どういうことですか?」

「北方海域の首領みたいな奴が、さっき言ってた北方棲姫ってやつなんだ。10歳くらいの女の子みたいな、すごく背の小さい深海棲艦なんだけどさ。多分ステージ2の産物だね」

「そうじゃなくて裏切ったとか、裏切られたとか――」

「まんまじゃん。巌提督のとこじゃ北方棲姫は殺しきるのが難しいんでしょ、それを成し遂げられるっていったら、もう、宇宙人が関わってるしかないじゃん。ダライアス側か、ベルサー側か。どちらでもできると思うけど、ま、黙って話を聞いていよう」

「――わかりました」

 

 ささやき声で会話するふたりの声は、小森提督の耳に入っていない。彼女の関心はいま、巌提督との会話にしか向いていない。

 

「……巌提督。北方棲姫を私に預けて、どうするつもりですか?」

〈現状サイレントライン秘密回線を持っているのは小森提督しかいないんだ〉

「つまりエグザイル亡命者との関係を持っていることが理由だというのですね?」

〈それに君なら北方棲姫を乱暴に扱うことはないだろうと思っている。ああ、傷はある程度治してやったが、人に対しての敵意はあまり見受けられない。頼れるのは人間だけだとも言っている。高い演技力がそうさせているかもしれないから、気をつけるべきだが……〉

「……北方棲姫を回収して、エグザイルに見せて、いろいろな情報を引き出せば良いのですね?」

〈つまるところそういうことになる〉

「なら、大本営の屋上ヘリポートで回収します。エグザイルにかけあえば、そのあたりの手配はしてくれるはずです」

〈よろしく頼む。ああ、そうだ〉

「え?」

〈そちらの金剛にもよろしく伝えてくれないか?〉

「もちろんです。きっと金剛ちゃん、喜びますよ」

〈だといいな。それでは、近くなったらまた連絡する〉

 

 了解です。小森提督がそう返すが早いか、通話は切れてしまった。

 静かにスマートフォンをテーブルに置いた小森提督は恐る恐るといった様子で鵤元帥の顔を見る。勝手に話を進めてしまったことに、いまさらながら気がついたのだ。

 

「大丈夫だ。紅玉の生活物資の輸送を名目に偽装し、北方棲姫をここへ連れてこよう」

「いいのですか!?」

「君が勝手に話を進めたからだろう。……冗談だ、怒ってなどいないさ。人類に助けを求める深海棲艦に興味もある。すぐに手配しよう、小森提督は先に屋上に出たまえ」

 

 了解です! 敬礼を返した小森提督は早足で客室を出て行く。その後ろ姿を見送った瑞鳳は、言いようのない不安を覚えた。

 

「どうしたの。顔色、悪いみたいだけど」

「……なんだかあの人が心配で。青海提督と違ってどこか頼りないような感じもするし」

「まあねえ。立派な提督かって言われたら、胸を張ってハイそうですって言える人じゃないかもしれないね。でも、君にそうやって心配される人なら……それなりの資格はあると思うんだよ」 


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