艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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乳白色の深海棲艦

 9月22日

 

 きり、きりきり。短弓が限界まできしむ音は、しかし突然に霧が晴れるかのようになくなってしまった。無事に発艦が終了したのだ。

 緑色の巫女服めいた制服に身を包んだ瑞鳳は大空を見上げる。晴れやかな青色を背に、緑色の異型のシルバーホークが直進していく。――瑞鳳が発艦させたフォーミュラシルバーホークバーストは、偵察機として遠い前方の様子を伺いに行ったのだ。

 

 これが5度目のシルバーホーク発艦となる瑞鳳は、3度目の発艦を担当する姉の祥鳳とともに海の上を滑っていた。

 彼女たちの前を戦艦娘・扶桑と、重巡艦娘・鈴谷と熊野が進んでいる。なんだか嫌な予感がするわ、と扶桑がぼやくのを、鈴谷が軽く笑って流してちょっとした笑いに変えていた。

 

「だーいじょぶっしょ! この哨戒ルートは昨日も通ったんだしさ、平気だって!」

「なにを言っていますの? 油断こそが身を滅ぼすって鈴谷も分かっているでしょう?」

「うっさいなぁ熊野は。別にナメきってるとかそんな話じゃないってばー」

 

 任務に集中! 旗艦を務める扶桑の強い言葉に、調子の良いように話を始めていた鈴谷と熊野がしゃっきりと姿勢を正して返事をした。

 そんな様子を後ろから瑞鳳は眺めていた。控えめだったりか細かったりする印象とは別の顔を覗かせることが出来ている――そのことに瑞鳳は改めて信頼を寄せる。

 

「さあって、私もシルバーホークの発艦をしなくちゃ」

「姉さん遅いよ、もっとテキパキやらなきゃ」

「だってヴァディスの矢がなんていうか重いもの……瑞鳳は大丈夫?」

「フォーミュラならもう何度も発艦させてるし。ちょっと他の艦載機の矢とは違うのはわかるけど、だいぶ慣れてきたよ」

「そういうものかしら――よし、発艦!!」

 

 祥鳳もつがえていた弓を放つ。

 赤と白の矢は光を帯びて空に突き立つように飛び、光の爆発を起こしてヴァディスシルバーホークへと姿を変えた。

 

〈こちらヒストリエ。祥鳳、ナイスな発艦だったわ。ありがとう〉

「やっとまともな発艦が出来てよかったわ。最初の時なんて海面に向けて放ってしまったから……」

〈過ぎたことはしかたがないわ。それに、ちゃんと艦娘から発艦されたことによる、飛行・戦闘能力に上昇補正が付いているのも確認できている〉

「コンピュータの試算?」

〈ええ。なんだか、ゲーム的な言い方で申し訳ないけど。おかげでいい感じに飛行できているわ。私も偵察任務に向かえばいいのかしら?〉

「そのとおりよ。フォーミュラの支援をしてあげて」

〈了解。さーて、行くわよ!〉

 

 そう返すが早いか、ヴァディスは急発進して艦隊から遠く離れてしまった。

 異常がないことの報告があればいいのだけど、と扶桑がつぶやいているのを瑞鳳は耳にして、小さな無線機に注意を払う。

 いま航行している哨戒ルートは二段階ある。ひとつは艦娘が目を凝らしてなにか異常があるかどうかを確かめるもの。もう一つは偵察機を用いた、遠い海の様子の観察だ。

 後者はシルバーホーク――それも深海棲艦に真っ向から対抗できる特殊な――があるため、偵察も戦闘も自立してこなすことができている。ヴェルデやヒストリエが深海棲艦を発見・報告し、瑞鳳たちが駆けつけた時には、既に敵方が全滅していたこともあった。

 

 

 

 そういえば、と瑞鳳は今朝の出来事を振り返る。

 執務室で青海提督からあることを言い渡されていたのを思い出したのだ。

 内容は、シルバーホークが搭載している防御スクリーン「アーム」を艦娘向けに調整したものの開発について。

 フォーミュラやヴァディスの解析研究が妖精さんの手によって進められ、あと少しで実用段階に入る、ということだった。これがあれば便利だと青海提督は判断し、大本営にも報告し、近いうちに艦娘に装備させるという話だった。

 瑞鳳が艦娘用アームを開発されていることを聞いたのはこれが初めてだった。高性能な防御スクリーンがあれば轟沈(死亡)の危険を遠ざけられる。それにアームが担うのは防御だけではい、という話を青海提督はしていた。

 

 ヴァディスが搭載しているブラックホールボンバーへの対抗策でもある――青海提督はそう力説していた。

 ブラックホールボンバーはヴァディスの切り札だ。亜空間歪曲を引き起こし、極小のブラックホールを出現させ、なにもかもをそこへ放り込んでいく悪魔のような兵装。そんなものを通常の戦闘に持ち出せば、敵味方ともに全滅することは目に見えている。強力なのにどうしても使うことが出来ない、使い道が見いだせない厄介な代物だった。

 そんなものを使えば放つヴァディスも無事ではないはずだが、これは捨て身の自爆兵器ではない。ヴァディスだけではなく、シルバーホークには対ブラックホールボンバー用の安全装置が組み込まれている。

 亜空間を操作する技術を応用し、機体周辺の空間の位相を「操作」することによって超重力から保護する――その仕組みを艦娘用アームにも組み込む、と青海提督は教えていた。

 これがきちんと完成されるのなら、少なくとも艦娘には気兼ねなくブラックホールボンバーを撃つことが出来る。それは南西諸島基地の防衛線維持の大きな貢献となり得るはずだ。完成の日が近ければいいな、と瑞鳳は心のなかで呟いて、ひとつ気になったことに目を向ける。

 

 艦娘用アームを開発しようとして、その技術の大元をしっかり確保する必要がある。それはシルバーホークであるのだが、であれば既に小森提督が開発に成功していてもおかしくはないはずだ。

 しかし小森提督は大本営への報告でそんなことを知らせてはいない。シルバーホークを解析して艦娘用の装備を開発する気がないのか、それとも実戦配備しているが報告していないのか――ふたつにひとつだと瑞鳳は睨みをきかせながら、哨戒活動に集中することにした。

 

 

 

 哨戒活動を続ける艦隊の静寂を打ち破ったのは、瑞鳳の驚きに満ちた小さな叫びだった。彼女の小さな無線機に、ヴェルデからの大きな無線連絡が入ってきたのだ。

 

「そんな大声出さないでよ、鼓膜が破れるかと思った!」

〈悪いな瑞鳳ちゃん。で、ポイントBで変なのを見つけたよ〉

「変なの?」

〈深海棲艦とかいう顔色の悪い連中……のそっくりさんがいる〉

「へ? 深海棲艦のそっくりさん?」

〈あいつらって黒かったり白かったりするだろ。でも、そっくりさんはなんつーか、こう、乳白色っていうのかな。暖かい感じの白色っていうかさ〉

「うん。乳白色の深海棲艦がいたのね?」

〈そういうわけだ。こっちの姿は見られているが、奴らに攻撃の意思は全くない、みたいだ。深海棲艦ってのは地球人類の文明とみれば全部ぶっ壊す連中なんだろ? それにこの地球にやってきた初日だって、俺とヒストリエはなんの挨拶もなしに撃たれてるんだ〉

 

 ふたりの会話内容は艦隊の全員が耳にしている。

 鈴谷も熊野も、旗艦を務める扶桑も、乳白色をした敵意のない深海棲艦という奇妙な存在のことを知らされ、困惑したように顔を見合わせる。

 

「ヴェルデ、ちょっと待ってて。……扶桑さん、これ、どういうことだと思いますか?」

「シルバーホークのパイロットさんはウソをついている様子ではないみたい。……私たちも直接出向いて、様子を伺ったほうがいいかもしれないわ」

「分かりました。で、聞いてた? いますぐそっちに向かうから、そのまま乳白色の深海棲艦を見張っていて!」

 

 了解だ、とヴェルデが返すと無線連絡が途切れる。

 やや波が荒れつつあるが、航行に支障が出るほどではない。ヴェルデたちが見つけたという乳白色の深海棲艦の居場所、ポイントBの座標は把握できている。

 懐に仕舞っていた個人端末で確認をとった瑞鳳は、口頭と端末に表示させた地図で扶桑に場所を改めて教えることにした。情報の共有と確認はなめらかな作戦行動には必要不可欠である。

 

「扶桑さん、ポイントBはここから方位45(北東)に進んだところにあります」

「ここは……ブリーフィングで見たところですね! みんなで向かいましょう!」

 

 扶桑の号令に皆が従い、艦隊は未知の深海棲艦との接触をはかるべく航行していく。敵意のない深海棲艦。最前線ともなればそんな奇妙な連中がいてもおかしくないかもしれない――皆と歩調をあわせて進む中で、瑞鳳はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 南西諸島基地哨戒任務、航空機担当ルート、ポイントB。かなり西のほうに位置する海域である。

 連絡を受けてからしばらく。旗艦扶桑を先頭に、艦隊はポイントBに到着した。やや曇りがちな空の下ではヴァディスが旋回飛行している。フォーミュラが海面近くを航行しているのを認めた瑞鳳は、その近くに「未知の深海棲艦」を見た。

 近くでシルバーホークが飛んでいなければ、もしかしたら見つけられなかったかもしれない。それほどまで、奇妙なほどに、乳白色の深海棲艦は存在感が希薄だった。この世のものではないという雰囲気を纏っている。人間の役者でそんな演技ができるのなら、どんな賞だって手にできるだろう。

 

〈大丈夫だって言ってんじゃないか! ほら、こんな近くにいても撃たれやしねえんだから〉

〈おやめなさいヴェルデ! 相手は未知の存在なのよ、安全か危険なのかもまったくわからない――〉

〈だから大丈夫なんだって! それにこいつら、大砲だとか飛行機だとかをなんも持っていないんだぞ、ただのコスプレみたいなもんだってば!〉

〈――ああもう、この楽観野郎にはなにを言っても無駄ね……〉

〈お前が神経質なだけなの。もっちょい気楽にいこうぜ〉

 

 のんきな会話をしている場合ではない。が、このふたりは大きな余裕があるに違いない。そのことに若干の羨ましさを抱いた瑞鳳は、徐々に近づきつつある未知の深海棲艦に注視する。

 黄色の色味が強い乳白色の肌をした、空母ヲ級と戦艦ル級のふたつが海に浮いている。深海棲艦が使う生物的で凶悪な印象を放つ艤装はどこにも身に着けていなかった。

 艤装がなければ攻撃のしようがないのだが、相手は未知の存在である。少なくとも善良な人間のコスプレではないだろう。十分な警戒心を持ち合わせる必要があると瑞鳳は判断し、扶桑に声をかけることにした。

 

「扶桑さん、あの深海棲艦には艤装がありませんね」

「ええ。……瑞鳳さん、接触をお願いします」

 

 ここで自分を選んだのは良い判断だと心の中で評価しながら、瑞鳳は頷き返して前に出た。

 ごてごてした艤装を身につけた扶桑が接触をはかれば、その威圧感は並大抵のものではない。相手に攻撃の意志がなさそうならば、こちらから刺激する必要があるとは思えない。

 背も小さくて艤装も大きくない自分なら、外見上の威圧感や恐ろしさは少ないはずだ。発艦に用いる弓も短く、背負うことで持ち運びが格段に楽になる。両腕を上げながらゆっくり航行する瑞鳳は、彼我の距離が数十メートルまで縮めたのを認め、友好的に声をかけようとした。

 

「あの、こんにちは!」

 

 自分でもずっこけそうな声掛けだった。なにがこんにちはだ。自分の所属を伝え、相手が何者であるかを問うのが常道のはずだ。

 しかし乳白色の深海棲艦らは穏やかに瑞鳳を見つめるばかりだった。自分の言葉がわからないのだろうか、と瑞鳳は推測する。

 人類の言語を発する深海棲艦など確認されていない。だが、それは接触をあきらめる理由にはならなかった。

 

「私たちは、この海の警備を、しています。この辺りの海は、危険がたくさんなので、とても危ないです。あなた方は、どこに住んでいますか? 教えてくれたら、送りますよ?」

「……」

 

 ハリウッド映画でも見られないであろう過剰な身振り手振りを交えつつ、瑞鳳はゆっくり話しかけていく。

 それが功を奏したのか、乳白色の深海棲艦らは警戒することなく瑞鳳を見つめ、自分から距離をつめに行った。

 

「……」

「えっと、この下ってことは……海の底?」

 

 ヲ級の姿をした乳白色のそれは、右手で海面を突き刺すように何度か指し示した。瑞鳳の問いかけにも頷いてみせるなど、少なくとも「日本語の理解は出来る」ようだ。

 発語能力だけを喪失したのか、意味不明な発語すらしない乳白色の相手は、瑞鳳の次の言葉を待っているかのように首を少しだけかしげてみせた。

 

「海の底は、私たちは、行けないです。ごめんなさい」

〈瑞鳳さん。その深海棲艦を基地へ連れ帰られるよう、交渉してください〉

 

 耳元に扶桑からの無線連絡。手短に「了解」と返した瑞鳳は、乳白色の深海棲艦らに向ける次の言葉を考える。

 ここから先はのんきな調子ではいかない。足元から毛虫が這い上がるかのような、おぞましい緊張感。干渉ではなく、交渉。こちらがどう出ようと深海棲艦の姿をした何者かは望ましくない振る舞いをするかもしれない。そう思うと口の中が急に乾いて震える――瑞鳳は深呼吸してから改めて声をかけた。

 

「……もしよかったら、私たちについてきて、ほしいです」

「……」

「歓迎したいと、思っています。いろいろなお話を、してみたいです」

 

 乳白色のヲ級は頷き返し、ル級と目配せをする。言葉こそないが、なんらかの意思疎通をしているらしい雰囲気を瑞鳳は掴んだ。

 一分ほど両者が見つめ合っているのを見つめた瑞鳳は、警戒を解かないまま後ろを振り返った。それと分からないように砲を構える仲間たちと、心配そうに見つめている(祥鳳)の姿がある。

 仲間たちに頷き返してみせた瑞鳳は、自分の裾がつままれて振り返った。肌が触れる距離に乳白色のヲ級がいて、それが裾をつまんでいた。その表情はどこか不安そうであったが、瑞鳳の誘いかけに否定的な様子ではない。

 無表情か怒りの表情を浮かべているのが深海棲艦の常だ。この瞬間、瑞鳳は乳白色の深海棲艦は「深海棲艦ではない別の存在」であることを第六感(かん)でとらえた。根拠はどこにもない。だが、それが間違いなく正しいと思えたのだ。

 

「私たちと、一緒に、来てくれますか?」

 

 ゆっくりとした瑞鳳の問いかけに乳白色のヲ級は頷く。振り返ってル級の姿をしたものと目を合わせ、再びなにかをやり取りしたあと、連れて行けとでも言うように瑞鳳の裾を再び引っ張った。

 

「一緒に来てくれるのね! 扶桑さん、やりました!」

〈うまくいったわね! さ、哨戒ルートに戻って帰還しましょう〉

 

 よくやりましたわね、と熊野が。やっるじゃーん、と鈴谷が無線越しに瑞鳳を褒める。祥鳳がにこりと瑞鳳と隣の乳白色に笑いかけて来たので、瑞鳳はピースサインで応えた。

 

 

 

 

 

 

 帰還する途中、扶桑は青海提督に無線連絡をとっていた。

 乳白色の深海棲艦と遭遇。攻撃の意志が認められなかったので、こちらに連れ帰ることにした――未知の存在を分析することには一応の意義があるが、提督が信じようとしなかったのは「攻撃の意志がない深海棲艦」というものだった。

 だが、青海提督はすぐに認識を改めることになった。軍港に帰還した艦隊を出迎えた彼はその目で、無線で報告を受けた「乳白色の深海棲艦・空母ヲ級」は「乳白色の瑞鳳」に姿を変えていた正体不明を認めたのである。

 

「報告ではヲ級の姿をした……と言っていたね? これはどういうことだね、扶桑」

「いつのまにか、瑞鳳さんの姿に変わってしまってて……まったく説明もつかないのです。提督、どうしましょう?」

 

 哨戒任務を務めていた5人の艦娘も驚くほかなかった。基地に着くまでは乳白色のヲ級でだったからだ。

 乳白色の正体不明を認めた瞬間から青海提督の動きはぎこちない。扶桑の問いかけでとどめを刺されたかのように、青海提督は完全に固まってしまった。

 視線は乳白色の瑞鳳に向けたまま微動だにしない。すぐ隣の正体不明に視線が向いていることに、瑞鳳はなんとも言えない居心地の悪さを覚えた。

 

「ねえ。提督、死んでるんじゃないの」

「冗談に聞こえない冗談はやめてくださる?」

 

 青海提督に聞こえない小声で鈴谷と熊野があれこれ話しているが、それをやめさせるかのように祥鳳が一歩進んで「提督!」と声を大にした。

 

「……え? ああ、なんだね、祥鳳」

「この正体不明について調べれば、もしかしたら有益な情報が手に入るかもしれません。とりあえずは尋問を優先させたほうがいいと思います」

「あ、ああ、そうだな。そうしよう。……こんばんは。挨拶が遅れて申し訳ない。の言葉がわかるなら、頷いてみて欲しい」

 

 瑞鳳の隣で乳白色の瑞鳳が頷き返す。無言。どんな姿になっても発語能力は得られないようだ。

 

「ありがとう。では、案内させていただこう。ついてきてほしい。……それと瑞鳳」

「はい」

「補給などをすませたら、この哨戒艦隊は一応の解散とする。今後の出撃は予定にはない。疲れをいやしておいてくれるかね」

「はい」

「それと。皆にも言っておくが、しばらくは執務室への立ち入りを禁ずる。この禁を解く時期は、私が基地内部放送で通達する」

「どうして立ち入りを禁止に――」

「このお客さんと大事な話をするからだ。しばらく執務室で寝泊まりさせる。艦娘の諸君にはきちんと指揮を執るから安心して欲しいと伝えてくれ」

「――って、ええ? なにを言っているんですか、提督!」

「話をするとはいっても、まともな会話になるかどうかは分からないが……余計な刺激になりそうなものの一切を遮断したい。いいね?」

 

 凄みのある声だった。瑞鳳はほとんど反射的に「了解しました」と頭を下げながら発言してしまう。他の艦娘も素直に了解の旨を返したが、鈴谷だけは不承不承に返事をしていた。

 頼んだよ、と青海提督は残すと、乳白色の瑞鳳を連れて基地へ入っていく。執務室に着く頃には乳白色の青海提督になっているのではないか、と想像した瑞鳳は、背筋がぞぞっと震えるのを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 基地に着くまでは、乳白色のヲ級はヲ級の姿をとっていた。ということは誰も見ていない一瞬の隙を突いて姿を変えてしまったのだろうか。それが乳白色色の正体不明の能力だとするならば、本当の姿はどんなものなのだろう。

 そんな疑問を頭に浮かべつつ、瑞鳳は基地の補給室へ艦隊の皆と一緒に歩いていく。なぜか肩が軽いと瑞鳳は気づいたが、シルバーホークのパイロットは先に瑞鳳の部屋で休むと残してとことこ走って行ってしまったのを思い出した。

 

「てかさー瑞鳳」

「んえ?」

「なんか提督、ヤバくなかった? 秘書艦してるならなんか分かんない?」

 

 鈴谷の問いかけに瑞鳳は首を横に振った。

 自分の姿を真似られたことに不快感に似た感情を抱くばかりで、提督には意識を向けられていなかった。秘書艦として、これは少し恥ずかしいとうつむいてしまう。

 

「……って、自分と同じ姿に変わってたらびっくりしちゃうか。ごめんごめん、気を悪くさせたなら謝るよ」

「ううん。でも、提督の様子はおかしかったね。まるで私たちを遠ざけたいような感じがする」

「そーそう! それなんだ! 言い方はヘンかもだけど、まるでかわいこちゃんに一目惚れした思春期の男の子みたいなさあ」

 

 的を射ていないのだろうが、言いたいことは察せられた。

 青海提督がひとりで尋問をする。ここまでは納得ができる。だが執務室で共に過ごそうとする理由はどこにもないはずだ。牢屋にいれるというのは乱暴すぎるが、客室でくつろいでもらうという選択肢は十分に考えられる。

 

「もしかしたらさ」

「うん」

「青海提督は瑞鳳の姿をしたアレがお気に入りになったのかもね」

「ええっ!? それ、どういうこと?」

「瑞鳳が来てから、青海提督ってちょっと変わった部分があったんだ。さっきみたいに凄むことが少なくなったし、あんまり威圧的じゃなくなったんだよね」

「そうなの?」

「バカみたいなウソはつかないって。で、これって、青海提督は瑞鳳のことが好きなんじゃないかなーって」

「うそーっ!」

 

 思わず瑞鳳は大声を上げてしまった。一緒に歩く仲間たちも驚いて瑞鳳を見ている。

 

「そそそ、そんなこと、なな、な、ないんじゃないかな」

「まあ建前はねー。正真正銘の人間と、人間によく似た異形がまっすぐ結ばれるってのは、まあ、難しいとは思うんだけど。それに提督と艦娘の関係で恋愛ってのはねえ」

「うんうんそのとおりよ! 鈴谷の言うとおり、私たちと提督がそういう関係になっちゃうってのは、まま、まずいんじゃないかしら!!」

「だからこそ、瑞鳳によく似た乳白色のアレを閉じ込めて、あんなことやこんなこと――」

 

 冗談めかしていやらしい笑顔を浮かべる鈴谷は、次の瞬間に地面と熱烈なキスをしていた。錯乱にも似た、興奮状態の瑞鳳が強烈な平手打ちをかましたのだ。

 

「いやーっ! いやーっ! いやーっ! わわ、私と青海提督が、ああ、あ、あんなことやこんなこと!? いやーっ! いやーっ!!」

「いたた、悪かったって、ちょっとタチの悪いジョークだったね、ごめんって」

「いやーっ! もう、恥ずかしいことは禁止! ダメッ! ノウッ!!」

 

 顔を真っ赤にして補給室へと駆け出す瑞鳳。謝りながら追いかける鈴谷。そんなふたりを見ながら、残された熊野と扶桑と祥鳳が小さく、暖かく笑っていた。


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